第133話 紹介
なんとか桜の追求から逃れる事に成功したカイトは、部室へ戻って他の冒険者の面々にもグライア達を紹介する。当然だが、グライアとティアの二人の正体ははぐらかし、以前街で出会った、という事にしておいた。
「で、これで全員自己紹介が終わったわけだが……」
そう言ってカイトが冒険部の面々と冒険者達―特に男子―を見渡す。そうして、カイトは深い溜息を吐いた。
「誰か、ゴ◯ゴを連れて来い。」
「エージェント◯7でもいい。」
相変わらず美女を連れてきたのがカイトであったので、男子生徒一同が殺気立っている。冒険部の部室に着く迄もティアとグライアを連れたカイトは男子生徒からの殺気の的であった。
「はぁ……おい、始めるぞ!」
そう言ってカイトは声を荒げる。それに、生徒達はしぶしぶと言った感じでカイトに注目した。
「でだ、ここから2日は彼女らが援軍で警護に参加してくれる。」
「……え?」
正体を知らない生徒たちは冒険者然としたグライアはともかく、ドレスを着ているだけのティアを不安視する。
「……む?妾とてお主ら全員を合わせたよりも強いぞ?やってみるか?」
そう言って何かの武術の構えを取るティア。
「まあ、誰も勝てないだろうがな。誰か立候補あるか?女だと思っていると、敗北……いや、油断なしでも負けるが。」
そう言ってどこか挑発する様なカイトが立候補を募る。が、生徒たちはどういう反応をすればいいのかわからず、困惑している。
「居ないのか?」
「え……じゃあ、俺が。」
彼女が素手で構えを取ったのを見て、同じく素手を武器とする男子生徒が立ち上がる。それに合わせて他の生徒が机を端に寄せる。即興の闘技場、ということである。そうして準備が出来た事を確認すると、カイトが懐から銅貨を取り出した。
ちなみに、ティアが素手で構えを取ったのは武器を使う必要が無かったからだ。彼女とてこれが年若の冒険者相手でなければ、彼女自身の得物を手に取るだろう。
「二人共準備出来たな?……じゃあ、このコインが落ちた所で試合開始で。」
両者準備が出来た事を確認し、カイトが硬貨でコイントスする。そしてコインが落ちた次の瞬間にはティアの手刀が男子生徒の首元に突き付けられていた。音がするより手刀が突き付けられる方が早かった。
「ほれ、終わりじゃ……うむ、妾の腕もまだ落ちてはおらんな。」
「……は?え?……参りました?」
目にも見えぬ早業で敗北した男子生徒は何が起こったのか理解できない。負けたことさえ、理解できなかった。それは、カイト達を除いて全員が同様であった。そうして、それを見て、ユリィが試合終了を宣言する。誰の目から見ても、ティアの圧勝であった。
「はい、終わりー。」
「と、言うわけだ。二人はオレたちを合わせたよりも強い。彼女らを中心として、この2日の防衛計画を練る。何か問題は?」
圧倒的な実力を示したティアを目の当たりにしては、全員納得するしか無い。
「今日は全員帰還させているが、明日街へ出かける予定の奴は?」
カイトに問われた一同。まずは皐月が挙手する。それに続いて、別の男子生徒も挙手した。
「私の所は出るけど、遅くても3時にはかえってくるわ。」
「あ、俺達は昼には戻ってくる。」
皐月の発言を切っ掛けに、全員の情報が集まった。
「全員明日の16時には帰還予定だな。ならば問題ない。何か質問は?」
「はーい。ティアさん達の居場所は?」
「……む?カイト、余はどこで待機すれば良いのだ?」
「よく考えれば聞いておらんな。妾はどこじゃ?」
夜はカイトの部屋に隣接する異空間で寝ればいいのだが、それ以外の待機場所は考えていなかったカイト。即座に考えたのだが、良いアイデアが浮かばなかった。
「……取り敢えず、この部屋に待機で。」
その言葉に少しがっかりする二人。
「どうせなら色々と見て回りたいのう……」
「確かにな。折角のお前の出身校だ。色々と案内してくれ。」
