第165話 新たなる始まり
カイト達がマクスウェルに拠点を移して一週間が経過した頃。遂にカイトに限界が訪れた。
「どっか人手空いてないのか!くそ、ユリィが恋しい!」
冒険部上層部の為に用意された執務室で、カイトが大声を上げる。本来、今までは学園で書類仕事はほとんどすべて、教師達が行ってくれていた。だが、冒険部の拠点をマクスウェルの街に据えた事で、それら全ての帳尻合わせをカイト達上層部がやっているのだ。とは言え、ソラ達はそんな事は慣れていない。結局負担になるのは、カイトなのであった。
ちなみに、ユリィはさすがに自分の学園を空けすぎだとクズハに窘められ、一旦学園の仕事に専念していた。現在カイトの補佐を務められる人材が居ないのである。ソラ達は自分の仕事で手一杯だ。
「文句言わない。はい、お茶。」
「スマン……ふぅ。」
カイトは皐月からお茶を受け取り一口すすり、再び書類を片付け始める。普通ならば分身でもなんでも使ってさっさと終わらせられる仕事でも、分身が使えない現状ではどうしようもない。誰が来るかも分からないのに、実務可能な高度な分身を作るわけにはいかないからだ。
「余はさすがに今以上は無理じゃなぁ……」
冒険部で最も忙しそうなカイトを見て、ティナが少しだけ申し訳無さそうに告げる。彼女は冒険部の仕事以外にも、現魔王クラウディアから持ち込まれる魔族関連の案件についての助言を行っているため、手を回す余裕は無かった。
ちなみに、本来ならばクラウディアと配下の魔族たちだけでも十分に回せる――300年間は問題が無かったのだ――のだが、ティナに逢いたいがためだけに持ち込んでいた。ティナもそれは把握しているのだが、やはり元部下は可愛いのか、律儀に対処しているのである。
「ごめんなさい、私達も手一杯です……」
「すまん、ウチのは全員武闘派で役に立たん……」
瞬の言葉に翔と凛がそっぽを向く。書類仕事で役に立たない筆頭であった。そうして、あまりに忙しいカイトに、桜と瞬が非常に済まなさそうにする。元々嫌がるカイトをトップに据えたのは2人なのだ。少しだけ罪悪感を感じていた。
「く、くそ……早めにユニオンから人員を配置してもらえるよう催促するとするか……」
カイトが少しだけ切羽詰まった様子で呟く。書類仕事は仕方がないのだが、更には依頼を受けるにあたって本来はユニオンの職員に行う筈の相談もカイト達に持ち込まれていたのだ。年が近いし同じ学園生だということで対処していった所、いつの間にかこうなったのである。
しかも、それ以外にも桜達生徒会の面々と瞬や数人の運動部のトップ陣には学園関連の書類が、カイトとティナには公爵家関連の案件が持ち込まれている。更にはそれ以外に自分たちの鍛錬もあるのである。忙しさ、ここに極まれり、であった。
ちなみに、本来は校正の為の人員を学生や教師達から採用する予定だったのだが、先の襲撃の所為で有耶無耶になってしまい、現在一から選定作業をやり直している所だ。
「何だ、それ?」
書類仕事に忙殺されていたソラだが、カイトのぼやきに顔を上げる。
「今はオレたちが検閲、教師たちが校正して、ユニオンに提出してるだろ?依頼も各自でユニオン支部まで確認しに行ってるし。」
「ええ、そうね。」
同じく書類に忙殺されていた魅衣がカイトの方を向いた。此方も少しは忙しくなくなるかも、と興味津々であった。
「ユニオンから職員を派遣してもらえば、ギルドの拠点に依頼書のコピーを配布してもらえたり、依頼そのものをギルドで受ける事が出来るようになったりするんだよ。更にはユニオン職員が依頼関連の相談にも乗りやすくなるしな……当然給料はこっちが出す事になるが。」
依頼に関する相談が少なくなるだけでも、上層部の忙しさはかなり軽減されるだろう。まさに現状最も必要な人員と言えた。
とは言え、ならば何故今まで申請されてこないのか、という問題にさしあたる。なので、瑞樹が首を傾げて問い掛けた。
「何故今まで派遣して頂いてませんの?」
「申請はしてるんだよ……ただ、オレがオレだし、ティナも居る。おまけに組織の母体が異世界の天桜学園という状況……人選が困難なんだと。現状で最有力候補がミレイ。次点でライルさん。」
これを把握している為、カイトとしても今まで急かさなかったのだが、既に申請してから結構な日数が経過している。そろそろ催促しておくか、とカイトが考えていると、学園に戻って第二陣の鍛錬を行っていたアルとリィル、ティーネが戻ってきた。
「ただいまー……あ、ゴメン。学園に忘れ物した。」
