第137話 戦闘開始
カイト達がマクスウェルの街を出発しようとしていた頃。結界が破壊されて混乱に陥る部室だが、大急ぎで戻ってきたティナがすぐに指示を始める。
「姉上!姉上方は今すぐ裏門へと向かってくだされ!」
予定では結界の破壊より前に、二人が色々と事情を付けて裏門前に待機しているはずであったし、一度は直接そちらに向かう事も考えた。だが、冒険部の面々を安心させるため、敢えて一度此方に顔を出したのである。
「よかろう。裏門は余らで十分だ。」
「うむ。折角馳走になったしの。……なんじゃったか……一宿一通の恩義?」
そう言うや、グライアとティアは泰然と部屋を出る。二人に気負いは無い。ちなみに、ティアはどうやら諺を言おうとして、思い出せなかったらしい。それを見たグライアが呆れてため息を吐く。
「……一宿一飯の恩義、だ。」
「おお、それじゃ。」
「はぁ……行くぞ。」
そう言って緊張感なく部室から退出した二人だが、次の瞬間には大陸のどこからでも感じられる様な圧倒的な魔力が校舎の裏門から吹き出した。
「よし、菊池よ!お主は近接職の冒険者を率い、今すぐ表門へ行き、ブラス公の指示を仰げ!翔、お主も同行し、ブラス公へと指示を仰げ!」
「了解!」
「ミストルティンはどうする気だ!」
菊池は指示を受け取って、その用意しつつティナの行動を問う。
「余はこれから遠距離の冒険者を率いて屋上へ向かい、敵の攻撃を迎撃する!遠距離が出来る者は余に付いてまいれ!楓お主も来い!」
「わかった!」
「ほれ、さっさとお主らも用意せんか!」
そうして指示を出し終え、ティナは未だに右往左往する生徒達に発破を掛ける。そうして右往左往していた生徒達だが、ティナや冒険部の上層部が努めて冷静であったので、彼らもそれを起点として冷静さを取り戻していく。
「よし、これで大丈夫じゃな……待て。魅衣と瑞樹、それに凛はどこじゃ?」
そうして一安心していたティナだが、ふと、先ほどまで言い争っていた三人―途中から魅衣の応援に凛が参戦した―が居なくなっていることに気付いた。そうして、大急ぎで使い魔を飛ばして今度こそ、大いに焦る事になった。
「な!あの馬鹿共!」
三人はすでに外に居たのである。どうやら盗賊からの襲撃と知るや、外に居る兄達が危ないと応援に向かったようであった。
『アル!リィル!聞こえておるか!』
『うん、聞こえてるよ。最終確認?』
応答したのはアルだ。事前にティナが念話が出来ない二人の為に通信用の魔導具を渡しておいたのだった。
『いや、すでに戦端が開かれてしまっておる!』
『な!まだ先では無かったのですか!』
二人が聞いていた時間より、かなり早かった。リィルが少し前に父から受けた定時連絡から判断しても、まだ伯爵側の用意は終わっていないはずである。それ故にリィルの声には驚愕と焦りが多分に含まれていた。
『今どこじゃ?』
『まだ飛空艇内です!到着まで後5分!』
『ちぃ!……今から飛空艇のリミッターを外す!2分で到着する!用意せい!』
ティナは遠隔操作で二人を乗せた飛空艇につけたリミッターを解除する。機体と搭乗者に掛かる負荷が恐ろしいが、今はそんなことを言っていられる状況ではなかった。
『了解です!』
『到着次第二手に別れ魅衣達と瞬達の援護回れ!』
『は?なぜ瞬達が外に……』
『姉さん!それは後!』
『っつ、そうですね!では、お願いします!』
『うむ、そちらも頼むぞ!』
そうしてティナは念話を終了させる。直前に二人の苦悶の声があったが、曲りなりにも公爵家が誇る特殊部隊最強の二人だ。外の二組の護衛には彼らで大丈夫だろう。後は、それまで何も起きない事を願いたかったのだが、無駄だった。
「お兄ちゃん!」
「由利!」
