第154話 罪と罰―結末―
昼休憩を挟んだ後、会議が再開されたが、当然冒険部の勝手な判断が問題視される事となった。
「……というわけです。どう足掻いても、彼を死から救うには、そうするしかあり得ませんでした。」
教師から説明を求められたカイトは、自身が誘導し、桜が決定したことを巧妙にぼかしつつ、事情を説明した。そうして、全てを聞いた教師の一人が、カイトに問い掛ける。
「そうか……もし逃げれば、今度こそ、処刑されると思うかね?」
「ええ、確実に処刑しかあり得ません。今度は如何な助命も無意味です。届く知らせは処刑完了の報せでしょう。」
カイトが『死ぬ』と断言する。それが嘘とは思えず、教師達の誰しもが溜め息を吐いた。
「分かった……しかし、今度からはこういった場合はすぐに報告なさい。致し方がないとは言え、問題であることには変わり無い。取り敢えずは座りなさい。」
カイトの言葉を聞いた桜田校長が、事情を説明させていたカイトに着席を許可する。
「申し訳ありません。」
それを受け、カイトは頭を下げる。どこか事務的であった。いや、事務的なのは当たり前だ。カイトは一切悪いと思っていないのだ。罪悪感さえ無かった。悪いと思う所があるとすれば、唯一つ。桜に負担を掛けた事だけだ。
「それにしても、まさかそこまで即座に執行されるとは……。」
「せめて一報でも入れられるものと思っていましたが、最悪は全てが事後で伝えられる可能性もありそうですね……。」
最悪生徒たちが見ている前で生徒が処刑される可能性があった事に、教師たちが驚いている。死罪となっても、少しの猶予があるもの、交渉の余地は有り得る。そう思っていた教師も少なくなかった。
だが、これはどう考えてもあり得ない。まだ公爵領内なら、交渉もあり得た。だが、それも今回限りだし、他の領内ではまずあり得ないのだ。そんなお目こぼしが貰えたのは、ひとえにカイトと同胞という偶然があればこそ、であった。
「マクダウェル家は皇国の中でも盗賊に対しては特に苛烈とは聞いていましたが、まさかここまでとは……我々にも一切容赦なし、ですか……」
少しは猶予が有るのか、と思っていたらしいが、最も温情的と思える公爵家でさえ配慮を一切見せず、同等に扱っている事を理解したのだ。
「ええ、ほぼ一瞬で盗賊を片を付けました。一応卯柳くんには最後に言い残すことは無いか、と聞いていましたので、それが彼等の出来る唯一の温情だったのでしょう。」
桜が状況説明に補足する。それを聞いた教師たちは空恐ろしい物を感じるが、同時に理解もした。ここは、日本とはまったく違う異世界なのだと、真に理解したのだ。
「はぁ……これでは減刑は難しそうですか……」
先ほどまで否定派に近い意見を述べていた教師の多くでさえ、軒並み賛成派に回り始める。もし、ここで俊樹を逃がせば確実に殺される、というカイトの断言が効いたようであった。
「ええ。それに、もし彼に更に減刑すれば示しがつきません。どうしようもないかと。更に彼に減刑する代わりに、と我々に彼が逃亡した際は此方で始末をつけるように、と交換条件を持ちだされていますので、此方が勝手に外に出すことも不可能です。」
「はぁ……まったく。生徒に生徒を殺せ、とは……」
教師達に憤りはあるが、さりとて公爵家側からみれば、これは完全に学園側のワガママだ。それを聞き届けて咎人を見逃すのなら、その程度の保証が必要であることは全員が理解した。
「一条君には辛い役目をさせてしまった。申し訳ない。」
教師の一人が済まなそうに目を伏せる。それに、瞬が首を横に振って答えた。
「いえ、元々俺が提案したことですから……後は彼が逃げないよう、信じるしかありません。」
「そうか……」
そうして趨勢が決したと判断した桜田校長だが、一部の教師が顔を真っ青にしている事に気付く。始めは話を聞いてショックを受けていると思っていたのだが、何やら様子がおかしかった。
「鮎川先生、いかが致しました?それに、栗宮先生も……」
「……校長。今すぐ生活指導室に行ってもよろしいでしょうか?」
真っ青になりつつも教師の一人が言う。何かを焦っているようであった。それに、カイトは思う。もう遅い、と。理解するのがあと僅かに遅かった、と。
「彼に何か話が聞きたいのですかな?」
「……もしかしたら、彼が逃げるかも知れないんです。」
