第144話 事後処理
そうして、全ての後始末を終え、後味の悪い思いと共に学園へと帰還したカイト達。前もって使者を送っておいたことで、直ぐ様会議室に関係者が集められ、会議が開かれた。
「と、言うわけです。」
エルロード達が演習に出ている為、現在の部隊総指揮を務めるブラスが教師陣に対して説明をしていた。
「まさか、そんなことが起きていたとは……」
説明を受けた桜田校長が頭を抱えている。彼以外にも多くの教師が頭を抱えていた。
「まずは、此方から謝罪させていただきたい。わが校の生徒が、真に申し訳ありません。」
説明を受けて、全てを理解出来た桜田校長は、開口一番謝罪した。自分の学校の生徒が罪を、それも人の生死に関わる重罪を犯した挙句、死者まで出たのだ。まずは謝罪をしなければ話にならなかった。
「いえ、此方こそ、皆様方を不安にさせて申し訳ありませんでした。それに、大元を正せば我が皇国の貴族がしでかした事。陛下に代わって謝罪申し上げます。真に、申し訳ありませんでした。」
そう言ってクズハも頭を下げる。それに合わせてブラスら部隊の幹部たち、この会議に参加している面子も頭を下げた。既にこの一件はエンテシア皇国皇帝に伝わっており、公爵家に全ての対処を任せる、との許可が降りていた。それ故に皇国を代表して謝罪する事が出来たのである。そうして、桜田校長が口を開いた。
「それで、彼の処遇ですが……恩赦をいただき、感謝いたします。本来であれば猶予無く死罪であった所を、彼等の嘆願を受け入れ、取り止めて頂いたとのこと。感謝いたします。」
本来ならば、その場で議論の余地無く処刑されていても文句は言えないのだ。それが取り止められているだけでも、十分に儲けものなのだ。
だが、これが理解出来ていた者が存外に少ない事が、カイトやティナには頭が痛かった。ここは地球では無いのだ。それを、理解して貰いたかったのだが、まだ、効果が薄かった。
「彼は今は生徒指導室にて大人しくさせております。いずれは軟禁室に移動させますが、今はそこしかありませんので……。」
「はい。それは此方も存じ上げております。決して、彼を逃さぬようお願い致します。もし、彼を逃がせば、今度こそ、彼の命を奪わざるを得ません。」
「……了承いたしました。」
決しての部分を強調し、クズハは真剣な目をして、桜田校長を見る。その眼を見た桜田校長は、クズハの言が真実であると悟る。彼の命を救うならば、これしか無いことぐらいは彼にもすぐに分かった。桜田校長がそれを理解したことを見て取ったクズハは議論を先に進めることにした。
「今回の一件で貴方方が受けた心の傷はかなりのモノと思われます。」
特に冒険者として活動している生徒よりも、それ以外の者の精神的ダメージが大きかった。冒険者として活動している生徒やその予定の近い生徒は、行き倒れた死体や魔物に殺された死体を見ていたので、それなりに死に対する耐性ができていたのである。
「ええ。具合を崩す生徒や教師も少なくありません。」
自身も疲れた顔であった桜田校長も同意する。彼としても精神的なダメージは少なくなかったものの、強靭な精神力と義務感で平静を保っていたのである。
「致し方がない事だと思います。ですので、私と共に、公爵様から代行を任されている我が友、アウローラの縁を辿り、カウンセラーを用意させていただきました……お呼びなさい。」
クズハは部下の一人に命令し、カウンセラーを呼びに行かせる。そうしてふと、その間に桜田校長がある事に気付いて、口を開いた。
「申し訳ない、確か、フロイライン氏は行方不明では無かったのですかな?」
「ええ。行方不明ですが……縁が無くなったわけでは無いのですよ。」
そう言って微笑むクズハ。そうしている内に、カウンセラーがやって来たらしい。会議室の扉がノックされた。
「クズハ様。ミース様と天族の方々をお連れいたしました。」
「入っていただきなさい。」
連れてきた者の言葉に、カイトとティナ、ユリィは目を見開いて驚いた。確かに、ティアに頼んで天族からカウンセラーを出してくれるように依頼したのはカイトである。しかし、まさか天族の中でも有数の腕利きが来てくれるとは思っていなかったのである。
