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第132話 客人

 アル達を見送りに行っていたカイト達だが、ある時、俄に校門前が騒がしくなった。その騒がしさには二種類の声が含まれている様に感じられた。片方は呑気な黄色い歓声で、もう片方はどこか怯えに似た感情を含んだ物であった。が、その原因は等しく一緒で、カイトの客人が訪れたのである。


「……ああ、やっぱり早く来られた……」


  状況を鑑みるまでもなく、自分の仲間の騒ぎ様から誰が来たのか理解したアルは緊張と共に呟いた。なにせ、カイトの客人なのだ。来ると言った時間に来るとは露とも思っていない。


「え?アルさんも知り合いなんですか?」

「ああ、前に一度会っていてな。恐らくお前達に会おうとして、早く来たんだろう。」


 二人には今日が演習に出発する日であり、アル達は演習に参加する、と伝えてある。それ故に早めに来たのだろうとカイトは予想する。要には、予定を早めて見送りにやって来てくれた、というわけで、本来ならば喜ぶべき事、であった。


「じゃ、行くか。」


 そう言ってカイトは凛とアルを連れて校門前に向かったのだった。




「ん?ああ、カイトか。久しいな。ユリィも久しぶりだ。」


 グライアはカイトとユリィに気づくと、気さくに片手を上げて挨拶した。以前の宴会とは異なり、金色の細工を施された軽装の真紅の鎧を身に纏っていた。彼女が昔から使う旅装束である。


「早かったな。今日は来てくれて助かる。」

「久しぶり。この間はありがと。」

「うむ。まあ、余も暇だからな。偶には学生たちを見ておきたかっただけだ。まあ、クズハが伝えてないのには驚いたがな。」


 グライアはそう言って笑う。ちなみに、グライアが言う伝えていない、とは以前の宴会の事である。


「ソラや桜は?」

「ああ、もう来るだろう。ティアは?」

「ん?さっきまで一緒にいたんだが……」


 そう言ってキョロキョロと周囲を見渡すグライア。次の瞬間、ティナの悲鳴が上った。


「ああ、あそこか。」

「あ、ティナ見つかってる。ご愁傷様~。」


 ティナの悲鳴を聞いてキョロキョロと周囲を見渡した二人だが、見つけた所にはティナを抱っこするティアが居た。抱っこする側はかなり嬉しそうで、されている側はかなり恥ずかしげだ。それを見たカイトは苦笑し、ユリィはかなり楽しげな笑みを浮かべる。


「おお!妾の可愛い妹が更に可愛くなりおった!」


 そう言って抱き上げたまま頬ずりするティア。実は今までティナは小さな姿で学校に通っている事を隠していたのである。それ故、こうなるであろう事を予想したティナは二人に見つからないように隠れていたのだが、あえなく発見されたらしい。後の調査によると、この距離までなると、いつも使用している隠蔽の魔術が彼女らには効かなかったらしい。


「ちょ、姉上!皆が見ておる!」


 そう言って恥ずかしげにティアを引き剥がそうとするティナ。実力ならばティナの方が上なのだが、育ててくれた義姉である。自身も嬉しかったことが手伝って、引き剥がせなかった。


「ん?あれは……ティナか?どうしてあの姿なのだ?」


 いつも二人が見ていたのは大人状態のティナである。さしものグライアもこの姿はで生活しているとは思っておらず、首を傾げる。ちなみに、ティナの幼いころの姿を見知った彼女らに今のティナがティナであるとわからぬ事は無い。


「ああ、ここは学校だろ?それで、オレたちは学生。ティナみたいな色っぽい学生がいるか?」

「中身は今の見た目ぐらいだけどねー。」

「違いない。」


 ユリィの言葉に、グライアが快活な笑みを浮かべて笑う。ちなみに、アルはすでに緊張で終始無言の上に完全に硬直しており、凛は状況が理解できずきょとんとしている為、此方も不動だ。そこにティナを抱っこしたまま、ティアがやって来た。


