第166話 独り立ち
ミレイが冒険部に派遣されて三日。冒険部が拠点とする元ホテルはギルドホームとしての体裁が整い始めていた。
「あ、その掲示板はそこでお願いします。」
「はーい、こっちですね!」
ミレイとシロエの2人が付喪神達と協力して、1階のロビーであったエリアに、ユニオン支部にある掲示板と同じ物を搬入していた。後はこれに依頼書を貼り付けるだけであった。
「シロエちゃん、ミレイちゃん、おはよー。」
「あ、由利さん。おはようございます。」
「おはようございます!」
「あ、それが掲示板ー?」
「はい。9時には依頼書を貼り付けますから、それからは1階の受付で私が受け付けます。」
そう言ってミレイは依頼書のコピー束を指さす。それらはユニオンの支部に掲示されている物と同じで、ミレイが言う様にこれを見て依頼を受ける事が出来るのだ。また、ユニオン支部にまで行く必要も無くなるので、時間的にも短縮出来るし、他の冒険者と揉めなくて済む。
「そっかー。じゃあ、その時はよろしくねー。」
「はい!」
由利はそう言うと、朝食を食べにロビーに隣接された食堂へと入っていった。そうして一時間後。シロエとミレイが協力して依頼書を全て貼り終え、何人かの生徒達のパーティからの依頼を受諾した頃、ソラがやって来た。
「おーす、おはよー。」
「あ、ソラさん。おはようございます!」
そう言って頭を下げるミレイ。ソラはそれに片手で返し、そのまま掲示板へと向う。
「何をお探しですか?」
「あー、なんか外で簡単な依頼ない?」
「外?街の外ですか?」
「ああ、今日第二陣の実戦訓練が行われるんだけどよ……俺が主に担当するんだと。」
カイト達の当初の予定ではティーネが主導する予定であったのだが、何時の間にかソラが先頭に立ち、依頼を受けての説明になったのだ。
「えーと、でしたら……ああ、これなんかどうです?」
「商人の荷物奪還……ゴブリンに奪われた荷物を取り返して欲しい、か。」
「相手は小規模なゴブリンの集団らしいので、初陣には最適かもしれませんね。」
「……ティーネさんと相談してくるか。ゴメン、少しだけこの依頼をキープしておいてくれ。」
「はい。では、依頼を一旦受注扱いにしておきますね。」
そう言ってミレイは依頼書の紙をソラに渡す。こうしておけば、誰かに取られる心配は無い。まあ、ユニオン支部の方で先に別の冒険者が受注してしまうことはあるが、その場合は仕方がないだろう。
「ありがと。」
ミレイに礼を言って、ソラは3階の執務室へと戻っていった。
「で、どう?」
「どう、って言われてもね……ソラ、あなたが決めることよ。」
カイトからなるべく助言するな、と言われているティーネはなるべくソラに考えさせる事にしていた。それを受けたソラは少し考え始める。
「じゃあ、これを受ける。」
「それは、どうして?」
ソラの結論を聞いたティーネが、ソラに問い掛ける。ティーネ自身もこの決定で良いとは思っているが、決めたからにはきちんとした理由がある。単なる直感ではダメなのだ。ソラがそこの部分をきちんと判断出来るのか、知っておく必要があったのである。
「理由は2つあるけど……まず第一にこの依頼の討伐対象がゴブリン5体の集団であること。俺も初陣の時にはたった数体のゴブリン相手に苦戦してた。カイトがいなければ突破の切っ掛けを掴むのも苦労したから。」
そう言って苦笑するソラ。初陣ではカイトが常に攻撃の切っ掛けを創り出し、相手の攻撃が此方に致命打とならないように注意してくれていた事が、今ならソラにもわかる。
それを自分もやってのけるならば、実力的に圧倒できる相手で無いといけないし、新たに入る生徒達も安全に戦える相手で無いといけない。それを考慮した結果だった。
「それを考えれば、自分が同じことが出来る相手と戦うべき、じゃないのかな、って。第二は依頼の内容が討伐ではなく、捜し物、つまりは困った人の役に立つ、って事を実感できる依頼だから……で、どうでしょうか。」
そう言ってソラは伺うようにティーネの顔を見る。
「……合格。それがわかっていればいいわ。」
「よっしゃ!」
合格をもらえたソラは思わずガッツポーズを取る。
「じゃあ、他の冒険者に取られる前に受けてきて。私はカイトさんに報告してくるわ。」
