第8話 議論紛糾
公爵代行によって支援が決定されたことで学園の人員に対して介抱がなされ、生徒、教員で意識が復帰するものが多くなるにつれて学園は騒乱に包まれていった。
尿などで汚れた衣服は魔術によって清められたが、精神的に負った負担は未だ元に戻らず、そこらかしこで怒号が飛び交うことも多くなっている。
そんな中で第一会議室にはルキウスらとカイト一同――一番初めに復帰してルキウスたちと話しているということで呼ばれた――を交えた教員達によって話し合いがもたれる事となった。
現状を説明するとやはり教員達の表情は暗くなっていき、帰還の望みが薄い、と分かった所で泣き出すものもいた。そんな中で一番平静を保っていた桜田校長は取り敢えずの安全が確保出来た事に安堵を覚えていた。
「ふーむ、分かりました。とりあえずは安全や衣食住は保証していただける、ということですな?」
全ての状況を聴き終え、とりあえずまず一番大切な事について、桜田校長が確認を入れる。それに対してルキウスが念を押す。
「はい。マクダウェル公爵家の名において保証致しましょう。」
ルキウスは既に何度も明言していた事であるが、これが大事な事だとしっかり理解出来ていた。その為、これも何度も保証する。しかし、今度はルキウスは言い辛そうに続けた。
「ですが……。非常に言い辛いことなのですが、何時までも、と言うわけにはまいりません。どこかであなた方には自分たちで生活の糧を得れるようになっていただかなければならないでしょう。」
「でしょうな……。」
「……まあ、今すぐでなくて構いません。あなた方には時間が必要でしょう。必要であれば此方で職などを紹介させていただくことも可能です。」
「そうですか。その際はよろしくお願い致します。」
桜田校長はそう言って頭を下げる。それに対してルキウスは頷いた。
「承りました。後、居住スペースの件なのですが、なんとか暗くなる前に目処がつきそうです。とは言え、布団や小さく個人のスペースが確保されている程度、となりますが……。」
「雨風が防げるだけでも御の字でしょう。生徒たちには不満があるものも多いでしょうが、我慢してもらうしかありませんな。」
桜田校長がため息混じりに了承を示し、同時に頭を下げた。天桜学園が飛ばされた場所は公爵代行のいる公都から近かったらしく、支援部隊がすぐに到着したのだ。なので、現在は急ピッチで教室などが改造されている。そのおかげで暗くなる前に居住スペースが確保できる、というわけである。
「あと、できればグラウンドに、我々の部隊を待機させて頂いてもよろしいでしょうか。そうでなくてもせめて近くに。」
「なぜです?」
グラウンドに武力を有する部隊を待機させると聞いて若干警戒感をにじませる桜田校長であったが理由を聞いて、致し方なし、と思った。
「あなた方の世界がどうだったか存じ上げませんが、此方の世界では魔物などや野盗も存在します。そして、あなた方は魔術をご存じないとのこと。失礼ですが、あなた方五百名だけでは、此方の世界の二十人程度の野盗や、少し強いだけの魔物一体に全滅させられるぐらいに弱いのです。」
「……そうですか。我々はそこまでこの世界では力なき存在と……。」
「ええ。申し上げづらいですが、恐らくここにいる我々3名の誰か一人で、あなた方全員を怪我一つさせずに無力化させることが可能です。ですが、野盗共であれば容赦はしない。そうなればどうなるか、など考える必要もないでしょう。」
ルキウスはそう言って申し訳無さそうにする。彼も今まで平穏に暮らしていた者達に、自分たちが警戒されることは理解している。だが、これは両者の安全に対して必要なのである。それに、盗賊達がはびこるのは端的に言って、彼らの取り締まりの不足が原因だ。申し訳無さそうなのはそれを恥じていたのである。
なお、現在の皇国では奴隷所有は貴族であっても厳罰に処されるが、密かに所有している貴族がいないわけではない。皇国以外の国では未だに奴隷制度が保たれている国も多く、盗賊がそういったルートに奴隷として売りにだすことも考えられる。