「おお、カイト!こんな可愛いティナを何故早う教えんかった!」


 ティアはカイトに抗議しつつ、再びティナを頬ずりする。それを見たカイトは微笑ましげに笑みを浮かべる。ちなみに、ユリィはニヤニヤとした笑みでティナを見つめている。もしかしたらこの場で一番嬉しそうなのは、彼女かも知れない。一方のティナはそれに気づくが如何ともし難く、恨めしそうにそれを見るだけだ。


「ああ、コイツが拒否ったんだよ。」

「姉上、いい加減に離してくだされ……」


 憔悴した様子のティナだが、ティアは手放そうとしない。


「おお!この姿で姉上、姉上と後を付いてきたのが懐かしいぞ!」


 グライアが今度はティナの頭を撫で回す。二人共ティナの育ての親代わりであったので、昔を懐かしんでいる。


「お主が自分の事を余とか教えこむから、ティナが自分を余とか言うようになったんじゃったなぁ……」

「あの当時のティナは本当に可愛かったな。余を指して余?と聞いて、次に自分を指して余?だったか……で、そのまま嬉しそうに余~連呼だったか。」


 二人は幼いティナを愛でながら、昔を懐かしむ。二人がどこか遥か遠くの過去を思い出して力が緩んだその一瞬の隙を突いて、ティナはティアの拘束から抜けだした。


「ちょ!姉上もグライア姉上もやめるのじゃ!これ以上は余の沽券が!」


 ティナは大きい姿になるわけにもいかず、ぴょんぴょん跳び跳ねて小さな身体で二人を制止しようとする。が、そのぴょんぴょん跳び跳ねる姿に何かを思い出したのか、空中で次はグライアに捕まった。


「この姿も懐かしいな。この当時には正義感満載で魔族を制圧し始めたのだったか。当時は荒くれ者ばかりの魔族がこの姿のティナに圧倒される様は見ものだったな。」


 グライアは懐かしげにそう言ってグリグリと頭を撫でる。ちなみに、彼女は今のティナを指してこの姿で、というが、当時のティナはもう少し大きい。今の見た目が中学生程度なので、大体高校生程度、といった所である。と、一向に進みそうにない二人に、カイトが苦笑しながら告げる。


「そいつは今日一日貸し出すから、先に他の面子の紹介をさせてくれ。」

「ん?ああ、スマン。」

「おお、そうじゃったな。」

「ちょ!カイト!お主余を売るのか!」

「我慢しろ……嬉しいくせに。」


 そう言うカイトは肩の上のユリィに似たニヤついた笑みを浮かべている。ティナが真っ赤になるが、若干自身も気づいていたらしく、反論に一瞬の間を用してしまった。

 そう言ってじゃれあっていると、ソラ達が揃って近づいてきた。ちなみに、リィルは二人を見た瞬間、即座に瞬に隠れて身だしなみをチェック。問題なしと判断し、緊張した面持ちで歩き始めた。


「ああ、丁度いい。ソラ、桜。二人は覚えているな?」

「おう!グライアさん、ティアさん、お久しぶりです!」

「グライアさん、ティアさん。お久しぶりです。さっき頃はお見苦しい所をお見せいたしました。申し訳ありません……あれ?ティナちゃん。どうしたんですか?」


 グライアに捕まっているティナを見た桜が疑問視する。未だに二人が古龍(エルダー・ドラゴン)である事に気づいていない。が、まあそれは部隊員達を除けば誰も気付いていない。写真も無くは無いが出回っているのは龍形態の姿だし、滅多にお目にかかれない存在がこんな所に二人並んで居るとは誰も思わないだろう。


