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第148話 恒例行事

 レーメス伯爵から襲撃があったその夜。レーメス伯爵邸では大騒ぎになっていた。


「伯爵様、起きておいででしょうか。」


 レーメス伯爵麾下の執事の一人がレーメス伯爵寝室の扉をノックする。


「おお、起きておる。して、首尾は?」


 レーメス伯爵は上機嫌そうに答えた。今か今かと待ちわびていたようだ。執事はこれから自分が伝える事を考えて、頭が痛くなった。しかし、彼には伝えないという選択肢は無く、伯爵に全てを報告する。


「では、みすみす公爵家に捕まったというのか!」

「おそらくは……」

「あれだけの戦力を動員して成果なし、だと!」


 レーメス伯爵の絶望が滲んだ声が響く。内通者まで用意して、完全に奇襲を掛けることに成功したはず、だったのだ。それが完璧に返された挙句、クズハに放った刺客は捕らえられ、情報を喋った恐れが高い、いや、確実に喋ったのだ。これでは今の彼は完全に公爵家から敵として認識されたも同然であった。


「さ、更には……」


 そう言って伯爵に報告していた男は顔を真っ青に染める。今にも倒れそうであった。それを見た伯爵が急かす。


「更には何なのだ!」

「学園の守りには、かの白龍神姫と紅龍女帝がいらっしゃったそうです……」

「な……」


 報告した執事の言葉に、さしものレーメス伯爵も絶句する。もし、これが事実であれば、周辺の貴族から討伐隊が組まれかねない情報であった。最悪、皇族が動く可能性さえある。いや、そちらの方が高かった。なにせ、片方は国母と言われる伝説の龍姫なのだ。皇族が動かないと思う方がどうかしていた。


「……今すぐ各地に派遣している部隊を呼び戻せ。カラトとキーエスもだ!奴らはこの地においては最高の腕を持っておる!遊ばせておく余裕はない!」


 一気に真っ青になったレーメス伯爵が男に命じる。この期に及んで好き嫌いを言っている場合ではなかった。そうして、命令を下して、伯爵は自室に戻って、大きな音を立てて扉を閉めた。


「頼むから、古龍(エルダー・ドラゴン)なぞ来てくれるなよ……」


 命を受けた執事が部屋の前から歩き出して、一人、呟いた。当たり前だが、顔はげっそりとしていた。そうして彼は、伯爵の命令を伝える為、伝令所に向うのであった。




 一方。カイトは桜を寝かしつけ、しばらくしてもベッドの上に居た。だが、それも日が変わるまでだった。


「……ちょっと行ってくる。」


 カイトはベッドで眠る三人の寝顔を見て、優しく微笑んだ後、それに背を向けて冷徹な目をして部屋を後にする。


「カイト、皆用意出来たよ。」


 ユリィが完全武装して、カイトのロングコートを手に取った。そうしてカイトはユリィから受け取ったいつもの純白のロングコートを漆黒に染めて、自室から出る。すると、そこには予想外の光景があり、足を止める。


「……どこかに行くそうだな?」


 そう言ったのは、完全武装した瞬であった。どこかに、と言いつつ、彼は何処に行くのかわかっていた。他にも横には完全武装のソラと由利、翔が居る。

 翔は瞬達三人が部室へ来た時に落ち着いて眠る為に部室にいて、偶然三人に出会ったのだ。その横には翠も居たが、状況を知ると翔の心情を慮り、送り出したのである。


「……何のことだ?」

「俺と由利がお前の事がわかんねえと思うか?」

「カイト、多分伯爵の所に文句言いに行くんだよねー?」


 さすがに付き合いの長い面子には、把握されたらしい。誰もが、顔に獰猛な笑みを浮かべていた。瞬がどうなのかはカイトにはわからないが、昔からの面々の中では特に、ソラと魅衣、由利はかなりの武闘派だ。やられたら、やり返す。それが信条であった。


「別に付き合う必要はないぞ。」

「ああ、別に必要は無いだろう……しかし、今回の一件は俺達を標的にしたものだ。ならば、文句の一つも言いたくなる。」


 そう言って、瞬が笑う。獰猛な、戦士の笑みであった。それは他の三人も変わらない。


「はぁ……まあいい。が、今回はこの間とは違う。お前らの脚ではついて来れん。」


 もとよりこれから先を考えれば連れて行くつもりはなく、カイトが却下する。だが、その瞬間、後ろの扉が開いた。


「そもそも、余の飛空艇を使うんじゃから、足の速さなんぞ関係なかろう。それに、多くの戦力が遊んでおく事になるんじゃ。別に危険はあるまい。」

「うむ。余も単に待機している事になるだろうからな。」

「まあ、妾はカイトを運ぶ役目があるがの。」


 出て来たのはティナ、ティアの義姉妹と、グライアであった。この三人は恒例行事のいつもの参加者である。そして、更に二人。片方は今まで魅衣と瑞樹の状況を精査していたクズハで、もう一方は眠っていた筈の桜だ。


