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第141話 死神

 戦闘が開始されてすぐ。菊池と翔は近接武器を使う冒険者を率いて、ティナの指示通りにブラスの元へ訪れていた。


「分かりました。では、皆さんは学園の正門前で待機しておいてください。」

「え?でも、俺達も戦え」


 ブラスの指示に、学園を守ろうと意気揚々と増援に駆け付けた―と思っている―菊池が気勢を削がれたかのように少しだけ顔を歪めて告げる。が、その言葉を遮って、ブラスが彼に告げた。


「皆さんはヒトを殺した事は無いでしょう?」

「え、あ、そうですが……」

「菊池先輩、俺達は邪魔なんです。ここは言われた通りに下がっておきましょう。」


 かつてカイト達に言われたことである。殺す、ということを甘く見ていると。その時、カイト達の殺気で動けなくなった経験のある翔は、素直に引き下がる事を薦めたのである。


「そういうことです。外の敵は我々が討伐します。すでに部隊展開も殆ど終わってますので、すぐに何とかなるでしょう。」

「……わかりました。」


 そうして菊池と翔はブラスに従って校門の前に待機していたのだが、これが正解であったと悟るのは、その数分後であった。


「げぇ……」


 そうして、戦いが始まり十数分。何人かの生徒が嘔吐しているし、翔もまた、吐き気を堪えていた。


「なんだよ、これ……」


 菊池が愕然と呟く。彼はガタガタと震え、今にも逃げ出したい、との思いが顔にありありと表れていた。外が平原であった事が災いしたのだ。外で起きる生の殺し合いを、なんら遮る物なく見せつけられたのである。


「気持ちワリィ……」


 嘔吐していた生徒がそう言って何とか立ち上がる。それでも誰も逃げ出さないのは、ここが最後の砦である事を理解しているからだ。もし、一人でもこの場に侵入されれば、後は戦う力の無い仲間たちが蹂躙されるだけだ、それを心の支えに、必死で逃げようとする足を強引に縫いつけていた。


「上も酷そうだな……」


 まだ、マシだった者が、まるで目を背けるように屋上を見る。いや、まるで目を背けるように、では無く、目を背けたのだ。屋上を気にしたのは、単なる言い訳にすぎない。

 その屋上からは散発に攻撃が飛んでいる。しかし、どこかいつもよりも威力、速度などが弱い感じがある。その言葉が正しく、上では今、ティナと楓の激励によって何とか士気を保っている状況であった。


「そろそろ諦めろよ!」


 涙を流しながら、男子生徒が<<火球(ファイア・ボール)>>を放つ。彼を含めてほぼ全員が顔を真っ青に染めていた。


「狙わんで良い!只牽制すれば良い!」


 ティナの声に従って生徒たちは乱雑に魔術を放っていく。しかし、それでも全員顔色が真っ青であった。狙いをつけていないと言えど、相手に傷を負わせる一撃である。流れ弾で死ぬ敵兵もいるのだ。攻撃が運悪く敵に命中する度に、士気が下がっていく。


「そこ!」


 楓は来歴から人殺しには耐性があったが、それでも若干トラウマが触発されているし、自分で殺すとなると異なる。が、それでも彼女は遠距離から自分たちを狙う盗賊の弓兵を狙い撃つ。


「はぁはぁ……」


 なんとか狙い撃てたものの、楓も吐き気を堪える。今の一撃で殺したとは思っていないが、動いていないところを見ると、万が一もありえた。それ故に吐き気を催したのである。


「ティナ!」


 楓はなんとか吐き気をこらえてティナを見る。全員が限界に近づいていた。一旦撤退するように進言するつもりだったのだ。


「むぅ……戦況は……いや、見よ!」


 そう言ってティナが裏門を指させば、そこでは一気に兵士たちが居なくなっていた。


「勝てる……のか?」

「うむ、後少しじゃ!全員堪えよ!」

「あと一息ぃ!」


 ティアとグライアによって一掃された軍勢を見て、なんとか士気が持ち直す。周囲をよく見てみれば、戦闘はすでに佳境となっており、今ではかなり沈静化していたのだ。


「……そこじゃ。」


 そうして、再び持ち直した生徒達に少し安心し、ティナが本格的に攻撃を加えていく。一発一発を確実に狙い撃つ一撃だ。そうして、次の瞬間。ティナさえも怯えさせる寒気が、学園の周囲数キロに渡って放出された。


