第135話 作戦開始
俊樹少年が学園を護る結界を破砕する魔道具を設置してから数時間後、カイトや桜といった公爵邸へ向う面子と、学園に残る面子全員が冒険部部室に集まっていた。
「まあ、今日は挨拶に行くだけだ。緊張をする必要はない。これで説明は終わりだ。」
集まった面子の中には公爵邸へ初めて入る者も居るため、安心させるように語る。公爵邸へ向う面子への説明は終わったので、全員を解散させた。
「一条先輩、楓。残った面子の指揮は頼む……緊急事態の場合はティナに指揮を任せろ。奴はあれでも魔王。指揮は得手だ。学生たちがパニックを起こす前にティナに沈静化させろ。」
常日頃から、二人には最悪の事態における指揮をティナに一任する様に指示している。今日の計画を考えれば、今日は特に何度念を押しておいても無駄ではないだろう。
「ええ。まあ、そんな非常事態が起きない事を願いたいわ。」
「ま、今日は日が暮れるまでに全員が帰ってくるからな。学園に居る限りは問題ないだろう。数が少ないとはいえ、公爵家の面々もいるからな。この辺の魔物程度では問題ないさ。」
一方の二人は、そんな事が起きるとは露とも思っていない。なので、二人は安心しきっていた。カイトはその様子に少しだけ罪悪感を感じつつも、平然とした顔で同意する。
「そうだな。まあ、危険は魔物だけじゃない。気をつけるに越したことはないさ。まあ、こっちは脚の速い面子で構成しているからな。いざとなれば馬車を使うより走った方が早い。その気になれば20分で踏破可能だ。」
確かに、カイトは打てる全ての手を打ち、それこそ自分の正体が露呈するギリギリの手札さえ切った。だが、それでも不安はある。そこで、脚の速い面子で公爵家を訪れる人員を構成したのである。
「じゃ、行ってくる。」
「おう……あ、待てカイト。」
「ん?どうした?」
「ああ、あの卯柳だが……どうやら見知らぬ男と歩いて街の外へ向う所を目撃されているらしい。」
と、カイトが出発しようとした所で、瞬が引き止めた。そうして、カイトを引き止めた瞬はカイトに近づいて、誰にも聞かれない様に声を潜めた。彼の言う男は、盗賊と俊樹の橋渡しをしている男である。どうやら随分と不用心に接触しているようだった。
「……どこから、それを?」
事実であるが、カイトは情報の入手先が気になった。今のところ、彼らに計画が気付かれた様子は無いのだが、場合によっては計画の変更を迫られる情報だった。
「今日の朝、一文字からだ。少し前に偶然街を散策していた生徒が、卯柳が外に出て行くところを見たらしい。それで気になった生徒が一緒に行動していた一文字に情報を求めてな。外に行ける場所があるのか、と。一文字は見間違えではないか、と言ったそうだが、当人も卯柳を見ていたらしい。確実に同一人物だと断言していた。」
どうやら真琴は危ない橋を渡ったわけではないようだ、カイトは密かに安心する。
「真琴先輩に深入りしないようには?」
「ああ、すでに言ってある。一文字もそのつもりは無い様子だった。」
さすがの真琴もこの一件は危ないと踏むや、即座に隊員と瞬に伝えたのだった。それ故、即座に瞬にまで連絡が回ってきたのであった。
「……わかった、注意しておいてくれ。」
「すでに菊池にも言ってある。お前も早めに帰ってきてくれ。」
「ああ。オレが帰るまでは絶対に学園から生徒を出さないでくれ。」
「わかっている。」
最近は気が緩んできたのか、生徒の中には結界内で学園の塀の外に密かに抜け出す生徒がいることは既に把握していた。今日だけは、誰も外に出すわけにはいかないカイトは、念を押しておいた。その念の入れように近くに居たソラや瞬と言ったカイトを良く知る面子は少しだけ訝しむが、同時に彼が心配性に近い事を把握しているため、スルーする。
そうして、どうやら伝えるべき事は伝えたらしく、瞬が離れて、笑顔でカイトを見送る。
