第138話 殺人
思わぬ事態に巻き込まれ、ソラは必死の形相で由利を守りながら盗賊を相手に戦い抜いていた。そうして、キィンという金属がぶつかる音と共に、ソラが盗賊の剣を盾で防いだ。
「ちぃ!やりずれぇ!」
ソラとて今まで訓練などで対人戦を行っていたのだが、当たり前に殺し合いなど見たことも経験したこともない。当然だが、今までと異なる戦闘に戸惑い、剣筋が鈍っていた。
そうして動きが鈍っている所に、後ろから盗賊に忍び寄られ、危うく不意打ちを食らいそうになる。
「危ない!」
由利がそう言って放った矢が盗賊の脚にあたり、悲鳴を上げて盗賊が転げまわる。始めはこれだけでも戦意を失いそうになっていたソラと由利なのだが、命に危険が迫っていたことと、慣れた事によって今では気にならなくなってしまっていた。
「ワリィ!」
「ううん、気をつけてー!」
何とか二人でフォローしあうのだが、乱戦の中で瞬とはぐれてしまっていた。瞬の状況は気になっているのだが、それどころではなかった。
「いい加減に諦めろよ!」
そう言って怒号と共に振るった剣は、盗賊の腕を切り落とした。が、ソラに多大な罪悪感と嫌悪感をもたらしたその攻撃に対しても、他の盗賊は警戒して一旦距離を取っただけである。そうして、ソラと由利の攻撃を警戒していた盗賊達だが、ふと、ある事に気付いた。あれだけ激しく応酬していたのに、誰一人として、死んでいないのだ。
「ちぃ!……ん?こいつらもしかして、殺せねぇのか?」
「……そういや、さっきから脚とか腕狙いで全然殺してねぇな。」
一旦距離を取った盗賊達はソラ達が殺人に忌避感を抱いている事を見抜く。そして、見抜いてからは早い。要にはそれを基点として攻め立てれば良いだけだからだ。
「おい、てめぇら!こいつら殺せねえんだ!落ち着いてやりゃ、問題ねぇ!」
「ち、気づきやがった。」
盗賊達に自分たちの弱点を気づかれ、忌々しげにソラが呟いた。そうして更に乱戦にもつれ込むソラ達だが、遂に由利と引き剥がされてしまう。
「おっしゃ!こっちのガキは任せて、そっちの女をふん縛っちまえ!」
「由利!」
そうしてなんとか由利の下へ近づこうとするソラだが、盗賊に阻まれて進めない。
「きゃああ!」
そうして攻めあぐねている内に聞こえてきた由利の悲鳴。それを聞いた瞬間、ソラの頭は一気に沸騰した。目の前が真っ赤になる、それをソラは生まれて初めて、実感する。もはや最後の忌避感も取り払われた彼は、怒りに任せて最後の切り札にして、敵を殺すための札を切った。
「由利ぃー!てめぇら、どきやがれぇ!」
怒号と共にソラの武器が光り輝き、緑色の光を宿す。そうして、彼は教えられたまま、その名を叫んだ。
「<<草薙剣>>!」
ソラがカイトより授けられた<<草薙剣>>を発動させ、剣を横薙ぎに振り払う。それは、勇者カイトから教わった切り札だ。それ故、その効果は手加減さえ考えなければ、絶大だった。次の瞬間、周囲の盗賊達の身体が上半身と下半身に両断されていた。
「てめぇら、邪魔だ!」
そうしてソラはがむしゃらに<<草薙剣>>を振るい、行く手を阻む盗賊を切って捨てて行く。もはや魔力の消費や精神的ショックも全て度外視した、ただただ仲間を救うという一念のみで振るわれる刃は草を薙ぐ剣の名にふさわしく、敵の命を草を刈り取る様にやすやすと刈り取っていった。だが、本来は神が振るう神剣を振るう彼は勇者などではなく、その顔は悪鬼もかくやという怒気と殺気に染まっていた。