「カイトも来おったか……魅衣達は無事の様じゃが……」


 魔術で遠視してカイトの来訪を知ったティナだが、肌で感じる殺気からカイトがかなり激怒していることを知る。見るまでもなく学園に居る生徒達の大半が、今の一撃で昏倒していた。


『カイトよ、お主、魅衣と瑞樹は大丈夫なんじゃろうな?』

『ああ、無事だ。』


 どうやらかなり激怒している、と読んだティナの予想は当たっていたらしく、言葉短めの、怒りを乗せた声が響いた。それに応じるように、再び抑えようのない殺気が撒き散らされる。生徒たちの大半を昏倒させているカイトの殺気だが、唯一の利点といえば、生徒たちの多くが昏倒し、カイトの事を確認する余裕が無かった事だろう。

 まだ必死で立てている冒険者達でさえ、あまりの殺気に本能がカイトの方向を見るのを拒絶してしまっており、たとえ見ていても、見えないように意識的に除外させてしまっていたほどであった。


『……お主からじゃぞ?今のお主は余でもまともに見とうない。そんな殺気を浴びればまともではおれまいに。』

『ああ、わかっている。すぐに終わらせる。』


 そういうことじゃないんじゃが、そう言いたくなるティナだが、どうせ無駄なので、好きにさせることにした。




「見えた!……学園は無事なのかよ!」


 カイトと共に公爵邸へと向かっていた男子生徒の一人がそう言う。公爵邸から出発して十分後、カイトたちは学園が見える場所まで辿り着いたのだ。


「全員、今すぐ戦闘態勢を取れ!クズハはここから総員の援護!武器は弓!」


 カイトは到着するや否や、即座に命を下していく。この時、まだ、カイトは抑えが効いていた。


「了解です!」


 クズハは即座に弓を取り出し、遠距離から敵兵を攻撃していく。


「桜、すまないが、彼等と共に、ここに残ってくれ……もし敵兵に気付かれたら身を守りつつ戦闘を行え。強いて殺す必要はない。」

「……はい。」


 カイトの言葉の意味を悟った桜が、神妙な面持ちで頷いた。つまりは殺す必要はないが、いざとなったら躊躇うな、ということである。桜の来歴を聞いていたカイトは、無理を承知で彼女に頼んだのであった。


「すまん、桜……ユリィ、桜を頼む。」

「りょーかい。カイトは?」

「オレはあそこのクズを片付ける。」


 そう言ってカイトが顎で示すのは、魅衣と瑞樹を拐った盗賊たちであった。


「あんまり怒らないでよ?」

「ユリィちゃん、それは無理なんじゃ……」


 この状況で怒るな、という方が無理なのに、何故かそう言うユリィに桜が注意する。彼女でさえ、襲われかけている魅衣達を見つけ、たまらず飛び出しそうになっているのだ。カイトの性格を知っているので、それを怒るな、とは無理な話だろうと思ったのだ。


「ああ、わかっている。」

「え?」


 ユリィの注意に何故かカイトも同意したので、桜が唖然となる。この瞬間、彼の後ろに居た生徒たちの視界から、カイトが消えた。だが、これはカイトが去った、ということではない。あまりの殺気に彼らの防衛本能が働いて、カイトの事を認識する事をやめたのだ。


「本当はこんな身近で見せたくは無かったんだが……」


 そう言うやカイトは更に巨大な殺気を纏う。それに合わせてカイトを中心に暴風の如き魔力が渦巻く。あまりに膨大であった魔力は、彼固有の青みがかった虹色の光を顕現させた。そうして、いきなりの魔力の暴風にユリィが吹き飛ばされ、抗議の声を上げる。


「ちょっと!カイト!こんな近くでいきなり本気にならないでよー!」

「ああ、悪い。じゃあ、行ってくる。」


 クズハの攻撃によって此方に気付いた盗賊達が近づいて来るのを横目に、まだ、激怒寸前だったカイトは魅衣と瑞樹の元へと一気に駆け抜けた。


「皆さん、取り敢えず身を守る事を第一に戦闘を行ってください!トドメは私とユリィで刺します!」


 近づいてくる盗賊達を見て、クズハが指揮を行う。


「身を守りさえすればいいから!後は私達にまかせて!」


 そうして英雄二人という彼女たち指揮の元で、安全が保証された戦闘が開始された。




「頭はああ言ったけどよ……やっぱ楽しまないとな!」


 瑞樹を運んでいた盗賊がそう言う。


「お!やっぱそうだよな!」


 どうやら同じ事を考えていたらしい魅衣を運んでいた盗賊が笑みを浮かべて同意する。魅衣と瑞樹を運んでいた二人を含む十名近くの盗賊たちが輪になって二人を地面に降ろす。如何にお頭からの命令でも、彼らは無法者の盗賊達だ。お頭がいなければ、命令など有って無しの如しであった。


