第145話 許嫁―ミース―
公爵家側と天桜学園側の議論が終了した後、カイトは冒険部部長としてミース達天族の元を訪れていた。
「初めまして。私はカイト・アマネ。天桜学園冒険部部長です。まずは、天桜学園冒険部部長として、天族次期族長ミース殿の支援、感謝いたします。」
あえてまずは、と強調して言ったカイト。天族側、というよりミースやお付きの者もそれを把握した。なお、学園全体にはミースによって張り巡らされた隠蔽の結界によって伏されているのだが。
「はい。天族次期族長ミース確かに受け取りました。貴方方のカウンセリングはお任せください。」
そう言って二人は顔を上げる。そして同時に笑いだした。
「おっもしろい!カイトってそんなのも出来るんだ!」
そう言って大笑し、ミースは見た目相応のテンションとなる。
「まあな……というか、オレを何だと思ってるんだ?」
「え?女誑しの勇者。」
その言葉に横のユリィも頷く。それを見たカイトは溜め息を吐いた。
「おいおい……オレは女好きでも女誑しでもないぞ?」
「あ、こっちのカイトも新鮮よねー。昔なら今のタイミングで、おい!って言ってたでしょ?それから女誑しはコイツの方だー!とか言ってルクス指さしてさー。」
そう言ってカイトの本来の性格を思い起こして行動をトレースしつつ声真似をするミースだが、随分と上手かった。彼女はやる気になった分野にだけは、超高性能なのである。
「はぁ……っと、もう一個忘れてたから、付き合え。マクダウェル公爵として、ミース族長とその眷属の方々、今回の要請に応じていただき、感謝いたします。」
「はい。公爵閣下に於かれましては、我が従姉妹、アウローラ・フロイラインの家族であります。閣下の家族となれば、我らが家族と同様。それを助ける事は、家族として当たり前でありましょう。お気になさいませんよう。」
カイトは公爵としての顔を浮かべ、此方は再び族長の孫娘としての顔を作り、二人は優雅に一礼する。それを横で見ていたユリィが一言。
「あなた達、遊んでない?」
「……はぁ……」
その言葉に同意するように、ミースの側に控えた天族が溜め息を吐いた。
「当たり前だ。」
「当たり前よね。」
そう言って二人して胸を張る。二人共悪乗りしていた。常在戦場、それを旨とする彼らにとって、残虐や悪辣な策略の後だろうと日常だろうと変わりはない。
「あ、ここのカイトは昔っぽいよね。」
「まあ、感情を抑制しているだけだからな。行動までは変えられん。少し変な言動をしているだけだと思え。」
「少しじゃなくて、かなりよね。あんた役者でもやる気?」
「おいおい……元々政治家なんて役者だろ?演じている役が狸か狐か、というだけだ。」
そう言って、カイトが笑みを浮かべる。確かに、とミースも同意した。
「にしても……よく来てくれたな。」
「まあね~。さすがに数ヶ月も前から要請あれば、私だって予定空けられるわよ。それに……」
そう言ってミースが魔術で学園内を走査する。本来は大規模な術式を必要とする物だが、巫山戯ていようと彼女は天族の中でも有数の使い手なのだ。この程度は造作もなかった。
「ここの子って全員若い……あ、そこで笑うな!あんたも似たようなもんでしょ!」
若い、といったミースにユリィが笑う。
「ああ、ミースも若い。綺麗さなら昔以上だ……痛いからヤメロ。」
素で女を褒めたカイト。横に居たユリィから思い切り耳を引っ張られたのだった。素で女を褒めるのだから、女誑しと言われても仕方がなかった。それに、世辞では無く素で言っている事を知っているミースが嬉しそうにする。
「あら、さすがカイトね。ありがと。」
「ミースはもう400超えてるでしょ!私はまだ300と少し!まだ子供!」
「え~、でもユリィ、もう大きくなれんでしょ~、じゃあ、大人じゃない。」
「妖精族の成人は500歳!私は大きくなれるのが少しだけ早かっただけ!」
ハイテンションなユリィの怒号が、結界の内側に響き渡る。妖精族は500年生きて、大きくなれるようになった時点で大人と認められる。それに対して、天族は身体が大人になった時点で、大人の仲間入りとなるのであった。
「絶対150はサバよんでるでしょ。今まで250歳ぐらいで大きくなれた妖精いないわよ。」
確かに妖精族の中でも大きくなれる時期には個人差がある。それにしても、ユリィは早過ぎるのであった。早くて450歳を超えた所が、平均的であった。
「知らないわよ。大方カイトと一緒に居たからじゃない?」
