第128話 使い魔
密会から一夜明けた翌朝。俊樹少年の護衛に当たっている菊池を除いた面子が冒険部の部室に集合していた。昨日菊池を送り出してから総出で情報の入手に回り、得た情報を共有していたのである。
「でも、結局あの手紙は何だったんでしょうね?」
翔の放った一言に、全員が首を傾げる。瞬や他にも先輩が居たので、彼は丁寧語である。半分程度の人員は確かに、彼の言っている事に嘘が混じっていた事までは理解できていた。だが、誰が、何の目的で送ったのかまでは、ついぞ掴めなかったのだ。だから、結局彼らには推測するしか手が無い。
「カイト、お前なんか知らないか?」
こういう場合一番情報を持っているのはカイトである。名目上は部長に問い掛けただけなので、翔が普通に尋ねたのだ。
「知らん。オレも初めて会う生徒だぞ?さすがに情報を持っている方がどうかしている。」
そう言ってカイトは平然と嘘を吐く。ここらへんは公爵としての訓練の賜物。桜や瑞樹という普段から狸や狐を見慣れている二人さえ、騙されてしまった。
「多分、真琴先輩だって知らないだろう。」
「ああ、そういえば今日朝会ったんだが……」
カイトの言葉に、瞬が思い出した情報を提供する。
「どうにもあの卯柳とかいう生徒は東町に出入りしているようだな。」
「東町って……風俗街じゃないっすか。」
街の概要を思い出していたソラが瞬の言葉にかなり渋い顔で言う。一方、真実を知るカイトは真琴の情報収集能力に少しだけ恐怖した。この調子なら、いずれ俊樹少年と賊の関わりを嗅ぎつけそうであったのだ。
もし嗅ぎつけたとしても別に良いが、真琴が相手がそれなりに手練である事に気付いた時には手遅れだろう。かと言って正体を隠している現状では強引に止める事もあまり好ましくないし、諭すように言っても引いてくれるとも思えない。なので、カイトは彼女に密かに護衛をつける事を決定する。
「そういうことなら、大方そこで何らかのトラブルに巻き込まれてますわね、彼。」
「そういえば、数日後にクズハさんと会談しますから、その時にでも聞いてみましょう。公爵家なら、何か掴んでくださるかもしれません。」
桜と瑞樹は目線だけカイトに送る。二人共、それまでに公爵家で情報収集をして欲しい、ということだった。カイトとて、視線だけでそれを察することは出来るため、密かに頷いた。
「ええ、もう私達も動いています。数日中には結論が出るでしょう。」
すでに全ての手筈を整えているのだが、リィルが若干の罪悪感を隠しながら嘘をついた。
「ああ、助かる。それまでは彼は外出禁止だ。」
実際には全てが判明するその日に、ここ当分の因縁を含めて決着をつけるつもりである。そして、それは先の一幕で全てが決定していた。
(最後の忠告を蹴ったのはお前だ。恨むなら自らの判断ミスを恨むといい。)
もはや一切の躊躇なく、カイトはそう結論づける。他者にまで覚悟を強いた以上、自身が悩んではならなかったのだ。そうして、カイトの決意を他所に、会議は続いていくのであった。
そうして更に少し情報共有と今後の方針を話し合った後、ふとしたタイミングで楓が口を開いた。
「そういえば……あの武器技って一体何?いつの間に習得したの?」
カイトの正体を知る面子の中でただ一人、楓だけが武器技の話を聞いていなかったのであった。ようやく合流してソラ達の特訓風景を見た彼女が疑問に思うのも無理は無い。が、彼女だけが知らないのには当然理由がある。そうして、楓の問い掛けにカイトがティナへと視線を送ると、彼女は意図を察して頷いた。
「ああ、端的に言えばあれは武器に宿った力を開放する技じゃな。」
楓は瞬と桜が抜けた穴を埋めていた為、彼女だけカイトとティナからの指導を受けていない。現状、これから起こる事を考えれば切り札が1つでも多く欲しい状況なので、実は楓の強化については急務だったのである。なので、同じ魔術師であるティナが教える事にしたのであった。とは言え、この場には二人の正体を知らない生徒たちも居るので、当たり障りの無い情報だけになるが。