「う、ぐ……」

「うごけ……ない……」


 二人は今だ毒が抜けておらず、身動ぎ一つ取ることが出来ず、出来たのは顔に涙を浮かべただけだった。


「おい、これ何だと思う?」


 そんな二人に、とある盗賊が何かの小瓶を見せる。だが、その小瓶を知らないのは二人だけじゃなかった。


「おまえ、それなんだよ?」

「おい、お前……それお頭にばれっと殺されんぞ?」


 どうやらそのうちの何人かは知っていたようだが、半数以上が知らない様子であった。そこで小瓶を取り出した一人は得意げに説明する。


「これはお頭秘蔵の媚薬だよ、び・や・く。」

「お前、そんなもんどうすんだよ……」

「聞けって。これはお頭秘蔵でよ、なんかサキュバスかなんかの体液を使用してんだって。どんな生娘でも淫乱な娼婦に仕立て上げる高級品らしいぜ。こないだ襲った商隊の落とした荷物の中に入っていたんだと。」


 その説明にコクコクと頷く盗賊達。それに気を良くした男は更に説明を続ける。


「いやな、何人も女を犯してきた俺らだけどよ。数時間もすりゃ、壊れるじゃん。そうなっと面白くない。やっぱ叫んで欲しいじゃん。」

「まあなあ、でもしかたなくね?やったの俺達だし!」


 ぎゃはは、と盗賊達は揃って品のない笑い声を上げる。魅衣と瑞樹はそれを恐怖を持って見ているだけしか出来なかった。と、そうして、ある一人が小瓶を持った盗賊の言いたいことを理解して、顔にいやらしい笑みを浮かべた。


「……お前、まさか……」

「いや、気になってたんだけど、この前偶然頭が酔っ払って寝てる内にかっぱらえてな?こりゃ使ってみるしかねえって思って、よ?」


 その笑みに合わせて、小瓶を持った盗賊もいやらしい笑みを浮かべる。それに合わせて、ようように意図が理解出来た他の盗賊達も同じような笑みを浮かべる。


「うっわ、お頭にばれっと殺されるぞ!」


 そう言いつつも盗賊達は皆、ノリノリだ。当たり前だ。お頭が秘蔵としているのを楽しめるのだ。楽しみでない筈が無かった。後で怒られるだろうが、彼らにとってそんなことより、今の楽しみのほうが重要だったのである。と、そこで小瓶を持った男が、更に一同の背を押す一言を告げる。


「頭も酔って使ったと思ってやがったから大丈夫だ!」

「お、マジか!そうと決まれば、おら!さっさと起きろ!」


 そう言って盗賊達が二人を乱暴に起こした。


「なぁに、何も身体に悪いもんじゃねえ。それどころか気持ちよくなるお薬ってやつだ。いいコトずくめだろ?」


 そう言って別の盗賊が無理矢理に二人の口を開ける。


「安心しろって。オレたちゃ優しいぜ?」


 そう言って笑う盗賊たち。魅衣と瑞樹は涙を浮かべて拒絶しようとするが、しびれて声も出せない。だが、そんな中。1つの光を見つける。


「ほーれ、さあ飲め!」


 口に薬を流し込まれて、強引に口を閉じられた二人。その瞬間に一気に身体が火照る感覚を得る。


「おっと、これじゃ面白くねえ。おい、解毒薬もってんの誰だ!……お、それそれ。サンキュー。」


 こうなってしまえば、後は数の暴力だ。盗賊達は連携して、痺れ薬の解毒薬を二人に飲ませる。


「良し!効果が出るまでにさっさと脱がしちまえ!」


 そう言って盗賊達が二人の服に手を掛ける。しかし、どういうわけか二人が笑みを浮かべたのを見て取った。そう、彼女らは虹色の光を見て、それを後光として君臨した救世主にして、彼ら盗賊にとっての死神に気付いたのだった。


