第168話 講習再開
今日からは一日一話更新です。13時には更新されないので、お気をつけ下さい。
地竜を撃退し、更に証拠の隠滅を図ろうとした襲撃者を捕縛したカイトだったが、その後は事情聴取等をアル達に任せて、ソラに講習を再開させることにした。
「天城!無事だったのか!」
隠れていた生徒たちの一人がソラを見つけて目を見開く。
「まずは言わせてくれ。ありがとう!」
そう言って、上級生が頭を下げる。
「あ、いえ、あのこっちそすんません。」
そう言ってソラも頭を下げ、一度全員に今までの状況説明を行なった。
「つまりは、あの依頼人は嘘を付いていた、ってことか……」
「すいません。」
「そうか……依頼人が嘘を言っている事もあるんだな……」
「ええ。いつも依頼人が本当のことを言っているとは限りません。ユニオンでも一応調査はしてくれますが、完璧とは言い難い物です。こればかりは依頼人の仕草、身に付けている物、周囲の状況などを把握し、判断していくしかありません。」
依頼人が嘘を言う可能性について、身に染みて理解した第二陣の生徒達へとカイトが補足する。カイトも何度も騙され、そうしてようやく対処出来るようになったのである。こればかりは誰も近道を与えてやれなかった。しかし、経験を積ませようにも一歩間違えれば死に繋がる。
それ故に指輪にSOS信号を発信する機能を搭載したのであった。如何にプライバシーの侵害だなんだと非難を受けようとも、生き延びさえすれば、次に繋げる事が出来るのだ。そうしてひと通り説明を終え、ソラは講習を再開する。
「まあ、そういうことで……何かあった場合には指輪のSOS機能を使用してください。近場ならすぐに即応部隊が救援に駆けつけてくれます。」
どれぐらいの速さで到着するのか、については先ほど見た通りであった。状況にも依るが、少なくとも半径10キロ圏内であれば、約20分以内で到着できるだろう。
「本来の予定であった戦闘訓練を行おうと思うんですが、えーと、さっき言った通り、油断だけはしないでください。」
ソラは地竜と遭遇前と同じ言葉を言うが、今度は全員が真実と受け止めた。それほどまでに地竜の印象は強かったのである。
「一応俺やティーネさん、カイト、一条先輩がフォローしてくれますが、気をつけないと、痛い目見ます。」
「ああ、悪い。一つ頼む。」
そう言って上級生の一人が頭を下げた。彼はこの集団においてリーダー格であった。
「で、一つ問題が……相手が居ないんっすよ。」
「は?何故?」
本来の予定では荷物の周囲に屯するゴブリンを相手にする予定であったのだが、その予定が崩れてしまったのだ。ソラは、どうしようか、と悩む。だが、それにカイトが笑みを浮かべた。
「いや、居るぞ。」
「は?……おっと、こりゃラッキー。」
カイトが指さした方向を見れば、当初の予定と同じゴブリンが6体現れた。此方の第二陣の面子も6人なので、人数的には丁度良かった。ゴブリンの集団は、思いがけず冒険者の集団と遭遇し、武器を構えて警戒していた。
「で、ソラ。どうする?」
武器を構えたゴブリンの集団を前にして、カイトがソラの指示を促す。先ほどの一件はあったものの、カイトとしてもでしゃばるつもりは無かった。
「えーと、まずはティーネさん、後ろで全体の援護をお願いします。カイトは一条先輩と一緒にパーティの2人づつ面倒を見て貰って大丈夫か?先輩も大丈夫っすか?」
「いいだろう。じゃあ、厚木と鈴鹿は俺が面倒を見よう。」
そう言って瞬が近くに居た2人の男子生徒を担当する事にした。2人は瞬と同学年で、知り合いであった。なので、自分がやったほうが良いだろうと判断したのだ。
「助かります。で、カイトは?」
「じゃあ、オレは……お二人のエスコートを。」