か細い声で言われた言葉に、事情を知らない教師陣が騒然となる。
「どういうこと……いや、その前に、誰か今すぐに生活指導室に向かいなさい!天音君、一条君、君たちも頼む!」
大慌てで桜田校長が指示を出すが、見れば瞬が沈痛な面持ちをしていることに気付いた。そして、目を伏せたまま、何処かやり切れなさそうに瞬が口を開く。
彼は最後の希望として、彼の助命を請うた。だが、それが裏切られたのだ。やりきれないのは当たり前だった。
「……間に合わなかったようです。」
「どういうことかね?」
「……今、卯柳が死にました。」
「な!?」
その言葉に、教師陣が騒然となる。事実なのか、と聞こうとするのだが、次の瞬間、それを証明するかの様に、男子生徒達の叫び声が響き渡った。
「今の叫び声は!」
「……行きましょう。」
この場で唯一平静を保つカイトを先頭に、一同は生活指導室へと向かったのだった。
時は十数分だけ、遡る。まだ軟禁室は完成していなかった上、学園での処罰が決定していなかったので、俊樹少年は暫定的に生活指導室に軟禁されていた。
「はぁ、どうしよっかな……暇だなぁ……」
いつもの彼なら、逃げ出す方法や他人に罪を擦り付ける算段を立てるのだが、さすがにこの状況は詰んでいた。罪は確定しているし、逃げ道も無いのだ。
窓から外を見れば、定期的に巡回する隊員が居て、廊下には当然のように外から鍵と、学園側からの見張り役の教師が居た。学内には公爵軍の隊員達も巡回しているし、冒険部の生徒達も多い。それ故、出入口には学園側からの見張りしか居ないのだ。逆に密かに逃げられる窓からは逃げられないように、部隊員達が巡回しているのである。
「逃げれば死ぬって言ったけど……」
意外と逃げれるかも、俊樹少年はそう思わないでもない。だが、今も隠れて見張りが居るのだろうとも思う。そこの所が判断出来なければ、如何とも出来なかった。
「はぁ……暇。」
そう言って俊樹少年はイスに深く腰掛ける。そうして少し待っていると、不意に窓がノックされた。
「おい、開けろ。」
見れば彼が東町へとそそのかした生徒の一人であった。よく見れば、他にも2人居る。此方も、彼がそそのかした生徒達だ。始め、俊樹少年は文句の一つでも言いに来たかと思い、身構える。
「何?」
「よ。どーせお前も東町行ってバレたんだろ?」
「え?」
すでに自分が盗賊を招き入れた事は伝わっていると思っていた彼だが、どうやら違ったらしい。彼らは何処か、悪戯をして叱られた少年を見る様な、イタズラっぽい顔だった。俊樹少年は注意深く彼らが嘘を言っていないか見極めるが、そんな様子はなさそうだった。
当たり前だ。俊樹少年が裏切った、という情報をどう扱うのか。それはこれから決める事だったのだ。彼らが知らなくても当たり前であった。
「教師たちが今会議やってるよ。で、公爵家の見張りは今トラブっててよ。暇だろうなー、って思ってゲーム、持って来てやった。っと、入るぞ。」
そう言って三人は窓を乗り越えて生徒指導室へと入った。それから俊樹少年は暫くの間、監視か誰かが来るかと注意深く監視する事になるが、誰も来ない。そうして、少しの雑談の後、少年の一人が笑いながら言う。
「でもよー、お前もバレるんなら俺達と一緒の時にバレた方が良かったのになー。何もあんな翌日にこんなとこ入れなくてもいいじゃん。」
「昨日は俺達殆ど気絶してたから殆どなんとも無いけどよ、薄っすら意識があったらしい井上とか戦闘音?とか絶叫とか聞いてかなりグロッキーだったぞ。他にも校門前に行った柴田とか今も薬貰って保健室で寝込んでる。さっき見舞いに行ってきたけど、ひどかったぞ。」
「まあ、気絶してたってのも間抜けな話だけどな!」
「お前、昨日はどうだったよ?やっぱ、気絶?」
そう言って、密かに生活指導室に入り込んだ少年たちが笑う。その声で誰か来るかと思った俊樹少年だが、誰も来そうに無かった。もしかしたら見張りは居ないのかも、と考えていると、少年の一人の質問を聞き逃した。
「え、ああ。そうだね。」
「やっぱりな!お前そうだと思ってたんだよ!」
質問の意図はわからなかったが、どうやら彼らにとっては望む答えだったらしい。彼らは楽しげな笑みを浮かべている。今がチャンスだ、彼はクモの糸を見つけた気分で、更に突っ込んで聞いてみた。
