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第158話 新居

 盗賊の襲撃から一週間と少し。マクスウェルにある公爵邸の当主代行執務室で、クズハが真剣な顔で書類の選定をしていた。


「これは……却下。こっちも……却下。こっちは……取り敢えずお兄様と要相談。」


 横ではユハラとフィーネ、その他数人のメイド達が真剣な顔で書類を選定している。まさに、皇国最大の都市の明日を担う公爵家の執務室に相応しい雰囲気であった。ただし、見た目だけは、だ。


「あ、ユハラ様。これとかどうです?」

「……これ、東町の奥ですよ?」

「あ、ダメですねー。誰、これ持って来たの?」


 ユハラから一気に氷点下の目を向けられたメイド達。夏も近くなって来たのに、真冬の気配を感じた。そうして、氷点下の視線でメイド達を睨むユハラに、フィーネが告げる。


「ユハラ、取り敢えずそれは捨てておきなさい。あ、此方はどうでしょうか。中央区の一軒家です。」


 彼女達が行っているのは、カイト達天桜学園の関係者がマクスウェルで拠点として使用する住居の選定であった。すでに選定を開始してから、一週間が経過していた。ここまで時間が掛かるのは、クズハ率いる公爵家の選定作業でも珍しい事であった。

 そうしてフィーネがクズハに提出した物件だったのだが、今度はクズハからダメ出しが飛んだ。


「ダメです。お兄様には小さすぎます。せめてこの倍は必要です。それに、英雄たるお兄様の活動拠点なのですから、隠しているといえど、それなりに堂々たる物で無くてはなりません。」


 何故決まらないのか、それは簡単であった。要は、クズハが大半を却下するのである。そして、暴走しているのは、何もクズハだけでは無かった。


「……それもそうですね。せめて3階建ては必要ですね。」

「あと遠すぎますねー。中央区でも北町に近い所ですから、ちょっとそこまで、じゃ行けませんよ?」


 本来ならばクズハを諌めるべきユハラとフィーネの2人まで、注文をつけるのである。これでは決まり様が無かった。


「あ、これいいんじゃないでしょうか。」


 そう言ってメイドの一人がユハラに書類を渡す。


「あれ?これはまたいい物件ですねー。築100年、割りと新しい建物ですねー。他は……ふむふむ。5階建て、最大宿泊可能人数250名、最上階V.I.Pルームは皇族宿泊実績有り……え?鍛冶場付きの元旅館!何ですか!これ!最高ですよー!」


 そう言ってメイドから受け取った書類を嬉々として、ユハラがクズハに書類を提出する。それを、クズハとフィーネが確認する。


「場所は……公爵家から徒歩5分!私達ならひとっ飛びです!ユニオン支部から徒歩15分!ベストです!お風呂等の内装は当時の高級品ですので、少々手直しすれば使えます!しかも、公爵家の持ってる物件!持ち主との交渉の必要無し!従ってお兄様の説得の必要も無し!全て問題なくお兄様が近くに来てくださるなんて、最高な物件!」


 クズハが滅多に無い歓喜の表情を見せる。最上階は皇族の使用実績がある、ということなので、建物としての盗聴対策などはバッチリである。それに、どちらにせよティナが手直しするのだ。広さと調度品さえ―クズハ達が―満足出来れば、問題は無かった。

