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第155話 日常への一歩

 ここで今章が終わりですが、後一話、閑話があります。


*連絡*

 本日夜間にタイトルの変更を行います。ご注意下さい。

 数時間後、会議が再開されたが、やはり全員が落ち込んでいた。


「結局……こうなってしまいましたな……」


 桜田校長が、小さくそう告げる。幾ら事情が事情だからといえ、やはり生徒から二人目の死者とあって彼も落ち込んでいた。


「ええ……」


 沈痛な面持ちの桜田校長と教頭が言葉を交わす。


「あそこに居た三人の男子生徒は大丈夫なのかね?」

「いえ、かなり混乱しているらしく、今は保健室で手当を受けています。」

「そうか……」


 桜田校長は沈痛な表情でイスに深く腰掛け、眉間を抑える。今までは精神力でなんとかなっていたが、今回の一件で彼にもかなりの精神的な疲労が溜まり、それが肉体的にも影響していたのだ。そうして彼が眉間をほぐしていると、会議室の扉がノックされ、応答に出た教師が告げる。


「校長、ミース様が来られました。」

「入ってもらいなさい。」


 桜田校長が許可を出したので、教師がドアを開けてミースを招き入れた。


「失礼致します。天族のミースです。先ほどお預かりした学生さんの報告にあがりました。」

「ありがとうございます。」


 ミースはドアが開くと、優雅に一礼する。彼女も昨夜は遅かったはずだが、この状況で医者の不養生はダメだろう、と一切変化も見せずにきちんと朝から保健室に詰めている。

 そうして、入ってきた彼女に桜田校長が席を薦め、着席したところで桜田校長が口を開いた。


「それで、彼等の容態は……」

「はい。精神的な混濁が激しかったので、一時的に眠っていただきました。その間にお香など精神的に安定させる薬を調合致しますので、ご安心ください。」


 ミースは柔和な笑みを浮かべて、安心させる様に微笑んだ。その笑顔はまさに聖女の如くで、見る者全てを安心させる笑み―ただし当然仕事用―だった。とは言え、そんな事がわかるはずもない教師一同はほっと胸を撫で下ろす。目の前でいきなり友人を亡くした三人の精神状態を気にしていたのだが、彼女の笑みから大丈夫だろうと読み取ったのだ。


「そうですか。ありがとうございます。」

「他の生徒はどうですか?何らかの変調をきたしている生徒などは居ませんでしたかな?」


 桜田校長が更に質問を続ける。すでに襲撃から24時間近くが経過している。報告でも少なくない生徒が保健室を訪れている事が分かっていた。


「はい、皆さんかなり精神的にショックを受けている様子でしたが……冒険者さんを除けば大きなショックを受けていらっしゃる方は少ないように思えます。」

「冒険者の生徒は……?」


 教師の一人が心配そうに問いかける。目の前で人殺しを、凄惨な戦いを見せられた彼等の心労は、情けなくも気絶していた自分たちでは想像が出来なかったのだ。


「少なからずショックを受けている様子でした。ですが、良い指揮官の元であった事が幸いしました。あまり危険性が少なく、ただ人が死んだところを目の当たりにするだけで済んだことが大きかったようです。少なくとも精神的に危険な領域に居る生徒は居ないかと。」

「外に出ていた彼らは大丈夫なのですか?」


 そう言って教師の一人がカイト達三人を示す。


「伺った所によると、彼等の内数名が出自から人殺しを目の当たりにしていたとのことで、その数名は大丈夫な様子です。薬は処方致しましたが、当分は要観察程度です。」


 人物こそ明言こそされなかったものの、ミースの言葉に教師の一部は、改めて桜や瑞樹が異なる世界を生きている事を実感した。


「また、彼、カイトくんや瞬くんは大丈夫です。魔術を併用したカウンセリングでも、問題なし、との結論がでました。多少ヒトを殺した事による動揺は認められましたが、このまま日常生活を送っても問題はありません。」


 その言葉に教師たちが騒然となる。当たり前だ。平然となれる理由がまったく理解出来なかったのだ。


「それは、一体なぜ?」

「おそらく、ですが彼等は守ろうとしたが故、殺人を受け入れたのだと。確か、カイトくんも瞬くんも、近くに居た誰かが殺されそうになって、非道に合う所で、と言ってたわよね?」

「……ええ。」


 ミースの言葉に瞬が頷く。瞬はリィルを助けようとして、勝手に手が出たのだ。その時の感情は偽りなく殺意であった。


「もし、自分が殺さなければその人はどうなるのか、そこに思い至って罪悪感に勝ったのでしょう。」

「……恐らくは。」


 内心では自身の殆ど無い罪悪感を疑問に思いつつも、瞬が同意する。


「ああ、思い出さなくていいですよ。」


 そう言って、ミースは柔和な笑みで瞬に微笑みかける。いつもはおちゃらけている彼女とて、その根っこ医者なのだ。患者に無理を強いることはなかった。

 まあ、それも含めてほぼ全てが嘘で出来ているのだが。桜達は覚悟が出来ていたことでショックが少なく、瞬に至っては報告がミースに上げられて彼女が精査して尚、未だに不明なのだ。さすがにこんなことを報告出来るはずも無かった為、嘘を言っているのである。そしてこの流れは予め瞬にも伝えている為、彼も承知した流れだった。