「失礼致します。天族族長麾下医師ミースでございます。」
そう言って一礼して入ってきたのは、薄く紫掛かった銀の髪と二翼の純白の翼を持った大学生程度の美女であった。その美貌に、真剣な場であるにも関わらず、男女問わずが見惚れていた。
後ろの天族も誰もが翼の生えた美男美女、まさに神々しき天使と言った風貌だ。天族、そう言われるのがよく分かる姿であった。
「この度の不幸、天族を代表してお悔やみ申し上げますわ。」
そう言って顔を上げたミースはカイトを見ると、密かにいたずらっぽく笑みを浮かべたが、すぐに真剣な顔をして言った。
「皆様方の心の傷は、我々天族が責任を持って癒やさせていただきます。」
「……ありがとうございます。」
彼女らの美貌に当てられ言い淀んだ桜田校長だが、なんとか礼を言う。これは男としてではなく、一人の人間として、美的感覚から見惚れてしまったのだ。
「はい。任されますわ。」
そう言って隊員に案内され、冒険部に近い席に着席したミース達天族。天桜学園側が惚ける傍ら、クズハが話を再開した。
「彼女らには今宵から保健室で待機して頂こうかと思いますが、大丈夫でしょうか?」
「え、ええ。宜しくお願い致します。」
桜田校長が気を取り直してそう言う。学園関係者の健康を見るならば保健室は最適であったし、その為の部屋だ。
「それで、今回の襲撃を企てた貴族ですが……これは公爵家と皇帝陛下より、厳重な注意をさせていただきました。」
実はこの後にカイトが注意―という名の報復―をしに行くつもりなのだが、それは伝える必要のないことであった。彼らには、既に注意した、というだけで十分だった。それを聞いて、桜田校長が念を入れる。
「そうですか……今後は無いようにお願い致します。」
「はい、此方でも彼等には十分な注意をさせていただきます。では、次に、今回の補填ですが……」
そう言ってクズハが補填の話に入る前に、桜田校長が遮った。
「その前に、一つお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「今回の一件、この学園の場所が漏れたのは、卯柳君が話したのですか?」
どのようにして学園の場所が漏れたのか、今後の学園の運営において、最も重要な情報であった。なにせ情報が漏れているのなら、漏れている場所を探して塞がねばまた同じことの繰り返しになるからだ。だが、クズハは桜田校長の言葉を否定する。
「……いいえ、それはありませんでした。確かに確認程度に卯柳君に場所は聞いていましたが……それ以前に彼等は場所を掴んでいた様子です。」
カイトが回収させた伯爵の手勢を尋問し、場所を把握した情報を聞き出したのだ。魔術による自供で、嘘を吐いている様子はなかったので、ほぼ確実な情報であった。
「そうですか……方法は掴めていますか?」
「ええ。ただ……」
「ただ?」
「根本的な解決は不可能と判断しました。それが補填の話に繋がるのですが……」
若干言い澱んだクズハだったが桜田校長に先を急かされたので、用意させた紙を配布させた。それは、何枚もの建物の見取り図であった。
「これは……建物の見取り図の様に見えますが?」
「ええ。実は今回天桜学園の場所がバレたのは、必然です。今現在、冒険部の方々を含め、多くの方が学園から外部へと出かけていらっしゃいます。どうやら、そこから位置を把握されたようです。」
何枚もの紙を精査している学園の関係者達を前に、クズハが防ぐ事は不可能であることを告げる。いくら存在を隠す結界が張られているとはいえ、その範囲は有限である。当然、そこから出れば見つかるのだ。
それを何度も、根気強く観測し続ければ、結界の規模、範囲、効力などを推測することは当然、できるのである。こればかりは、魔術関連においてはエネフィア最高の天才であるティナであろうとも対処できないことであった。無くしたいなら出入りを禁じるしか無かったが、それは無理な話であった。