そうして由利までの道が開けると、そこには今にも襲い掛かられそうな由利が居た。それを見たソラはもはや限界と自身でさえ思っていた怒気が更に高まり、自身でさえ上げたことのない怒号を上げた。
「てめぇら、由利にてぇ出してんじゃねぇー!」
龍の咆哮にも似た怒号を上げ、ソラは横から盗賊に蹴りを入れる。剣で切り裂いて、由利に血を浴びせるのを厭うたのである。いきなり横合いに蹴りを入れられた盗賊は大きく吹っ飛び、転がった。
そうして不意打ちから起き上がろうとする盗賊へ、修羅と化したソラは容赦無く緑色の斬撃を飛ばして、トドメを刺す。
「由利!大丈夫か!」
「え……ソラ?」
返り血に染まり、顔を怒りに歪めていたソラの横顔を由利は一瞬見間違えそうになる。だが、すぐにソラが心配そうに自分を見たことで、彼が仲の良い友人であることを理解する。
「……うん。」
「ああ、そうか……良かった。」
そう言って心の底から安心したようにソラは微笑む。それを見て、ようやく由利は自分が助かった事を悟る。そうして、友人の身の安全を確保出来て一安心したソラだが、ついで、自身を取り囲む盗賊達を睨みつけた。
「……おい、てめぇら……死にたい、ってんなら来いよ。」
ソラは一旦安堵した所為で震え始めた身体を強引に抑え、再び剣に緑色の光を宿して、何が起こったのかわからない盗賊たちを睨む。だが、次の瞬間、横合いに声がかかった。
「いや、少年。よくやった。もういい。」
「……誰だ?」
ソラは警戒心をにじませ、怯えて戦えなくなった由利を引き寄せて守るように構える。ソラは男が現れた事に気づかなかった。なので相手が格上と把握するや、一旦怒気をわずかに抑えた。このまま戦っても、由利を守り抜け無いと判断したのだ。
「閣下の……カイト様の配下の者だ。遅れてすまない……殺れ。」
男はソラを安心させるように、あえてカイトの名前で言い直す。男がそう命ずるや否や、男と同じくどこからともなく現れた黒衣の集団が盗賊達を一掃していく。
「主もあそこにおられる。案内しよう。」
「……ああ、ありがとう。」
未だ冷めぬ緊張とようやく訪れた嫌悪感で動きが鈍いソラはだが、なんとかまだ呆然とする由利の手を引く事はできた。そうして男に従ってカイトの元に案内されたのだった。
「……俺達は……油断してた。いや、もっと簡単に考えてた……」
この状況を親友が知らない筈はない、それを知っているソラがそう呟く。その呟きを聞いて、由利が問い掛ける。
「どういうこと?」
「あいつはこれを危惧してたんだ。だから、今日は絶対に出るな、って何度も言ってたんだ。俺達は甘く見ていた……ヒトを殺すって事がこんなに怖いなんて、知らなかった。」
ソラは嫌悪感を堪えながら、震える自らの身体を掻き抱いた。カイトは何度も言ったのだ。今日は外にでるな、と。
そして、カイトは何度もヒトを殺すとはどういうことかを語っていたのだ。それを甘く見ていたのは、彼らであった。だが、そんなソラに対して、由利が告げる。
「でも、ありがとう。ソラが居なかったら……私はどうなってたかわかんないよー。」
気丈に、普段の口調を心がけて、由利がしっかりとお礼を言う。そして彼女は初めて人を殺した罪悪感で震えるソラの手をしっかりと握り、彼が助けた命のぬくもりを伝える。
それでソラは少しだけ、救われた。自分が殺さなければ、このぬくもりは失われていたであろうことに気付いたのだ。そうして、真っ青な顔で嘔吐感を堪え、ただただ震えていたソラはそれを頼りに、何とか歩いていくのだった。
一方ソラ達が救出される少し前。瞬の戦闘も佳境を迎えていた。
「はっ、この程度か。」