故に、現在の天桜学園が野盗や魔物などに襲撃されれば待っているのは悲劇だけである。少なくとも命があっても無事では済むまい。女生徒や女教師は陵辱されるか、娼婦などとして売られるのは目に見えている。男でも運が良くて奴隷として売られるであろう。
桜田もすぐにその答えに至ったのか納得して了承した。
「そこまで此方の世界は危険が満ち溢れていますか……。では、申し訳ありませんが護衛をお願い致します。しかし、場所については少しお時間を頂きたい。」
「承りました。では、私達は部隊の指揮などがありますので、一旦はこれで失礼させていただきます。部隊の駐留場所については日が暮れるまでに、できれば早いうちにお願い致したい。」
そう言って退出していくルキウスら3人であった。
桜田ら教師陣、カイト一同は一礼し彼らが出て行ったことを確認した後、再度会議を続ける。桜田は桜に対しルキウス達がいる場では問いかけられない事を問う。
「天道くん、彼らと一番長く接しているのは君達だ。彼らは信用できると思うかね?」
「恐らく、ですが。」
さすがに出会ってすぐの人物を信用することは出来ないので、桜は明言は避ける。その他の一同は無言を貫いているが小声で話し合う。
「少なくともアルは良い奴に見えたけどなぁ」
「わからんぞ?もしかしたらあの笑顔の裏はオレたちを策にはめようとしているのかも知れん。」
「すると思うか?」
「さぁ?アルが考えていなくても上の公爵代行とやらは考えているかもな。とりあえずそれぐらいは用心しておけってことだ。」
それは有り得ない。カイト自身が最も自信を持って断言できるのだが、この場でそれを言うわけにもいかない。
「ふーん。まぁ、なるようになるだろ。」
「最悪を回避するためには策を練っておかんとなんにもならんぞ?余とてカイト以外にこの身を委ねる気はない。」
「そんなもんかねぇ。てか、お前らやっぱり……。」
と真剣味を帯びた会議室で呑気なものであった。此方の世界に慣れているカイト、ティナはともかく、この状況ですでに平常であるところを見るとソラもかなり大物なのだろう。が、そんな彼らをよそに大声を上げる教師が一人。
「私達は彼らに騙されているだけだ!彼らはああ言っているが実際には此方を夜中のうちに捕まえるつもりなんだろう!」
教師の中には同じことを考えていたものも少なくなかったらしく、同調するものが少なくなかった。
「そうだ!だから軍をグラウンドに置かせるように言ったんだ!」
「信用できるわけがない!」
そう次々に声を上げている。それに対してある教師が反論する。
「だが、ここに来てあの……ドラゴンを見ただろう!あんなのにまた来られてみろ。すぐに全滅するぞ!死ぬのとどっちが良い!信用する以外に道は無いんだよ!」
ドラゴンというのは恥ずかしかったのか若干口ごもりながら言う。またある女教師もそちらに同調する。
「それに野盗とかがいるっていう話じゃない!生徒たちが奴隷にされるところなんて見たくないわ!」
と、声を荒らげる。つられるように段々と議論が紛糾していくが、ついに乱闘になりそうになり桜田が一喝した。
「落ち着かんか!」
その声は会議室全体に響き渡った。ティナが密かに会議室の外に声が漏れない様に結界を張っていなければ、外までその怒号は飛んでいたことだろう。
「我々大人がこのようなざまでは生徒たちが不安となる。とりあえず皆にも落ち着く時間が必要だろう。一旦のところ議論はここまでにして、30分ほど休憩を取る事にしよう。」
誰もが熱くなっていた事を理解したのか、異論は無く、休憩に入ることとなったのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
2015年10月29日
色々と文章を追加しました。流石に多いので逐一の記述は致しません。