結界が破壊されるまで瞬達を見ていた魅衣達三人だが、結界が破壊されていきなり瞬達の前に見知らぬ集団が現れた事を確認すると、即座に行動を開始していた。魅衣と凛が開け放たれていた窓から外に踊りでたのである。明らかに愚行であったが、親友と肉親の危機に状況が見えなくなってしまったのだ。
「あ!ちょっと、お二人共!……仕方がありませんわ……そこの方!」
そう言って残された瑞樹は近くに居た女生徒を呼び止める。
「え?私?」
「ええ、今出て行った二人を追って私も彼らの援護に向かいますわ。あなたはティナさんにこの事を報告に。」
「え?ちょっと!」
そう言って引き止める女生徒を他所に、瑞樹も窓から躍り出て、二人と合流した。
「まったく、お二人共少しは落ち着きなさい!」
「っ、でも!」
「このままじゃ由利が!」
「わかってますわ!早く救出して撤退しますわよ!」
そうして全速力で駆け出し、塀をジャンプで乗り越える。そうして再び駆け出そうとした三人だが、少し進んだ所で停止した。
「どいて!」
魅衣の怒号が、学園のすぐ外の草原に響き渡った。三人の前に盗賊の集団が三人の前に立ち塞がったのだ。瞬達が戦闘を開始したことで我を取り戻した伯爵側も、一気に襲撃に打って出たのである。ブラス達の展開がまだ終わっていなかった上、想定外に襲撃者達が広範囲に展開してしまい、魅衣達の救援に回れなかったのである。
「おお?なんだぁ、向こうから女が来やがったぞ?」
「うっわ、三人共すげえ美人じゃねぇか!」
そう言っていやらしい笑みを浮かべた男たちを見て、三人は顔を嫌悪感に歪めた。
「取り敢えずどいて。あんた達の相手をしてる暇ないの。」
そう言って前を開ける様に言った魅衣だが、盗賊たちは相変わらず笑みを浮かべ、今にも襲いかかろうとしているだけである。
「そういうなよ、姉ちゃんよー、俺達の相手をしてくれよ。」
「下衆ですわね。消えろ、と言っているのがわかりません?」
盗賊達の下品な物言いに、瑞樹が遂に剣を構えた。それを合図に、魅衣と凛も各々の武器を構え、盗賊達も武器を構えた。
「ほー、こっちの姉ちゃんはいい乳してんじゃねぇか……楽しめそうだぜ!」
「おい、てめぇら!何遊んでやがんだ!ここは公爵領だぞ、さっさとしねぇと援軍が来ちまう!とっととふん縛って連れ帰れ!」
どうやらこの集団でも一際地位の高い男は少し頭が回るようであった。援軍を警戒し、三人を捕まえるように命令する。だがそんな男に対して、知恵の無い部下たちが難色を示した。
「えー、頭ー、もうちょっと遊ばせてくださいよー。」
「そうっすよー、こちとらここ数週間女にありついていないんっすよ?ちょっとぐらい楽しませてくれたっていいじゃないっすかー。」
「ばっか!後で愉しめばいいだろ!」
「あー、もう!邪魔つってんでしょ!」
そんな戯言をほざいている盗賊たちに対して遂に凛が切れた。こうしている間にも瞬達が苦戦している様子がしっかりと見えていたのである。現状ではたった一人の肉親と、友人達の危機に落ち着いてなんて居られなかったのである。蛇腹剣を振りかぶり、盗賊の集団へと剣を振るった。しかし、命中直前で避けられる。狙ったのは、盗賊の頭らしき人物であった。
「おい、嬢ちゃん……やる気か?」
「それでいいって言ってんでしょ!こっちは時間無いの!」
「はっ!いいだろ、おいてめぇら!遊んでやれ!」
「よっしゃー!」
そうして魅衣、瑞樹、凛の三人対盗賊の戦闘が開始されるのであった。
魅衣達が盗賊と戦闘を開始する少し前に戻る。魅衣達が外に出た事を確認したティナは即座にカイトに念話を送った。
『カイト!魅衣達が危険じゃ!瞬達を救おうと外に出おった!今アルとリィルが向かっておるが、お主も急げよ。』
『そうか。こっちもすぐに到着する。』
