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第163話 妖刀

 魅衣はシロエと話している内に、幽霊少女であるシロエには慣れた。それは良い。しかし、2人は当然の如く忘れていた。シロエは実際には幽霊少女なのである。そして、他の面子に幽霊少女を紹介すればどうなるか、その結論が目の前に広がっていた。


「ひゃー!」

「ナンマンダブ……南無阿彌陀佛(なむあみだぶつ)……えーと、安らかに主の下へと召されますように……おい、こんな時って何言ったらいいんだよ!俺これ以外には知らねーよ!」


 由利が悲鳴を上げ、ソラは取り敢えず知り得る限りの知識を総動員して、念仏等で成仏を促そうとしている。尚、そんな物(念仏等)で成仏するようなら幽霊は居ないので、全くの無意味であるが。そして、ソラに振られた翔がシロエから距離を取りつつ、答えを放り投げた。


「知らねーよ!カイトに聞けよ!」

「じゃ、塩!由利、塩くれ!確かお清めの塩って食塩でもなんでもいいんだろ!?そうだよな!そうだと言ってくれ!」

「知らないし、ないよー!全部荷物の中ー!と言うか、カイト!除霊したんじゃないのー!?」


 フワフワと浮かぶシロエを見た由利が悲鳴を上げてソラの影に隠れた。そうして由利はソラ越しにシロエを観察する。

 一方、後ろに由利を隠したソラは、小声で念仏やらその他の死者への言葉を思い当たる限り繰り返している。遂にネタ切れになったソラに問いかけられた翔も、同じく念仏やらを繰り返していたが、こちらもネタ切れであった。二人して他に無いか、と小声で相談し始めたが、当然だが何か浮かぶわけではない。

 一方、幽霊に恐怖を感じなかったらしいティナと一条兄妹が興味深げにシロエを観察する。時々興味深げにシロエに触れていた。


「ほう、本物の幽霊か……」

「どうなっておるのじゃ?……ほう、触れることは出来るのか。」

「へぇー、これが幽霊さんですか……というか、天音先輩はまた女の子連れて帰りましたか。」

「うきゃあ!そこはダメです!」


 ちなみに、桜と瑞樹は二人で抱き合って部屋の端っこでぷるぷると震えていた。


「私は何も見てませんわ……」

「ええ、何も見てません。」


 まさか退治に行った本人が幽霊を連れて帰るとは思っていなかったらしい。カイトが女の子を連れて帰ってきたことにも、無反応である。一方、当時を知るユリィは頭を抱えて考え込んでいた。シロエに見覚えがあったらしい。


「えーと、誰だっけ……知ってるんだけど……あ!思い出した!シロエだ!マクダウェル魔導学園4年3組出席番号30番侍従科専攻で美術部のシロエ・フラメル!ああ、そうだ!死んだ従業員って確かシロエだ!」


 そして遂に答えに至ったらしく、ガバっと顔を上げて声を上げる。


「え?……あー!ユリィ先生!お久しぶりです!」


 その言葉にユリィに注目するシロエ。シロエもどこかで見たことのある妖精族だとは思っていたのだが、よく見れば、元担任であった。


「久しぶりー!まさかこんな所で会えるとは思ってなかったよー!」


 そう言って2人でピョンピョン飛び跳ねるシロエとユリィ。二人共浮いているので、飛び跳ねても大して意味は無い。


「幽霊になるのも悪く無いですね!ユリィ先生に会えることももうないかなー、って思ってたんです!」

「いや、ホントにねー!お葬式行ったよ!」

「あ、ありがとうございます!」

「……それでいいのか……」


 片や死んだ状態での再会である。何故か分からないが、取り敢えずは両者共に良しとしたので、カイトも何か釈然としないまでも


「あ、カイト。紹介するね?元教え子のシロエ・フラメル。」

「シロエ・フラメルです!」


 そう言ってカイトに頭を下げるシロエ。だが、既に自己紹介を受けていたカイトに改めて自己紹介された所で、意味は無い。それどころかフルネームも生年月日も契約書に記載されているので知っている。