「おけ。」
そう言ってソラは再びミレイの元に向かっていった。
「依頼は決まったみたいだな。」
「あ、カイトさん……ええ、決まったみたいよ。後は実際に依頼人に会って無礼を働かないか、依頼人が嘘をついていないかの判断ができれば、本当に合格ね。」
「ああ、後は任せる。まあ、一応見張りの使い魔は放っておく。」
「ええ、お願いします。」
そう言ってティーネは自分の用意を整えに4階の自室へと向かっていったのだった。
そうして、一度学園に行って第二陣の生徒達を引き連れ、マクスウェルに戻ってきたソラとティーネ。一度第二陣の生徒にギルドホームを見せて、依頼人との面会に向かった。そして依頼人の商人が居るという露店の近くでソラがまずは全員に言った。
「えーと、まずは俺……自分が話しますんで、皆は見ていて下さい。」
パーティには上級生も居るので、ソラはなるべく丁寧な言葉遣いを心がける事にしたらしい。彼にしては珍しく丁寧な言葉遣いであった。
「あなたがライアさんですか?」
カイトがどうやって依頼人と話していたのかを思い出しつつ、ソラは依頼人の商人ライアに話しかけた。
「ええ、そうですが……何か入用ですか?」
屋台の奥で荷物の整理をしていたライアが表に出て来た。ライアは小柄な痩躯の男であった。
「ああ、いえ、そういうわけではないです。依頼を受けて来ました。」
そう言ってソラは自分の登録証を提示する。さすがにカイトの様に自信を表にだして相手に信頼感を与える程の実力が自分に無い事は理解しているので、ただ丁寧さを心がけた。
「……確かに。ランクDのカードを確認しました。ありがとうございます。」
ライアはソラの登録証を確認すると、頭を下げる。そして、何処か値踏みするような目でソラを観察する。それにソラは少しだけ居心地が悪くなるが、なるべく顔には出さない様に注意しながら、依頼についてを問い掛けた。
「いえ、それで、荷物の奪還ということですが、場所はここから北東に三キロの所でいいんですね?」
「ええ。落とした場所の近くにゴブリンの巣がありまして……ゴブリンの集団に襲われたんですよ。急いで逃げたのはいいんですが、荷物を落としてしまいまして……」
マクスウェルから北東に約5キロの地点に、ゴブリンの巣がある事は事実で、ソラとティーネはそれに関する資料を引き連れていた生徒達に配布していた。
「……では、巣まで奪還に行く必要がありませんか?」
何かきな臭い物を感じたソラが更に突っ込んで問いかける。相手にするのはゴブリン5体であったはずである。しかし、話を聞いてみると、場合によってはゴブリンの巣にまで討伐に出かける必要がありそうであった。
「いえ、荷物にはゴブリン共が触れないレベルの結界が張ってありますので、後は荷物を回収していただければ、と。」
「わかりました。」
そう言ってソラが話を終わらせる前に、ティーネが発言する。
「あの、質問が……」
「はい、何でしょうか。」
「何時落とした事に気付かれたんですか?」
「ええ、すぐに気付いたのですが、ゴブリン共が邪魔で取りに戻れなかったのですよ。」
「護衛の方などは?」
「いえ、あいにく雇っていなかったのですよ。これでも多少の腕に自信かありますからね。」
そう言ってライアは苦笑して、腰に帯びた短剣を見せる。よく見れば、短剣は少しだけ使い込まれていた。どうやら彼は多少なりとも武術の心得があるらしい。来た場所からマクスウェルまでならば自分で荷物を防衛出来ると踏んだのだろう。それを聞いて、ティーネが笑って問い掛けた。
「そうですか……わかりました。ですが、この依頼の場合は奪還ではなくて、回収になりません?」
「……おや?それはそうですね。申し訳ありません。どうやら急いで依頼しましたので、伝達ミスがあったようです。」
少し言い淀んだものの、そう言ってライアはにこやかに頭を下げる。それに、同じくティーネもにこやかに笑みを浮かべて、口を開いた。
「わかりました。ありがとうございます。」
「では、これから取ってきます。」
そうしてティーネも後ろへ下がったのを見て、ソラがそう言って立ち去ったのであった。
「と、いう風にしてください。」
「はーい、依頼人に登録証を見せるのは1人でいいの?」