「なんだぁ?まさか嬉しいのかよ!」


 だが、盗賊達はまだ後ろの絶対的な死に気付かない。なので、二人の顔に浮かんだ笑みを見た盗賊たちが笑い声を上げる。当たり前だ。この時、カイトは完全にキレる直前だった。その為、殺気を抑えに抑えていたのだ。そうして一頻り笑った後、ついに死神にして救世主の沸点を、超えた。


「……クズが。」


 轟音と共に、一番最後尾にいた盗賊がいきなり吹き飛んだ。時速100キロで大型ダンプカーに衝突されてもここまでは飛ばないだろう、それぐらいの勢いで吹き飛んでいた。そうして吹き飛ばされた盗賊は水平に500メートルほど飛ばされた後、地面を更に土煙を上げて滑っていき、ついに動かなくなる。


「貴様らに一つ良いことを教えておいてやる。」


 あまりの殺気に動きを止めた盗賊達を前に、カイトが一歩踏み出す。


「オレがこの世で一番嫌いなものはな?女を力づくで犯すクズだ。」


 怒気を抑えることなく、殺気を溢れさえ、カイトが更に一歩踏み出した。


「つまりは、貴様らだ。わかるな?そして、そこでお前らが触っている女はオレの大事な家族だ。」

「誰だ、てめぇ!」


 いきなり現れたカイトの殺気に呆然となっていた盗賊達はここで復帰し、一気に武器を抜いた。彼らが盗賊達の中でも更に一端の存在であったが故に出来た行動だが、これがカイトの怒りに油を注いだ。


「誰だ?ここのトップ……いや、死神だよ。お前らにプレゼントを持ってきた。遠慮はするな。」


 カイトは獰猛に牙を剥いて、魔力を放出させる。放出された魔力は再び可視化し、青みがかった虹色の光を顕現した。


「……遅い、わよ。」

「まったく、ですわ。」

「いや?主役ってやつは遅れて登場するもんだろ?それに、拐われたお姫様を救うのもまた、勇者の特権だ。」


 二人が弱々しくも笑みを浮かべた事を見たカイトが、若干だが殺気を薄れさせて、少しニヒルな笑みを浮かべて冗談を言う。胸糞悪い奴らを潰すより何より、まずは彼女らを安心させなければならない、カイトにとってそれの方が重要だった。


「なに、それ?」

「……カイトさんに騎士は似合いませんわよ?」


 カイトのきざったらしいセリフに二人は顔と言葉には呆れを表しているが、等しく、安堵を得ていた。そうして、カイトが少しだけ殺気を抑えたからだろうか。盗賊達が再度復帰して、いきり立つ。

 まあ、彼らにとっては折角のお楽しみを邪魔された挙句、仲間の一人が殺されたのだ。状況の不利を悟れるだけの頭が無かった事もあり、いきり立つのは仕方がないだろう。


「てめぇ、この人数相手に勝てるつもりかよ?今いいところなんだよ、逃げて帰れば、助けてやってもいいぜ?」

「ああ?てめぇらこそ、生きて帰れるつもりかよ?」


 さっきまでの冗談めかした男はどこへ言ったのか、盗賊達が思わず疑いたくなるほどの殺気がカイトから放出される。思わず、誰かが息を呑んだ。


「ここの法律は知っているよな?賊は全て、死罪だ。」


 カイトがそう言うや、もはや見るのも嫌だと言わんがばかりに一気に武器が現れる。そうして、死神による裁決が下された。


「死ね。」


 カイトがそう言った次の瞬間。数多の武器が雨のように降り注ぐ。魅衣達二人を取り囲む様に降り注いだ武器の雨は、二人を襲おうとした盗賊の全ての命を刈り取った。


「他の奴も同罪だ。」


 カイトがそういうと、再び無数の武器が現れ、一気に残った盗賊と伯爵の手勢達を掃討していった。そして更にカイトはルゥ達使い魔を呼び出す。

 いい加減に限界だったのだ。カイトは今までは魅衣と瑞樹の為に如何な獣よりも獰猛で、如何な悪魔よりも冷酷な顔を見せなかったのだが、どうにも盗賊を前にすると我慢ができなくなるらしい。一度裁決を下せば、後は早かった。