「このたびは我らの替りを務めて頂けるとのこと。ありがとうございます。」

「我らも安心して職務に励む事ができます。」


 二人は同時に最敬礼を行い、リィルが気合でなんとか挨拶したのに続いて、なんとかアルも挨拶する。二人共若干震えている。


「うむ。余もカイトの頼みだからな。断りはせんさ。」

「ああ、助かる。公爵家はいつも人手不足でな。っと、自己紹介だったな。」

「余はグライア=ファフニールだ。よろしく頼む。」

「妾はミスティア=ペンドラゴン。このティナの育て親じゃ。義妹と仲良くしてくれて感謝するぞ。」


 そう言って自己紹介した二人だが、名前を聞いた瞬間にソラと桜を除いた全員が硬直する。


「これから二日間、護衛がいなくなるわけだが、その間の護衛は二人に頼んだ。」

「うむ。妾らに任せると良いの。」

「どのような魔物でも楽に片付けてみせよう。」


 そう言って胸を張り、大船に乗ったつもりで居るように、と二人は安心させる。


「でだ、こっちが冒険部の面々。今のオレの仲間だ……どうした?」


 カイトがソラ達を紹介しようとしてそちらを見ると、全員が呆然となっていた。


「あら、皆さん、どうしました?」

「おい、翔も自己紹介しろよ……あれ?ティナちゃんはいいのか?」


 グライアに捕まっているティナが自己紹介する気配がないので、ソラが尋ねる。


「ああ、ティナは二人の義妹だからな。」

「ティナちゃんにとってはこっちが生まれた世界でしたっけ……ああ!」


 とティナの来歴を思い出した桜が二人の正体に気付く。それに合わせて、顔を引き攣らせた瑞樹が挙手する。その他の面子にしても早々に彼女らの正体に気づき、全員が顔を引き攣らせていた。


「あの、カイトさん?もしかして、このお二人は……」

「ああ、古龍(エルダー・ドラゴン)だ。オレの客人なんだから、当たり前だろ?」


 別にどうということもない、そう言う感じでカイトが告げる。その様子に、彼らは改めて実感する。この男はこの世界において勇者であるのだ、と。普通は有り得ないのだ。そんな存在を軽々しく呼び出し、学園の防備にあてるなぞ。ここに来て、彼らは今回の警備の穴は穴の直径を遥かに上回る山で埋まったと悟る。


「やっぱり……」


 そう言って呆然となる一同。一同はなぜ公爵家の交代が遅れてもカイトが余裕なのか理解した。古龍(エルダー・ドラゴン)が一体でも護衛に就けば、例え天竜が束になって攻めてきても戦力的には問題ないだろう。それが二体だ。余裕にならない方がおかしい。


「……え?」

「なんだ、気づいておらんかったのか。余の姉上じゃぞ?来歴にも義姉は古龍(エルダー・ドラゴン)と記されておるではないか。」


 グライアに捕まったままのティナが、周囲の様子からようやく気付いたソラに呆れる。


「……なあ、あの時の宴会に出てた人って、もしかして全員偉い人?」


 ティナのその様子に、ふと気になったソラがカイトに尋ねる。実は自己紹介もしているしされていたのだが、酔っ払っていてことの重大性に今の今まで気付いていなかったのだ。


「まあ、皇国の重役は居なかったがな。ホントはあの爺がお前らを引っ張ってこなければ、知られなかったんだが……」

「あの爺って……あの緑色の髪の?」


 既に嫌な予感がしているソラだが、聞かないほうが精神衛生上悪い気がしたので、聞いておく。


「もしかして、古龍(エルダー・ドラゴン)?」

「ああ、仁龍だ。他にもお前と一緒にいたの全員が古龍(エルダー・ドラゴン)だったな。」

「お前なんで言わねぇんだよ!」

「逆だよ、なんで気づかないの?」


 この世界にいれば、確実に知っておかなければならない6人である。気づかない方がおかしいと感じるエネフィアの人たち。ユリィの発言に頷いている。桜も同じく仁龍に連れて来られただけなので、今まで気付かなかったようだ。少し恥ずかしげに口を開いた。


