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第159話 お引っ越し

 カイトに新居の提案が為された翌日。クズハの提案で、マクスウェルにある元ホテルが天桜学園の新たな拠点として提案された。


「こちらが見取り図になります。」


 それを合図に、ユハラとフィーネが全員に書類を配布していく。資料を見たエルロードとブラスら公爵軍の面々の表情が曇った。それと同時に、アルとリィル、ルキウス、ティーネの三人がヒソヒソと話し始めた。


「ねえ、これって……」

「ああ、あのお化け屋敷だな……」

「懐かしいですが……あれを薦めるのですか?」

「あれ?私は森で育ったから知らないんだけど……」


 話を聞いていたティーネが同じく小声で会話に参加した。それに、アルが少しだけ引き攣った笑顔で答えた。


「ああ、ここ僕らマクスウェルで育った子供には有名なんだ。子供たちの肝試しには必ず使われる場所だよ。」

「だが、誰か何とか出来るのか?そもそも幽霊が出るとは言うが、本当に居るのかわからんぞ?」

「いえ、かなり後になって調べたんですが、Sランクの冒険者が除霊に向かって失敗したらしいです。」

「え?それって大丈夫なの?そもそも除霊出来る人も滅多にいないのに……」


 アルとしては初耳だったのだが、幽霊が居るのは事実らしい。それに全員が生唾を飲んだ。幾ら特級の腕を持つ軍人とは言え、いや、死が近い軍人だからこそ、幽霊は怖い。それも、エネフィアでは幽霊の存在は確定しているのだ。


「……カイト殿なら、出来るのかもしれん……」

「そういえばお父様から昔除霊出来るって聞いた事あるわ……」


 4人は有り得るとは思うが、乾いた笑いが顔に張り付いていた。ちなみに、アル達三人も幼少時代に肝試しとして利用した事がある元旅館だが、街で生まれ育った者ならば、誰もが知っていることであった。幽霊を警戒する公爵軍とは別に、そんな事を知らない天桜学園の教師陣はかなり立派な建築物に難色を示した。


「これは、有難い事なのですが、本当によろしいのですか?」


 桜田校長が探るように問いかける。裏がある、と感じ取ったらしい。まあ、裏があるのは確かだが、彼らが考えている様な裏ではない。


「この様な立派な物件をお譲り頂けるのは僥倖です。が、築100年とはいえ、元はかなり立派な建造物とお見受けいたします。その様な物を我々の様な者共に譲って頂いてよろしいのですか?」


「ええ、構いません。元は我々が買い取った建物なのですが、そもそも誰も買い手が居なかったので、二束三文で購入したのです。」


 その言葉に天桜学園側の全員が沈黙する。


「……それは、何故ですかな?」


 その言葉にカイト達を除いた全員が生唾を飲んだ。明らかに高級なホテルなのだ。それが二束三文で買い叩かれる理由は、数限られていた。


「はい、幽霊が出るからです。」

「な!?」


 クズハは、にこやかに笑ってそう言った。対して天桜学園側は騒然となる。しかし、騒動になる直前に、カイトが止めた。


「いえ、その程度此方の世界じゃ珍しくありませんよ?というか、大抵居酒場隣接の宿屋だと普通に酔った勢いで死人出ますし。」

「は!?」


 カイトの言葉を聞いた教師陣と桜、瞬がカイトの方を振り向く。カイトは桜と瞬が驚いているのを見て、驚いた。


「……いや、桜も先輩も一度は宿屋か宿近くの酒場に行っておけよ……」

「いえ、行ってはいるんですけど、イマイチそう言う話は聞きにくくて……」

「ああ、さすがにここの宿屋で何人死にましたか、なぞ営業妨害もいいところだろう。」

「オレもさすがに宿屋じゃ聞かん。近くの酒場だ。こういう情報は大抵馴染みの常連客とかは知っているからな。酔ったフリして聞いたら聞ける。」


 これ以外にも酒を何杯か頼んで酒場の店主に聞く、情報屋に依頼するのが、カイトが常用する情報収集の手段である。さすがにこの手際だけは、場数でカイト以上を誇る者は居ない。街に関係することなら、真琴以上だと自負している。