戦闘能力であれば、カイトとティナ、その使い魔達を除けば学園最強である瞬だ。ソラの様に由利を守りながらでもないし、並の盗賊たちであれば、束になっても敵わなかった。
「ちぃ!コイツめちゃくちゃつええぞ!」
攻めあぐねた盗賊達が一旦距離をとる。だが、それを見逃す瞬ではない。瞬は盗賊達の一瞬の隙を突いて盗賊達の包囲網を抜け出す。
「ここだ!」
「ちぃ!抜けられた!」
「ソラ達は!」
瞬とて、ソラ達と逸れた事は把握していたし、ソラ達は自分にとって仲の良い後輩だ。それに、カイトの言いつけを破って二人をここに連れてきたのは彼だ。
それ故、嘗ての過ちを繰り返したくない一心で、瞬は二人を探し始める。そうして走りだそうとした瞬だが、横合いに攻撃される。
「ちっ、誰だ!」
答えが帰ってくるはずもない、瞬はそう思いつつもつい癖で誰何してしまった。だが、意外にも答えが帰ってきた。
「あちゃー、今の避けるか。ランクDからCってことか?」
ヒュン、という音と共に男へと鎖鎌の分銅が舞い戻る。いや、男というより、まだ少年と呼んだほうが良い様な年齢だった。
「で、俺が誰か、だが……冒険者ランクB鎌鼬のセツ。」
セツは瞬とほぼ同じ年齢に見えた。だが、瞬には纏う風格はセツの方が上に感じられたし、これは誰が見てもそう答えるだろう。
「……天道学園冒険部副部長一条瞬だ。」
如何に襲撃者相手とは言え、名乗られたからにはな乗換えすのが瞬の礼儀である。とは言え、自分より格上の相手である。瞬は油断なく構える。
「さて、おいてめぇら!邪魔だからどっか行ってろ!」
セツは怒号と共に、周囲の盗賊へと殺気を放つ。どうやらセツの実力は襲撃してきた盗賊達よりも圧倒的に上らしく、盗賊達は命の危険を悟ると、瞬が男であったこともあって、セツの言葉に従って学園の襲撃に参加し始めた。
「……何を考えている?」
いくら自分の方が格上とはいえ、瞬には数の利を捨てる理由がわからなかった。話が通じた相手であった事も相まって、瞬はセツに問いかけてみた。
「ああ?まあ、そんなのなあ、折角面白そうな奴と出会えたんだ。戦いたいってのはわかるだろ?」
そう言うセツの顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。彼は今すぐにでも戦いたいが、この会話を今は楽しんでいた。そして、瞬にはセツの言葉が理解出来たのだが、自分が彼にとってそうであるとは思えず、問い返した。
「俺がか?」
「ああ、それ、本物じゃないだろ?」
そう言ってセツが指差すのは、瞬の持つ槍だ。どうやら如何な鍛錬の賜物か、瞬の槍が魔力による創造物である事を見抜いたようだ。
「俺も長いがお前みたいに近接で武器を創る奴は初めてみた。」
「……わかるのか?」
思いがけず自らの武器を言い当てられ、肯定してしまった。そうして、正解した事にセツは本当に嬉しそうに笑った。
「おお!やっぱそうか!」
「カマかけたな?」
「あったり~。さっきの避けたのとか見てると、お前結構筋はいんじゃね?……だが、惜しいなー。ここで会った以上は殺さないといけないんだよなー。依頼人の依頼だし。」
たった今まで笑みを讃えていたのに、鎖鎌を構えるや、セツは一気に殺気を漲らせる。先ほどまで笑っていたのが演技に思えるほどの早変わりであった。
「……行くぜ。頼むからすぐに死んでくれるな!」
そう言ってセツが放った顔面狙いの分銅を、瞬は首を傾けて避ける。
(カイトが居てくれて助かった。)
瞬は内心でそう思う。かつてカイトが面白半分に見せてくれたエネフィアでの鎖鎌の戦い方を覚えていたのだ。その御蔭で、この後の流れも知っていた。