「冒険部の面々で最も重い症状は三年生の菊池くんです。危険水域ではありませんが、念を入れて今は保健室で休んでいただいています。今は薬を処方し、魔術で精神的な安定を取って寝ています。」


 ミースが少しだけ苦味のある顔で告げる。これにはカイトも少しだけ罪悪感があった。菊池は自分が俊樹少年の動きを察せなかった事で、かなり自責の念を抱いていたのである。カイトは菊池がここまで責任感が強いとは思っていなかったのだ。とは言え、真実を明かせない以上は、今は復帰を願うしか無かった。


「天城君や小鳥遊さんはどうですか?彼等も最も中心地に居たはずですが……」

「ソラくんは比較的問題がありません。彼もカイトくんと瞬くんと同じで、大切なものを守ろうとしたことで、罪悪感よりも、失うことの恐怖が打ち勝ったわけです。」


 更にミースが他の生徒の診断結果を纏めた書類を取り出して、続ける。ちなみにソラは昨夜辛い気持ちを全て吐き出した事で随分と改善されているという診断結果が、今朝の診断で上がっていた。


「これはどうやら冒険者の生徒さん全員に言えることのようですが……多くの生徒が自分たちが最後の砦で、ここが破られれば後ろの戦う術を持たない皆さんが危ない、と必死だったようですね。それが精神的な支えとなり、大きなショックとなる事を防いだようです。」

「では、神宮寺さんや三枝さんは……」

「はい、彼女らは親しいカイト君が助けに来たこと、更にはカイトくんがフォローしていた事が幸運でした。それに……」


 そう言って冒険部の中でも特に乱戦の渦中に居た人物についての状態を教師が質問し、ミースが状況を伝える、という事が繰り返される。当然だが、ぼかす部分はぼかしているのだが。

 そうして、彼女は学園の教師達に8割の真実に2割の嘘を織り交ぜながら、説明を行っている最中、彼女は一人、カイトの今回の行動の総評を行う。


(まあ、しょうが無いわよね……カイトも所詮は一個人。一人で出来ることなんて限られてるもの。カイトとユスティーナ様が2人で頑張った所で、何時かは綻びがでるわよね……そこら辺は経験者としての知識ってもんでしょうね……)


 一人でやろうとして無理だった経験など、カイトには山ほどあるのだ。その結果、アウラや自身の元に担ぎ込まれたことは一度や二度ではない。いや、それこそ両手の指では足りないだろう。それを知る彼女は、カイトが初めから負担ありきで計画を練っている事はわかっていたのだ。

 ちなみに、ミースがティナを内心で『ユスティーナ様』というのは彼女が元魔王として崇められていた時代を知っているからである。最近魅衣達親友達にも忘れられがちだが、本来ティナは様付けで呼ばれる様な存在である。


(彼等には申し訳ないけど、カイトとユスティーナ様の友人となれた不幸を呪うしか無いわね。いえ、幸運を、なのかも、しれないわね……まあでも……その代わり最後まで、彼らは生き残れるわ。それで帳尻が合うでしょう。最後まで生き残れることが出来れば、カイトが全て必要とした上でやっているということが彼らにも理解出来るわ。)


 医師として、年若い少年少女達にあまり精神的負担をかけすぎるな、とは思う。だが、同時に一族を率いる族長の血脈として、魔物や盗賊等による様々な凄惨な現実を見てきた医師として、悪辣な裏事から逃れられぬカイトの許嫁として、ミースはそれを良しとする。


「……と、言うわけです。」


 内心で若干の哀れみと共に本当の理由を考察しつつ、ミースはあり得そうな理由を並べ立てる。教師たちは大方納得したようで、全員少しだけ考え込んでいた。


「はぁ……子供たちにだけここまで負担を強いますか……」


 そう言って教師の一人が自らの情けなさを嘆く。元々彼は冒険部の生徒達が嘔吐し、気絶しそうになりながら堪えていた影で気絶していた事を恥じていたのだ。それ故、生徒たちが必死であると聞いて、若干だが活力を取り戻していた。そうして、彼は続けて告げる。


「かと言って、我々が彼等に比べて素養が無い事も、また事実。私達が矢面に立った所で足を引っ張るだけ……できることをやっていくしかありませんね。」


 多くの教師がそれに同意する。彼等は冒険者として活動する生徒とはまた別の罪悪感を抱えていた。生徒たちだけに負担を抱えさせている事への罪悪感だ。それ故、今も必死で立ち上がろうとしている生徒達の事を聞いて、誰しもが動き始めようとしていた。