ティナの念話にそう言うカイトだが、その顔には少しだけ、苛立ちが浮かんでいた。今現在、外に出たカイト達は魔術を行使しつつ、街道を駆け抜けていたのだが、あまり芳しい状況とは言えなかった。
「ちっ、少し遅いか。」
クズハを先頭に、カイトと桜が続き、このパーティで足の速い順に冒険者の集団が走っている。最後尾の殿にはストラとステラが居るのだが、桜はともかく、それ以外の面子がついて来れていなかった。カイトも急な襲撃に焦り、若干速度が速くなってしまったのである。
「カイトくん!少しだけ速度を落としてください!」
同じく、それに気付いた桜が後ろから声を上げる。カイトが速度をそのままに後ろを見れば、何人かの息が上がっていた。
「ダメだ!……ユリィ、全員に疲労回復の補助魔術を使用してくれ!」
「りょーかい!」
カイトの横を並走していたユリィが後ろの全員へと補助魔術を使用し、疲労を打ち消す。
「後で辛いが、これで我慢し……っと。」
先頭を走っていたカイトが停止する。次の瞬間には最後尾を走っていた筈のステラがカイトの横に居て、その手には毒矢が握られていた。カイトの顔面へ向けて矢が放たれたのである。それを見過ごす彼女ではないし、対処出来ぬ彼女でも無かった。
「……公爵家公爵代行クズハと異世界からの来訪者とお見受けする。違いないか?」
その次の瞬間、明らかに正規部隊であるとわかる一等品の武装をした集団が現れる。伯爵の手勢であった。隠蔽の魔術で隠れていたらしい。集団の長らしい男が発した誰何にクズハが答えた。
「そうですが……貴方方は何者ですか!事と次第によっては強制的に排除致します!」
「……悪いが、応える答えを有してはいない。代わりに、ここで足止めさせてもらう。」
カイトの顔面がなんら警告無く狙われたので、クズハは若干不機嫌である。だが、不機嫌なのは彼女だけではなかった。伯爵の手勢が武器を抜き放つ寸前、先ほどカイトへと矢を放った男へと短剣が突き刺さり、ドサリという音とともに崩れ去った。
「おい、貴様。閣下の顔面を狙うとは、どういう了見だ?」
すでに死んでいる男に対して、ストラが静かに問いかける。本来ならば告げてはならぬ言葉が混じっているが、怒りの所為で相手が死んだことも、自身が発した言葉も理解できていなかったらしい。だが、何も問題は無かった。なぜなら、いきなり目の前で行われた殺人に、誰も言葉の端々を把握する余裕なぞなかったからである。
「兄上、既に死んでいる。問いかけても無駄だ。」
いつもの優雅な雰囲気はどこえやら、見るもの全てが凍える様な殺気を纏ったストラに対して、ステラが告げる。だが、その一切を無視した彼の顔はいつもの柔和な笑みではなく、能面を貼り付けたのかの様な無表情があった。だが、その次の言葉が発せられる時には、その無表情が一気に怒りで歪んでいた。
「なあ、お前ら。お前らが今手を出したお方が誰か知ってるか?お前らの命が万集まっても足りんお方だぞ?どう償うつもりだ?……ああ、答えなくていい。この矢の咎はお前ら全員の命で償わせてやる!」
圧倒的な殺気と魔力を纏い、今にも襲いかからんばかりのストラに気負される伯爵の手勢達。しかし、そのストラにステラから声が掛けられ、彼らの命脈は少しだけ伸びた。
「はぁ……兄上……」
「ああ?何だ?」
伯爵の手勢を殲滅しようとした矢先に、気勢を削がれたストラは不機嫌そうに妹の方を振り向いた。見れば、ステラがカイトの方を指さしている。そこには苦笑するのも可怪しいので、苦笑を必死で堪えたような、形容しがたい表情のカイトが居たのであった。
「……も、申し訳ありません、カイト殿。お見苦しいところをお見せいたしました。」
耳まで真っ赤に染め、ストラがようように正気に戻って優雅に謝罪する。
「謝罪といってはなんですが、皆様。ここは我ら兄妹におまかせを。」
「ああ、任せる。……変わってなくて安心した。」