カイトは残りの4人を見回し、体捌き等から全員の力量を探る。そうして四人の中で戦闘能力が低いと判断した上級生の女子生徒と、下級生の女生徒のフォローに回ることにした。ちなみに、キザったらしいセリフなのでそんな事は悟られないで済んだ。さすがに公然と弱いと言うのは憚られるからだ。
「サンキュ。んじゃ、残りは俺と一緒だ。」
同じ学年の男子生徒2人をソラが担当する事になる。そうして全員が武器を抜いて、身構える。
「しゃあ!」
そう言ってソラが一声吠え、戦闘が開始される。そうして、数分。ソラはかつて自分が通ったであろう状況を目の当たりにして、苦笑が漏れる。そして更にそんな余裕がある自分に驚き、再び苦笑する。
「楽になったよなー……」
攻撃を回避されて硬直した生徒の隙を防ぐ様にソラがゴブリンとの間に割り込んで、ゴブリンの錆びてボロボロになった剣の攻撃を余裕で防ぐ。きぃん、という澄んだ金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
「おらよっと!」
ソラは呑気な声を出して、そのまま盾でサビだらけのゴブリンの剣を弾き飛ばした。普通のゴブリンの知性は低いので、戦闘中にも関わらず、敵に背を向ける。
「今だ!」
「え、あ、お、おぉりゃあ!<<斬波>>!」
ソラの指示を受けた二人の男子生徒の片方が、気合を入れて技を使い、背を向けたゴブリンに斬りかかる。だが、技を使ったにしては傷は浅かった。
「あれ?なんで……」
確かに、もっと全力で技を使って斬りかかった筈だ。なのに、何故傷が浅いのかがわからない。そんな疑問が彼の顔に浮かんでいた。
彼は気付いていなかった。自分がガクガクと震えていて、剣を振るう瞬間、目をつぶっていた事を把握していなかったのだ。更には発動したと思っていた技にしても、発動していなかった。戦闘中に満足に技を使用出来なかった友人を見て、もう片方の男子生徒が大きく驚いて声を上げる。
「ちょ、おい!なに失敗してんだよ!」
「あ、え?嘘だろ!?」
「俺らもああだったんだろうな……」
そんな彼らを見つつ、ソラが微笑ましいと感じていた。訓練と実戦は違う。それを理解出来るのは、戦いが終わった後である事も少なくない。この生徒がそうだった。
「気にすんな!もう一回隙を作るから、今はきちんと敵を見据えて剣を振る事だけを考えろ!技は使おうと考えんな!どうせ使えねえ!攻撃は俺が全部防いでやる!」
ソラが再び隙を作るべく、行動に移る。これを数度繰り返して、ようやく第二陣の生徒達は自分達が訓練通りに動けていない事を理解するのであった。そうして、ソラの初めての教導は30分程度掛けて行われるのであった。
途中、戦闘音に気付いたリザードの進化種であるフレイム・リザードと遭遇するというアクシデントに見まわれつつも、一同はなんとか勝利を得られた。戦闘終了後、予想通りに第二陣の全員が地面に座り込んで休んでいた。尚、フレイム・リザードはカイトとティーネの活躍によって、即座に討伐された。
「……はは、怖かった。お前ら、いつもあんなのやってんのかよ……」
恐怖を通り越して、乾いた笑いしか出なくなった2年生の男子生徒がソラを尊敬の眼差しで見る。
「まあ、な。さすがに慣れた。」
「慣れた、って……俺達も慣れんのかな……」
そう言ってもう一人の男子生徒も震えながら自問する。それに、ソラが少し自分の初陣を懐かしみながら、苦笑して答えた。
「やってりゃな。」
「はは……マジで勇太が言ってた事がわかった。」
そんなソラに、震えながら男子生徒が友人から受けたアドバイスを思い出す。彼は第一陣の生徒として、既に最前線で活動している生徒だった。
「あ?なんか言ってたのか?」
「……おむつしてけってよ。」
その時はこの男子生徒も一緒に聞いていた他の生徒も冗談で言っている物と思い込んでいた。しかし、今ではそれが冗談めかしてはいるが、ちゃんとしたアドバイスであった事を思い知った。
「ぷっ……なるほど。」
