第150話 襲撃
*連絡*
『天桜学園冒険譚』というタイトルを変更する予定です。さすがに今すぐだと混乱がありますので、3日ほど期間を間を空けます。
*新タイトル*
『Re-Tale~二度目の冒険譚~』
*理由*
以前から通知している外伝の題名を考えていたのですが、アイデアが固まりました。それに伴い題名で関係がわかる様にしたいと思っております。
道中グインという過剰戦力を加えたカイト達が到着する少し前。レーメス伯爵の起居する街の前には大勢の軍勢が集まっていた。
「……一体いきなり何なんだよ。夜中に招集なんて。」
「さぁな。大方また何か碌でもない事を考えたんだろ?」
そろそろ夕食か、そう考えていた所に招集である。しかも、全てにおいて優先せよ、ということなので、夕食を食べれていない者も多かった。それ故に、ただでさえ士気が元々低かったレーメス伯爵の兵たちの士気は、輪をかけて低かった。現に先の二人以外にも不満を平然と述べる兵士は上級、下級士官問わずでチラホラと居た。
「おい、飯はまだかよ……」
こう言う兵士は、23時を過ぎる頃となって到着し、日付が変わる頃にようやく一息ついてかなり遅めの夕食を食べれる所であった。おまけに此方に来る時には魔力や魔術による身体強化をフルに使って全速力で駆け抜けた為、空腹もそうだし疲労感も強かった。なので、彼は忌々しげに苛立ちを口にする。
「腹減った……あのデブ。マジで何考えてるんだよ。」
「聞かれるぞ!……知るか。俺だって腹減ったし眠いんだよ……」
平然と苛立ちの声を上げた同僚に小声でそう言って、その兵士も小声で平然と吐き捨てる。彼等は招集されたは良いものの、何故招集があったのかも教えられていない。当たり前だ。もしかしたら古龍の、しかも複数からの襲撃があるかもしれない、などと通知すれば、まず間違いなく脱走が横行する。
軍からの脱走が重罪であるのはエネフィアも同じであるので、脱走兵となった彼らの何割かは、間違いなく盗賊に落ちぶれるだろう。そうなれば、ただでさえ治安が悪いレーメス伯爵領の治安が悪化するのは確実だし、ただでさえ少ない手勢がより少なくなるのは確実だった。だが、この後暫くして、彼等は何故自分たちが呼ばれたのかを知ることとなる。
「ティナ、三隻共偽装迷彩を解除。総員、降下後すぐに艦を降りて陣形を取れ。」
ティナに念話で告げたカイトは、自身に掛けていた隠蔽の魔術を解除する。それに合わせて、飛空艇の外を飛んでいた三匹の古龍達も姿を現す。すると、すぐに発見された。まあ、夜と言っても月は出ているのでそれなりに明るいし、ティアは闇夜に映える純白の大龍だ。闇夜でも魔力で視力を強化できる以上、見つけられない方が可怪しい。
そうして、見つかった途端に、カイトの眼下の兵士たちが一気にざわめき出した。闇夜に映える純白の大龍と共に、皇国の者であれば誰もが知っている真紅の大龍まで一緒だったのだ。その意図がわからぬ兵士たちでは無かった。
「……おい、伯爵様は何に手を出されたんだ?」
彼等の頭に最悪の想像がよぎった。もし伯爵が古龍を怒らせるような事をしでかしていれば、自分たちどころか、街さえも吹き飛ばされなかった。
「……知るか!あの方々を怒らせるような事をしていない事を祈っておけ!」
3体の古龍の姿を見た伯爵の手勢は全員が怯え、呆然となり、右往左往と慌てふためく。
「おい!全員、何があっても攻撃するな……いや、武器に手を掛けるな!絶対に敵対するんじゃない!」
古龍達の威容に圧倒されていた指揮官が、我を取り戻して命じる。もし流れ弾一つでも彼女らに当たれば、彼等は国賊として処刑されかねなかったのだ。そうして、兵士たちから少し離れた所に、飛空艇も三隻着陸した。
『着いたぞ。』
「ああ、助かった。」
ティアが着陸する少し前。カイトはティアに礼を言うと、巧妙に自身の姿に隠蔽を施してティアの上に乗っていた事を悟らせない様にして、ジャンプでティアの背から飛び降りる。そうして、カイトとティア、グライア、グインは同時に着地する。しかし、彼女らは大龍の姿のまま、いつもの美女の姿になることは無い。
それから少しすると、今回引き連れてきた全員がカイトの元に集まり、カイトを先頭に陣形を組んだ。そうして、レーメス伯爵の軍勢が呆気に取られて行動できぬ間に全ての準備を整えると、カイトが口を開いた。