「それは知ってるわ……でも桜達の武器って単なる玉鋼製の武器でしょ?防具も同じ玉鋼だったはずよ。」
「うむ。それでまあ、一工夫加えての。そっちは今の楓には無理じゃ。武術の稽古もしとらんじゃろ?それより先に使い魔と契約について考えるべきじゃな。」
楓の疑問はもっともであるし、それ故ティナとて簡単に予想出来た質問だ。それ故、問い掛けの答えは横にどけて、途中をすっ飛ばして彼女に最適な答えを先に渡す。若干釈然としない楓であったが、『使い魔』と言われて少しだけ目を輝かせる。以前にカイトに救われた日から気にはなっていたのだが、今までティナとゆっくり話す機会が無く、そのままとなっていたのであった。丁度良い機会を得た、と少しだけ身を乗り出してティナに問い掛ける。
「使い魔……そういえばティナも契約してるんだっけ?」
楓も以前カイトとティナの模擬戦時にティナの使い魔を見ているのであった。
「うむ。まあ、お主らの考えておる契約とは少し違うやもしれんがのう。」
「それって今見れる?」
楓の言葉を聞いた他の冒険部の面々も興味深そうにティナに注目する。ティナの正体を知るソラ達はどんなぶっ飛んだ使い魔がでるのかに興味を惹かれ、その他の面子は初めて見る使い魔に興味を惹かれたのである。
「そうじゃなぁ……」
ティナは暫し考えこんで、ここで出しても大丈夫そうな使い魔を思い出す。候補としては数体―即席で作る事も考えたが―上がったが、最も当たり障りの無い使い魔を呼び出す事にした。
「大した力量も持ち合わせぬ使い魔じゃが……此奴で良いじゃろう。」
ティナは小さく呟くと、小さな魔法陣を創り出した。ちなみに、ティナの力量から言えば本来は召喚に魔法陣は必要は無いのだが、実力を隠す目的で敢えて出した。そうして、その魔法陣が光ったかと思えば、次の瞬間そこには赤い小鳥が立っていた。召喚された使い魔が小鳥であったので、ソラ達は少しだけがっかりした。嘗てカイトが召喚してみせた巨大な白狼の様な使い魔を少しだけ期待したのである。
「おや、これはお久しゅうございますな。」
キョロキョロと周囲を見渡す小鳥が、さえずりに似た綺麗な声……ではなく、どこかおせっかいそうな声で喋った。
「うむ。そういえばお主を呼び出すのは久々じゃな。」
一見すれば何の変哲もない小鳥である。おかしいのは流暢な言葉で話す程度であろう。が、当然だが小鳥がしゃべるという有り得ない事態を目撃して、会議室全体が沈黙に包まれた。
「おお、これはカイト殿、ユリシア殿。お久しゅうございます。」
そう言って律儀に頭を下げる小鳥。この小鳥は300年前の旅にて創られた使い魔である。強い戦闘能力を持たない代わりに、余程の腕前がなければ普通の小鳥にしか見えないことから、街など人の多い場所の偵察に使われていた。
「久しぶりー。何時か以来だね。」
ユリィはカイトの肩から飛んでいって小鳥とハイタッチを交わす。かつては小さい仲間として仲が良かった一人と一匹であった。
「ああ、久しいな。……クッキー食うか?」
カイトはどこからとも無くユハラ製のクッキーを取り出して小鳥に与える。
「ああ、ありがとうございます。」
そう言って両の翼でクッキーを器用に掴み、さくさくと食べ始める小鳥。その姿は非常に愛嬌があった。
「ちょ、何このかわいいの。」
「ティナ先輩!触っていいですか!」
「わー、これも食べる?」
魅衣と凛が小鳥を愛でていたが、由利が持って来ていた自作のクッキーを与えてみる。
「おお、ありがとうございます。」
「あ、私も餌付けしたいです。」
器用にクッキーを両翼で摘んで齧る小鳥を見て、桜が挙手する。
「ティナちゃん。大丈夫ー?」
「別に此奴は使い魔じゃから、やらんで良いぞ?まあ、どれだけ食っても問題は無いがの。」
