表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/3883

第139話 圧倒

 *注意*

 今回は少しだけ痛々しい表現があります。

 ソラと瞬が必死の抵抗を続けていた頃。裏門では、ティアとグライアの二人が泰然と伯爵の手勢を迎え撃っていた。


「なんじゃ、来ぬのか?」


 ティアは艶然と微笑んでいるだけであるが、伯爵の手勢は動くことさえ出来ない。彼らとてわかるのだ。目の前の絶世の美女こそが、この世界で最も恐れられる古龍(エルダー・ドラゴン)であることを。そんな存在が顎門(あぎと)を開いているのを前にして、普通の兵士である彼らが動ける筈が無かった。


「ふーむ、ならば余からいくぞ?」


 かと言って、彼女らとて襲撃者を相手に容赦するという道理は無かった。一向に動く気配の無い手勢に対して、グライアがしびれを切らし、攻撃を仕掛けようとする。だが、そんなグライアに対して、ティアから提案が為された。


「いや、待て。珍しく妾とお主が一緒におるのじゃ。偶には趣向を凝らしてもよかろう。」

「うん?……それもそうだな。」


 ティアの提案にグライアが少しだけ懐かしそうに笑い、誘いに乗る。実はこの二人はよく会っているのだが、一緒に戦うことは最近とんとなかった。まあ、二人同時に呼び出す様なカイトが居ないため、当たり前ではあった。それ故、これは久々にカイトに呼び出された事への祝砲にも似ていた。


「では、何にするかのう……おお!あれが良いな!」


 嬉しそうに声を上げたティアが、何かを準備し始める。それを見たグライアがティアの意図を理解し、彼女も準備を始めた。二人共これから起こるであろう虐殺劇にはそぐわぬ、傲慢でいて、楽しそうな表情であった。


「何、別に恐れる必要はない。単なる宴会芸だ。」


 グライアは獰猛な、それでいて妖艶な笑みを浮かべる。彼女らが使用しようとする魔術は確かに宴会芸として開発したのだが、殺傷力は十分である。それどころか並の軍勢ならば、これで壊滅してしまうだろう。


「カイトなぞはこれを見て粋などと喜んでおってな。酒が進んでおった……何、お主らの様な賊には勿体無いが、珍しくあ奴が妾らに協力を頼んで来おったのだ。妾らも機嫌が良い。冥土の土産じゃ。ゆるりと楽しんでいけ。」


 続けてティアが冷酷で、それでいて妖艶な笑みを浮かべる。二人共、性質こそ正反対であるが、男を惑わせる笑みであった。しかし、彼等は誰も動けない。彼女らが纏う殺気が身体を凍りつかせてしまっていた。


「さて、覚悟は良いか?」

「さて、覚悟は良いな?」


 答えの返って来ない問い掛けを同時に告げ、二人が同時に何かの魔法陣を展開する。その瞬間、彼女らの前に居る伯爵の手勢は全員、生きることを諦めた。その表情にはもはや絶望も何もなく、死を単なる事実として受け入れた能面のようなのっぺりとした顔があった。


「「<<螺旋息吹・紅白(ぼたんゆき)>>。」」


 グライアとティア、紅白二人の美女から同時に放たれた口決に呼応し、魔術が発動する。上空に展開した魔術陣から降り注いだのは牡丹雪。ほのかに紅色に染まった雪であった。ひらひらと舞い落ちる紅色の牡丹雪は伯爵の手勢に降り注ぐや、如何な原理か炎を上げず、伯爵の手勢を一気に焼き払う。紅色の牡丹雪は、その実、灼熱の雪であった。


「ぎゃぁあああ!」

「あぢぃーー!」


 悲鳴を上げて雪から逃れようとする伯爵の手勢達。武器を振り回し、雪を振り払おうとする者も居るが、その武器さえ、桜色の雪は燃やしてしまう。そうしている内に始めは少しであった雪は、ものの十数秒で吹雪のごとく吹きすさんでいた。


「なんだ。もう終わりか?」

「まだまだこれからじゃというのに。情けないのう。宴もたけなわには程遠いぞ?」


 二人がそう言って魔術を終了すると、そこにはもはや何もない。彼等の遺灰さえ、残っていなかった。伯爵の手勢がいた痕跡さえ残さず、全ては焼き払われていた。圧倒的、ただそれだけを残し、彼女らは更なる獲物を求め、狙いを定めていった。




「うへぇ、おっかね。」


 そう言うのはコフルである。彼はグライアとティアがもたらした虐殺の一部始終を目撃していたのだ。


「なんでカイトの女ってのはあんなにおっかない奴ばっかなんだ……?」

「お・に・い・ちゃーん。それってもしかして私も含まれてるのかなー?」


 横にいたユハラが笑顔で笑いかける。


「あ、いや、お前は別だぞ?俺の可愛い妹じゃねぇか、な?」


 彼が思い返せば自分の妹もその一人であった。肉体的には彼の方が強いのだが、精神的には妹に勝てる見込みがないコフルは、真っ青になってすぐさま訂正する。妹に口喧嘩で勝てた試しはないのだ。歯向かわない方が得であることは、この300年で理解していた。