「私は天桜学園冒険部部長カイト・アマネ!此度は公爵家よりの使者として参った!レーメス伯爵にお目通り願おう!」
「ちょっと!カイトくん!」
カイトが堂々と天道学園と名乗ったので、桜が大慌てで止めに入る。相手も一貴族である以上、貴族の位階にない学園の名前を出すのは明らかに危うい行動だった。
「まあ、オレに任せろ。」
だが、カイトは近づいてきた桜を両手で宥める。桜はカイトに任せろ、と言われたので、取り敢えずはカイトに任せることにした。そうしている内にカイトの呼びかけに応じて、目の前の陣の指揮官の中でも最も地位の高い者が供を連れて現れた。
「公爵家の使者とのことですが……一体どのような御用でしょうか?」
「此度の仕儀について、です。」
「こ、これはクズハ様。クズハ様もご一緒でしたか。して……一体如何な御用でしょうか?」
「わかりませんか?」
クズハにそう言われた指揮官だが、どうやら何も知らされていなかったらしい。顔に浮かんでいた怪訝な表情を深めた。そうして、彼が訝しんでいると、彼の副官らしい人物が詳細を尋ねる。
「此度の仕儀とは一体どういうことでしょうか?」
「皇帝レオンハルト陛下の勅令にて現在我が公爵家が保護している彼等に対する無礼です。」
それを聞いた指揮官は顔を真っ青にする。皇帝の勅令で、と言われ、彼も事の重大性が理解できたようだった。
「申し訳ありません。今すぐ伯爵様に確認してまいります。」
あまりに重大な事案に、直ぐ様指揮官は取って返して伯爵へと伝令を送ろうとするが、その前にカイトが動き始める。
「いや、その必要はない。此方から向う……おい、何人か来るか?」
もとより今回はお上品な来訪ではなく、粗野な来襲なのだ。カイトにとって、そんな道理を貫く必要は無かったし、守ってやるつもりもない。なのでカイトは押し通る意思を見せ、頭だけ後ろを向いて更にどうすればいいか解らないソラ達に問いかけた。
「じゃあ、余が行こうかの。此度の事件の被害者の一人でもあるしの。少々仕置きせねばな。」
「……じゃあ、私も。」
「え?……じゃあ、全員で行くか?」
「」
ティナの言葉を聞いて桜が立候補したので、それに合せて眉間にシワを作って考えていたソラが全員に尋ねる。彼らとて、お上品に待ってやるつもりは無かったのだ。だが、これに大いに驚いたのは、応対していた指揮官達だ。大慌てで歩き始めようとしたカイトを制止する。
「は?……いや、お待ちを!」
「止める気か?」
指揮官達の制止を聞いて、カイトが彼らをひと睨みする。それに、カイトの正体を知らない指揮官達が思わず身を居竦ませた。
それだけでなく、カイトの言葉に合わせて、カイトの後ろに控えていた全員が武器を構えた。そして俄に渦巻き始めた魔力に、伯爵領の兵士たちが怯え始める。明らかに、自分達と違いすぎるとわかったのだ。あまりに違いすぎたのが功を奏したのか、誰もが逃げるという事さえ頭に浮かばず、幸いにして、逃げ出した者は居なかった。
「何、なにも手打ちにしようなど思ってはいない。ただ、少し無礼を窘めにゆくだけだ。」
『おい、カイト。行くなら早く行け。さっさとせんと、此奴が寝よる。』
カイトが尚ものんびりと押し問答を繰り広げようとしたのを見て、ティアが急かす。その言葉にカイトがそちらを見れば、グインが船を漕ぎ始めていた。
「おお、悪い。んじゃ、行ってくる。」
カイトはそう言って歩き出そうとする。が、その前に指揮官が剣を抜いて、カイトに突き付ける。そうして、殺気と殺意を込めて脅しではないと明確にわからせ、カイトに告げる。
「お待ちを!さすがに公爵代行様といえど、この様なご無礼は許されませんぞ!」
『ほう、余らの守る男に手を出そうというのか。その覚悟、良し。』
『……え?なあに?やるの?開始?』
剣をカイトに突きつけた男へと、グライアが獰猛に牙を剥いた。更には彼女が放った闘気を寝ぼけて開戦と勘違いしたグインが咆哮を放とうとする。単なる咆哮とは言え、グインが咆哮を放てば、それだけで街や兵士に被害が出てしまうだろう。さすがにカイトが慌てて止める。カイトとて、無辜の民達に被害を与えるつもりはない。