「お兄様。お二人の薬は全て抜けておりました。ご安心ください。」

「私も最後までお付き合い致します。」

「桜も、か……休んで欲しかったんだけどな……」


 昔はクズハは幼かった為除外したのだが、この300年でカイト不在で行われた恒例行事は全てクズハとアウラ主導であったので、問題はない。

 しかし、桜まで来るとは思っていなかったカイトは一度、考えこむ。それ以前にソラ達が来る事も、今のソラ達の精神状況も明らかに自分の想定を超えた状況だった。それ故、カイトは思考を最大限に回転し、考える。


「……お前ら、オレが何をするかわかっているのか?」

「ああ、殴り込み、だろ?」


 ソラが笑って言う。その顔は、中学時代に浮かべていた獰猛な笑みであった。この男との付き合いは存外に深いのだ。カイトの行動も理解されていてもおかしくなかったし、カイトとて不思議には思わない。

 それに、彼の本来の性格を正確に知っているカイトならば、襲撃に行くと知った彼が一言文句に言いに行きたいと言うのは当たり前であるとわかっていた。なので、彼はソラに対して肯定の意味で、茶化しに入った。


「さすがに、ソラにはわかるか。」

「お前と何度殴り込みに行ったと思ってんだ。」

「お前は足手まといだったな。」


 この時、カイトに対する文句は瞬もソラも由利も一度横に置いていた。文句の一つを言いたい相手はカイトだけでは、否、カイトよりももっと言いたい相手が居るのだ。揉めて時間を浪費するのはゴメンだし、それを相手に言いに行けるのなら、実は武闘派な彼らは嬉々として付いて来るだろう。


「いや、ソラはあの当時かなり強かっただろ?上級生が束になって敵わなかった位だし。」

「今思えば、カイトが強すぎるだけだよな。中学生の基準だと、俺もかなり強かったんじゃね?」


 翔とソラがふざけ合う。まあ、十人近い上級生を相手に一人で勝てるのだ。カイトを比較対象としなければ、ソラは十分に強かったのだろう。

 事実、彼は一度の喧嘩で30人以上の相手を潰している。それを弱いと評せるのは、此方の住人だけだろう。


「なあ、おい……文句言いに行くんだろ?俺らもいっちょ混ぜろよ。」


 そうして、ふざけ合いを程々で終えて、ソラはカイトに告げる。その笑みは往年の、最も荒々しい時代を更に上回る荒々しさを身に纏った獰猛な笑みだった。その獰猛な気配はもはや止めようがないし、文句の一つを言いたいのは事実。それに、安全は先ほどよりも確実なのだ。そうして、カイトはため息を吐いて、言葉で了承を示した。どうやら先程の茶化しが了承と気付かれなかったようだ、と気付いたのだ。


「はぁ……わかった。全員一緒に来い。ティナ、お前が連れて行け、と言ったんだから、最後まで面倒みろよ。」

「うむ。」


 そうしてティナ作の完全武装を装備した一同を引き連れて、カイトは校舎の外に出る。そこに居たのは軍勢だった。全員がティナ作の一級品の完全武装や、各々の部族で最も栄えある武装を装備していた。それを確認したカイトは、本来の大人の状態に戻る。そうして、公爵家が有する最悪にして、最強の軍勢が勢揃いした。


「お待ちしておりました、閣下。各員すでに用意は出来ております。」

「なんか、感慨深いなー。あの当時はただ見送っただけだったのに、今はカイトのこれに参加出来るなんてよー。」


 カイトが大人の状態になった事を確認したストラが跪き、コフルが少し感慨深げな笑みを浮かべた。


「今思えば、ユハラの時が一番初めか……」


 カイトが懐かしげに、呟いた。ユハラの一件以降、何かある度にこの面子が集まって殴り込みを仕掛けるのが定例になってしまっていたのだ。色々あったが、今にして思えば、これこそがマクダウェル公爵家らしい、カイトはそう思う。