「ふーん。まあ、そういうことにしておきますかねー。」

「メイド長ー、どうしますか?」


 横に控えていたメイドの一人がそう問いかける。彼らは周囲はすでに伯爵の手勢に包囲されていた。そんな中で、漫才じみた遣り取りを繰り広げていたのである。


「なんだ、こいつら?」

「メイド?それと執事?……こっちは……おい!こいつら巡回兵じゃねえか!」


ユハラ達の従者姿に呆気にとられる伯爵の手勢だが、半分がコフルの率いる巡回兵の姿をした兵士であった事に気づいて一気に警戒する。それに、ユハラや取り巻きの従者達が柔和な笑みを浮かべて告げた。


「どうするもこうするも無いですよー?今回ご主人様からはゴミ掃除を命じられてますし、お掃除しないとダメですよ?」

「ですよねー。」


 別のメイドがそう言う。全員がいつもの公爵邸を掃除している時と一切変わらない、リラックスした様子であった。もしこれから邸宅の大掃除だ、と言われても、誰もがそれを疑わないだろう。


「俺たちゃ別に掃除頼まれてないぞ?」

「そうだな。」


 そう言ってコフル達警備兵達が笑う。彼らが頼まれたのは、敵を逃さないことであって、彼女らが全て倒してくれるなら、仕事は無かった。


「じゃあ、ゴミ出しでもする?」


 また、別のメイドがコフルに笑いかける。彼等はほぼ同じ時期にカイトに拾われた、まさに幼馴染とでも言うべき者達だった。これが公爵家の仕事でないのでいつもの様に、茶化すように、遊ぶように笑い合う。


「ゴミ出しって、どうせここで焼却処分じゃないか。」

「そうですねー。」


 彼等の遺体をそのままここに放置しておくのは、学生たちの精神衛生上非常に悪い。誰かがチリ一つ残さず燃やし尽くすだろう。


「では、公爵家メイド部隊、公爵様の命に従い、お掃除を始めさせていただきます。」

「……私達はメイドではありませんが……」


 そう言ってユハラ率いるメイド達が各々の武器を取り出す。誰もがその衣服の内側に隠し持てるサイズの暗器であった。それを受け、ある執事がぼやくが、その手にはナイフが握られていた。


「おーし、俺らも行くぞ。」


 気の抜けた言葉とともに、コフルが率いる部隊も戦闘態勢を取る。そして、数分後には全ての手勢が討ち取られていた。だが、そんな虐殺の後に感じるのは、ここに送られた彼らを憐れむのではなく、自分たちが今使った装備の事だ。


「うわぁ……この装備、凄い着心地いいんですけど……」

「さすがティナ様ですね。」

「おい、これ、俺の部下全員に配りたいんだが、予算でるか?」


 全員、久々に実感するティナの用意した兵装に感心する。今までも、公爵家の用意した最上級の装備を使用していたのだが、それと比べても段違いの動きやすさ、防御性能であった。これを使い熟す為にティナが帰還して数ヶ月の慣熟期間が設けられ、今回が初陣だったのだが、その結果は上々と言えた。


「公爵家でも元はティナさんの装備をアップグレードしていた筈……なのにどうしてこの性能が……」


 彼女ら用に用意された装備は大元はティナの残した研究結果を元として創られた装備である。それなのに、性能は段違いであった。そうして使い勝手を実感して、誰かが出した疑問に、ユハラが答えた。


「無理じゃないかなぁ。この間全員採寸しましたよねー?」

「ああ、この間な。時期に会わないとは思ってたが……」

「あれ、ティナ様のご命令なんですよー。多分、全員分の装備をワンオフしたんじゃないですかねー。」

「げ、ってことは、これ一着……」


 仲間内なので、普通ならば部隊員の前ではこんなことでこんな引き攣った表情を浮かべないはずの警備兵の一人が、思い切り怯えた表情を見せた。この世界最高の腕前を持つティナが、各々の最適となるように調整した装備である。一着ミスリル銀貨100枚は下らない、最高級品であった。


「ティナ様からレポート提出お願いされてますからねー。皆さん、提出お願いしますね?」

「その程度で良いのでしたら、喜んでさせていただきます。」


 メイドが真剣な顔で頷いた。詳細なレポートを提出するだけで、今でさえ至高の装備が更に良くなるのだ。提出を嫌がる者は誰もいなかった。


「後残りは……いないか。」


 そうして、コフルが周囲を見渡す。周囲には伯爵の手勢や盗賊の死体が無残に転がっているだけで、彼等の仲間以外に動く影はない。と、そこで一同は懐かしく、圧倒的な魔力を感じる。そうして、コフルが非常に嫌そうな顔で告げた。