カイトが嬉しそうに顔を上げたのを見たアルが踵を返した。さすが公爵軍最強。危機を察知する能力はピカ一だった様だ。カイトは書類の束を引っ掴むと、アルの肩を片手でしっかりホールドした。
「まあ、待て。これも今後の仕事の勉強だ。有り難く受け取ってくれ。」
「嫌だなぁ、カイト。僕はまだ制服組じゃないよ?」
「あははは、ウチは昔から関係ない。バランのおっさん然り、使えるやつを使う主義だ……と、言うわけで、逃がさん。」
そう言って密かに部屋から出ようとしていたリィルとティーネの肩を分身でしっかり掴む。
「……ダメですか。」
「私はこれから伯父様と会う約束が……」
「お前の伯父は今ダーク・エルフの所領に行っているはずだ。エルフとダーク・エルフの交流を促進させるという名の飲み会にな。」
「どうして知ってるの!」
「オレを甘く見るな。クズハから自治領の案件もきちんと持ち込まれてる。」
そう言ってぎゃいのぎゃいのはしゃぎ始める一同だが、結局落ち着いて三人から先に報告を聞く事になった。そうして、4人はミーティング用としてカイトが用意したソファに腰掛けて、今までの現状報告を開始した。
「もうそろそろ第二陣の実戦訓練を行おうと思うんだけど……」
「ん?もうそこ迄進んでるのか……誰かいいの居たかな……」
「妥当な線は桜か瞬でしょうが……」
「あの2人は無理ね。どう見ても。」
明らかに冒険部上層部の中で最も忙しく動いている2人を見て、ティーネが溜息をつく。それに、アルとリィルも肩を落とした。
桜はまだ書類仕事に慣れているらしいので問題は少ないのだが、殆ど慣れていなかった瞬は辛そうだった。その補佐に桜も手を貸すので、結局どっちもどっちで忙しそうだった。
「おーい、カイト。この書類はこっちでいいのか?」
どうやら書類が終わったらしいソラが、書き終えた書類を提出用の棚に入れる。それを見たカイトが、ふと、口を開いた。
「ああ、そこで大丈夫だ。……あ、ソラ。お前に任せた。」
「は?どういうことだ?」
いきなり単に任せるとだけ言われたソラがきょとんとする。そして同時に嫌な予感を感じた。だが、取り敢えずは先を促す。
「ああ、今第二陣の実戦訓練をやるか、って話になってたんだが、適任が居なくてな。」
「それで、なんで俺?」
「いや、お前よく考えたら守りながら戦うの得意だろ?なら引率役の補助にピッタリじゃね?」
「いや、まあ、そりゃこんなトコで机に向かってるよかいいけどよ……」
ソラとしても、確かにこんな所で書類仕事をしているよりも、身体を動かす方が好みだ。なので、そう言う。だが、これがいけなかった。
「じゃあ、決定で。ティーネ。ソラの調教お願い。」
「ええ、わかったわ。」
「はぁ!?」
カイトがそれで話は終わりと次の話題に移ったので、呆然となる。が、その呆然となった隙を突かれて、ティーネに手を引かれて別のミーティングエリアへと連れて行かれた。
「じゃあ、ソラ。私達も打ち合わせに入りましょ。」
そうして、半ば強引にミーティングを開始した二人を見て、アルが苦笑交じりにカイトに問い掛けた。
「……いいの?」
「まあ、アレも経験だな。今後はソラもパーティを率いる事が出て来る。その練習だ。」
千尋の谷に突き落とす、という言葉があるが、まさにそんなカイトを見て、リィルが少し意外そうに問い掛ける。
「ソラにえらく目を掛けていますね。」
「まあな……ここだけの話だが、ソラの事をかなりシルフィ……風の大精霊が気に入っていてな。それを含めれば今後の成長が最も期待できる奴の一人だ。」
カイトの言葉に、二人が目を見開く。気に入られている、というのは加護を授けられるかもしれない、という事だった。そうなれば、更なる飛躍が見込めるのだ。今後冒険者として活動していく上で、加護の力の有無は小さくは無いのである。
尚、実はソラ以外にも、桜や由利等何人かの生徒が大精霊達に気に入られている。ソラ達を除けば、カイトが特に目を掛けている生徒には、そう言った生徒が多かった。おそらくカイト自身がそういった臭いを嗅ぎつけているのだろう、というのが彼らの推測である。
「風の大精霊様が……それだけ?」
「まあ、さすがに友人だからな。なるべく活躍はして貰いたいさ。」
だが、アルにはそれだけとは思えなくて、少しだけ笑って問い掛ける。それに、カイトも笑う。当然だが、折角才能があるのだから、友人達には一角の人物にはなってもらいたかったのだ。
「まあ、当然それ以外にも理由はある。あいつらがかなり高位の血脈の異族の血を引いている事だな。」