 そして、ふと、足りない面々を思い出し、少しだけ寂しさを感じる。だが、彼らの出番はまだ、だ。カイトは荒々しい気配を纏いながら、切り札の温存を決める。今はまだ、自分の正体が皇国上層部にもバレるのは有り難くなかったのだ。


「あれがなければ私はどっかの変態の餌食になってましたねー。代わりにご主人様の餌食になりましたけど。」

「泣いて頼んだのはお前だろうに……」

「あ、そういえば何処かの変態に奪われるぐらいならいっそ、でしたっけ。」

「お願いします、って泣いたの誰だろーな。」

「あれれー?そうでしたっけ?」


 とぼけるユハラをおいて、カイトは更に先に進む。


「主よ、伯爵は既に手勢を集めているそうだ。」

「そうか……だが、関係ねえな。誰か一人でも、勝てる軍勢だ。もとよりこれは意思表示にすぎん。オレの家族と、その家族に手を出せばどうなるか、という、な。」

「主は変わらんか。では、私もいつも通りにしておこう。」

「ああ、そうしろ。」


 そうして、ステラはソラ達をふと見て、満足気に密かに笑みを浮かべると、ふっ、と闇に消えた。今回伯爵に会いに行くのはカイトだけだが、密かに彼女が守るのが、常であった。


「僕達も参加してよかったの?」


 いつもの公爵軍の装備ではなく、ティナが作った魔鉱石(オリハルコン)製の武具を身に着けたアルが言う。それはいつも使う武具よりも遥かに上等かつ高性能な物で、彼のために拵えられた一品物だ。彼やリィルはこの数ヶ月、この慣熟訓練を平行して行っていたのである。


「しかも、この様な装備まで頂いて……」


 同じく、魔鉱石(オリハルコン)で創られた武具を装備したリィルが申し訳なさそうにしている。


「構わん……このデザインはティナ、お前か?」


 ふと二人の装備を見てみれば、カイトにはどこか見覚えのあるデザインであった。それに、ティナが何処か嬉しそうに答えた。やはり自分が施した仕掛けに気付いてもらえれば嬉しいのだろう。


「やはり、気付きおるか。うむ、余じゃな。」

「さすがにオレも半生を共に死線をくぐり抜けた戦友の鎧を見間違える筈はないっての。」


 ティナの言に、カイトは苦笑した。忘れる事は無く、忘れられるはずの無い記憶であった。と、その言葉に、彼が引き連れていた二人の紅白の美姫がアルとリィルの鎧を観察する。


「ふむ?……おお、これはルクスの鎧に似ておるな。じゃが、あれよりも優雅さに勝っておる。」


 ティアが評価を下す。そうして、次はグライアが、リィルの鎧に評価を下した。


「こっちはバランタインか。あの筋肉の鎧をここまで上品に仕立てるとは、さすがティナだ。」

「うむ。さすがは姉上方じゃ。アルの鎧はルクスの鎧をベースとして、飛翔機による飛翔を考慮に入れた形に設計し直しておる。リィルの鎧はバランの鎧をベースとして居るのじゃが、当然あの筋肉を覆うような大鎧を女性であるリィルが使えるはずは無い。意匠や構成などを参考程度に留め、リィルの女性としての靭やかさ、槍使いとしての速さを殺さぬように、新規設計しなおしたものじゃ。こちらも当然飛翔機による飛翔を考慮に入れておる。」


 ルクスやバランタイン達が大戦中頃から使用していた武具は全てティナ作であった。それに、最盛期の彼らが使っていた鎧も、それだ。それ故に、二人の鎧に設計し直すことは、ティナにとっては造作も無いことであった。


「これが、聖騎士(パラディン)ルクス様の……」

「バランタイン様の鎧を再設計したものでしたとは……」


 初めて聞いた設計秘話に、二人は感慨深げに鎧をなでた。それに、ティナが頷いて告げる。


「うむ。お主らの祖先は真の武人、英雄というに相応しき人物であった。その祖先の名に恥じぬよう、そして今の時代にあう武勲を立てられ得るように、との思いでその意匠とした。ゆめ、その鎧に恥じぬ行いを心がけるように。」

「御意に。」


 珍しく魔王としての顔を覗かせたティナに、二人は跪いて了承する。


「では、行くか。」


 そう言ってカイトがコートを翻し、号令を掛ける。


「総員、搭乗せよ!」


 カイトの号令に従って、カイトとティア、グライアを除いた全員が飛空艇に乗り込んだ。用意された飛空艇は黒色に統一された同型の船が三隻。夜間迷彩の施された、隠密仕様であった。