「そうですか……それで、この補填の話とどう繋がるのですか?」
説明を受けた桜田校長は大まかだが現状での問題点を理解した。確かに、結界から大勢が出入りすれば、隠蔽結界の効力が少ないのは当然であった。なにせ、ここに結界があると告げている様なものなのだ。
「はい。マクスウェルにて天桜学園の活動拠点として、使用する建物を提供したい、と思います。」
「ですが、それでは学園の守備戦力が少なくなる恐れが……それに学生達だけで向こうで生活させるのも如何なものかと……」
様々な面を鑑みて、桜田校長が難色を示す。当たり前だ。もともとは学園を守る為の冒険者達なのに、それを外に配置しては元も子もなかった。が、こればかりは、痛し痒しであった。
冒険者達が毎日の様に学園の結界から出入りすれば、結界そのものの術式の問題から強い物を敷けない。なにせ、出入りをしない様にするための結界なのに、頻繁にその出入りがあるのだ。強い物を張れないのは仕方がないし、たとえ強い物でも綻びが生まれるのは仕方がない事であった。もしこれを何とかしたいならメンテをこまめにやってやるしかないのだが、それを一朝一夕の冒険者達が出来る筈もないし、そもそもでこういった大規模な結界は秘匿技術だ。学園側で弄る事に許可が下りる筈は無かった。
「別に学生達だけで生活させる必要はありませんよ。私は天桜学園の活動の拠点、と申しました。学園から少数であれば、個人や少数に活用可能な隠蔽の結界を使用して出入り出来ます。」
今までは数が多すぎる上に回数が多すぎて、全てに隠蔽の結界を使用することが出来ないのであった。別にパーティ一つや個人であれば、費用対効率に見合うだけの効果は得られるのである。つまりは、出入りの回数を減らさなければならない、ということである。
「つまり、教師が滞在しても問題無いと?」
「それどころか、下手な宿屋に滞在するよりも、安全と言えるでしょう。」
クズハが断言する。これは当たり前だ。誰が宿泊するかも分からない宿屋を利用するよりも、天桜学園の所有する拠点であれば安全性・情報流出の危険性は桁違いである。なにせ拠点の中で日本の話をしても、誰に聞かれても問題無いのだ。後は盗聴に気を付けさえすれば、安易な情報流出の可能性はぐっと低くなる。
「……なるほど。わかりました、考えさせていただきましょう。」
そう言われれば、天桜学園としても、魅力的な案である。それ故に桜田校長は一旦保留としたのであった。それを受けて、クズハが一応の所を伝えておく。
「はい。此方でも物件については更に探させて頂いております。取り敢えずはこの案はどうか、ということでお伝えさせていただきました。」
「そうでしたか。わかりました。」
「ええ、皆様方は人数がかなり多いですからね。それなりに大規模な施設が必要かと思いまして……民間が有する物件を含めて、現在候補を探させて頂いております。」
「ありがとうございます。」
「ええ……なるべく公爵邸から近い方が安心かと思いまして、少々小さいかと思いますが、中央区の物件も候補にさせて頂いております。」
公爵邸から近い中央区も候補に入れている、とクズハは言っているが、彼女としては中央区以外の物件は始めから眼中に無かった。カモフラージュとして入れているだけである。申請が来たとしても、却下するつもりであった。
理由は当然、自身がカイトの元を訪れやすくする為である。ちなみに、多少の私情も含んでいるが、多くが実務上の問題だった為、カイトもあまり強くは出ていない。カイトは一応、公爵家のトップなのだ。万が一に備え、往来がし易い場所を選んでいるのである。が、そんな事を知る由もない桜田校長はこの配慮を有り難く受け取る。
「ええ、皆様方からの支援が受けやすい中央区でしたら、我々としても安心です。少々手狭なのは十分我慢させて頂けます。」
「はい。では、此方はよいお返事をお待ちしております。」
「近日中にでも、ご報告させていただきます。」
そうして今回の事件に端を発する物の中で緊急性の高い幾つかの議論を交わした後、この日の議論は終了となった。
お読み頂き有難う御座いました。