「ああ~、あり得る。」
「オレと一緒にいて早まった、とかあり得るかよ……」
ユリィの適当な発言に妙に納得するミース。それを見たカイトは呆れてしまった。
「え~、でもカイトと一緒だと色々常識外の事起きるじゃない。カイトぐらいよ?精霊様から祝福もらったのもカイト一人。冥界の森の最奥に行って帰ってきたのもカイト一人。他にもお……」
「ミース。」
危うくミースがカイトの秘密を言いそうになり、ユリィに注意され、カイトに睨まれる。
「……ゴメン。つい言いそうになったわ。患者の秘密を漏らすなんて、医者失格ね。」
「気をつけてくれ。」
「ええ。」
それ以降は再び和やかに談笑していた三人だが、途中から桜がやって来た。さすがにこんな談笑をしていることは隠しているが、存在そのものを隠しているわけではなかったので、桜が気付いても問題はない。
「ミース様、私は天桜学園生徒会長の桜・天道です。此度の治療、感謝いたします。」
そう言って優雅に一礼する桜。それにミースも優雅に返した。
「はい。皆さんはまだお若く、更にはヒトの死んだ所を見たこともないとのこと。心の傷は深くありましょう。どうか、我々を頼って頂けますよう、お願い致します。」
「ええ。ありがとうございます。」
「別に、今回の一件で無くても構いません。何か困った事が有りましたら、是非、ご相談ください。我々は医者です。患者の手助けをするのが、医者の務めです。我々は長く生きております故、私生活などの困り事でも、ご相談に乗れると思います。」
そう言って儀礼的に述べたミースだが、その言葉に桜が冗談として返した。それに、カイトが少しだけ眉を顰めるが、ミースが密かに手で合図を送ったのでそのまま流した。
カイトが何を気にしたのか。それは簡単で、桜とて惨劇の後の筈なのだ。それなのに大丈夫なのか、と思ったのである。
「ええ、でしたら、カイトくんの女癖を直していただきませんか?」
桜はどこか冗談めかして話す。その一言でミースは悟った。そして口調を外向きから内向きに変える。
「ああ、あなたもカイトの女なんだ。」
その言葉に桜も理解する。貴方も、であるつまりはミース自身がカイトの女である事を明言したのに等しい。
「……カイトくん?」
「やってない。」
カイトの事である。何をか、なぞあえて言う必要はない。ただし、この場合、事実であった。
「ええ、単なる許嫁よね。私とアウラ、二人共カイトの許嫁。」
「爺さん……じゃあ桜にはわからんか。ミースは300年前の賢人ヘルメスの孫でもあるんだよ。」
「大昔にカイトを気に入った爺ちゃん……賢人ヘルメスがカイトにうちの孫の婿にならんか、って言って勝手にトントン拍子に二人の許嫁にしちゃったのよね。」
「で、その後少ししてお爺ちゃん死んじゃったから、そのままってわけよね。まあ、当時の私とアウラって子供だったから本気にしてなかった事もあるけどね。」
そう言って三人掛かりで説明する。三人の顔にはどこか、懐かしげで寂しげな表情が浮かんでいた。随分昔に亡くなったどこかお茶目な老人を思い出しており、楽しくも、悲しい思い出が去来していたのである。
「じゃあ、どうして今もそのままなんですか?」
「ああ、簡単に言えば……コイツのせいよ。」
そう言ってミースはカイトを指さす。だが、カイトはわからなかったようで、ユリィが補足した。
「カイト、結局帰る前に許嫁破棄しなかったでしょ?」
「ああ……って、ああ、なるほど。」
「どういうことですか?」
ユリィの説明でカイトは理解したが、桜は出来なかったらしい。地球と常識が異なっているのだから、当たり前では有る。
「ああ、オレが破棄しなかった上に、帰ってくるとオレの代理であるクズハが公言してただろ?それで破棄できなかったんだよ。エネフィアでも一応片方の死去などで破棄は可能だが……この場合許嫁に決めたのが当時皇国最高権力者の一角かつ天族でも有力者の一人の賢人ヘルメスだ。爺さんが死んで、今度はどっちかの地位が高い方が破棄できるわけだが……爺さんの死後からオレの公爵就任までは天族族長の血縁であるミースの方が上だったが、オレが公爵の地位に就いたことで逆転。今度はオレが破棄しなければ破棄できなくなった。それでオレが日本に帰ったことで、破棄できないまま、今に至るわけだ。」
「お陰で未だに私処女よ~。どうしてくれんのよ。完全に行き遅れ扱いよ。」
ミースはあっけらかんと笑って言う。ちなみに、ミースの400歳だと天族では結婚適齢期なので、冗談で言っている。