「ねえ、トラブルって何?」
「さあ、さっきまでいた見回りの隊員さんが慌ててグラウンドに向かってったのは気づいたけどよ。」
「なーんか誰かが暴れている、だの言ってたから、もしかしたら魔物が来たのかもな。さすがに喧嘩は無いだろ。」
どうやら少年達も把握していないらしい。何が起きているのかはわからなかったが、俊樹少年はこれをチャンスだと考えた。この学園にはカイトが居る。彼が居る以上、幸運が無ければ絶対に自分は学園から出られないのだ。だから、彼はなんとか脱出する方法を考える。
「命を奪わせることは無い。後は、どれだけ逃げられるか、かな……」
俊樹少年は、完全に誤った想定で進んでいた。そう、幾らカイトでも、学園生に自分の命を奪わせるような事をするとは思えなかったのだ。これこそが、彼最大の誤りだった。そうして一人ブツブツと呟いていると、ある少年が別の少年の腰に帯びている小袋に気付いた。
「ん?おい、それなんだ?」
「あ?……あ、忘れてた。鮎川センセからこれ渡してくれって。」
そう言って小袋を俊樹少年に渡す。彼は受け取ってすぐに中を確認すると、中には幾ばくかの金銭と、手紙、何かの刻印が刻まれた魔石が入っていた。
「何だ?それ。」
少年の一人が興味深げに中身を覗こうとするが、その前に俊樹が隠した。手紙に書かれてあった内容から、見られてはならないと思ったのだ。
「……ねえ、僕も少しだけ出たいんだけど……こんな所にいても暇じゃん?」
手紙を読み終えた彼は、笑みを浮かべてそう言う。どうやら案外教師達は甘いらしい。俊樹少年は密かにほくそ笑む。
「ははは、だよなー。あ、でもバレる前に戻れよ?」
少年の一人が、笑いながら告げる。彼らとて、ルールを若干逸脱するような少年達だ。真面目に軟禁されておく事は無いし、見張りさえ居なければ軟禁場所から抜け出すことは日常茶飯事だ。それ故、笑って見逃す事にしたのだ。手紙になんと書かれていたのかも、知らずに。
手紙には、こう書かれていたのだ。騒ぎを起こすから、その隙に逃げなさい。暫くの間街で隠れて、ほとぼりが冷めた頃に戻って来なさい、と。カイト達の説得が失敗し、趨勢が不利である事を見て取った否定派の教師達による手紙だった。彼らは襲撃による怒りさえ静まれば、公爵家にせよ他の教師達にせよ、説得は可能だと思っていたのだ。
だが、彼らは一つだけ思い違いをしている。確かに、教師達ならば根強く説得をし続ければ、翻意も可能だろう。だが、カイト率いる公爵家だけは、何があっても翻意することは無いのだ。おそらく恩赦もあり得ないだろう。
「わかってるよー。さすがに昼前には戻らないとご飯持って来て居ない事がバレちゃうからね。」
「おし、ちょっとまてよーっと。今なら大丈夫だな。」
「っしゃ、行くぞ……」
少年達三人が窓から外にでた。先に周りに見張りが居ない事を確認してくれたのである。そうしていよいよ俊樹の番となった所で、俊樹は頭の中に声が響いた気がした。
『本当に、それでいいのか?』
その言葉に、俊樹少年は周囲を見渡す。だが、誰も居なかった。幻聴か、彼はそう判断する。見れば、先に出た三人が笑っていた。
「んだよ、もしかして、いまさらビビったのか?」
「おい!早くしろ!騒ぎが終わっちまってる!」
「あ、今すぐ行くよ!」
その声に、彼は大慌てで貰った魔石の一つを使用する。使用者の分身を生み出す安物の魔石だった。生み出した分身を生活指導室の椅子にもたれ掛からせ、眠っている様に見せかける。そうして、彼は少し急ぎ足で窓の縁に足を乗せる。靴は室内用だったが、文句は言えない。
「……後は……」
出てすぐに護身用の魔石を使おう、そう考えて用意して外に出た瞬間。彼の胸に真紅の花が咲いた。
「……は?……こふっ。」
俊樹少年は鋭い痛みを感じ、胸を見る。見れば自分の胸から禍々しい槍が飛び出していた。それを確認した彼は血を吐いて膝をつき、倒れこんだ。
「え?」
その様子を口を開けて呆然と三人は眺めていた。一番近く、俊樹少年の脱出を手助けしようと手を差し伸べた男子生徒の顔や衣服は、俊樹少年の血で真っ赤に染まっていた。彼は生暖かい血の意味が理解できず、呆然とし続ける。
「う、うわああああ!」
一番近くの少年を除いた二人が絶叫する。それが、俊樹少年の短い人生で最後の音であった。