「引き止めて悪かったな。」
「いや、情報助かる。じゃ、行ってくる。ソラもよろしくな。」
「おう。」
そうしてカイトは馬車へ向かい、公爵邸へと向かった。
「初めまして、私はストラ・マクヴェル。公爵邸にて公爵様の時代より東町を任されております。」
「俺はコフル・マーキス。この公爵領全域の総警備隊長を任されている。」
そう言って、二人の男が自己紹介する。ステラは兄ストラの後ろに無言で控えていた。
警備隊長であるコフルは軽鎧を身に纏っているが、マクヴェル兄妹は一見すると綺麗なドレスコードを身に纏っていた。だが、二人共この服装での戦闘も考慮しており、ストラは一見するとただのスーツだが服の内側の隠しポケットには短剣を忍ばせているし、ステラは腰に細剣を帯び、動きやすいようにスリットの深く入ったドレス状の服を着ている。ステラは一見すると露出が高く、防御力が低く見えるが彼女は攻撃を避けるタイプの戦士なので問題はない。それに、二人の服は最高級の魔法素材で編まれていた為、並の防具よりも性能が良い。
「……ステラ。ご挨拶なさい。」
一向に挨拶しないステラにストラが注意する。すると、ステラの方は首を傾げて兄に問う。今回は東町の関係での会談なので、自分の役割は単なる護衛であると考えていたステラは挨拶しなかったのである。
「……む?兄上だけではないのか?」
「ええ、あなたも場合によっては彼らと共同する可能性もあります。」
兄の言葉に、ステラがふと考え、カイトが密かに頷いたのを見て、理解する。ステラは今後、カイトの護衛として活動する予定が組まれ、今は引き継ぎを行っているところである。今後、カイトの命で冒険部の面々と共同で活動することは十分に考えられたのである。
「そうか……私はステラ・マクヴェル。以前は公爵閣下の護衛をしていたが、今は兄上、ストラの護衛をしている。まあ、公爵様の帰還までの一時的な対処だ。」
「初めまして。天桜学園冒険部代表、カイト・アマネです。」
「同じく天桜学園生徒会会長、桜・天道です。」
そう言って冒険部も自己紹介する。そして学園警護に関する幾つかの打ち合わせが終わった頃にコフルが立ち上がる。警備関連の打ち合わせが終わったので、一足先に学園へ向かう予定を予定通りにしているだけであった。
「では、俺はお前達の学園に先行しよう。」
「分かりました、お願いします。」
「では、コフル。皆さんの警護、お願いしますね。」
「了解だ。」
カイトの頼みを聞き、更にクズハの命令を聞いてコフルは神妙な面持ちを作って退出していった。その後、彼は即座に予定よりも遥かに速い速度で移動を始め、残った一同は引き続き会談を再開する。
ちなみに、退出したコフルは顔面真っ赤であったらしい。カイトが居た当時はまだこんな顔をする事も無く、帰ってからも先頃の密会の様な状況だ。仕事での顔を見せるのは初めてで、親の参観を受ける子供の気分だったのである。
「それで、東町への入場許可ですが、これを公爵家としても許可します。ストラ、説明を。」
クズハが切り出し、ストラが説明を開始する。
「少々値は張りますが、公爵家直営の店が良いと思われます。公爵領における娼館の入店には身分証明書の提示が求められますが、皆さんでしたら学園の許可証で大丈夫でしょう。」
「それは冒険者の登録証ではいけないのですか?」
カイトは公には学園側の人間だが、正確には公爵家の人間として、この場での発言は控えている。それ故、この質問は桜の物であった。カイトが質問し、クズハ達が答えては単なる茶番になりかねないからだ。そのことはすでに桜にも伝えてあるので、こういった公爵家関連の公の場での質問や議論は桜に一任している。
「いえ、構いませんよ。ですが、皆さんの場合、冒険者登録されていない方も利用するかと思われましたので。」