 それを見て取ったクズハは狂乱に陥る。現在、クズハ以下ユハラなどの頭の中では如何にしてこの物件を学園側に認めさせるか、で一杯であった。


「……あの、クズハ様。」


 しかし、それに水を差す人物が一人。フィーネであった。


「どうしました?」


 フィーネが言い難そうにしているのに、クズハが気付いた。彼女が首を傾げて問い掛ける。すると、フィーネが非常に言い難そうに、口を開いた。


「いえ、この物件、確かに公爵家が所有していますが……確か、出るんじゃないでしたか?しかも、結構なレベルの。」


 その言葉に全員が沈黙に陥る。そうして暫く考えこんで、答えが出た。


「……出る?……あ。」


 フィーネの言葉に一気に沈み込むクズハとユハラ、その他メイド一同。このメイドを除き、全員が気づいていながら、この物件を却下したのは、こういう理由であった。


「これはだめですね……はぁ。」

「いい物件だと思ったんですけどねー。」


 そう言って再度物件選びに戻ろうとした一同だが、ユハラに件の物件の書類を渡したメイドが挙手した。


「何ですか?」


 若干不機嫌になったクズハに気圧されるメイド。だが、言わないわけにもいかないので、おずおずと発言する。


「あの、確かご主人様は除霊できたんじゃ……しかも、特級レベルの除霊が。」


 その言葉にそのメイド以外の面子がはっとする。除霊が出来る者など皇国では滅多にいないので、全員が忘れていた。かつて、霊症に悩まされていたウィルの息子の為に、退魔の力を持つ刀を創ったのはカイトである。そしてカイト自身も、何故か除霊の力を持ち合わせていた。


「そういえば、ご主人様にいつも夜の見回りご一緒していただいたの、そう言う理由だった!」

「はい?」


 メイドの一人がうっかり口を滑らす。それを聞いていたクズハとフィーネ、ユハラが笑顔でメイドを睨む。これによって、カイトへの尋問―という名のお説教―内容が一つ増えた。


「まあ、それについては後で問いただすとして……そうでした。お兄様は除霊ができたんでした。さすがお兄様です。」


 そもそもカイトも除霊など滅多に行っていなかったので、全員が忘れていたのである。一応エネフィアには普通に幽霊が居るには居るのだが、その多くは除霊の必要が無い様な幽霊や、もしくは魔物だ。滅多に悪霊が居ないのだ。それ故、除霊という単語自体を忘れていたのである。


「じゃあ、これでいいですね。見た目が高級旅館なので、学園側から反対意見が出ると思いますが、差分は内部の掃除と除霊を引き換えに、と言う所にしておけば問題ないでしょう。」


 問題物件だから安い、どこの世界でも同じである。また、公爵家でさえまともに取り扱えない問題物件であることは事実なので、安くても問題はない。そもそもこの物件が中央区かつ公爵邸に近いというマクスウェルでも一等地にあるにも関わらず、取り壊すことも出来ずに放置されている理由は、除霊が出来ずに放置するしか無いからであった。

 公爵家にとっては無駄な物件である上、空き家では治安の関係上よろしく無い。なので、カイトが除霊して天桜学園関係者が使用してくれれば、公爵家としてもお得なのである。そして、クズハ達にとってはカイトが手近に居るという最高の物件である。まさにウィン-ウィンの関係であった。


「今度の公爵家と学園側の会議は何時でしたっけ?」

「確か、明後日の朝からですねー。一応私とフィーネが同行する予定になってます。」

「はい。表向きは今回の一件の補填ですので、問題はありません。」

「そう……わかりました。それまでに種々の手配を整えておいてください。」

「わかりました。」


 そうして開始して一週間と少し、ようやく天桜学園のマクスウェル拠点―予定―が決定したのであった。尚、これ以降当分の間、この選定に参加した面子の機嫌は、すこぶる良かったという。




 翌日、天桜学園冒険部の部室へと、密かにクズハが訪れていた。珍しくカイトとティナ、大きい状態のユリィしかいない部室は、がらんとしており、非常に静かであった。ちなみに、カイトとユリィが読書、ティナは魔術陣を弄っていた。

 尚、他の面々が何をしているかというと、ようやく精神的ショックから立ち直れたので、訓練を再開したのだが、その前にこの一週間と少しで身体が鈍ってしまったので、まずは慣らし運転をしているのである。


