表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/3868

第130話 襲撃前日

 今日から新章がスタートします。まあ、既にタイトルでネタバレってますよね。

 ティナによる使い魔講座から数日が経ったある日。珍しく雨宮が冒険部の部室に顔を出した。


「あら?雨宮先生。おはようございます。」

「ん?ああ、神宮寺か。おはよう。」

「おはようございます、雨宮先生。それで、今日はどういった御用でしょうか?」


 ドアから入ってきたのが雨宮である事に気付いたカイトが来客用のソファへ案内する。


「ああ、いや、大した用は無い。手が空いたからな。お前達がきちんとやっているか、見に来ただけだ。いつも顔を出せなくて悪いな。」

「いえ、先生は今、公爵家の運営する魔導学園との調整で忙しいでしょうから。仕方がありませんよ。」


 ずいぶん前から調整をしているのだが、現状では天桜学園の公表の見通しが立たず、実現は難航していた。更には魔導学園に子弟を通わせる貴族達との兼ね合いもある以上、実現出来るのはおそらく、まだまだずっと先だろう。


「ああ、あちらの先生方も時々こっちに来られてるんだが、やはり文化の差というか、世界の差というか……色々と常識が違ってるからな。普通にそこら中を獣人やエルフとかが歩いているのを見た時は驚いたが、もう慣れたな。……まあ、今でも夜魔族は驚くが。まあ、お前らはすでに見慣れたか?」


 そう言って雨宮は笑う。夜魔族とは、サキュバス達淫魔族の別名である。あれに驚かない様になれば、立派に異世界でやっていけるだろう。まあ、それとは別に、純粋な龍族や神狼族等は存在感が強すぎて圧倒されるのだが、それは此方の住人でも変わらない。

 ちなみに、夜魔族に驚かない、ということは冒険部所属の生徒達でさえ上手くは行っていない。彼ら教師陣以上に異世界文化交流をしているのはカイトら冒険者達である。それがまだ無理なのに、教師達が可能なわけがなかった。が、まあそれでも経験を積んだ効果はあり、カイトやティナを除けば、皐月等極少数の何人かは殆どの種族と普通の人間を相手にするように話せるようになっていた。


「やるならなんとか成功させようと向こうの先生方と何回も議論を尽くしているんだが……なかなか良い結論が出ないな。」


 そう言って苦笑する雨宮。彼らは彼らで大変なのであった。と、そこで相手側の事を思い出したのか、ふととある懸念が頭に浮かび、その当事者がカイトであったので彼に告げる事にした。


「っと、そういえば、天音。お前は向こうの先生方に挨拶していないよな?何かあったか?」


 すでに生徒会長として桜が、冒険部の代表として瑞樹が挨拶に伺っていた。さらには色々な理由をつけて、冒険部の初期面子はカイトとユリィを除いて全員挨拶をしている状況であった。


「いえ、偶然日程が合わないだけですよ。」


 カイトはやはり言われるか、と思ったが顔には出さない。なにせ、敢えて会わないようにしているからだ。カイトが色々理由をつけてクズハと会談し、挨拶しないで済むようにしているのであった。当たり前だが、これは別に気分的に嫌、などど言う陳腐な理由ではない。きちんとした理由があった。

 魔導学園から此方に来る教師の中には時折、代表としてかなり古参が来ており、その役目はそれこそ300年前から生きている者が務めている事も少なくない。300年前となるとつまりは創設に立ち会った教員で、当然の様にカイトを知っている者だ。まだ一部にしか帰還を知らせていない以上、帰還を知らない教師に遭遇すれば大騒動確実なのである。ユリィは当たり前だが学園長だ。彼女が何故ここに、となって騒がれても困る為、引っ込んでいるのである。

 ちなみに、ティナは若返っているので、気付かれていない為、悠々と挨拶していた。


「そうか?まあ、お前は冒険部の部長として公爵家のクズハさんやエルロード氏とよく会談を開いているとは聞いているからな。仕方ないのかもしれないな。だが、こっちも早い内に挨拶しておいてくれよ?」