「いえ、あの、あの時は只の宴会だと思っていましたので……」

「オレの帰還祝いの時点で気づけよ。他にも、エルフとダークエルフの前族長やら現魔王やらが居たんだから当然だろ?何人かは遅れてきたが、現族長達も多数来たな。」

「クラウディアとかは確か、二人が部屋に戻ってから来たんじゃなかったっけ?」

「後、私の娘も、ですわ。」

「おお、ルゥか。久しいの。」

「ええ、ティア様、グライア様、お久しぶりです。グライア様、数年前に娘がお世話になったとのこと、感謝致しますわ。」


 いきなりの顕現にカイトは少しだけ何かを言いたそうだったが、ルゥが娘の礼を述べたので、口にしなかった。どうやら、このために出て来たらしい。


「ああ、ルゥルも族長を頑張っていたからな。まあ、余は偶然通りかかったまでのこと。気にするな。」

「それは恐悦至極ですわ。」

「まって、今、娘とか族長とか言わなかった?」


 一同を代表して魅衣が尋ねる。カイトはソラが聞いていたので、魅衣達にも聞こえたと思っていたのだが、風で聞こえていなかったらしい。


「ええ、私はこれでも使い魔となる前は神狼族の族長でした。娘は旦那様の保護下で族長としての教育を行い、今は皆を率いております。」

「といっても、族長として教育したのはウィルがメインだ。オレは武術の稽古がメインだった。」

「あんた、どんなのを使い魔にしてんのよ……というか、あんた娘と親を引き離すってどうなのよ?」

「しょうが無いだろ?ルゥルにも頼まれたんだから。お母さんをお願いします、って。それに、きちんとまめに会わせている。」


 ルゥルが近くに来た時や、近くに立ち寄った時には二人の時間も設けている。カイトとて稀にしか逢えない母娘の邪魔をする程無粋ではない。


「そう、ならいいわ。」


 そう言って魅衣は肩をすくめる。どうやら、娘と引き離した事を気にしていたようだ。一方、桜は別の事を気にした。なので、カイトの女癖を危険視する桜が半眼で尋ねる。


「……カイトくん?もしかして、そのルゥル?さんに手を出してませんよね?」 

「さすがにそれはない。当時のルゥルは10歳に届かんような子供だぞ?オレが帰る前でも見た目10歳も届かん少女だ。」

「……本当ですか?」


 女性関係については一切カイトを信用していない桜は同志であり、ライバルのユリィに尋ねる。


「うん、さすがに手を出してないよ。出してたらクズハとアウラが癇癪起こしてるもの。なんでこのちんちくりんに手を出して自分たちに手を出さないんだ、って。特にアウラが酷いかも。自分の方がお姉ちゃんだから大丈夫だ、とかずっと言い張ってたもの。」


 人間として年齢を見れば結婚適齢期にある年齢の二人。しかし、当然両種族ともに身体的には結婚適齢期どころか、第二次性徴も始まっていなかったのである。精神だけは今と殆ど変わっていないので、癇癪を起こすことは確実であった。ちなみに、カイトの結婚話に一番反対したのはクズハではなく義姉のアウラである。


「もう少し待って頂ければ、娘も私も一緒に旦那様に身を捧げることも出来ましたのに。」

「……カイト?」

「カイトくん?」

「いや、これは勝手にルゥが言ってるだけだぞ!」


 その言葉に、ジト目の桜とユリィがカイトの方を振り向く。二人共現在の姿のルゥルに手を出していないかどうかはかなり疑問視であった。が、さすがに手を出していないので、カイトは猛烈に否定する。


「……どうなんでしょう。」

「まあ、あいつなら、ありえるわよね。」

「ですわね。」


 カイトの様子を見て、瑞樹と魅衣が小声で呟く。そうして二人揃ってため息を吐いた。他の面子も嘘と断言するには、若干自信が無かった。この面でだけは、カイトは誰にも信用が無かった。


「まあ、妾とティナを並べて、とかやる奴じゃからの。」

「ティアはそうなのか?余は温泉で、などはあったのだが。」


 そうしてカイトとの情事を赤裸々でもなんでもないように暴露する二人。ユリィは知っていたので問題なかったのだが、桜は当然知らない。


「……カイトくん。きちんと、話してください。」

「いや、あの、話さないとダメか?」


 カイトと知り合いの女性が出る度に、同じ会話が繰り返される。そろそろカイトも学習すべきである。


「ダメです!」


 そうして、そんな二人を他所に、やれやれ、とか何時もの事か、とティナ達はティアとグライアを連れて一旦部室へと戻ることにしたのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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