「お兄様、例の件が決定致しました。」

「えーと、何のことだ?」


 クズハが非常にゴキゲンな様子で開口一番に言った。だが、当然カイトは何のことだかわからない。そんなカイトの様子を見たクズハは、照れた様子で説明を加えた。


「あ、これは申し訳ありませんでした。天桜学園のマクスウェルでの拠点が決定いたしました。」

「……いや、待て。確か候補を上げる予定じゃ無かったのか?」

「いえ、これ以上の良い物件はありませんでした。ですので、これで決定です。」


 有無を言わさぬ迫力で、クズハが書類をカイトに差し出した。カイトは始め幾つかのプランを持ってくる様に指示を出したのだが、勝手に決まっていたのである。が、まあ、クズハの事を信頼しているカイトは、彼女がそこまで言うのだから、と書類を検査する事にする。が、1ページ目から固まった。


「なん……だと……」


 書類を見たカイトが固まったので、ティナとユリィの2人も書類を覗きこむ。


「何か消えたか?……何じゃと!」

「え?……あ。」


 カイトが思わず恒例のネタを言ってしまう程驚愕に包まれた三人だが、すぐに復帰し、クズハに問いただす。なお、ユリィは知っていたので、すぐに納得した。


「クズハ……いくらなんでもこれをお詫び兼謝礼に出すのは皇城の官僚たちが納得せんだろう……」


 言外に、高すぎるだろう、どう考えても超が付く高級物件だ、考えなおせ、ということである。築100年の5階建ての元高級旅館、おまけにバーカウンターに鍛冶場、大浴場付きである。普通ならば盗賊退治と貴族の暴走の詫び程度では、割にあわないはずであった。


「いえ、公爵家の所有物ですので、問題はありません。おまけに、この物件格安です。」

「ほう……」


 格安、という言葉に、カイトがぴくりを眉を動かした。伊達に旅人時代が長かったわけではない。カイトは少し身を乗り出す。クズハは、しめた、とばかりに一気に畳み掛ける。そうして事情を聞いた2人は、思わず納得した。


「なるほど……出るのか。所謂事故物件だな……で、並の除霊師じゃ、無理と……なら、仕方ないか。オレが除霊して、冒険部で使うとしよう。公爵家からは無駄な管理費が必要無くなって治安も良くなって、冒険部でも気軽に街に繰り出せて金を回せる。オレとしちゃ万々歳だな。」


 全てを理解してしまえば、確かにこれしかあり得なかった。なので、カイトもティナも納得してこの案件にゴーサインを出す。

 ちなみに部屋の間取りを見ると、5階は最上級のV.I.Pルームのみが10室。4階は5階には劣るもののV.I.Pルームが30室。この2階層の部屋には内部にキッチンなどの一通りの生活に必要な施設が整っており、更には内部にも複数の部屋を備え、客人が来ることも考えられている。

 3階以下は個人用の個室が各階50部屋ずつ、複数人で泊まれる大部屋が5室ずつ、こちらはシャワーと風呂、寝室とクローゼットなどが一通りあるだけである。5階の各部屋と3階にはテラスが存在し、3階の大きなテラスに隣接してバーが存在していた。他にも地下やダンスホール、鍛冶場、大浴場などが存在しているという、超一流ホテルであった。まあ、従業員はいないし高価な調度品の類は既に持ちだされているので、住居だけだが。