「まずは、生徒たちの状況の確認と、塞ぎこんだ生徒の相談に乗ることから始めましょう。」


 誰かがいったその言葉を開始として、全員が席を立ち上がり始める。


「では、まずは生徒たちの状況の把握を頼みます。当分は毎朝会議室で状況を報告しあうことにしましょう。」

「わかりました。」


 桜田校長の音頭で、全員が会議室から出て、各々受け持つ生徒の所へと向かっていったのだった。




「此方は大丈夫か……」


 出て行った教師達を見送りつつ、カイトが呟いた。それを聞いた桜が、気になってその理由を問うた。


「何か心配だったんですか?」

「ああ、ここで教師達までダウンされても困るからな。またうちから人を出さないといけなくなる。」


 何処か冗談めかして、カイトが苦笑する。さすがに何かある度に公爵家から人員を供出するのでは、今後が不安であった。まあこれは殆ど建前で、教師達もカイトにとっては守る対象だ。それ故、幾ら必要と認めても倒れられては後味が悪かった。


「いや、仕方が無いだろう。さすがに日本にいれば人殺しなんぞ滅多に目の当たりにしない。それが戦争クラスになれば尚更だ。」

「戦争……ね。昨日のは単なる戦闘にすぎないが、な。まあ、あの状況でもしブラス達が居なければ、もし誰か一人でも逃げ出していれば、その時点で終了だった。よく逃げなかった、とはオレも賞賛を送る。」


 瞬の言葉に、カイトが苦笑して告げる。ミスこそあったものの、カイトとしてみれば上々の結果と言えた。最上級の司令官が側にいて、最前線では圧倒的な戦力を有する味方が危なげなく戦闘を行う、自分たちは戦場の空気を感じるだけ。対人戦の初陣としては最高の状況を整えたのだから、当たり前ではあった。だがそれでも、必死で凄惨な場を耐え抜いた彼らを賞賛する気持ちは偽りなかった。

 ちなみに、ティナの結界によって流れ弾一つ学園には届いていない。それ故、彼らはまだ気付いていないが、学園には一切の戦闘の跡は無い。ステラが襲撃者達の死体の処理を急いだのは、それ故だった。

 死体を処理するだけで、学園付近で人殺しがあった事を思い出させる物は殆ど何もなくなるのだ。忘却こそが最高の治療手段だ、とはミースの言だ。それ故、思い出さなくて良い様に痕跡を早急に消したのである。


「そうなのか?」

「伊達に特殊部隊の参謀を務めていない。如何にすれば新兵で構築された部隊を率いる事が出来るのか、というのもきちんと理解し、実行出来ている。当然ではあるが、それが出来るからこそ、参謀役や指揮官を務められる。まあ、それでもあそこまで学園生達に安心させられるのは、あいつの手腕があってこそ、だろうな。」

「そうなのか……」


 カイトがブラスの手腕を褒めそやし、瞬が感心した様に頷いていた。前線で戦う特殊部隊の戦士としては頭いくつ分も劣る彼とて、何人もの新人の戦士達を見てきているのだ。それに、伊達に参謀を任せられては居ない。どうすれば新兵達が最も安心出来るのか、というのは研究し尽くしていた。それ故、司令官たる彼は自分と残留の部隊で最も強い隊員の複数を学園生達の警護に回し、常に大丈夫だと言い続けたのだ。

 そうして瞬が昨日の戦闘を思い出していると、ふと疑問が浮かんだ。


「なあ、昨日の戦闘でふと疑問に思ったんだが……襲撃した奴で逃げたやつは居ないのか?」

「ん?まあ、何人かはさすがに取り逃がしたな。それでも盗賊は全員始末した。」

「その中にセツって冒険者は居なかったか?」

「セツ……ちょっとまってくれ。」


 カイトはクズハに念話をつなげて確認を取る。どうしてもカイトも他の面々にしてもその後の恒例行事があったり、戦いの後処理があったりと様々な理由で数人は取り逃したのだ。一応追わせてはいるのだが、瞬が戦ったと言うセツという冒険者は、その上手く逃げ出していた面子の一人なのだろう。


「いや、居ないようだな。冒険者の中でもわりかし知恵の回った奴はアルとリィルが参戦した時点で見切りを付けていたようだ。恐らくその一人だろう。」

「ああ、奴が去ってすぐにリィルがやって来た。」

「そいつがどうかしたのか?」

「いや、珍しい武器を使っていたんでな。ああ、そうだ。お前にも言っておかないとな。助かった。」

「どういうことだ?」


 いきなり礼を言われたカイトが怪訝な顔をする。ずっと可怪しいとは思っていたが、罵倒も無く礼を言うなぞどういうことなのか、まったくわからなかった。そんなカイトに、瞬が笑って事情を説明する。


「何、そいつが使っていた武器が鎖鎌でな。お前が見せてくれた戦い方のお陰でなんとかしのげた。無かったら、今頃俺の頭は潰れたトマトだっただろうな。」

「そりゃまた珍しい。単なる雑談程度でも役に立つ事があるものだ。」

「そのようだ。今後も雑談を頼む……と、そいつにお前の話をしたら、興味を持っていたようだぞ?」


 そう言って瞬が笑う。それに対して、カイトは嫌な顔をした。


「やめてくれ……」


 その言葉を最後に三人も立ち上がり、冒険部の執務室へと戻る。そうしてこの日はカイト達も英気を養う事に、一日費やしたのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回:閑話・155話

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