「って、おい!まだ始める気は無い!」
カイトが止めたお陰で事無きを得たのだが、この効果は絶大であった。誰も彼もが怯え、震え上がっていた。その効果に苦笑しつつも、カイトが目の前で剣を構えて苦々しい表情を浮かべる指揮官に問い掛けた。
「で、通っていいのか?」
その言葉に、指揮官は剣を鞘に納めるしかなかった。もし自分がカイトに手を出せば、それだけで古龍達へ攻撃の許可を与えてしまうこととなる。それだけのリスクを冒せなかったのである。
「信じて、よろしいのですか?」
「ああ、伯爵とやらが此方に無礼を働かぬ限りは、だが。」
「公爵家の名と家紋において、約束いたしましょう。」
カイトとクズハの二人が約束する。さすがに代行でも伯爵よりも地位が上のクズハにまで同意されては、指揮官は最早止めることは出来なかった。
「では、通らせてもらう。」
そう言って歩みを進めるカイトを先頭に、一同は伯爵の館へと進んでいった。
「お前んちよりもでかいな。」
獰猛に牙を向いたソラがカイトに向かって言う。彼はこれから討ち入るつもりなのだろうが、そうはならない。ちなみに、レーメス伯爵邸はソラがそういうように、邸宅というより小さめの城であった。
「昔はあれ作るので手一杯だったからねー。今みたいにヒトも多くなかったし。」
「始めは私とお兄様、アウラにユリィの4人だけでした。」
「只今改装中じゃ。そのうちこれの倍は大きい城を作って……」
「作るな!」
しみじみと当時を懐かしむユリィとクズハ。が、それを聞いてティナが告げた言葉に、カイトはティナの頭を叩く。
「つつ……なんでじゃ!」
「てめぇがやると碌な事になんねぇんだよ!」
「何!?……これでどうじゃ!」
そう言ってティナは現在進行中の改装計画をカイトに提示する。
「……これは?」
「公爵邸の改装計画じゃ!現在の進行度は30%程度じゃが、既にプールと地下格納庫は完成しておる!」
何故か勝手に他人の家を改装しているにも関わらず、ティナは豊満な胸を張る。まあ、カイトの婚約者が本来の身分であるので、公爵邸は未来の彼女の自宅でもある。なのでカイトに断りなく勝手に改装をしても良い、のかもしれない。
「いつの間にやりやがった!」
「帰ってからちまちまとやっておる!まあ、作業はゴーレム任せじゃがな!」
伯爵邸前にて言い争いを始める二人。それを一同は呆然と見守るしか無かった。
「……なあ、カイトってあんな性格だったのか?」
「……どうなんでしょう。多分、そうだと思います。」
一同の中でも最もカイトを知っているであろうソラが、桜に問いかける。だが彼女とて何度も身体を重ねてはいるが、さすがに感情の抑制を解いた状態はあまり知らない。なので桜は判断しかねた為、若干判断に困ったらしい。
「何時か桜にも昔の映像見せてあげる。まだ、カイトが感情の抑制を始める前の。まだ、ルクスやバランのおっちゃんが生きていた頃。本当のカイトをね。」
「ええ、お願いします。」
「あ、俺も俺も。」
そう言ってソラが手を挙げる。それに合わせて他の面子も手を挙げだした。
「……なんとか、か。」
「ふん。アドバイスぐらいはしてやればよかろう。」
「オレは専門家に任せる主義だ。」
かなり精神が不安定だったソラや由利が元気なのを見て、カイトとティナが言い合いの最中に密かに微笑む。道中で今回の一件を聞いた歴戦の戦士達のアドバイスや、おせっかいなカイトの仲間達によって更に各部族にのみ伝わる薬やアドバイスが施された結果、随分と精神状態が安定したのである。
「あ、僕はご先祖様に興味が……」
「確かに、バランタイン様には興味がありますね。」
そんな二人を露知らずアル達まで交えて賑やかに話しているのを横目に、二人が伯爵邸の方を向いた。
「……さて、歓迎の用意が出来たようだ。客を待たせるとは、貴族としての教育がなっていないな。」
「うむ。余らは上客じゃぞ。美酒の一つでも持ってくるのが礼儀じゃ。」
その言葉にカイトとティナが前を向いている事に気付いたソラ達も伯爵邸を見てみると、武装した警備達が扉から現れた。
「こんな夜更けに何のようだ。」
「私は公爵家の者だ。レーメス伯爵にお目通り願いたい。」
現れた警備達に対して呼びかけるカイト。これで通してもらえるなら、それでも構わなかった。
