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第134話 失敗―因―

 ティア達が来た翌朝。まだ生徒たちが誰も起きていない時間に、俊樹少年は公爵軍が居座るグラウンドから見えない校舎の死角に居た。


「はぁ、なんで僕がこんな朝早くから……」


 そう言って、俊樹少年はため息を吐く。周囲はまだ薄暗く、陽も登っていなかった。では、こんな朝早くから彼は何をしているかというと、俊樹少年は盗賊の親分から受け取った結界破砕用の魔石を設置していたのである。


『これをどこでもいい。結界の中で起動させろ。起動方法と設置方法はメモしておいてやった。こっちがこれで使う魔導具だ。』


 それが、俊樹少年が盗賊の親分から受けた指示だった。そして、彼には今、それを拒否できる選択肢は用意されていなかった。


『いいか、そうしないとお前もアブねぇんだ。すでに公爵家の連中に俺達の繋がりが疑われている。お前も死にたくないだろう?まあ、その後は任せろって。俺達が結界の崩壊に合わせて襲撃してお前さんを逃してやる。まあ、それと一緒に幾つか頂戴するが。』


 笑って告げた盗賊の親分だが、俊樹少年はそれを全く信じていなかった。が、露呈している可能性は否定できず、頷くしか無かったのだ。公爵家の密偵と思われる死体―実際には只の旅人の死体―を見せられ、一式を受け渡されたのだ。頂戴する、とはなんなのかなぞ、彼にも容易に理解できたが、本来の彼はそんな事を一切斟酌する性格では無かった。


「でも、僕も死にたくないからねー。ごめんねぇ。」


 どこか陽気な俊樹少年の声が、誰もいない校舎裏に響き渡る。巡回の部隊員が過ぎ去ったのはつい先程だし、戻ってくる可能性は低い、と思った上、若干のストレスがある彼の口がは良く動いたのだろう。

 彼とて盗賊との繋がりが露見すれば、死罪が言い渡される事は理解していた。露見したならば、他の学園生を犠牲にしてでも、逃げるだけである。

 それに、彼はこれを好機とも捉えていた。第二陣の冒険者の中でも戦闘要員として訓練を受けている彼は現状でも、なんとか初心者冒険者としてやっていけるだけの実力を得ていた。公爵領からさえ出られれば、後は一人でやっていける。そんな自信があったのだ。


「はぁ、折角父さんから自由になれると思ったのになー。結局これだもん。」


 俊樹は他の生徒達が見知らぬ異世界で不安になる傍ら、一人大喜びしていた。これで堅苦しい父親から逃れられる、と。だが、予想は半分正解、半分不正解だった。


「ホントなら天桜で少しの間大人しくしておくつもりだったけど……折角この状況を楽しめると思ったんだけどなぁ。」


 地元で少しやんちゃしすぎた俊樹は、危うく警察に捕まるところであった。だが、父親が地元の権力者であっため、父親が警察と被害者に取引を持ちかけて事件を闇に葬ったのだ。しかし、その結果父親は俊樹に完全に愛想を尽かし、勘当しようとしたのだ。なんとか母親の執り成しで勘当は間逃れたものの、暫くはおとなしくしておけ、ということで天桜へと入学させられたのだ。

 さすがに彼も世界的な財閥たる天道家のお膝元で馬鹿は出来まい、という判断だった。そして彼もそれを理解しており、天道家から密かに監視があることも母親から密かに知らされた。監視については父親が天道家に依頼した節もある。そんな状況では、普通に考えれば何かをしでかす様なことは出来ない。

 が、そこで起きたのが、今回の転移事件である。誰もが実家からの支援は受けられない、殆ど身一つの状態だった。


「……公爵家が来たのは誤算だったけど。あいつら早すぎ。なーんで一時間もしない内に来るかなぁ。まあ、その御蔭でドラゴンから助かったけど。」


 俊樹少年は本当なら混乱の内にパニックを引き起こす算段であった。その間に何人かを陵辱し、これ幸いと学園からおさらばしようと考えていたのだが、公爵家があまりに早く訪れたお陰でそれも無理であった。おまけに、彼らが混乱を収め、秩序を取り戻してしまった。これによって彼は再び大人しくするしかなかった。