別に二人がどこにいようと、別に学園の警備に問題はない。なので、カイトは案内を受け入れた。
「まあ、いいだろう。」
その言葉に一気に批判が噴出する。主に男子生徒から。
「……あのな、一応はオレの客人なんだが?」
理論的に考えれば、ホストがゲストを案内するのが普通である。だが、彼らには通用しなかった。
「お前には天道会長、ティナちゃんが居るだろう?……少しは譲れ。」
ある男子生徒の殺気の籠った一言に、一部男子生徒が大声で賛同する。案内を機会にティアとグライアという超絶美人とお近づきになる心算である。まあ、彼らでは二人のおメガネに叶うことはないだろうが。
「はぁ……。」
「まあ、良い。そうであれば此方で何人か見繕わせてもらおう。」
「そうじゃな。折角なら普段のお主とティナの生活も知っておきたい。おらん方が良いじゃろ。」
カイトの溜め息を見て、二人は苦笑しながらも目ざとく何人かの生徒を確認する。主に、カイトを知っている面子と、ティナを知っている面子を見繕うつもりだった。そうして、それに気付いたカイトが溜め息を吐く。まあ、彼女らには好きにさせる事にして、この演習が通達された時から口酸っぱく何度も通達している事を、カイトは最後に告げて、終わる事にした。
「はぁ……わかった。好きにしろ……取り敢えず、全員明日はなるべく学園待機で、何か用事で外に出る場合でも、夕暮れまでには絶対に帰還してくれ。何かあっても公爵家からの支援が即座には受けられない状況だ。最悪の事態もあり得る。救援がない、イコール死だ。わかったら用がないなら外にはでるな。」
「了解!」
カイトが最後に注意したのに合わせ、全員が了承する。カイトがそれを確認して、一同は解散したのであった。
「で?結局お前はどういう予想だ?」
グライアとティアがひと通り学園の案内を受けてアル達を見送り、外も暗くなって誰も居なくなった部室に、カイト達今回の絵を描いた者が再度集まっていた。そうしてまず口火を切ったのは、グライアだった。それを受けて、カイトが口を開く。
「まあ、来て600だな。そのうち警戒すべきは伯爵の手勢200~300。レーメス領から流れ込んだ賊はブラス達で片付けさせる。」
装備が貧弱な賊が500人いようと、装備が皇国でも最高レベルの装備と練度を誇る公爵軍が30人いればどうとでもなる。賊は一切問題視していないし、する必要も無かった。
だが、曲がりなりにも伯爵という高位の貴族の手勢は別だ。大規模は有り得ないだろうが、万が一も有り得る。
「よくもまあ、そこまで領内の奥深くに侵入できたものだ。誰にも見つからなかったのか?」
ここから伯爵領までは飛空艇等一部の乗り物を使用しない速度重視の行軍でも最短4日は掛かる距離であった。公爵家の様に飛空艇を有しているなら別であるが、今のところ伯爵が飛空艇を手に入れたとの情報は掴んでいない。まあ、たとえ入手していたとしても、一般に普及していない飛空艇を使って襲撃を仕掛ける馬鹿はいないだろう。その他にしても速度重視の乗り物は目立つ為、隠密行動を旨とすれば使えない。
が、これはこれらを使わなければ判明しない、というわけではない。当然だが、一個人の能力の差が著しいマクダウェル家とレーメス家だ。レーメス家側が最上を尽くした、と思う隠密行動でも、当たり前の様にカイト達には把握されていた。
「いや?というか、巡回兵に命じて彼らと一般人が接触しないように注意させている。」
公爵家の巡回兵が気づいていなくても、コフル達が気付いていない筈はない。伯爵の手勢に近づきそうな者には、先に此方から接触して色々と理由をつけて接触しないように注意していたり、魔術で遠ざけたりしていたのである。
「では、妾らはそれらを相手すれば良いのじゃな?」
「ああ、一応はな。二人は校舎の裏門を頼む。まあ、賊も伯爵の手勢も一点に集中する予定らしいからな。賊でお前ら側に来るのはわずかだろう。」