少し離れた所で説明を再開したソラへ、女生徒の1人が質問した。少し離れた所なのは、さすがに依頼人の近くで講習会の様な物をするわけにはいかなかったからだ。印象が悪化する事を危惧したのである。
「え?……あ、えーと……」
女子生徒の質問に、ソラはかつて自分も同じ質問をしたことを思い出す。一度目を瞑って考えた彼は、思い出して説明を再開した。
「……あ、思い出した。別にいいそうです。依頼人は依頼を達成してくれれば問題ないそうなので、別に依頼を受けてくれた奴の仲間が冒険者でなくても、問題ないらしい、ということだそうです。」
そうして幾つかの質問を受けつつ、一同は外に出て行った。そうして約3キロメートルを一度の戦闘も無く突き進んだ一同。ライアから聞いた襲撃ポイントにかなり近づいてきた所で、一旦足を止めた。
「で、これから初陣なんですが、絶対に単独行動や勝手な行動をしないことをお願いします。えーと、ヘタしたら、ゴブリン相手でも死にます。」
そうソラが脅しを掛けるが、第二陣の全員が真に受けなかった。
「まさかー。俺達だって何度も模擬戦をやってんだ。今更ゴブリン程度で、なあ?」
「だよなー。ゴブリンって最弱の魔物なんだろ?そこらの子供の強いやつにも劣るって噂じゃん。」
そう言って余裕ぶる三年生の生徒たち。ソラはそれを懐かしく思いつつも、もう一度念を押す。
「いや、初陣なめっと死にますよ……マジで俺も死にかけたっすから。」
「ははは!」
カイトとアル、その2人がいなければ悲惨だった事は目に見えていた。他のパーティの初陣では中には失禁、嘔吐、気絶する生徒が続出した事は、第一陣では既に笑い話として有名であった。だが、これも脅しと思った第二陣はそれを笑い飛ばすだけであった。
「はぁ……」
「ソラ、後はあなたがフォローしてあげなさい。伊達にカイトさんの戦いを間近で見てないでしょ?」
「……ああ。」
今まで黙っていたティーネがソラにそう言う。練習で上手くできている生徒が、初陣を甘く見るのはよくある事であった。
「じゃあ、まずは荷物を確認す……え?」
ソラがそう言った瞬間。地響きが鳴り響いた。ここらでゴブリンと戦う事になると思っていたのだが、まさか地響きが鳴り響くとは考えていなかったのだ。
「……これは、予想外ね。」
ティーネが少しだけ苦笑する。元々怪しいとは思っていたが、まさかここまで厄介な当たりを引くとは思っていなかったのだ。
『GYAOOOOOOOOOOO!』
そうして鳴り響いた咆哮。一同が横を振り向くと、そこには全長20メートル程の地竜が居た。
「……ソラ、急いで逃げなさい。」
さすがにカイト達から鍛錬を受けているとは言え、今のティーネでも初陣の生徒達という大きなお荷物を抱えながら地竜と戦う事は出来なかった。
「いや、ティーネさんが行ってくれ!」
そう言ってソラが一歩前に出て、武器を取った。ティーネが第二陣の生徒たちを見ると、彼等は全員足が震え、腰を抜かしていた。
「今の状況だと俺じゃ逃がせない!俺だけなら地竜相手にもなんとか持つしな!」
地竜の注意を自分に向けさせるため、敢えて大声を上げてソラは指輪の非常連絡用の魔石を使用し、応援要請をする。事情を知らない生徒達がいなければ、ソラは武器技を遠慮無く使う事が出来た。そうなれば、なんとか即応部隊が来るまで、耐えることも出来る、そう考えたのである。そして、この考えはティーネも同じであった。
「……死んじゃだめよ!さあ、さっさと起きる!」
同じ判断を下したティーネが一喝し、生徒たちを立ち上がらせる。
「……し、死なないでね!」
「スマン!」
そう言って、引き連れてきた生徒達がほうほうの体で逃げ始める。そうして逃げはじめた生徒たちを背に、ソラは単身、地竜に攻撃を仕掛けた。
「さて、来いよ!」
『Gaaaa……GAAAAAAAAAA!』
攻撃が命中したことで、地竜がソラの方を向いた。それに気付いたソラは、一気に逃げた生徒たちとは逆方面に走り始めた。
「さーて、鬼ごっこの開始だ!」
そう言って元気に走り始めたソラだが、地竜が想像以上にしぶとく、また速かったので5分後には音を上げることになる。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第167話『即応部隊』