「ちぇ、折角冒険部にも狙ってる娘も居たのになぁ。まあ、あいつから逃げられるなら、仕方ないか。」


 俊樹は冒険部の女生徒何人かにも目をつけていたのだが、冒険部にはカイトが居た。幾度か危ない橋を渡ってきた彼には、カイトだけは自分と違う生き物である事が理解できた。少しだけぶるり、と震えた俊樹少年だが、気合を入れなおして魔道具の設置に再度取り掛かる。


「あいつは、多分人殺してるよね……前に見たヤクザとか親分さんと同じ目をしてた。」


 彼が地元に居た時、罪を犯した際に何度かやくざ者と接触する事があった。そのやくざ者の護衛に、人殺しをした者を見たのだが、自分を見るカイトの目は、彼らと同じか、それ以上に冷たい目をしていた事に気付いた。その時点で彼は冒険部の女生徒をターゲットにする事をやめた。


「多分、天道の護衛かな。……あの二人が付き合っているとかいう噂はそのカモフラージュかな。」


 桜も彼のターゲットであったのだ。もしこれが日本であったなら、桜に近づいた時点で排除されていたかもしれない、そう考えた彼は冒険部の面々に手を出さなかった自分の決断を賞賛した。


「ま、それもここまでだろうけどねー。運が良かったら僕もご同伴に預かれるし。」


 どこか、待ちわびる様な口ぶりで彼は一人つぶやく。この後に起こるであろう悲劇を彼は待ち望んでいた。さすがのカイトとて、100を超える盗賊から冒険部の面々を守り切ることは出来ない、そう考えていた。そうなれば自分は好き放題できるのだ。それを考えればこの面倒で、ストレスの溜まる作業も苦にはならなかった。


「でも、あいつ。女の子を見る目は凄いよねー。昨日の二人も凄い美人だったなぁ。あっちもいいな。」


 昨日見たグライアとティアを思い出す俊樹。彼が地球では見たこともない様な美女であった。女を手篭めにする事を何よりもの楽しみとする彼にとって、まさに飛んで火に入る夏の虫、であった様に見えた。


「ま、今日この学園に連れてきたあいつを恨んでよ……よし、これで終わり。」


 そう言って彼は破壊用の魔導具の設置を終了させた。後は隠蔽用に預かった魔石で破壊用の魔導具一式で隠蔽すれば、終了である。が、ここで彼にとって誤算が1つ起きた。


「おい、そこで何をしている?」


 そうして隠蔽を終了した瞬間、後ろから声が掛けられたのである。後ろを振り向いた俊樹少年だが、そこには巡回の隊員が居た。見られた、と焦った俊樹少年だが、何も言わないのも不自然と考え言い訳をする。


「え?あ、ちょっと朝早く起きちゃって、散歩を……」

「ああ、そうか。今日はいい天気だからなー。」


 背中に嫌な汗をかいた俊樹少年だが、どうやら隊員の方は彼が魔導具を仕掛けた所を見ていなかったらしい。初夏の朝の爽やかな風を感じているのか、朗らかに笑っていた。作業をしている内に、何時の間にか明るくなっていた周囲を見渡し、内心ほっとした俊樹少年は同意する。


「ええ、いい天気ですね。雲ひとつ無い良い空です。」


 そう言って空を見上げて爽やかに笑う俊樹。自分の持つ魔石に注意が行かないように、あえて空を見上げた。


「そうだなー。もうそろそろ食堂が開く時間だろ?散歩もそこそこにして、戻れよー。」


 そう言って空を見上げて立ち去る隊員を見て、俊樹は呟いた。


「危なかったぁ。あと一瞬遅れてたら見られてたよ。」


 なんとか隊員が空を見上げた隙に、隠蔽用の魔石をズボンのポケットに隠せた俊樹少年はほっとする。そうして彼は怪しまれる前に隠蔽用の魔道具を隠蔽し、その場を立ち去ったのであった。