「どうしてくれんのよ、って言われてもなぁ……オレまだ公式には公爵に復帰してないから、破棄できんぞ?」
破棄するかどうかは別にして、現実論として現状のカイトでは破棄は出来ない。が、それはミースとてわかっているので、冗談である。
「わかってるって~。どうせ私の身体も狙ってるんでしょ?だから破棄しないんでしょ~。」
「おい、ヤメロ。」
ミースの冗談が冗談と否定出来るほどミースと付き合いの深くない約一名が、疲れきっている筈なのに、負のオーラを放出する。
「カイトくん。説明、してくれますね?」
「あ、桜ちゃんはそういう性格なんだ。」
何時の間にか桜を気に入ったらしいミースが、親しげに名前で呼ぶ。ちなみに、彼女がここでこうやって若干カイトを茶化すようにやっているのは単なる気まぐれなどではない。現に彼女からはかすかに指向性の精神を安定させるための魔術が放たれており、これも医療行為の一環と、後の彼女が言っていた。
「……だからやめてくれ、って言ったんだ。桜も疲れてるんだから、今は休みに行け。」
「冗談よ、冗談。さすがにカイトだって他人が決めた許嫁を盾に女の子襲ったりはしないわよ。」
「そう……ですか?」
「せめてそれぐらいは信用してくれ……」
「じゃあ、信用されることをしてください。」
「カイトは女の子に関してだけは、信用できないもん。」
「昔っから天然女ったらしだもんね~。」
そうして雑談を再開しようとした4人だが、ここで天族の者から待ったが掛かった。
「ミース様、いい加減に仕事してください。で、天道会長。貴方がまずは診断を受けて下さい。貴方は聞けば最も凄惨な場所に近かったらしいですね。他にも天城さんと小鳥遊さん、一条のご兄妹がすでにカウンセリングを行っています。」
見れば、数人居た天族の若者はすでに居なくなっていた。残っているのはこの天族の女性だけであった。
「ええ~、いいじゃない。折角カイトに会えたんだよ~。それに、仕事ならあなた達だけでどうにでもなるじゃない。そのために一族でも腕っこきを連れてきたんだから。」
「じゃあ、あなたは帰ってくださいよ。仕事溜まるんですから。」
「嫌よ。折角仕事の大半終わらせてこっち来たのに、速効で帰るなんて勿体無いじゃん。」
「その癖だけは、治らんか……」
カイトがそう言って呆れるが、ミースの悪い癖であった。
「ええ~、別にいいじゃない。仕事は全部期日までに終わらせるし、完璧でしょ?」
口を尖らせたにミースが拗ねた様子で胸を張る。確かに完璧かつ期日までに終わらせるのだが、ミースは一定以上仕事が溜まらなければ、仕事をしないのであった。
おまけに、一度仕事をすれば、並の者の10倍の速度で仕事を終わらせ、遊び呆けるのでたちが悪い。これで仕事にミスがあれば、まだ文句の言い様があるのだが、その仕事ぶりは完璧。誰も文句の言いようがなかった。
「いつも手伝わされる身にもなってくれ……」
しかし、当然何かを失敗して手が足りなくなる時はある。そこで、いつも呼び出されるのはカイトであった。分身を使えるしなんだかんだ言いつつも手伝うので、呼び出されるのである。
「カイト殿、申し訳ありません。それと、申し訳ないですが、今後も……」
そう言って天族の女性が本当に申し訳無さそうに頭を下げる。300年前からカイトを知っている者であった。それ故、これから先も度々呼び出されるであろう未来を予想して、予め謝罪しておいたのである。
「いいでしょ~、コイツ許嫁なんだから。」
「こんな時だけ許嫁扱いするな!」
そうして再び騒ぎ始める一同だが、急に真剣な顔をしたミースが小声でいった。
「どうせ今夜はいつものやるんでしょ?今日はそっちに参加するわ。」
「……わかるか?」
「ええ。これでも許嫁ですからね。……分かった?今日は私はいつものに参加するわ。だから、今日はパスなわけ。まあ、折角だから、桜ちゃんだけは診断してあげるわ。他の子のは道中でデータを頂戴。それで指示を出すわ。」
それを聞いた天族の女性は神妙な顔をして頷き、去っていった。
「便利なものだな……さて……魅衣達の状況を確認しに行くか。」
「え……?」
「さて、桜ちゃん。貴方のカウンセリングを始めましょう。ほら、さっさと行こ。後でカイトのお話を教えてあげるわ。」
そう言って解散した一同。桜だけは、わけが分からなかったので、自分で考える事になった。
お読み頂き有難う御座いました。