(分銅を受けないのは基本だ。)
教え通りに分銅を避け、更に近づいてきたセツから間合いを離す。
(そして相手が近づいてきても、絶対に受け合うな。)
セツは鎖鎌の鎌で瞬を切り裂こうとする。そして次の瞬間、瞬の後ろから分銅が戻ってきた。一直線に瞬が居た場所を狙っている。もし、セツの鎖鎌を受けていれば、後頭部に分銅の直撃を受けて、瞬の頭は潰れたトマトの様に真っ赤な花を咲かせた事だろう。
「へぇ~、鎖鎌なんて使う奴居ないと思ってたけど、意外と多いのか?大抵の奴は今ので死んでるんだけど。」
初撃から一連の流れを躱されたセツは嬉しそうに笑みを浮かべる。今の連携は鎖鎌の基本となる連携だが、エネフィアでも少ない鎖鎌使いである。少ないが故、連携は知られていないので、そのまま鎌を受けて後ろから分銅の直撃にあって命を落とすものは少なくなかった。彼が今まで生き残ってこれたのも、この珍しいという利点を活かしたが故であった。
「いや、偶然知り合いに鎖鎌も使える男が居てな。面白半分に教えてくれて助かった。」
そう言って瞬も薄く笑みを浮かべる。お互いに構えは解いていないが、まるで旧友かの様に話していた。
「うお、マジ?そいつとも戦ってみたいな。……鎖鎌も?」
自分としても師とその他数人しか知らない鎖鎌使いが現れて、セツは喜色を浮かべる。しかしふと、瞬の言葉に気になる言い回しを見つけて、眉を顰めた。瞬はその様子を油断なく観察しながら、コロコロと表情の変わる奴だ、と妙な感慨を抱いていた。そうして、瞬はセツの質問に答えた。
「ああ、そいつはありとあらゆる武器を使いこなす。」
「げぇ……まるで伝説の勇者じゃねぇか……」
まるで、では無くまさにそうである、と言いたくなる瞬だが、さすがに敵にそんなことを言う気はなかった。
「でだ、続けるのか?」
かなり和やかなムードが流れるが、瞬が戦闘の再開を問いかける。が、その問い掛けに、セツは瞬の予想に反して鎌鼬を纏め、腰に帯びた。
「いや、やめだ。このままやってもこっちの負け。今回は面白い奴を見つけられただけで良しとしておく。依頼も達成したしな。」
瞬の目の前から、セツは意味不明な言葉を発して一気に消え去った。見れば、遠くの方で手を振るセツがあった。そうして、彼は手でメガホンを作って、声を上げた。
「じゃあなー!今度はマジでやれるようになっててくれよー!」
「一体どういうことだ?まあ……理由を考える前にまたなんとか包囲を抜け出す必要があるな。」
どう考えても自分が圧倒的に有利であったセツを訝しみながらも、瞬は周囲を包囲している盗賊達へと注意を向ける。戦闘の途中でセツの様子を訝しみ、再び現れたのだ。そうして、瞬が油断なく槍を構えるが、セツが逃げた理由が、空高くから現れた。
「瞬!無事ですね!」
そう言って降り立ったのはリィルだ。セツはリィル達が現れた事を感じ取って、巻き込まれる前に撤退したのだった。
「リィルか。ああ、大丈夫だ。」
「周囲の敵を一掃します。あなたは自分の身を守ってなさい。」
元々瞬もかなりギリギリだった事もあり、リィルの言葉に従い、攻めの姿勢から、守りの姿勢に変える。そうして、瞬が防備の姿勢を取ったのを確認して、リィルは周囲の盗賊を一掃していく。
「……俺達が今まで苦労していたのは何だったんだ。」
瞬は場違いながら、そう苦笑して呟いた。彼がそう思うぐらいの圧倒的な戦いである。目の前でヒトが死んでいく実感さえわかない、ただただ圧倒的な力がそこにあった。
(リィルでこれだ……カイトはどんな戦いなんだ?)