「うっへぇ、もっとおっかねえの来やがった……カイトんとこ行くぞ。」


 そうして彼等もまた、カイトの元へと向うのであった。



 一方、カイト達を送り出して殿を買って出たストラ、ステラの兄妹の戦いも、終盤を迎えていた。


「ふん、この程度か。」


 そう言ってストラが短剣を振るう。短剣なのに一振り振るえば、それだけで二人以上の死者がでた。


「ちぃ!こいつら……マクヴェル兄妹か!公爵家の裏を取り仕切る奴らだ!」

「全員包囲しろ!数は二人!囲めば勝てる!」


 二人がダーク・エルフである事に気付いたある兵士が声を上げる。ようやく二人の正体に気付いた伯爵の伏兵は、二人を取り囲んで一気に勝負を決める算段であった。だが、そんな彼らを侮蔑するように、ストラが忌々しげに告げる。


「あ?お前らまだ生き残れると思っているのか?」


 そう言うや一気に取り囲んだ兵士に向かって攻撃を仕掛け、ステラは一人ずつ確実に仕留めていく。効率的には落ちたが、怒りで後先を考えなくなっているので、掃討のペースとしては更に上がっていた。そんな相変わらず主のこととなると沸点が低くなる兄を見て、ステラがため息を吐く


「はぁ……兄上……もう兄上一人で良いのではないか?」


 そういうもステラは自身へ斬りかかる兵士を切って捨てる。更に横薙ぎに切りはらてって周囲の兵士を一息に全て切り伏せた。


「兄上……わかっているとは思うが、頭は残しておくんだぞ?」

「……そうだった。危ない危ない。危うく閣下のお申し付けを破るところだった。すまん、ステラ。」


 危うく集団のトップと思わしい男を切り捨てそうになったストラだが、寸前でストラに止められる。そうして、彼は忌々しげに舌打ちして、呟いた。


「ち、閣下のご命令でなければ……」


 そう言って捕縛用の魔術を展開し、男を捕獲する。


「邪魔だ。向こうでのびていろ。」


 ストラはそう言って男を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた男は気絶したのか動かない。それどころか、息をしているのかも怪しかった。手足も変な方向に曲がっているし、口からは血の泡が流れていた。それを見たステラが、眉を顰めて兄に問い掛ける。


「……兄上、殺してないだろうな?」

「そのはずだ。肋骨は何本か逝っただろうがな。」


 男の身柄には一切興味が無い二人だが、それが主命となれば別である。死なれて主に怒られるのは勘弁願いたかった。


「まあ、脚や手が折れていた所で、喋れれば問題無いか。」

「そんなものを気にする閣下ではない。」


 二人とも、生きてさえいればいいのである。手足の一本二本がなくなっていた所で、カイトも気にしない。


「口さえ聞ければ問題は無い。他のやつは潰しておけとのご命令だ……死体の処分はどうするべきか……」

「兄上が燃やせば良いだろう。確か火属性は得意だったろう?」

「閣下の庭にゴミを出すわけにはいかん。面倒だが、仕方がない。」


 二人して平然と彼等の処遇を語るのを見た伯爵の手勢だが、鍛えられた兵士らしく、この程度では戦意を喪失しない。それどころか、生への執着から、更に苛烈に攻撃を仕掛けてくる。


「ちぃ!遠距離兵は全員遠巻きに仕掛けろ!」


 隊長が捉えられてしまったので副官らしい男が指揮を引き継ぎ、二人への攻撃の手を更に苛烈にする。


「隊長は後で救出すれば良い!それより背中を見せて攻撃される方を気にしろ!」


 包囲したことで隊長を救出しようとした部下に対して、副官が制止する。相手は圧倒的な怪物なのだ。そんな余裕は無かった。


「ふぅ……相変わらず数だけは多い。」


 ステラはそう言って細剣に付着した血糊を払った。こんなことでは刃こぼれ一つしない細剣だが、血糊で切れ味が鈍るのだけは避けられない。時折だが、このように勢い良く細剣を振り払って飛ばしてやらねばならなかった。


「ふん。どうせ数だけだ。」


 ストラの方は替えの短剣を取り出し、再び二人は攻撃を再開する。数分後には全てを倒し終え、兵士たちの死体が積み上がっていた。全ての遺体を一箇所に集めたのだ。


「燃やすぞ。」

「ああ、残りは無いはずだ。早く終わらせて主の元へ行こう。」


 少しだけ急いだ感があった二人だが、生き残りが居ないのは確認済みだ。そうしてストラが魔術を展開し、自分たちに襲いかかってきた兵士たちの遺体を焼却する。此方もまた、罪悪感等は一切無かった。有るのは一刻も早く主の下に馳せ参じたいという一心だけだ。そうして現れた魔法陣からは真紅の炎が顕現し、轟々と燃え盛る火炎を吐いた。それに焼かれ、兵士たちの死体は彼らの武具ごと燃えていく。


「お前は来い。閣下の元で全てを吐いてもらう。」

「兄上、気絶しているぞ。」

「わかっている。一応、起きていた時の為だ。」

「拒絶したら置いていくのか?」

「そんなわけが無いだろう。」


 そうして二人は隊長の男を連れ、カイトの元へと駆けて行く。

 後には骨さえ残らず、遺灰だけが残されている。その遺灰も勢い良く風が吹くと、風に乗って飛ばされていった。まさに、公爵家の闇を司る彼らにふさわしい、戦いの痕跡さえ残さない戦い方であった。

 お読み頂き有難う御座いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