 そうして、俊樹少年が立ち去った後の校舎の死角に、先ほど立ち去った筈の部隊員の声が響いた。


「行ったか。全く、閣下も人が悪い。俺にあんな小僧を騙せとは。」


 先ほど立ち去った筈の隊員はそう言って苦笑する。立ち去った様に見えたのは、隊員が創り出した分身であった。本人は俊樹少年の死角にずっと居たのである。本来ならばカイトがやっても良かったのだが、自分が警戒されている事に気付いたカイトは残った隊員に扮したステラの手勢に命じたのである。


「……これか。なかなかに高級品だな。ミスリル銀貨10枚では足りんだろう。」


 隊員に扮した密偵は俊樹少年が苦心して隠蔽した魔導具をいとも簡単に見つけ出した。彼が隠すところを始めから見ていたのだから、当然である。


「これは賊が手に入れられる物ではないな……ん?こっちはまた稚拙な……こっちは後付か?」


 賊が手に入れるには、いささか性能が良すぎている。どこかで購入すれば価格もそれに見合ったものであろう。俊樹少年に見る目があったのなら、どこかの正規軍が絡んでいることがすぐにわかっただろう。全ては彼の無知が故であった。


「確かにこれなら俺達の結界は破れるだろうが……ユスティーナ様の物は無理だな。」


 外からの侵入を防ぐ結界に、内側から破砕する術式を打ち込まれれば、如何に公爵家が張り巡らせる高性能な結界とて無事ではすまない。

 しかし、ティナが帰還するまで皇国で最高の技術者集団を有する公爵家が開発していた最大出力の結界破砕の術式でさえ、内側からでもティナの結界を破る事は不可能なのだ。伯爵程度で手に入る術式では、傷一つ付かない事は彼には容易に想像出来た。


「まったく。俺に見られた事に気づいていれば、命もあったろうに。」


 カイトからの命令として、全てを自供したならば命だけは助けてやれ、と命ぜられていた。だが、彼は隠し通したのだ。これでは賊の一員として、処罰するしかない。そうして、彼は主の甘さに苦笑しつつも、ふと、空を見上げた。


「確かに、雲ひとつ無い。」


 そこで初めて、彼の顔に苦笑でも演技でもない、心からの笑顔が浮かぶ。確かに、雲ひとつ無い快晴であった。彼はただ単に話の小ネタに言っただけで、実は雲ひとつないことまでは気づいていなかった。


「死ぬにはいい日だぞ、少年。地獄へ迷いなく逝ける。」


 彼とて公爵家の特殊部隊隊員だ。彼はすでに、自分たちが守る領民を傷つける存在なのだ。それが一回りも年下であっても、関係はなかった。


「さて。」


 種々の準備を整えた彼は、自らの主達に念話を繋げる。すると、先ほどの彼と俊樹少年の一部始終を全て観察していたカイト達へと、直ぐに繋がった。


『閣下、トレスです。聞こえますか?』

『ああ、聞こえている。状況は?』

『少年は魔導具の設置を終了し、立ち去りました。』


 その言葉にカイトは少しだけため息を吐いた。それは、最後のチャンスを気づかぬままに手から逃した俊樹少年への、最後の憐れみを捨て去る為の溜め息だった。


『そうか……では、魔導具を写せ。』

『は。』


 カイトの命令に従って彼はティナ謹製の映像送信用に作製された最新型魔導具で、結界を破砕する魔石が埋め込まれた魔導具を写す。これで遠くに居るカイト達にも魔導具の構造から内包する術式まで判明知るはずだ。