「<<刺殺魔槍>>。」
嫌悪感より何より圧倒的な力への興味が勝った瞬だが、次の瞬間に槍を取り出して一気に投げた。その一連の流れは、槍を投じた彼が一番驚くほどに、自然と振るわれていた。それを放った瞬間、ヒトを殺した罪悪感より、<<刺殺魔槍>>を使えたことへの驚きが勝ったほどだ。
「……瞬、いいのですか?いえ、ありがとうございます。」
リィルが危うく後ろから不意打ちを食らいそうになっていたのだ。そして、それを見た瞬間、瞬は不意打ちを仕掛けようとした盗賊に対して無意識の内に<<刺殺魔槍>>を抜き放っていた。何の躊躇いもなく殺した瞬へと問いかけたリィルだが、真っ青な顔をしている瞬を見て、礼を言った。
「……何故だ?」
瞬は戦場に響く狂騒さえ遠ざかるほどに静まり返った様に思える意識の中で、そう呟く。練習ではいままで少しも使えなかった<<刺殺魔槍>>。だが、この時だけはなんら不備なく創り出せた。
(この<<刺殺魔槍>>は相手を殺す、という意思がなければ創り出せん。使うのも同様だ。)
瞬がその瞬間思い出したのは、使いこなせないどころか顕現する気配さえ見せない<<刺殺魔槍>>の練習で壁にぶち当たっていた彼に、カイトが送ったアドバイスだった。
(まあ、逆に言えば相手を殺したいと思わなければ<<刺殺魔槍>>は創り出せん。今の先輩に使えないのも道理だ。先輩は殺意を抱けないだろ?)
その時、瞬はカイトに今誰かを殺したいのか、と聞いたのだが、カイトは否定した。それ故に創り出せると思って練習していたのだが、一向に成功しなかったのである。だが、今は理解できた。あの時の自分が相手を殺したいと思う瞬間を知らなかったのだと。
「今……俺はあいつを殺したいと思ったのか?」
その事実に愕然とする。自分では人は殺せない、そう思っていたのだ。それが、目の前でリィルが危機に陥るや否や、何の躊躇いもなく殺せてしまった。今は罪悪感で震えているが、何故かその罪悪感も小さかった。
「何故だ。今でもあの瞬間を思い出せば<<刺殺魔槍>>が出せる。」
今までいくら練習しても影も形も無かった<<刺殺魔槍>>は、あの瞬間を思い出すだけで確かな形を有し、まるで敵を殺せと訴えかけるかのように真紅の色を湛えていた。
「……そうか、これが殺意か。」
瞬はこの瞬間、殺意の根源を理解する。それは彼にとってはソラと同じく、守りたい者が傷つけられそうになった時であった。そうして殺気を纏った瞬はリィルの背を守るように構えた。
「俺も戦おう。」
「……分かりました。背中は任せます。私は速度を上げることにしましょう。<<炎武>>。」
カイト達との修行によって溜めなしでも発動できるようになった<<炎武>>を発動させて、リィルは一気に周囲の殲滅を開始する。瞬に言いたいことはあっただろうが、そんな場合ではないと考えてリィルは瞬の思うままにさせることにしたのだ。
そうして数分後、彼らの周りには彼らを狙った盗賊の死体の山が出来上がっていた。
「瞬、改めて礼を言います。助けて頂いてありがとうございました。」
「……いや、此方こそ礼を言う。俺を導いてくれてありがとう。」
「は?」
命を助けられて何故か礼を言われたリィルが、珍しくポカンとした顔をする。そんな滅多にないリィルの間抜けな顔に、瞬がこの場には似つかない、陽性の明るい笑みを浮かべた。
「ははっ、いや気にするな。……っ!」
そうして笑っていた瞬だが、次の瞬間自らが纏っていた殺気以上の殺気を感じる。今までは殺気を感じていただけだが、自らが殺気を纏えるようになると、その濃度も感じられるようになったのである。そして、瞬が感じられた以上、リィルも当たり前に感じられていた。彼女は瞬と同じく、ある一方向を、まるで怯える様に見つめていた。
「これは……カイト殿ですね。何かあったのかもしれません。行きましょう。」
「ああ。今回はあいつのお陰で俺は助かったからな。」
「よくわかりませんが……それは良かったですね。」
「ああ、後であいつにも礼を言わんとな。」
リィルはよくわからなかったが、瞬に何かあったらしいことは理解出来た。それが悪いことでは無かったのでそれに小さく微笑むと、瞬もまた、微笑んで認めた。そうして、二人はカイトの元へと駆けて行ったのであった。
お読み頂き有難う御座いました。