 が、当然だが、この発言は問題視されることになる。とある教師の一人が、カイトを睨んで告げる。


「おい、天音。お前酒場に行ってるのか?」


 カイトの発言の意図を理解してもらえなかったらしく、半分ぐらいの教師達が柳眉を逆立てていた。


「はぁ……それは情報収集の基本は酒場ですからね。」


 教師たちが怒っている事に気付いたカイトだが逆に何故怒っているのか理解できなかった。カイトは既に慣れきった手段であった上、エネフィアでも一般的な情報収集手段であるので、何故教師たちが柳眉を逆立てるのかが理解できなかった。これは桜も瞬も同様であった。そんな三人に、何処か呆れ気味に教師が告げる。


「お前な……まだ未成年だろ?」

「え?あ、はい。」

「未成年が酒を提供する店に入るな!」

「……ああ、なるほど。」


 そうして怒っている教師たちを見回してみると、多くが街への渡航が少ない教師か、街で食事を摂ったことのない教師であった。それ以外の街への渡航が多い教師達はきちんと事情を理解しており、何処で助け舟を出そうかと悩んでいた。


「あのー、内海先生?マクスウェルには酒を提供していないお食事処は無いので、彼等は便宜的に酒場と言っているだけなのですが……」


 怒っている教師達とは別の教師が、カイトに説教をしていた内海と呼ばれた教師に向かっておずおずと発言する。


「え?」


 その言葉に怒っていた教師達がきょとんとする。彼等は地球と同じく酒場と飲食店が別だと思っていたのだ。


「あ、はい。地球とは違って飲酒に年齢制限が無いのでほぼ全ての飲食店が酒場と化してますから、統一して酒場と呼んでいます……まあ、一応幼すぎる子供には止めているようですが……」


 そうしてカイトが此方の事情を説明する。ちなみに、飲酒に年齢制限が無いのは、種族的に飲酒しても一切の影響が無い種族があり、混血ともなるとどの影響が出ているのかなぞ全く分からないからだ。そうなれば、国としても一律に止める事も出来ず、飲酒に制限が無くなったのである。

 代わりに、制限が地球よりも遥かに厳しいのは喫煙だ。こちらは最悪死刑にもなりかねない。理由はこちらも種族的な止むに止まれぬ事情に起因している。簡単に言えば、空気汚染が命に直結する種族が居るのだ。例えば、クズハのハイ・エルフがまさにそれだ。死ぬわけではないが、体調が非常に悪化する。他にもユリィも少なくない影響が出る。それ故、実は公爵邸は全館禁煙である。更に街等の人の往来の激しい場所も禁煙だ。歩きタバコ等は最悪テロ行為として即座に処刑されても文句が言えない。


「そ、そうか。済まなかった。」


 内海教諭は照れた様子で矛を収めた。他の教師たちも単なる勘違いであったと罰が悪そうだ。それにカイトは苦笑するしか無い。単なる文化の差だったのだ。


「いえ、此方も説明不足でした。……話を戻しますが、酔った勢いで死人が出るのは此方ではよくあることです。まあ、元が荒くれ者に近い冒険者ですから、仕方がないと言えば、仕方がないのかも知れません。」


 カイトの言葉にクズハも同意する。


「はい。お恥ずかしい話ですが、我々も全ての民に皆さんの様な高度な教育を施せません。我がマクダウェル家の領地ならば義務教育等を実施していますので、冒険者もそれなりの質となりますが、さすがに他家の領地までは強制できません。中には文字も書けないような領民も少なくは無いのです。」


 そう言ってクズハが少しだけ恥ずかしそうに見せて、言葉を切った。仕切り直し、という事だろう。


「それで、この物件ですが、元々は上流階級とそう言った方々の依頼を受ける上級冒険者のための旅館でした。ですので、皆さんがマクスウェルでの拠点とするのに十分な生活スペースが存在します。」


 そう言ってクズハが元旅館の説明を行なう。その説明を聞いて、教師たちと桜、瞬がある疑問を共有した。一同を代表して、桜田校長がクズハに質問する。


「それでは、何故そのような上流の方々が使う場所で死人が出たのですか?今のお話ですと、従業員は一流、使用する方々も一流とのこと。そのような死人がでる事件が起こるとは思えないのですが……」