「では、何故公爵家直営の店を?」
「公爵家直営であれば、そこで働く者は全員公爵家の職員と見做されます。これは娼妓であっても同様です。例え性を売り物にしていても、公爵家の下で働く者は全て自分の部下である、という公爵様の方針です。」
桜の質問に、ストラがどこか事務的に答えた。表向きはそうであるし、カイトもその趣が強いが、実際にはスパイ対策であった。
これは当時のカイトが発案し、ウィルが練った案を試しに公爵領で公娼制として導入した結果、他家や他国からのスパイが激減する結果を得られた事に始まる。その成果が多大であった事で、公娼制を制定し、皇国全体で導入することになったのである。その後、今では正式な職業として公娼が認められるに至ったのであった。
「そうですか。それは素晴らしいことです。」
性を売り物にすることには若干眉を顰めるが、その必要性を理解出来る桜も同意する。桜とて娼婦や男娼という仕事が、生死が身近なエネフィアでは必要である事は理解していたのである。そうして、ストラは桜が理解しているのを悟り、柔和な笑みを浮かべて続ける。
「はい。その結果、治安の向上や娼婦達の地位の向上など、今では彼女たちも誇りある仕事と誇っております。その御蔭で彼女達も情報の取り扱いに注意してくださり、公爵家直営の娼館では情報の流出が抑えられております。それは色々と秘さねばならぬ情報の多い貴方方にとっても安心できるでしょう。それに、娼館では性以外にもお酒も提供しております。そう言った時に情報の流出が避けられる様に個室も完備しておりますので、ご安心を。」
「なるほど……民間ではそう言った店は無いのですか?」
確かに安心できるが、桜とて他の選択肢が無いかは確認しておく必要はある。それに、クズハが少しだけ申し訳無さそうに答えた。
「有るには有りますが……情報流出については保証しかねます。我々といえど、民間の業者に扮した他家のスパイを防ぐ方法は少ないのですよ。表向きは民間の業者。確たる繋がりがなければ対処しようがありませんから。」
クズハが公爵家として手が打てることにも限界があると暗示する。そして、それを引き継いでストラが続けた。
「対して公爵家直営ならば、元締めが公爵家ですからね。スパイが入り込んでいた所で、公爵家が責任を持って対処させていただきます。それに、公爵家が公爵家の店にスパイを入り込ませる必要はありませんしね。」
「なるほど。分かりました。持ち帰って相談させていただきます。」
そう言って桜が納得し、他の面子も疑問を呈さない。そこでふとクズハが時計を見る。すると、すでに会談終了予定を過ぎていた。少しだけ長引いてしまった様だ。
「ああ、もう18時過ぎてましたか。」
「え……ああ、申し訳ありません。」
クズハと同様に時間を確認した桜が、会談を長引かせた事を謝罪する。それに、クズハが微笑んで頭を振った。
「いえ、よくある事ですので。それに、本日はこれ以降に予定がありませんから。」
これは実は今回の作戦に関わる者達ほぼ全てに言えた事であった。実はカイトの命によって、計画に参加する面子は16時以降の全ての予定を計画で埋めているのである。だが、そんな事を知らない桜はこれを気遣いと受け取って、礼を言った。
「そうですか。ありがとうございます。」
「ええ……ついでですし、このまま私も見送りに参加させていただきますね。」
そう言って席を立とうとしたクズハだが、そこでふとカイトの様子を確認する。すると、カイトは少しだけ険しい顔をしていたので、即座に念話を繋げた。
『お兄様、どうされました?』
『ああ、クズハ。丁度いい。奴らの計画開始は18時30分だったよな?』
『ええ、そのはずです。それが如何なさいました?』
クズハの横に控えたフィーネ―彼女はカイトの訝しんだ顔を見た時点で念話を繋げていた―がメモを確認し、頷いた。それを見たカイトが、更に顔を顰めて告げる。