「やはり、嘘と取ったか。」
カイトは状況を見てそう判断した。俊樹から生えた槍は少年等によって抜かれたようで、脇に打ち捨てられていた。そうして、やって来たカイトに気付いて、少年たちが縋り付いた。
「あ、あんたは確か、そうだ!冒険部の部長さんだ!なあ、なんか魔術ないのかよ!コイツすげえ血が出てんだ!助けてくれよ!」
「……無理だ。」
「なんでだよ!魔術とか魔法とか有るんだろ!なら、死んだ奴をよみがえらせることだってできんじゃねぇのかよ!」
この世界は剣と魔法の世界だ。それ故、死者蘇生も有り得るかも。それが、彼らにとって一縷の望みだった。だが、カイトはこれを否定する。
「……死者蘇生の魔術は未だ誰も到達しない域。いや、それ以前にそんなものは存在しない。」
そもそも、そんな事が出来るなら、自分にもティナにもクズハにもユリィにも、山ほど生き返らせたい人が居るのだ。その自分達が出来ない時点で、無理なのだ。
「なんでだよ!コイツが何したってんだよ!なあ!」
尚も食い下がる男子生徒を、教師の一人が止める。知らされていないが故、彼らには何故、としか問うことが出来ない。それを痛ましく思ったのだ。
「……鮎川先生。どういうことか、説明してくださいますか?」
「……はい。」
そうして涙を流しながら説明された理由は、やはりカイトの予想通り、逃げれば死ぬ、という事を嘘と判断したが故であった。当たり前だ。安全な日本で生まれ育った彼らに、そこまでこの世界が悪辣であるなぞ想定出来たのだろうか。この世界に生きる者からは罵倒されるであろうが、それが、彼らの普通だったのだ。それが引き起こした、悲劇だった。
「まさか、彼が本当に死ぬとは思っていなかったんです……単なる脅しで、逃げても連れ戻されるだけだと……」
説明を受けて尚、彼等は誰も本当に部屋から出れば死ぬとは思っていなかったのだ。カイトが最後に『死ぬ』と断言するまで、それが事実とは思えなかった、否、思いたくなかったのだ。
それらは単なる脅しで、瞬が施したのは、大方GPSの様な物だろう。そう思っていた。瞬に頼み込めばなんとか見逃してもらえると思っていたのだ。
「……そうか……まずは彼の遺体を荼毘に付さねばならん。生徒たちにもあまり見せて良いものではない。」
桜田校長が、やりきれない顔で告げる。そしてすぐに、コフルと数人の隊員がやって来た。倒れこんでいる生徒の周囲の血溜りを見て思わず目を見開くが、倒れた生徒が俊樹少年である事を見たコフルは納得した。彼は、今回の全てを知る立場に居たのだ。それ故、疑問には思わなかった。
「これは……事情を聞かせてもらえるか?」
「はい……」
そうして再び事情の説明がなされ、コフルが顔をしかめ、そして告げる。
「そうか……わかった。彼の遺体は此方で一端預かろう。また、そちらの教師達と彼らには後で事情を聞かせてくれ。罪は罪だ。少年達の方は死刑等の極刑にはならないが、それでも罪。罰は受けてもらわねばならん。」
「……申し訳ありません。」
沈痛な面持ちの桜田校長が頭を下げて、それを受けたコフルは部下に何かを命じる。
「生徒たちにどう伝えたものか……」
まだ俊樹が盗賊とつながっていたことさえ、伝えていないのだ。更にここで彼が死んだ事を伝えるとなれば、頭が痛かった。
「ひとまず、少々休憩を挾み、会議を再開するとしよう。」
歳相応に覇気の無い桜田校長が、教師陣に告げる。誰も反論は無かった。彼等も同じように鎮痛な面持ちで落ち込んでいた。そうして、同じくやりきれない顔の桜が、カイトに告げる。
「……カイトくん、私達も行きましょう。」
「ああ。」
そうしてカイト達も立ち去ろうとした時、カイトの頭に声が響いた。その声は、何処か冷たく、何処か楽しげであった。
『悪辣じゃのう。』
それは、ティナの声だった。彼女は部室から、今回の全てを見ていたのである。それに、カイトは全てを把握されていると理解しつつ、嘯いた。
『何のことだ?』
『別に逃さぬようにすることも出来たじゃろうに。』
『出来た出来なかったではなく、逃走した、という事実が重要だ。』
『全てを見ておった奴のセリフでは無いのう……そこな少年三人が教師達から密かに小袋を受け取ったところも見ておったじゃろう。止めようと思えば止められたではないか。』