「知っとるわ!」


 取り敢えずカイトはそんな二人にツッコミを入れておいて、隅っこで怯える桜と瑞樹の方を向いた。


「あー、桜、瑞樹、由利。取り敢えずシロエは無害だから、怯えるな。後、ソラも翔も、ここは地球じゃない。無意味だ。そこの三人はシロエは珍獣じゃない。離れろ。」

「いや、お前、幽霊退治しに行って幽霊連れて帰ってくんな!」


 ソラが怒鳴る。隣の翔も頷いている。


「いや、カイトはよく連れ帰った。幽霊なんて見るのは初めてだ。」

「余も滅多に見んからの。滅多にできん経験じゃ。存分に見ておけ。」

「そんなにレアなんですか。」


 カイトの注意を一切無視で興味深げに観察するティナ、瞬、凛の三人。


「あ、幽霊はもう一体居て、そっちが悪霊だったから退治しといた。」

「え?じゃあ、もう安全なんですの?」


 てっきり悪霊がシロエだと思っていた桜と瑞樹が顔を上げる。


「おう。」

「えーと、触っても大丈夫ですか?」

「いいですよ!」


 そう言ってシロエが桜に近づく。ここ数十年間ヒトと触れ合ってないシロエは、触れ合いに積極的であった。そうして桜の前に立ったシロエは、右手を差し出す。


「はい、握手です!」


 差し出された手を拒むことの無いように教育されている桜は、震えながらではあるが、シロエの手を握り返す。


「あ、暖かい。」

「え?そうなんですの?……あら、本当ですわね。」


 桜の発言に驚いて、瑞樹も差し出された元幽霊少女の手を握る。幽霊は冷たいのだと思っていた桜と瑞樹。体温を感じたので、目を見開いて驚いている。


「え?そうなんですか?」

「ええ、確かに暖かいですわ。」


 どうやら触れられて、話し合えると分かった2人は怯えることをやめる。今までは未知の存在だったので、怯えていただけであった。


「へぇー、どうなってるんでしょう……」


 一方、シロエはシロエで二人の発言を受け、自分の手をまじまじと観察している。


「え?ご自分でもわかってらっしゃらなかったんですの?」


 そう言って笑う瑞樹。


「はい!実体を持てたのさっきですから!」

「……ああ、なるほど。」


 その言葉に一同は何があったかを悟る。こんなことをしでかすのは、カイトしか居なかった。


「ああ、オレがやった。」


 一同の注目を集めたカイトが、あっけらかんと認める。別に隠す必要も無い事だったからだ。


「で、オレ持ちで雇用契約結んだから。」

「はい?えーと、雇用契約、ですか?どんな契約です?」


 首を傾げる桜に、カイトがさっきまでの事を説明した。


「ああ、なるほど。それはいいアイデアですね。」

「だろ?付喪神達にも協力してもらえば、掃除の手間が省けるからな。」

「いや……怖がる生徒とかはどうすんだ?」


 ソラが自分の後ろの由利を指さす。説明の最中にソラは慣れたらしい。


「……慣れろ。」

「私、そんなに怖いですか?」

「……シロエちゃんなら、頑張れるかもー。」


 由利にはなるべく近づかない様にしているシロエが、少しだけ傷ついた様子であった。


「まあ、慣れる迄だな。」

「ごめんねー。やっぱり幽霊って言われると怖くてー。」


 そう言っておっかなびっくり頑張ってシロエに触れる由利。


「うーん、まあ私も生前は幽霊怖かったですからねー。」

「……あれ?そういえば魅衣は大丈夫なのー?」


 今まで殆ど黙っていた魅衣を由利が見る。由利の経験からは、こういう場合に一番怯えるのは魅衣の筈であった。


「……まあ、慣れたわ。」


 そう言って肩を落とす魅衣。魅衣には服が変わった事に気づかれないかの方が、重要であった。


「ふーん……あれ?魅衣、服なんで変わってるの?」


 その質問に魅衣が一瞬硬直する。そうして即座にカイトとシロエにアイコンタクトで合図を送る。


「……ま、まあ、これがあった部屋は少しだけ埃が溜まっていて、な?汚れないように着替えたんだ。」


 そう言ってカイトがシロエが取り憑いた妖刀を掲げる。


「え、ええ!私も少しの間寝てたんで、部屋の掃除が出来なかったんです!」

「あ、そうなんだー。あれ?でも確かそう考えて皆ジャージじゃないっけ?」


 そうしてカイトとシロエの2人で魅衣の失態の隠蔽を図る。その結果、なんとか一同に疑われずに終わったのだが、途中から何故かユリィとティナが頬を引き攣らせていた。


「ぷっ……」


 遂にこらえきれなくなったのか、ティナが吹き出す。


「ティナちゃん、どうしたの?」


 ティナがいきなり吹き出したので、魅衣が訝しむ。魅衣がどこか探っている様子なのは、勘違いではないだろう。


「いや、何でもない。気にするな。」

「ティナ、笑っちゃダメだよー。」


 そう言って小声でティナを諌めるユリィだが、顔がニヤついていた。2人は使い魔を通して一部始終を見ていたのであった。2人の使い魔が居た事はカイトも把握していたが、魅衣の精神衛生上黙っていたのである。


「……そう?」


 だが、結局はそんなことを知る由もない魅衣が首を傾げるに終わった。尚、更にその後にティナとユリィに見られていた事を知った魅衣が真っ赤になってカイトに抗議した事は、言うまでもない。