「今回の飛空艇は余が開発した物の中でも中型の物じゃが、性能と乗り心地は保証しよう。所要時間約1時間で到着する予定じゃ。」


 三隻の内、旗艦と思しき1隻にソラ達を連れて乗り込んで、ティナが解説する。


「それと、道中では魔物や敵兵に見つからぬように隠蔽魔術で姿を隠しておる。見つかる恐れも無い。ゆるりと空の旅を楽しむがよい。あ、この船は一番艦の長良じゃ。あっちは五十鈴と名取じゃ。」


 ネーミングセンスが旧日本海軍であった。ネーミングからすると、ティナの割り当てでは、軽巡洋艦なのかもしれない。


「あ、カイトはどうするんだ?」


 カイトが一向に乗り込む気配の無いことに気付いたソラが問いかける。そうして一同が注目するが、カイトは一向に乗る気配を見せない。


「カイトは姉上が乗せてゆく。」


 ティナがそう言った瞬間、外には二体の龍が出現した。その威容に、一同が圧倒される。


「あれが、二人の真の姿か……」

「綺麗……」


 瞬が気圧され、ティアを見た陶酔を含んだ声で桜がそう言う。ティアの姿は、全長25メートル程の美しい白銀の羽毛に覆われた女龍だ。その姿は闇夜に映え、まるで夜に浮かぶ月の様であった。


「昔は余も乗せて貰っておったのじゃがな。今ではカイト以外は乗せん。余も乗せてくれ、と頼む事も無くなったしの。」


 後のティア曰く、乗せなくなったのは、ティナを同じ女として認めたからである、と述べていた。同じくティナも、同じ女として見たが故に、乗せてくれと頼まなくなったと言ったという。

 そうして二人は同様に答えた。あの時こそ、自分たちは本当に姉妹となれたのだ、と。


「まあ、カイトの場合はグライア姉上に乗っかっておる事もあるが……姉上に拗ねられるからあまりやらんの。」

「わかる気がします。」


 すでにカイトを中心とした彼女達の関係性―の一部―を聞いている桜がそう言った。同じ男を愛した女として、分からないではないのだ。相手を同じ女と認めると、たとえ親兄弟姉妹でもやはりその相手には扱いがどうしても、少しだけ変わってしまうのだ。


「あっちは、グライアさんですか?」


 そう言って桜が指さした先には、真紅の女龍が立っていた。


「そう。真紅に燃える女帝。それが紅龍女帝。」


 ティナが、桜の言葉に頷いた。グライアは血のように赤い、真紅の女龍であった。全長は30メートル程と、ティアより少しだけ大きかった。その荒々しい偉容は見方によっては禍々しくも感じる。ちなみに、この二人の本来の姿はもっと大きい。学園の近くだということで、抑えているのだ。


「すげぇ……」


 だが、それでも二人の威容は変わらない。なので、グライアの本来に近い姿を見たソラが呟く。そう、それは敵に回せばの事。味方とすれば、これほど頼もしく感じることはなかった。


「頼むぞ。」


 そう言ってカイトはティアの頭を撫ぜる。ティアはそれを気持ちよさげに受け入れた。


『うむ。久方ぶりの空じゃ。あまりはしゃぐでないぞ?』

「偶には普通に乗りたいものだな。お前に乗るときはいつも戦場だ。」


 カイトは苦笑しつつ、ジャンプでティアの背に乗る。跨るでは無く乗るなのは、こんな巨体に跨れる筈が無いからだ。


『くく、妾はそなたの騎龍。いつでも呼べばよかろう。』

『なんだったら、余に乗るか?スリリングな空旅を約束するぞ。』

「コイツが拗ねないならな。」

『妾は拗ねん!』


 そう言うティアだが彼女の知らない所でいたずらにグライアの背に乗った事を知ると、間違いなくへそを曲げるだろう。それだけは、自信を持って全員断言出来た。


「そうか、なら帰りはグライアに乗せてもらうか。」

『おお、良いぞ。』

『むぅ~!』


 その拗ねた呻き声にカイトとグライアは二人で笑い、会話を切った。そしてカイトは念話で準備状況を確認する。


『ティナ。準備状況は?』

『各員搭乗完了。全システムオールグリーンじゃ。いつでも行けるぞ。』

『よし。』


 そうしてカイトは大声を上げる。


「総員、出撃!」


 こうして、カイト達はレーメス領へと進軍するのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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