「あいつは後でいいか……他は全て刈り取っておいてくれ。」


 そう言ってカイトが遠くで気絶している俊樹の方を見る。彼だけは、今はまだ、命を奪うことが出来なかった。


「御意に、ご主人様。」


 そう言ってルゥを筆頭に、ソラ達さえまだ見たこともない使い魔達が散開していく。次の瞬間には、学園の周囲から隊員達の物でも、ユハラ達の物でもない魔力が吹き荒れた。それが、全てを決していく。


「これでいい。後は……おい!大丈夫か!?」


 ようやく怒気と殺気を収めたカイトは、大急ぎで魅衣と瑞樹に近寄る。後は二人を助け起こし桜達の所に戻るだけだ、と思ったのだが、二人共妙に苦しそうであったので先ほどの解毒薬に毒でも混ざっていたか、効きが悪かったのか、と心配したのだ。


「って、うわぁ!」


 近づいた瞬間、カイトが驚きの声を上げる。いきなり魅衣と瑞樹の二人に抱きつかれたのだ。


「ちょ!二人共どうした!」

「はぁ……カイト。」

「カイトさぁん。」


 そうしてカイトは魅衣に顔を捕まれ、キスされて、瑞樹には豊満な胸へと手を誘導される。


「んん~!……ちょ!おい!どうした!」

「身体が熱いの……」


 強引に自分に口付けした魅衣の口を強引に引き剥がし、カイトが魅衣の端正な顔を見る。すると、目の前にある魅衣の顔は光悦で潤んでいた。

 無理も無い。彼女は実はずっと、カイトの事を慕い続けていたのだ。だが、ティナという親友の存在があって、我慢し続けていた。そこに来て、盗賊達に媚薬を飲まされたのだ。抑えが効かなくなるのは無理がなかった。


「おい!ちょっと待て!……って、瑞樹もか!二人共何があった!」


 ふとカイトが不安になって瑞樹の方を見れば、瑞樹も同じような顔をしている。彼女も彼女で、最近カイトの教示の関連で異性として良いな、と思い始めていた所なのである。

 二人共慕い始めた時期と長さこそ異なるが、現在進行形で慕っているのは事実だ。そこに来て命の危険を感じ、その上で媚薬を飲まさて想い人に救われれば、抑えが効かなくなるのは無理もない。

 おまけに、二人共ティナがいるから、と諦めていたのだが、異世界に来て奔放なカイトの女性問題が噴出して、その抑えも抑えでは無くけしかけ役であった事が判明したのだ。更には最後のストッパーであった横恋慕という若干の罪悪感までクスリで飛ばされて、ついに抑えきれなくなったのである。


「ふふ……カイトさんになら、構いませんわよ?」


 そう言って、瑞樹は妖艶に微笑んでもはや服の機能を殆ど有していない服を脱ごうとする。が、さすがのカイトとて、それに応じてやるつもりは無かった。

 二人の美姫に迫られるのは嬉しいし、心から望まれれば応じるが、クスリに呑まれた状態ではゴメンだった。


「ちょ、待て、二人共!」


 この状況は本格的にまずい、それを悟ったカイトは取り敢えず二人を異空間に取り込み、眠らせることにした。眠らせてしまえば状況を精査する事も出来るし、治療する事が出来るかもしれないからだ。

 それに学園からもクズハ達からも丸見えのこの状況をもし、誰かに―特に桜とクズハ、ユリィ他女性陣―見られれば、碌な事にならないことぐらいは学習していた。


「あの薬か?解毒薬とか言ってた筈だが……」


 そうして、カイトは死体から解毒剤の入っていた小瓶を回収する。だが、カイトはそれ迄に媚薬を飲まされていたのは見ていなかったのだ。そちらの小瓶には、気付かなかった。


「まあいい、後でどうにかするか。」


 小瓶を確認して本当に単なる解毒剤であった事を確認して、顔に疑問を浮かべて一息ついたカイトだが、次の瞬間何故か冷や汗が止めどなく溢れでた。背後に寒気を感じたのである。


「……どうしようもなければ、抱くおつもりですか?」


 そうして、先ほどまで戦場の全てを凍らせていたカイトが凍りつく、絶対零度の存在が降臨したのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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― 新着の感想 ―
毎回これ。。。これはノクターンノベルズの内容ですね……
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