「っ、おい!行かせるな!取り囲め!」
小さく、後の冒険部の生徒たちに気付かれぬように笑うカイトを見て、ステラも笑う。二人から笑われたストラは少しだけ落ち込んだ。と、そこでようやく復帰した伯爵の手勢の長は行かせてはならないと、部下に命じて包囲させる。そう言って一同を取り囲もうとする伯爵の手勢だが、動き出す寸前、カイトから問いかけられる。
「ほう、オレの行手を阻むと?」
伯爵の手勢の命令に、カイトが獰猛に笑う。そして次の瞬間には、あえて狂気を感じさせる笑いを敢えて見せる。
「これは面白い!やってみせろ!……ただし、こいつらに手を出せば……殺す。」
狂気を感じさせる笑いから、カイトは一気に濃密な殺気を放出させる。その落差に伯爵の手勢は再び動きを縫い付けられた。
「……どうした?来んのか?」
「それで彼らはどう致しましょうか。」
動けない彼らに対して、平然とストラがカイトに彼らの処遇を問う。主の指示はわかりきっていたが、300年ぶりの同行である。後で呆けている冒険部の生徒の事を考えれば少々危ないが、カイトから直々に、命を受けたかったのだ。
ちなみに、伯爵の手勢とて動きたいのだが、彼らは理解していた。いや、理解させられていた。もしも少しでも動けばそれだけで殺される、と。
「……潰せ。ただし、頭は殺すな。聞いておく事がある。」
カイトは近づいてきたストラに、彼だけに聞こえるように小声で命じる。すでにカイト達には大凡の推測はついていたのだが、学園の場所が把握された正確な理由を知っておきたかっただけだ。別に彼の身柄で伯爵と取引するつもりは無かった。
「御意に。」
「では、行かせてもらう。……桜、行くぞ。お前達もついてこい。」
頭を下げて、小声で応じたストラに小さく頷き、カイトは一度後を振り向いて後ろで唖然としている学生たちに指示を送る。そして、カイトは動けなくなった伯爵の手勢へとまるで自身が強者である事をわからせるかのようにゆっくりと近づく。カイトが近づいた伯爵の手勢は、まるでモーセの十戒に書かれる海が割れる様に、左右にわかれた。
彼らには一切手出し出来ず、ただ、一同が通り過ぎるのを見ているしか出来なかった。知性ではなく、本能で悟った。動けば殺される、と。そうして、一体何が起きているのかわからない冒険部の生徒たちは呆然としながらもそれに従い、割れた人並みを通り過ぎた。
「……凄い。」
一切の危害が加えられること無く伯爵の手勢の手から逃れ、誰かが言った言葉だ。だが、これは全員の―クズハとユリィさえ含んで―内心を表していた。彼女らが最後に見た300年前を遥かに上回る覇気だったのだ。
それに、カイトの正体を知る面々は心の底から、平服する。我らの主は未だ、否、嘗て以上に王者足り得る、と。
「少しだけ時間を食った。急ぐぞ!ユリィ、さっきより強めに魔術を掛けてくれ!」
「りょーかい!皆、急いで!」
「皆さん!急ぎますよ!」
始めは呆気に取られていた他の面子も、カイトが走り始めたのに合せて声を上げたユリィとクズハに急かされて駆け出した。そうして後に残ったのはようやく怒りを表に出せるストラと、それに呆れ返るステラだけである。
「さて、閣下からの許しは頂けました……貴様ら、覚悟はできているだろうな?容赦してもらえると思うな。」
ストラがいつもの穏やかさをかなぐり捨てて、冷酷に死を告げる。自らが敬愛し、親愛する主に警告もなく手を出されたのだ。彼に容赦などする気は無かった。
「はぁ……兄上一人で十分ではないのか?……私も主と一緒に行きたかった。」
それに対して、ステラは自分が出るまでもなく、兄が一人で壊滅させるであろう未来を予想する。そうして瞬達や魅衣達とは異なる、ただ圧倒的なる存在による、一方的な暴虐が開始された。
お読み頂き有難う御座いました。