 カイトにも事情があることは当然、雨宮も把握している。なので、彼も時間が空いた時ぐらいに挨拶を、と言う程度に留め、席を立つ。


「これからまたマクスウェルにある魔導学園に行かないと行けなくてな。長居出来なくてすまん。」


 どうやら仕事でまた街まで向うらしい。異世界の学校との交流でかなり激務の筈だが、よく見れば少しだけ上機嫌であった。


「いえ、お仕事、お疲れ様です。護衛の方は?」

「ああ、公爵家が馬車を出してくれるらしい。それに乗って行くつもりだ。」

「そうですか。お気をつけて。」

「ああ。ありがとう。」


 そう言って部屋から出る寸前、カイトが思い出したかの様に切り出した。


「ああ、雨宮先生。今日から数日は早めに帰ってください。」


 そう言われた雨宮が少しだけ考え込んだ。だが、室内を見て直ぐに、理由を思い出した。そして彼はカイトの忠告を深く胸に刻みこむ事にする。


「ん?……ああ、そうか。確か今日からエルロード氏の部隊が一週間軍事演習で居ないんだったな。」


 そう、以前から通知されていた軍事演習が数日後から開始されるのである。移動等を考えれば今日の昼過ぎに出発なのである。雨宮はどうしても出来る警備の隙間の防備は冒険者をやっている生徒達があたる事になる事を把握していたので、生徒達に負担をかけ過ぎるのは悪い、と思ったのである。

 ちなみに、これに伴って数日前から準備でアルとリィルも原隊復帰しているので、今日も部室に来ていなかった。


「ええ、一応冒険者全員が暗くなる前に帰還する予定ではありますが、注意するに越したことはありませんからね。まあ、公爵家から代わりの人員が来てくださるそうですから、それまでの辛抱です。」

「そうだな。わかった。代わりがくるのは三日後の朝だったか?」


 そう言われたカイトはそこで気付いた、という演技をする。まあ、実際は今気付いたのではなく、雨宮の前で言う以外は元々予定されていた事なのだが。


「ああ、そのことですが、ついこの間クズハさんとお話した際に、調整が上手く行って二日後の夜には来れそうだ、との事です。当日は自分と天道会長他数名で迎えに行きますので、その間の指揮は一条先輩と神宮寺さんにお任せしてあります。」


 公爵家が人手不足であるのは事実なので、交代の人員が来るのに日数が必要なのは嘘ではない。カイトは調整が長引いていると嘯いて、3日掛かると学園側に伝え、更に当初の予定から半日早められる、と伝えただけなのであった。実際には本気で調整すれば、二日後の朝には交代の部隊を到着させる事が出来たのである。


「そうか。それは安心だな。」


 カイトの言葉にそう言って安心し、雨宮は出て行った。それを見たカイトは他の冒険部の面子に注意を促す。この間に外に出てもらっては危険が大きく、計画にも狂いが出てしまうためであった。

 そのために、警備の魔術師達に使い魔を教えたのである。出まわらなくても学園から少し遠くを見張れるので、安易に外に出る事を防げるのである。


「他の面子もわかっていると思うが、この三日間は夜間は外出禁止だ。もし、誰かが外に出そうなら、出る前に止めてくれ。」

「わかってますわ。もしも外で何かあれば、助けが遅れますものね。」


 俊樹少年の存在が発覚して以降。今はまだ、公爵家の面々が外にでそうな学生を見つけ次第、連れ戻している。また、新たに張った結界のお陰で外に出そうな生徒の早期発見も出来ており、冒険者以外で暗くなってから外に出ている人員は居なかった。彼ら以外に唯一外に出られるとすれば、泳がされている俊樹少年だけである。


「ああ。特に二日後の夜はオレもいなくなる。指揮は先輩と瑞樹に任せる。」


 そう言って瑞樹に近づき、小声で瑞樹に語りかける。


「一応ティナは残るが、それでも万が一は起こる。絶対に外に誰も出さない様に注意してくれ。」

「ええ、わかってますわ。」


 二日後の夜が最も守備力が弱まるのである。瑞樹にも瞬にも、一切の油断は無かった。そうして、更に自身の正体を知る者には何度も―ちなみに、今日までに何度も言っている―念を押しておく。