ソラ達には黙っているが、全員高位と思われる異族の血を色濃く引いていた。それが使いこなせる様になれば、更なる戦力増強は見込めるだろう。今ソラ達に他の生徒より一段上の修練を課しているのは、その為でもあった。
「そういえば……アルは氷の、リィルは火の大精霊に気に入られているようだな。」
「ウチはそうですね。始祖様の時代からかなりの割合で加護を得ています。」
「え?僕氷の大精霊様にも気に入られてるの?」
リィルは既に加護を得ているので知っていたが、アルはまだ氷の方は兆候が無い様子で、驚いていた。
「リィルは血筋的に気に入られやすいようだが、アルはどうやら後天的に、<<氷海>>の練習中に気に入られたらしい。まあ、契約を結べるかはまだ不明らしいがな。」
完全に又聞きな上に彼女らは気まぐれなので、カイトはどうだろうか、と笑う。2人は『契約』の言葉に身構えたがそれに、カイトは今度は苦笑を浮かべた。
「身構えた所で今の2人じゃあどうにもならんだろ。契約したいなら、今の数倍の戦闘能力は手に入れておけ……まあ、それでも戦闘能力を問われない契約の方法だと、悲惨だが。」
と、そこへ桜がカイトに声を掛ける。
「カイトくん。第二陣の実戦訓練のパーティ分けはどうなってますか?」
「ん?ああ、確か……あった。これで頼む。……やっぱ仕事多すぎんな……」
カイトは桜が催促した書類を転移魔術で受け渡す。その際に桜を見ると、桜もやはり疲れた顔をしていた。
「ちょっとユニオン支部へと行ってくる。少しの間仕事よろしく。」
カイトはそう言うや即座に片手を上げて一瞬で窓の前に立つ。その時にはすでに窓は開け放たれていた。
「え、ちょっと!」
「じゃあな。」
カイトは困惑する一同の声を背後に窓から飛び降りて、そのまま隣の屋根に着地し、ユニオン支部まで一気に駆け抜けた。
「あれ?カイトさん。いらっしゃいませ。」
ドアを開けてカイトが中に入ると、掃除中のミレイが出迎える。どうやら此方は暇らしい。
「今日は依頼の受注ですか?……お一人のようですので、何か秘匿依頼を探して?」
カイトが一人である事を見て取ると、ミレイは声を潜めて問い掛ける。秘匿依頼とは、ユニオンが受注した依頼の中でも、貴族や皇族といった上流階級が公には秘密にしておきたい依頼や、ユニオンから公にできないと判断された依頼のことで、冒険者ユニオンが信頼する冒険者にのみ、存在の通知と依頼の受諾を依頼するのであった。
当然その多くは高難易度かつ危険性も高く、口止め料も含まれるので報酬は最低でミスリル銀貨50枚――日本円にして約500万――という超高額報酬であった。それに指名料等が含まれれば、更に報酬は増す。カイトは定期的にこういう困難な依頼を受注して、冒険部の活動資金の足りない分に回していた。
「いや、ユニオンからの職員派遣についての相談だ。」
「ああ、あれですか……少々お待ちください。今支部長をお呼びしますね。」
どうやらミレイも聞いていたらしい。そう言うと、奥へと入っていった。だが、少しすると、キラトを伴って戻ってきた。そうして彼は頭を下げて受付に腰掛けると、柔和な笑みで告げる。
「カイト殿、お久しぶりです。この間の秘匿依頼の件、感謝いたします。」
「ああ、こっちも楽に儲けさせてもらった。気にするな。」
「あはは……ランクSの魔物複数を単騎で潰せるのなんて、あなたかユニオン・マスターぐらいですよ……それで、ユニオン職員の派遣の件でしたね……取り敢えず今のところはミレイを派遣する方向で調整が進んでおります。カイト殿とティナ様の正体を知っているのは事務員だと彼女しか居ませんからね。」
「ああ、そうか。わかった。それで、何時ぐらいには派遣できそうだ?」
予算については既に交渉が終了しているので、話題には登らなかった。ちなみに、当分はカイトの私費になりそうだが、それも冒険部の運営が軌道に乗るまでである。さすがに何時までも出処不明の資金を使い続ければ、何時かは学園側から指摘されかねない。
「ええ、今すぐにでも、と言いたいのですが……一つ問題が。」
キラトがかなり申し訳無さそうに顔を歪めた。それにカイトは嫌な予感を感じつつ、先を促した。
「何だ?」
「実は、まだユニオン本部からの許可が降りてないのですよ。」
「は?申請したのは半月以上も前だぞ。遅くとも二週間で来るはずだろ?」
カイトが首を傾げて疑問を露わにする。実はカイトは移転を決定し、諸々の準備が整った段階でユニオンへとギルドホームの申請とユニオン職員の派遣を密かに申請していたのだ。