『お見通し、か。確かに死んでもらう必要は無かった。だが、逃走を選んだのは奴だ。二度目の慈悲は無い。ならば、その全てを利用させてもらうだけだ。』
今回、カイトが一番是正したかったのは、冒険者として活動する生徒と、そうでない生徒の認識の差である。だがそれは、教師にも言えることであった。地球の様に少年が死刑囚とならないように情けをかけられる余裕のある世界ではない事を、早急に理解させる必要があったのだ。
世界の間の感覚の差を理由に、それを理解させぬままにしておけば、何時かは天桜学園が排斥される。それを望まぬのなら、学園が外に出始めたこの段階で、全員に理解させなければならなかった。
だから、カイトは、否、ティナも含めた公爵家の最上部の面々は、今回俊樹少年の監視を付けなかったのだ。もし、地球と同じ感覚で居たらどうなるのかを、見せつける為に。だが、カイト達とて一応の温情は掛けた。彼がきちんと逃げなければ、死なずに済んだのだ。それを逃げたのは彼だ。文句は言えない。
『効果、のう。上がりすぎて今度は誰も出んようになっては困るのではないか?』
『まさか。今回の一件で最も厳罰を望むのは冒険部関係者。対して減刑を望んだのがそうでない者。冒険部の面々や冒険者の生徒達は至る所にあるもっと凄惨な遺体を見ている。当然盗賊との戦いも見た。ならば冒険部の関係者からはこの結末は致し方なし、の結論となる。』
カイトの推測は、嘗て日本にいて、この世界で最も長い者だからこそ、正確に見通せた。
事実、この数日後に行われた調査では、冒険者として活動が盛んな者程、致し方ないという回答を行っていた。加えて、俊樹に対して、どうしてこんなことを、という意見も多かったが、あまり同情は存在していなかった。だが、当然対論が出ても居る。
『じゃが、そうでない生徒はうるさくなるぞ?』
ティナは100年を超える在任期間の元魔王という為政者の立場から、正確に見通した。
事実、この日から数日は、生徒が一切の断りなくいきなり殺された、ということで冒険者として活動していない生徒もかなり騒がしくなった。一切の警告もなしなのか、もう少し猶予が有っても良かったのではないか、と。だが、これはある感情によって、しばらくすると、消えてなく成る。
『次第に少なくなるだろう。この一件が広まれば、どこかの密偵から接触されても誘いに乗ろうとする輩は少なくなるだろう。もし、それが盗賊なら、もし盗賊に与した事が公爵家にバレれば自分たちもこうなる、と。それが、狙いだ。』
これも、事実だった。数日経ち、冷静になると、今度は逆に恐怖がやって来た。もし自分たちも盗賊に手を貸せば、と理解したのだ。そうなれば必然死にたくないと思い、怪しい誘いには乗らなくなる。それこそが、カイト達の狙いだったのだ。
『そのためだけの贄か……お主も相変わらずよ。』
『言うな。どうせ早かれ遅かれ盗賊に与する者は出た。ならば他の生徒に協力者が出ない、傷口が浅い内に済ませよう、というのは当然の判断だ。予想外も幾つもあったが……これ以上の犠牲を生まんためにも、な。今しか無かった。』
カイトは少しだけ、安堵した様な声だった。そう、今回は運良く、俊樹少年だけの犠牲で済ませる事が出来たのだ。これがもし、もっと複数が絡んでいれば、それら全員を処刑せねばならなくなったかもしれなかったのである。俊樹少年しか盗賊に与しなかった事は、カイト達には僥倖だったのだ。
『この世界で冒険者をやる以上、人殺しを見ぬことはないし、せぬ事もありえん。それは諦めるしかあるまい。スマヌな。きちんとお主が出来ておるか理解したかっただけじゃ。』
どうやら悪辣さを指摘したり、色々と問いかけたのは彼女の試験の様な物だったらしい。それに、カイトが内心で苦笑する。
『いい。お前はオレの師だ。ならば、時には確認しろ。』
『くく……うい奴よ。』
ティナの小さな笑い声が響き、2人は念話を遮断する。この後。この一件は、2人を含めて極少数しか詳細を把握せず、闇へと葬られることとなる。それは、桜達さえ、知ることは無い絶対の秘匿であった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回:第155話『日常への一歩』
2017年5月9日 追記
・誤字修正
『GBS』なるよくわからない物を『GPS』に修正しました。