「あ!じゃあ私も!」
「あ!魅衣先輩ずるいです!」
「あ、あの私も……」
そうして魅衣と凛、桜に加え、おずおずと恥ずかしげに手を上げた瑞樹が由利からクッキーを受け取って餌付けが開始された。
「ご馳走様でした。そちらのお嬢様方もありがとうございます。」
最後の一枚を食べ終えた小鳥は翼を合わせて、合掌らしきポーズを作る。
「くぅ……これは……たまりませんわ!」
「一家に一匹欲しいですね……」
小鳥は知らず、お嬢様二人を陥落させる。二人の悶絶する姿に首を傾げつつも、小鳥は自らの主に召喚の理由を問うた。
「そういえば、ティナ様。本日はどういった御用で?最近は平和そのもので、私の用も無かったと思うのですが……」
最近は公爵邸地下にあるティナの研究室にて自由に飛び回っているこの小鳥。かつての大戦を知っている者としては、最近は平和としか思えなかったのである。
「うむ。まあ、楓が使い魔を見たいというからの。お主を呼んだのじゃ。」
「あはは、それはまた……私が弱かったのが幸いしましたな。」
要には他の使い魔たちは初心者が使いこなすには高性能すぎるのである。まあこの小鳥とて、見るものが見れば卒倒するレベルの使い魔なのだが、カイトやユリィを除けば誰にもわからなかった。
「で、此奴が余の使い魔じゃな。名はクーじゃ。」
「おっと、名乗り忘れておりましたな。ティナ様の使い魔のクーです。以後、お見知りおきください。」
その名前を聞いた途端、魅衣と由利がはっとして顔を見合わせる。そしてティナを手招きする。その名前に聞き覚えがあったのだ。
「ティナちゃん。この子ってもしかして、ティナちゃんの部屋で飼われていた小鳥?」
「あれ、名前クーちゃんだよねー?」
実はティナ。いざという時の偵察用に、天音家の自室でクーを飼っていたのである。見た目は単なる赤い小鳥であるので、誰も疑問に思わなかったのであった。
「おお、覚えておったか。うむ、そうじゃな。ご飯を与えなくても余の魔力で生存可能じゃからな。楽でよかったのじゃ。」
「たまにカイト殿がクッキーをくださいましたが……主は全くくださらないのですよ。」
主に対してやれやれ、と言わんばかりに肩をすくめるクー。それを見た魅衣と由利が悶絶する。その姿はダメダメな主の世話を焼く執事の様であった。
「お主にはいらんじゃろ。」
「くっ……こんなに可愛いなら地球に居た時にあげておけば良かったわ……」
「言ってくれれば何時でも食べさせてあげたのにねー……」
「魅衣殿、由利殿。こんな主と親しくして頂いて、ありがとうございます。」
悶絶する二人に、クーが両翼を合せて土下座して、更に二人を悶絶させた。
「お主は余の母親か何かか。」
「そんなものだろう。いい加減に使い魔の説明をしてやれ。」
一向に戻ってこないティナに業を煮やしたカイトがやって来て強制的にティナの首根っこを掴む。クーはユリィが座っているカイトの肩と逆の肩に止まった。
「……お前ら。オレはお前らチビどものイスじゃないぞ?」
「ここが一番落ち着くのよー。」
今度は頭に上ったユリィがダラーと頭に寝そべる。立ち去る気皆無である。
「おっと、申し訳ない。昔から私は出しっぱなしにされておりましたからな。そのときの癖が残っておりますな。重かったのでしたら、申し訳ない。昨今運動を欠いておりましてな。」
此方は律儀に肩から飛び立とうとするクー。どうしてあの主からこの様に出来た使い魔ができるのか、最大の謎である。
「いや、そのままでいいぞ。別に気にしちゃいない。」
「おお、ありがとうございますな。」
クーはペコリと頭を下げると、再び羽根を畳んだ。
「と、まあカイトになついておるわけじゃが……あの小鳥は余が創った使い魔じゃな。」
「創った?」
創ったという言葉に、楓はホムンクルスを連想した。が、これはエネフィアの定義では別物である。