 使用者も従業員も礼節をわきまえた一流であるのに、何故人殺しが起きたのか、彼等の疑問はそこであった。


「実は……その総支配人がかなりの美術品の蒐集家でして。集めた美術品の中に所謂、妖刀があったのです。それを自慢気に上客に披露したまでは良かったのですが、それに魅入られた客の一人がそれで従業員に斬りかかったのです。その後、その客も最後は妖刀に魅入られて自害し、事件は決着を見たのですが……その際に刀は地面に刺さったまま抜けなくなってしまいました。始めはその部屋を封印することで問題は無かったのですが、次第に異変が起こり始め、調査の結果、殺された従業員の幽霊の仕業、となり、結局建物を放棄することとなった、という事です。」

「あの……もしかして、その幽霊って……」


 桜がおずおずと挙手し、クズハに質問する。顔が真っ青であった。


「……ええ、今もどこかで彷徨っている筈です。皆さんにはその除霊もお願いすることになるかと……」

「お断りします。」


 即断で桜が断る。すでにグールなどの死人の様な魔物と戦っている桜とて、幽霊は怖いのであった。しかし、桜の却下を速攻でカイトが却下する。


「いや、問題ありません。知り合いに除霊師が居ます。そいつに頼めば大丈夫です。予算は学校から冒険部に出ている分で大丈夫でしょう。」

「……お前、出来るのか?」


 知り合い、ということで気付いた瞬がカイトに小声で問いかけた。それに、カイトは意味深な笑みを浮かべた。


「ああ、俺も知っている。彼ならば大丈夫だろう。」

「え?……ああ、なるほど、彼ですか。そうですね。では、我々で掃除と除霊を引き受けます。」


 カイトが小さく頷いたのを見た瞬がカイトに加勢する。それに、桜もその知り合いの正体に感づいて、思い出した様に賛成に回る。


「後は、先生方が大丈夫なのか、ですが……大丈夫でしょうか?」


 そう言って冒険部側が大丈夫である事を示した上で、カイトは教師たちに問いかける。だが、教師達はこれに問題を提起しようが無い。なにせ、使うのも彼らで、掃除するのも彼らなのだ。おまけに、必要性も十分に説明されている。否やは無かった。なので、桜田校長がそれを告げる。


「うーむ、君たちが大丈夫ならば、我々も否やは無いが……その彼、とやらは大丈夫なのかね?」

「何でしたら、今度お会いさせましょうか?」


 カイトが笑い、桜田校長に告げる。要は自分で元の姿に戻れば良いだけなのだ。今すぐにでも可能である。


「いや、さすがに会った所でわからん。君たちに任せよう。だが……さすがに我々も使用するのに、君たちだけに掃除をさせるのは忍びない。除霊が終わったら我々教師たちも掃除に参加しよう。皆さんもそれで良いですかな?」


 桜田校長の言葉に、半ばいやいや、半ば諦めて教師たちは頷いた。ついこの間、生徒たちの不安を軽減しよう、と思った所なのだ。ここで拒絶は出来なかった。


「ありがとうございます。……っと、クズハさん。一つお聞きしていいでしょうか?」

「なんですか?」

「その従業員が亡くなったのは、何方ですか?」

「……地下の宝物庫です。」


 カイトの質問にユハラが持って来ていた更に詳細な資料をクズハに渡し、クズハが答えた。


「わかりました。では、除霊師とコンタクトを取り、日程を調整致しますので、少しだけお時間を頂くことになります。」

「わかりました。では、詳細が決まり次第、ご連絡ください。」


 そうして、この日の会議は終了した。




「はーい、全員集合!」


 部室に戻って開口一番、ユリィが部室に居た全員を招集した。


「全員、引っ越しが決まった。建物はこれだ。」


 そう言ってカイトは建物の詳細をプロジェクターを使って壁に映す。そうして更に、カイトは事情を話し始める。一同は急に決まった引っ越しに驚きつつも引っ越し先の建物に歓喜を上げた。