「……伯爵様はお前達の様な輩とはお会いになられん。立ち去るが良い。」
「ふむ。先ほど公爵家の者と言ったが?」
「公爵家から使者が来るという連絡は受け取っていない。早々に立ち去るが良い。」
そう言って、警備兵達は剣を抜き放ち、威圧するように、殺気を放出する。
「立ち去らぬのなら、我が領地への敵対行為として、強制的に排除させてもらうがよろしいか?」
「そうか。」
剣を抜いた警備兵に対して、カイトも刀を抜き放つ。そうして、一切視線を逸らさぬまま、クズハに問い掛ける。
「……伯爵の寝室は?」
「葦の調査ですと、最上階の右奥から更に隠し通路を抜けた先だそうです。」
「見取り図持ってるから、一緒に行くよー。」
そう言ってユリィがカイトの肩に座る。300年前の戦闘スタイルであった。今ここに、300年前の勇者が完全に復活を遂げた。
「りょーかい。んじゃ、行ってくる。……あ、全員少しだけ後で来てくれ。掃除してくる。」
「では、余が案内しよう。」
「頼んだ。では、押し通る!」
カイトが大声を上げて突撃したことで、一気に戦端が開かれた……かに見えた。
「……あれ?」
一向に動きがない警備兵に翔が首を傾げる。戦端が開かれたはずなのだが、そう訝しむソラ達が首を傾げる。カイトは居なくなっているものの、警備兵の誰も動こうとしないのだ。伯爵邸の中も未だ静寂を保っている。
「この程度、相手にする必要もない、そういうことですか……」
「どういうことだ?」
思わず身体を震わせたリィルの言葉に、瞬が問いかける。
「そのままですよ。全員気を失っています。」
その言葉に合わせて、アルが無造作に最も近くの警備兵に近づく。そうしてツン、と一突きすると、その警備兵はドサリと倒れた。
「うそー。」
あまりに呆気無く倒れた警備兵に由利が口を開ける。
「どうやったんだ?」
ソラが横に居たティナに問いかける。彼女は邪魔と言わんばかりに立ったまま気絶している警備兵達を脇にどけながら、ソラの問に答えた。
「単純に殺気を一当したんじゃ。カイトの殺気じゃぞ?並みの者では耐えきれんわ。まあ、それでも死なぬように手加減はしおったがな……では、行くぞ。」
そう言ったティナを先頭に、ソラ達も扉をくぐる。すると、伯爵邸の静寂原因が判明した。
「……これも、全員気絶してるのか?」
あまりの状況に頬を引きつらせた瞬が、周囲を見渡しながら問い掛けた。伯爵邸の前と同じく、全員が立ったまま気絶しているのであった。
「はい。」
「でも、何人かは倒れていますね……息は有るようです。」
瞬と同じく周囲を観察していた桜は、胸の上下から生きていると判断した。それに、ティナが推測を告げる。
「恐らく他家からの密偵じゃろうな。カイトの殺気でも倒れなんだで、直接気絶させたのじゃろう。」
「他家って……貴族同士でも偵察しあってんのかよ……」
嫌なことを聞いた、翔はそういう感じで呆れていた。だが、ティナは平然と言い放った。
「何を言っておる。公爵家にも密偵が入り込んでおるぞ?まあ、全員にバレておるから、本人も堂々としておるがな。」
「は?……排除しなくていいのかよ!」
あまりに呆気無く言われた暴露に、ソラ達が意味を理解するのに少しだけ時間を要した。そうして理解出来て、翔が大声を上げる。
「まあ、皇族からの密偵ですし、向こうも現状を把握していますからね。我々が皇族に知られてもいい情報で、他家が入手できない情報を入手できると放っているようです。」
少しだけ苦笑に近い微笑みを浮かべながら、クズハが実情を告げる。ちなみに、クズハ達公爵家の面々も、皇城に対して密偵を放っている。それを向こうは知っているはずなので、お相子であった。
そうして、本来は厳重な警備が敷かれている伯爵邸を何の危険もなく最上階まで登り上がる。更に一同は完全に破壊されて隠し通路の意味を成していない通路を通って、レーメス伯爵の寝室前に到着した。
「お、来たか。結構な数の密偵が居たようだな。」
「十人以上いるとは驚いたねー。」
「大方レーメス伯爵の馬鹿さ加減を警戒しているんでしょう。」
「さて、全員、こっから先が、恒例行事の大詰めだ。まあ、見ていろ。」
全員が見守る中、カイトはレーメス伯爵の寝室の扉を蹴り破った。
次回:第151話『文句』