『ああ、ティナの方で少し妙な事が起きているらしい。……ユハラ、伯爵の手勢の集合状況はどうだ?』
『はーい。現在我軍は予定通り敵陣を全て見渡せる位置に展開中……で、ご主人様、現在豚の下っ端共は部隊展開中。陣地形成は60ってとこですかねー。総数は200。』
カイトは学園近くに展開した少数精鋭の総指揮を行っているユハラに問い掛けた所、予想通りの答えが返って来た。彼女の答えから予想すると、恐らくまだ暫く用意には時間が掛かるだろう。公爵家に気付かれないように、密かに部隊を展開しないといけないし、更には時間ぎりぎりまで部隊を展開できないためだ。ちなみに、豚とはレーメス伯爵である。
『盗賊共は?』
『こっちも同じぐらいですねー。豚の手勢50が牽制してるらしく、動き出せないようです。あれはかなり焦れてますねー。あ、さっきのと合わせて200です。』
さすがに先走られたくない伯爵側はどうやら手勢を分けて、盗賊達を牽制しているらしい。まあ、先走って此方に警戒されれば折角の奇襲が台無しだ。仕方がないだろう。
『……あら?結界が破れましたねー。何人かの生徒さん達が校舎の外に取り残されてます。』
『なに!?……今すぐ全部隊に通達!即座に防衛体制を取れ!』
『どうにもやっこさんにも予想外の事態のようですねー。凄い慌てて襲撃を開始しました。あ、あの取り残されてるのって、多分例の彼ですねー。何か投げ捨てました。』
『ちっ、誰かが先走った……いや、まさか卯柳か!?ちぃ、あの仕掛けは盗賊共じゃ無かったか!』
そこでカイトは一度逸る感情を抑える為、深呼吸を入れた。
『……クズハ今すぐ全員に通達。ステラ、ストラ、彼らを護衛しつつ学園に向う。』
『はい、お兄様。』
そうして、若干の予定変更はあったが、作戦決行となる。まず、手筈通りにクズハが全員に通達する。
「天道さん、今連絡が入りました。学園が盗賊の襲撃にあっているようです。」
その言葉に全員が騒然となる。魔物の襲撃は考慮していたが、まさか同じ人から攻撃されるとは思っていなかったのだ。桜はクズハの言葉を聞いて、密かにカイトを見る。
「え?……本当ですか?」
「今は公爵家の部隊とグライア様達が防いでくださっていますが、急ぎお戻りになられますか?」
「ええ。申し訳ありませんが、急ぎ馬車を……いえ、自分たちの脚で向かいます!」
カイトがそう言うのに従って、急いて冒険部の面々が用意を始める。カイトで無くても、疲労さえ慮外とすれば、馬車より自分たちで走った方が圧倒的に早かった。まあ、それでも戦闘を考えれば若干の余力を残す必要はあるので、少し速いぐらいにしかならないだろうが。
「全員、今すぐ出発する!」
「了解!」
カイトの号令に、全員が応じる。全員動揺こそあったものの、今までの経験からかそれを押さえ込んだのだ。それ故に即座に戦闘の用意は終了した。そうして、そんな一同に、更にクズハ達三人が手筈通りに申し出る。
「私達もお手伝いします。」
その言葉にこの場の冒険部の面々が安心した表情をしたのを、カイトは確認した。これから先、カイトの予想が正しければ、彼らの前、それも直近で人が死ぬ。そんな時、彼らが居るか居ないかは随分と違う。
「……ありがとうございます。お願い致します。」
「はい、フィーネ。公爵邸の事は頼みますよ。」
「はい、クズハ様。」
「ストラ、あなた達は皆さんの警護を。」
「了解致しました。」
そう言ってクズハが先頭、マクヴェル兄妹が殿となり、一同は―カイト達の手筈通りに―出発したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2016年10月16日 追記
・誤字修正
・『ステラ』と『ストラ』の名前がごっちゃになっていましたので、お話全体で見直しを行いました。