「え?これ良いの?掃除だけで?」

「ああ、後の改修は公爵家でやってくれるそうだ。」

「ウオッシャー!」


 少なくとも生活スペースが倍以上となり、更には居住環境も圧倒的に改善されるのだ。嬉しくて仕方がない様子だった。


「とはいえ、だ。さすがに学園を空にするわけにもいかないからな。何人かの引っ越しは後になる。人選はまた今度の職員会議で、だそうだ。」


 それを聞いているのかいないのか、全員が大声で了解、と言う。カイトはまあいいか、と思いつつ、締めくくった。


「取り敢えず日程が決まったら連絡するが、各自、荷造りを始めておいてくれ。後からの面子も早ければ先に行った連中から一ヶ月後には出発だ。いざとなってまだ終わっていないは聞かんからな。では、解散。」

「はーい。」

「あ、創設時の面子は少しだけ残ってくれ。」


 そうして去っていった他の面子を横目に、創設時の面々が集まった。


「まあ、別に無いならいいが、置くスペースが心配な荷物や割れ物があったら先に預かってオレの家に預かっておくから、出してくれ、というだけだ。」

「なんだ、それだけか。わかった。」


 ソラがそう言って、残っていた面子もゴキゲンにいそいそと解散していった。そして部屋にはカイトと、何故か皐月が残っていた。


「あれ?皐月は何か用か?」

「……あんた、何企んでるのよ?」


 長年の付き合いから、カイトが意図的に情報を伏せていた事を嗅ぎつけた様子である。


「……あ、やっぱ気付いたか?」


 そう言って、カイトが珍しく昔の笑みを浮かべる。横のユリィもいたずらっぽく笑っている。二人共今にも声を上げて笑いそうであった。それに皐月は少しだけ懐かしげにしたが、カイトはそのまま切り出した。


「そろそろこっちも夏だろ?」

「ええ、まあ六ヶ月以上も経って夏だから、変な気分だけどね。」


 すでに人生の大半をエネフィアで過ごして慣れているカイトにとっては当たり前なのであるが、そうでは無い皐月には、違和感があるのだろう。少しだけ不思議そうな顔をしていた。

 ちなみに、夏が本格的に始まるにはまだ少しだけ早く、夜はまだ、過ごしやすい気候だった。まあ、公爵領が若干北側に位置している事もあるだろう。

 そうして、カイトがそんな皐月に笑いながら、夏の風物詩を問い掛けた。


「はは……それで夏といえば?」

「そりゃ、花火に海水浴、夏祭りに肝試し……あんた、まさか!」


 夏、わけあり物件、しかも廃墟となった旅館である。思い浮かぶ答えは一つだ。


「ご名答!夏の名物ぐらいオレたちも経験しても罰は当たらんさ。」

「ねー。」


 今回の一件で、件のホテルが出た時点で、ユリィが提案したのであった。全員には幽霊が出ることを黙っておこう、と。職員会議で出た幽霊の件にしても、ユリィが意図的に魔術を使い、思い出さない様にしている辺り、彼女は悪戯となると本気である。


「いやいや、こっちじゃ本物出るわよ!一応出ない所選んでるんでしょうね!」

「当然本物でます。まあ、オレが退治するついでに、一時の無聊を慰めて貰おうという部長と特別顧問の心優しい思いやりだ。気にするなって。」

「大丈夫だよ。カイトこれでもこっちでも珍しい除霊師、それも最上級の除霊師だから。」

「気にするな、って無理言わないで!」


 そう言って怒鳴る皐月。こんな所でカイトに昔の性格に戻ってほしくは無かった。


「まあ、出るポイントは創設時の面々で見まわるから、そっちは気分だ。安心しろ。そうじゃないとオレが本来の姿で回れないからな。何なら一緒に来るか?」


 一応分身体―高校生状態―も出すが、必要がないなら、それに越したことは無かった。


「絶対嫌!まあ、私と姉さん、睦月に被害が出ないなら、好きにしなさいよ。」


 皐月は別に自分に被害が及ばないのなら、問題ないようであった。ちなみに、弥生の場合はノリノリで付いて来そうなのだが。


「じゃ、引っ越しの用意よろしく。」

「はぁ……あ!そうだ、どうせならあの便利な収納術教えなさい!」


 そう言って、三人も楽しげに部室から退出したのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第160話『お掃除』

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― 新着の感想 ―
[良い点] ずっと気になっていた作品をやっと読み始めました 面白いですね [一言] いつ頃正体隠さずに大々的に活動し始めるんだろう....
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