「そういや、誰が来てくれるんだ?」


 ソラが誰が来るのかを気にする。知り合いであれば良い、と考えていたのである。


「ああ、公爵家領内の総警備隊長のコフルさんだ。人数は10人程度だが、総戦力では出て行くアル達の部隊以上らしい。」

「ユニオンで聞いたこと無い?たまに公爵家の方が依頼を受けてくれるって。そのお一人だよ。」


 カイトの正体を知らない面子も居るので、カイトが念の為にぼかして伝え、ユリィが補足を入れる。


「ああ、そういえばこの間受付のおじさんが言ってたわ。低額で割に合わない依頼なんかを受けてくれているって。」


 交流の時にライルから聞いた事を思い出した楓がそう言う。楓の言葉に瞬が感心している。


「ほう、公爵家ではそんなこともしているのか。」

「恐らく、民に近い公爵家をイメージ付ける為だろうな。公爵家の重鎮たちがそういった依頼を受ければ、当然民からの印象は良くなる。そういうことだろう。」


 公爵たるカイトが補足するのだから、瞬他カイトの正体を知る者は一瞬事実と受け取る。が、実際はカイトの逃避が切っ掛けであったことは、誰も知らなかった。


「俺達はパーティ交流の時に会ったな。公爵邸へ行くって弥生さんを迎えに来ていた人だったか?」


 瞬がそう言うと、その時のパーティメンバーがああ、と思い出した。が、同時にかなり若かった―見た目も精神年齢も―ような、とも思うが、異族なのだろうと考える事にした。


「ああ、そういえばコフル、って名乗ってたっすね……あの時のえーと……秘女族?」


 宴会で会っているソラが自信なさげにコフルの種族を言うが、間違っていた。なので、由利が訂正し、桜が補足説明を行った。


「秘魔族じゃないかなー?」

「秘魔族ですね。魔族の少数部族です。300年前に公爵様に孤児だった所を拾われ、恩返しに領土の守護をなさっているそうです。」

「ただ、戦える場所を探しただけだがな。」


 二人の告げた言葉は、公の場で公表されている事だ。なので、有り得ない来歴設定にぼそっ、とカイトが呟く。

 では、真実はどうか。カイトが帰還した時開かれた夜会でも誰かが言っていたが、コフルがカイトに挑みかかるのは珍しい事ではない。彼は鍛錬を積む為に警備隊長に就任しているのであった。

 実はカイトとの初遭遇時にボコボコに負けたコフル。リベンジに何度も挑みかかるも勝てず、鍛錬の場を求めたのである。まあ、最終的にはカイトに教えを請うたユハラに負け、彼はティナに教えを請うことになるのだが。そのせいで、今でも彼はティナに頭が上がらない。


「はぁー、やっぱ公爵家ともなると、違うんだなー。」


 そう言って冒険部の誰かが感心する。それに桜達も頷いていたのだが、そこではたと気づく。公爵家のトップはカイト。そして代行は最近暴走気味なクズハで、そのお付きのメイドでさえ、最近は若干暴走を止めきれていないどころか、自身も暴走仕掛けている。コフルはその直轄の部下だし、その妹のユハラも大概な性格だ。そんなまともな理由がありえるのか、そう考えた一同はユリィへと着目する。それに気付いたユリィは口パクで答えた。


『そんなわけないでしょ。』


 そしてそれに何故か納得できる一同である。話の腰が折れてしまったのだが、ソラは納得の行った所で再び口を開いた。


「秘魔族のコフルさんだけど、総警備隊長って事は相当偉いんじゃないのか?」

「ああ、偉いな。公爵家の有する軍勢の正規部隊にこそ属していないが、非正規で属している。総警備隊長は、解りやすく言うと、警察のトップだ。」

「要は、警視総監か?」

「そういうことだな。ただし、違うのは日本の警視総監と制服組じゃない。現場で戦う部類だ。」

「どんぐらい強いんだ?」


 ソラの質問の答えに興味を覚えた瞬にそう聞かれたカイトは、以前の宴会で戦った時のコフルを思い出す。両者全力では無いとはいえ、カイトには大凡の実力が掴めていた。と言うより、だいたいの実力を掴まなければあれほど高度な一撃K.O.は出来ない。


「アルを1000とすると……大凡1万というところらしい。」


 ちなみに、カイトは一応ショックを与えない様にこれでも下にサバを読んでいる。実際にはこの数倍を遥かに超えている。元々のティナの教えを300年欠かさずに積んでいた結果であった。如何にアルが才気溢れる戦士といえど、この差だけは如何ともし難い。


「げっ。」


 カイトの答えに、誰かが引きつった顔をする。今の自分たちではアルでさえ、手の届かぬ高みの存在なのだ。それを遥かに上回るコフルとは何者なのか、興味がつきないのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