「……今の魅衣はノーパンか。お漏らしすると大変じゃのう。」

「……どーせならカイトに拭いてもらえば良かったのにねー。」

「馬鹿者。そんなことをすれば、そのままカイトに襲われるに決まっておるではないか。あ奴が女の衣擦れを何度も我慢できる男ではあるまい。丁度消音結界も張っておったからの。」

「あ、それもそっかー。これ幸いとばかりにガバーっていっちゃうよねー。」

「違いない。」


 そう言って小声で更に笑い合う2人。事情を知っている2人からすれば、この茶番は滑稽に映っただけであった。


「はぁ……」


 唯一2人の会話が聞こえていたカイトが溜め息を吐く。クズハがいれば、止められただろうが、居ない以上はしょうが無い。


「なあ、カイト。その妖刀村正ってどんなのなんだ?」


 ソラが興味深げに妖刀を見ていた。


「あ?これか?」


 そう言ってカイトは一気に鯉口を切る。現れたのは、波紋のない、妖しい光を宿した刀であった。


「これは……綺麗ですわね。」

「ええ、天道の蔵にも村正は一振り有りましたが……それ以上ですね。」

「でも、なんか怖いわね。」


 お嬢様方三人がそれぞれ妖刀に所見を述べる。


「……なあ、カイト。俺にも持たせてくれよ。」

「ああ、いいな。俺にも持たせてくれ。」

「え?ソラも翔もどうしたのー?」


 先ほどまで無言で妖刀を見ていた2人がいきなり様子が変わった事に、由利が驚いている。だが、そんなことも気にせず2人はカイトの刀に手を伸ばす。その様子に、他の面子も一気に警戒感を滲ませた。


「む?……もしや……カイト!今すぐ刀を元に戻せ!飲まれておる!」

「おっと、危ない。」


 ティナの忠告にカイトが即座に妖刀を鞘に収めた。


「あ……あれ?」


 鞘に妖刀が収まった瞬間、2人は物悲しげになったものの、即座に何故こんなことをしたのか、と首を傾げた。


「まあ、これは世界でも最高の妖刀打ちたる村正一門の作だからな。見ただけで意識を持っていかれる。」

「あはは……私が死んだ理由ですね。綺麗すぎるのも考えものですねー。」

「……もしかして、今の危なかったのか?」


 自分たちが無意識的に行動していた事を知ったソラが、恐る恐る問いかける。


「ああ、あのままこれ掴んでたら、自害した客と同じく、自害してそのまま悪霊化してたな。」

「げぇ!それさっさと破壊してくれ!」


 そんな物騒な物は壊すに限る、翔が大慌てでカイトに破壊を依頼する。だが、現状でそんな事をすることは出来なかった。


「いや、無理。今のシロエの本体これだから。」

「そうだった!じゃあ、どうすんだよ!」

「当分はオレが預かっておく。これはさすがに飾れないからなー。」


 さっきのソラと翔の様子を見れば、一目瞭然であった。なので、カイトは苦笑して自分の異空間の中に再び妖刀を収納する。難点とすれば今度はカイトから離れられなくなるぐらいだ。


「カイトくん?もしかして、女の子と同室しようとか考えてませんか?」


 妖刀をカイトが保管するのは仕方がないのだが、見方によってはシロエを部屋に連れ込むのであった。桜からは再び負のオーラが漂い始める。それに影響されてか横の瑞樹からも仄かに何か言いたそうなオーラが漂っていた。

 そんな二人に若干カイトは苦笑しつつ、首を横に振る。確かにカイトからは離れられないが、直ぐ側に居なければならないわけではない。若干ならば自由に活動できる余裕はあった。


「いや、シロエには管理人室を使うように言っている。一応付喪神達の纏め役になってもらう予定だからな。さすがにオレの部屋だけだと手狭だ。それに、さすがに幽霊とは言え、女の子のシロエを部屋に連れ込むと他の生徒に何言われるかわかったもんじゃない。」


 実際には、ああ、またか、で済まされるのだが、本人は知らぬことであった。最近カイトが冒険部に何人女を連れ込もうと、誰も何も思わなくなってきていた。慣れとは怖いものである。


「あ、そうですか。」


 意外とまともに考えていたカイトに、桜は何も言えなくなる。女性関係でのカイトの信頼性はゼロであった。


「あ、おい、カイト。そろそろ時間だぞ。」


 と、そこでふと腕時計を見た瞬がカイトにそう言った。


「ん?……ああ、もう16時30分か。」


 瞬の言葉にカイトも腕時計で時間を確かめる。途中で一度昼食を挟んで2つ目の部屋を掃除し、シロエとの一件があったため既にかなりの時間が経過していたのだ。


「まあ、特に掃除もしてないが、上に戻るか。」


 そうして、一同は新たに雇う事になったシロエを引き連れて、ロビーへと戻ったのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第164話『懇願』


 2015年8月2日・追記

 一番上の文章―特に一文目―が何か可怪しい気がしたので、少しだけ見直しました。

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