『どうだ?』

『……まあ、この程度ならば余裕じゃな。何ら問題は……む?何じゃこの滅茶苦茶乱雑な術式は……どう見ても素人じゃな。』


 カイトと共に映像を見ていたティナが術式を確認していく。その速度は並の術者の比ではなく、5分もせずに解析は終了した。


『……直結しておるのは起動に関する部分じゃな……時限式が発動しなかった場合のスペアプランかの。手動で術式が起動出来るようになっておる。スイッチは奴らが持っておるのじゃろう。拙いが……まあ素人どもが編んだにしては、出来は悪くない。及第点といったところじゃな。』


 ティナから見ればまだまだの術式であったが、素人が編んだにしては、悪くなかったらしい。珍しく彼女が少しだけ感心した様な口ぶりであった。


『この部分の術式は市販品で見たことがあります。改変が簡易であるならば、外しておきましょうか?』


 市場で売っている市販品に、この外付けの術式を組み込む魔石が売られていた事を思い出した隊員がそう提案する。その言葉に二人はしばし熟考する。


『いや、やめておいたほうが良かろう。起動に関する部分は別回線じゃが、その他の部分にいらぬ細工が施されれば、その改変が相手にわかるように構成されておる。余かカイトが行けるのなら別じゃが、密偵が専門のお主には難しかろう。』


 隊員の提案に、ティナがかぶりを振るう。

 起動に関する術式を別回線とてして、更に物理的にシールドされていた。外付けで回路を取り付けるだけなら別だが、内部をいじるとなればそれなりに時間が必要となる。その外付け部分にしても、今は起動回路と直結されており、取り外すにしても時間が必要だった。


『は、了解致しました。』


 ティナの言葉に、密偵は頷いて、命令を了承する。彼は密偵であって、魔道具を改変したり、術式の構成を弄る専門家ではない。割りと高性能な魔石の術式を相手にばれない様に改変するのは困難であった。それは彼も十分に理解しており、無理に解除を申し出ることも無かった。


『じゃが、細工はしておくべきじゃな。少し待て。』


 だが、何も手を打たないのはマズイか、とティナが何かを作り始める。そうして、ものの数分で作業は完了した。


『良し、これでよかろう。今送る。』


 そう言って隊員、改め密偵へと送られて来たのは小さな金属であった。表面には何か刻印が彫られていた。


『これは、結界の効力を一点に集める術式じゃ。一見すれば結界が全部破砕されたように見えて、実は殆どが何ら破砕されていない様にするわけじゃな。実際に破砕されるのは姉上達が居る裏門と、ブラス率いる部隊が展開する正門だけじゃ。裏門を抜ける者なぞ、カイトぐらいなものじゃぞ?』


 ティナが苦笑して告げる。ここまで厳重な警備を敷けば、破砕される部分へは十分な対処が済んでいると言えた。


『それは、また……哀れですね。』


 密偵は苦笑いしか出せなかった。彼もティナの意見と同意見だったのである。結界が破られた部分に配置されるのはこの世界最強戦力が二体と、公爵家率いる特殊部隊である。一方的な虐殺となることは目に見えていた。


『おいおい……オレの配下で賊相手に哀れみを抱いて貰っては困るぞ?……まあ、理解できるが。』


 そう言ってカイトも苦笑する。自分とて裏門の二人は相手にしたくないのだ。そんなカイトに、部隊員が笑い、慇懃無礼に答えた。


『ご理解いただき、恐悦至極。』

『では、作業に取り掛かれ。』


 一頻り二人で笑った後、カイトが密偵へと命令を下す。


『はっ。』


 そうして作業に取り掛かった密偵は、すぐに作業を終えて立ち去った。だが、彼らはこの時一つだけ見落としていた。この外付けの部分を取り付けたのが、伯爵の手勢でも盗賊達でも無かった事を。

 お読み頂き有難う御座いました。

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