ソラが思わず吹き出す。だが、ソラとてそれを嘲笑するつもりは無かった。
「当たり前っちゃ当たり前か……」
ソラがふとカイトの方を見ると、魔術で周囲へと張り巡らせていた覆いが降りていた。カイトが担当していた女生徒の着替えが終わったようである。尚、さすがにカイトが着替えを手伝うわけには行かないので、ティーネが手伝っている。
「着替え、用意させておいた理由がわかるな……」
ソラと同じく覆いが覆われた一角を見て、瞬に率いられていた男子生徒が真っ青な顔で呟いた。彼は先ほどまで恐怖と命を奪うということへの嫌悪感から嘔吐していたのだ。
ちなみに、第一陣の頃から必須として着替えが用意の中に入っている。と言うより、これは初陣を行う冒険者や軍人たち全てに共通した事だった。とはいえ、ソラ達の時はカイトのお陰で誰も嘔吐、失禁に見舞われなかったので、必要が無かっただけなのだが。
「まあ、お前らも後二ヶ月もすれば笑い話になってるって。」
「だといいな……絶対に言うなよ?」
そう言うこの生徒も先ほど着替えたのであった。理由は言わずもがな。着替えた服はすでに汚れた衣服専用の袋に入れてある。
「ソラ。もう少ししたら撤退するぞ。さすがにこのままここに居るのは危険だ。」
学園に続く地域とは異なり、この地域には時々高位の魔物も出現する。先の地竜が良い例だった。そのため、瞬がそう提案する。
「そうっすね。じゃあ、後三十分したら撤退で。」
「わかった。カイトにもそう伝えてこよう。」
「すんません、ありがとうございます。」
瞬は踵を返してカイトに伝言を伝える。そうして三十分休憩し、一同は再び街へと戻ったのであった。
「はぁ……これで今日の講習は終わりです。」
ソラが第二陣の生徒を前にして告げる。道中は幸いにして戦闘に出くわすことも無く、街まで戻る事が出来た。後は第二陣の生徒達をギルドホームまで送り届ければ、終わりである。ちなみに、戦闘が無かったのは当たり前で、カイトが周囲を威圧して魔物を近寄らせなかったのだ。
「はぁ……終わった……疲れた。」
「腹減った……」
「もう動きたくない……」
マクスウェルまで戻り、街に張り巡らされた結界の内側に入った所で、そう言って初陣を終えた第二陣の生徒達がへたり込む。誰もが疲れた顔をしていた。それに、カイトが少し苦笑して告げる。
「あー……これから飯食いに行こうかと思ったが……やめておくか?」
「飯?何、奢ってくれるの?」
上級生の女生徒が疲れた顔で問いかける。それにカイトは少しだけ考えた。
「……ああ、いいぞ。全員オレが奢ろう。初陣を終えた祝いだ。」
現在のカイトは超高額の依頼を受けている為、学園に投資してもかなりの資金を密かに持っている。彼等に皇都の超高級店でフルコースを奢った所で、言うほど懐は痛まないのである。まあ、それに加えて公爵としての資金も使えるので、何ら問題はない。
「え?ホント?」
この女生徒は単に冗談で言ったのだが、カイトが応じてくれた事にびっくりする。
「ああ、本当だ。元々ソラには奢る事になっていたからな。別に構わん。」
「え、ホント?ありがとう。」
そう言って何故かティーネが笑う。
「さすがはギルドマスター。俺達にまで奢ってくれるとは。」
瞬も同じく笑い、カイトの肩を組む。どうやらここは攻め時だと気付いたのだろう。なにせ、今のところ瞬だけは私費になりそうだったのだ。ちなみに、彼も付いて来るつもりであった。なにげに彼も酒が気に入ったらしい。
「え?いや、あれ?」
何故か全員に奢る事になっていたカイトが首を傾げる。しかし、ここで更にソラが助け舟を出した。
「おっしゃ!んじゃこのまま飯屋まで行こうぜ!」
そう言ってソラが瞬とは逆側の肩を組み、カイトを連行し始めたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第169話『祝杯』