カイトが放った密偵からの情報で、すでに襲撃時の伯爵側の配置は掴めている。その結果、伯爵側に学園があると思われている場所はほぼ学園と一致していた。ただ、学園の規模や構造などはわかっていない様子で、学園のある場所を中心として、正反対の位置に陣取っていた。どこに建物があっても即座に襲撃できる様にしたのだろう。
「……何もわからん状況で戦力を分散させるのは不利と見るか。」
「当然じゃな。奴らが掴んでいる情報は?」
「学園関係者の大半が非武装ということか。後は、当然だが公爵家の兵力が減少していること。」
此方の大半が非武装である、この情報を掴んだからこそ、伯爵は襲撃を考えたのだ。兵力の減少は恐らく、今日中にでも伝わるだろう。そうして、カイトは自身の言葉に苦笑する。
「戦力の減少……か。アルフォンスとリィルの二人に加え、ルキウスまで向かわせたのだ。襲撃するならば、今がチャンスと思っても致し方なし、だな。」
三人は皇国でも名の知られた戦士である。彼らが守備に着いていたのでは、襲撃の成功率は大幅に落ちただろう。今のところ手のひらの上で事態が進行しているため、上機嫌に悪辣な笑みを浮かべるカイトだが、それを見たユリィが呆れる。
「カイト、顔。」
「おっと。……だが、ここまで策が当たると、笑いたくもなる。」
今のところ全て自分の予定通りに相手が動いているのだ。今のところ、負ける要素は無い。不確定要素はいくつかあるが、それに対処できるだけの策は弄してあった。
「おまけにグライアとティアが来てくれたんだ。あいつらの初陣には最高の舞台が整ったと言える。」
人が死ぬのだ。まともな状況ではないのは当然だ。それがわかっても、彼らが受ける精神的ダメージは計り知れないものになるだろう。
その際に、信頼のおける上官がいるか否か、安全が保証されているか否かは重要となってくる。信頼のおける上官はブラスで事足りるし、他にも彼らが信頼し、信用する教員役の隊員達は殆どが残っている。だが、カイトにとってはこれでも安全が保証されているとは言い難い。そのために、二人を呼んだのだ。
「大層な自信じゃな。それで大丈夫なのか?妾には幾つか不安要素があるが?」
「いや?大丈夫じゃないな。だからこそ、いくつも策を弄す。」
そう言ってカイトは目を瞑る。それを見たグライアが今まで腰掛けていたソファに更に深く腰掛けた。
「ふむ。まあ、余もティアも策を弄すには向かん。お前に任せる。」
「妾をお主と同じにせんで欲しいのう。」
そう言って呆れるティアだが、彼女も滅多に策を練ることはない。これは古龍全員に言えることだが、彼ら自身が強すぎて、策を弄する必要が無いのだ。
それ以上に強いカイトとティナは策を弄するが、これは彼らが守る民草を持つが故だ。まあ、ティアも浮遊大陸を治めているが、彼女は殆ど放任主義だ。それに、大抵は自分が出て行けばなんとかなるので、策を弄する事が無いのであった。
「ああ、これはオレの仕事だ。任せておけ。」
「そうか……で、これからどうするのだ?」
「取り敢えず、妾はティナを探す。」
「また逃げたのか……」
グライアの言葉を聞いたティアが、取り敢えず自分の予定を語る。そう、ティナは再び逃げ出していた。彼女は学園の中では大きな姿を取れない。二人に抱きつかれては大変だと現在隠れて逃げまわっているのであった。
「ならば余も手伝おう。」
ティアのどこか楽しそうな口ぶりに興味を覚えたグライアが、此方も楽しそうに笑う。
「じゃあ、オレも行くかな。」
「じゃあ私もー。」
そうして四人でティナ捜索が開始されたのであった。尚、この後見つかったティナは、ティアとグライアの気が済むまで、撫で回されたらしい。
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