「ええ、そうなんですよね……私も翌日には申請書に不備がない事を確認し、魔導具で申請したのですが……どうにも本部が今忙しいようでして……」
「何かあったのか?」
ユニオン本部はとある中立国の首都に存在しているのだが、そこに集う冒険者達や彼等を補佐する職員達は誰もが一流で、忙しくなる事は稀であった。そうして、カイトの疑問に対してキラトが申し訳なさそうに告げる。
「ええ、今年は大陸間会議の年でして……その警備関連やホテルの手配等でかなり忙しいらしいです。エネシア大陸なんで、そっちに担当職員が回されて処理が遅れているらしいですね……」
「げ……あれか。」
大陸間会議とは、正式名称を大陸間相互協定会議と言う。その始まりは300年前の大戦において、前魔王率いる軍勢に対する為、7つの大陸で文明があった大陸の国々が集まって開かれた会議が大元となっている。
現在では大陸間の様々な議題を話しあうため、3年に一度各大陸持ち回りで開催されていた。今年は運悪くというか運良くというか、エネシア大陸が主催となる年であったらしい。
「警備等は各国の兵士たちだけでは揉めますからね……」
「まあ、警備は最悪師匠達だけでもいいだろうけどなー……」
「いや、使者とお付きだけで数万はさすがにあの方々でも無理なのでは?」
「使者達が馬鹿やんなきゃやれる。つーか、絶対魔物は嬉々として斬りまくるって。」
「ま、まあ、さすがに身辺警護には人員が要りますし……どちらにせよ必要ですよ。」
カイトの断言を聞いて、あながちあり得なくもないのかも、とキラトが背筋に薄ら寒い物を感じる。
ちなみに、この会議では各国の要人だけでも百を超える人員が集まる。当然必要と思われる護衛だけでも万を軽く超えていた。だがその中には当然因縁のある国々もあり、兵士達が騒動を起こすことも珍しくない。とは言え、そんな各国の代表達の集まりで揉めれば赤っ恥もいいところだ。なので各国共になるべく護衛を減らすしかないのだった。
だが、そうなると今度は魔物の襲撃にあった場合に対処が出来なくなる。そこで、大々的に冒険者にも警備依頼が出されるのであった。会議まではまだ数ヶ月先であるが、今からやらなければ大人数の人員の信頼性の確保や宿、移動手段等を手配出来ず、夏開始時点から忙しいのである。
「まあ、ウチも出るからな……そういえばオレにも公爵家の護衛兵として、参加を強請られてたな……」
カイトが溜め息を吐いた。当然かつての大戦で最大の功労者たるマクダウェル公爵家はもちろん、発起人且つ大陸最大国家であるエンテシア皇国は出席を求められていたのだった。
ちなみに、この会議にだけは、ティア達古龍が数体参加する。というより、彼らが議長として参加しなければまとまらない。が、そもそもで彼らにはやる気が皆無だ。なので、必要なのが、カイトのマクダウェル公爵家であった。
「というより、マクダウェル公爵家でなければ、誰も止められませんからね。」
嫌そうなカイトを見て、キラトが苦笑する。各大陸の各国から代表が参加するとなれば、代表の中には当然とんでもない強者や覇権主義的な国家も存在する。そう言った武闘派や強欲な代表が暴走した場合、バックには各種大精霊と古龍達が居るマクダウェル公爵家でなければ、その暴走を抑えきれなかった。さすがにどれだけ強大な国家が覇権を唱えようとも、彼等をまるごと敵に回すなぞ愚の骨頂なのである。
「はぁ……わかった。だが、なるべく早い内に頼む。」
「ええ、此方からも催促させていただきます。……あと、できればユリシア様からの署名も頂ければ、早く出来ると思います。」
キラトは済まなさそうに頭を下げようとするが、カイトはそれを手で制した。
「いや、そういうことなら仕方がないだろう。ユリィには言っておこう。なるべく早めに頼む。」
カイトは事情を納得して、仕方がなく席を立つ。
「はい。では、お気をつけて。」
「ああ。」
そうして三日後、追加で送付した申請書にユリィの署名を添付した事が効いたらしく、ギルドにはミレイが派遣されてくることとなったのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第166話『独り立ち』
2016年7月28日 追記
・誤字修正
『リィル』の『り』がひらがなになっていた部分がありましたので、修正しました。
2017年8月7日 追記
・誤字修正
『マクダウェル』であるべき所が『マクスウェル』になっていたのを修正しました。