「あ、ねぇねぇ。」


 そうしてふと、ユリィが何かを思いつき、カイトに何やら耳打ちしていく。クズハはそれを訝しみながらも、終わるのを待って話を続けた。


「後、お掃除もお願いする事になると思います。修繕は此方で手配致しますが……」

「いや、その程度はどうということはないだろう。全員で掃除すれば直ぐに終わる。明日の会議で提案してくれ。桜と一条先輩にも援護は頼んでおく。」

「はい……あの、お兄様。」


 そう言って周囲を見回すクズハ。


「どうした?」

「何があったんですか?皆さんいらっしゃらないご様子ですが……」

「ああ、そのことか……ティナ、状況はどうなっている?」


 ティナがその言葉に目を瞑る。


「うむ。全員ぶっ倒れておる。」


 ティナは目を瞑ったまま、あっけらかんと言い放った。カイトとユリィは予想出来ていた事なので別に驚いていないが、クズハは驚愕に目を見開いた。


「ぶっ倒れてるって……何なさってるんですか?」

「そうか……まあ、そうなるわな。そろそろやめるように言ってやれ。」

「うむ。」


 そうしてカイトが終了の合図を下し、その間にユリィが紅茶を飲みながら説明を行う。


「皆でティナの特訓場で鍛錬中。一般生は倍率1.25倍で、桜達上層部は全員1.5倍だよ。」

「最近精神的ショックで鍛錬出来なかった奴が多かったからな。ミース達のお陰で全員復帰できたから、改めて鍛錬しなおしている。オレ達は留守番だ。」


 誰かからの依頼があるかも知れないので、部室に誰もいないのはまずいと、カイトとティナは残っているのである。


「なるほど……では、宜しくお願い致します。」


 そう言ってクズハは再び魔術で姿を消して去っていった。

「鍛冶場付きか……いよいよ鍛冶師が必要だな。」


 これまで、多少の武具の欠け等はティナ等の錬金術が使える面子で対処していたのだが、専門の職人が居るならば、彼等に任せた方が質の良い物が出来る。折角鍛冶場があるのだから、使わない手は無い。それにどちらにせよ、今のカイト達の後方支援を行う第二陣の生徒達のために専門職の講師が必要なのだ。そろそろ鍛冶師や農業の専門家等を雇用する必要はどちらにせよあったのである。ちなみに、今居るのはミース達傷の手当を専門に行ってくれている彼女ら天族だけである。


「じゃが、あてはあるのか?村正一門に頼んでも断られそうじゃがの……」


 ティナがそう呟いたカイトに問い掛ける。ユリィを含めてこの場の全員がかつての戦いで初代と二代目に親交があるが、二人共来てくれ、と頼んでも来てくれる人物ではなかった。この場の面々以外がそんな事を言えば最悪、金槌ではなく妖刀が飛んでくる。


「ダメ元で言ってみるか……誰か弟子にいい奴居たら紹介してくれ、ぐらいだったらなんとかなる……かも?」


 カイトはかなり自信なさ気にそう言う。職人ながらの頑固爺である初代村正から未熟な弟子を連れ出す許可が得られるとは考えにくかったのである。だが、まあやらないよりはマシだろう。そして、このカイトの発言を聞いて、ティナとユリィが即座に口を開いた。


「あ、行くなら私パスで。どーせ3日は待たされるんだから。」

「余もパスじゃ。一人で行って来い。」


 初代村正、二代目共に会おうものなら待ち時間が果てしなく長いので、二人共即座に遠慮したのである。


「はぁ……一週間は見込むべきか……」


 当たり前だが、カイトが行かないという事はあり得ない。なので、カイトは溜め息を吐いただけで諦めた。そうして新たな拠点に関して考え始める三人だが、一時間もした所で、冒険部の面々が帰ってきた。


「……ただいま……」

「……先輩、これからまた鍛錬やりますか?」


 ぐったりした様子のソラと翔がそう言ってソファに倒れこむ。そうして何時もなら翔の問いかけに嬉々として『何を言っている、行くぞ。』と翔とソラを引っ張っていく瞬だが、今日ばかりはその気力は残されていなかった。


「今日は、鍛錬無しでいいぞ……俺もこれ以上は動けん。」


 瞬はそう言って、ぐったりと別のソファに深く腰掛けた。


「只今戻りました……」

「お休みー……すぅ……」

「ただいま……」

「もう、動きたく無いですわ……」


 桜、魅衣、瑞樹の三人はソファに倒れこむ事こそ無いものの、深く腰掛けて休む。由利に至っては倒れこんでそのまま寝入ってしまった。


「ああ、帰ったか。どうだった……とは聞く必要がないな。」


 帰ってきた面々の様子を見て、カイトは問う必要がない事を悟る。全員がぐったりしていた。


「飯の時間になったら起こしてやるから、ゆっくり休め。」


 そう言ってカイトは全員を休ませることにして、再びティナ、ユリィと相談を開始するのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第159話『お引っ越し』

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