「うむ。正確には違うが、創った、ということで有名なのはホムンクルスじゃな。使い魔には2つの系統があっての。ひとつはクーの様に使い魔自体を術者が創り、それを使役するパターン。余の使い魔はこれが殆どじゃな。」
「はい。私も主に創っていただきましたな。ずいぶん前の事ですな。」
「これのメリットは創った時点で使い魔契約を結べることじゃ。他にも自身でコントロール出来る使い魔と契約可能である事が、利点じゃな。その代わり、使い魔の力量は術者に影響してしまうのが、デメリットかのう。後は……当然じゃが、高度な知性を持ち合わせる使い魔程、創り出すのが難しい事が挙げられる。」
「まあ、私の様に始めから用途を限定すれば、問題になりませんがな。」
うんうん、とクーは腕―と言うか両翼―を組んでティナの言葉を肯定するように頭を縦に振る。その動作に相変わらず女性陣が悶絶している。
「あなたの用途って?」
この真面目な質問は楓の物だ。真剣にティナの話を聞いていた為、楓は女性陣の中で唯一クーの所作に悶絶していないのであった。
「偵察ですな。この容姿ですと、街などで飛んでいてもどなたも気にはしてくださいませんからな。その代わり戦闘能力は皆無ですな。」
たはは、と苦い笑い声を上げるクーだが、クーの保有する戦闘能力はティナ基準での弱いである。実際には超を幾つかつけて良い程には強い。
「うむ。まあ、それでも野鳥等に比べれば圧倒的に強くはある。偵察に放って途中で野鳥に襲われました、ではどうしようも無いからのう。」
ティナが苦笑して使い魔当人の言を認める。当たり前だが、偵察でも帰れなければ意味がない。ちなみに、クーはその野鳥は天竜の間違いなのではないか、と言いたくなるレベルの戦闘能力は持っている。
「それで、もう一つが元からある生命と契約を交わし、使い魔とするものじゃ。メリットは使い魔の能力が術者に依らないことじゃな。デメリットは使い魔側に提供する魔力が使い魔の能力に応じて高くなってしまう事。両者の合意がなければ契約を交わせん事じゃ。こっちはカイトのパターンじゃな。」
そういって一同の視線がカイトへと向けられる。要には使い魔を出せ、ということであった。が、カイトが誰かを呼び出すか考える前に、勝手にルゥが出てきた。
「例えば私ですわ。」
「勝手に出て来るな。」
そう言ってカイトが即座に送還するも、またすぐに出て来る。基本的にカイトは使い魔の顕現を自由にしてあるので、すぐに出てこられるのであった。まあ、強引に力技で拒絶しないカイトもカイトなのだが。
「まぁ……折角一人寂しく見ているしかないですのに……。」
そう言ってヨヨヨ、とルゥは涙を流す真似をする。ちなみに、きちんと涙が流れているので、此方は此方で芸が事細かであった。尚、一人寂しくと言うが嘘である。他の使い魔達も一緒に居るので、面白可笑しく過ごしている。
「たまには他の面子も出してやりたいんだが……」
「まあ、旦那様なら全員いっぺんに出せますでしょうに。」
唖然とする一同を他所に、二人で話し始める。その様子は傍から見れば、カイトが一方的に翻弄されている様にも見えた。その様子を見せておいて、ティナがデメリットの説明に移った。
「と、いう風に使い魔が術者の制御不可能になる場合もあるのが、デメリットじゃな。」
「……と言うか、あの美女だれ?」
ある生徒会役員の言葉に、カイトの正体を知らない面子が頷く。何人かの男子生徒はルゥの美貌に鼻の下を伸ばしている。
「じゃから、カイトの使い魔じゃ。」
「旦那様付きの使い魔のルゥですわ。旦那様の朝のお着替えから夜のお世話まで、全てのお世話を……」
優雅に一礼して、更に続けようとしたルゥだが、即座にカイトからストップが掛かる。
「黙れ。お前の仕事に夜のお世話は含まれていない。」
一瞬で騒がしくなった会議室内を静まり返らせた一言に、カイトが即座に訂正を入れる。その主の言葉にまた消されてはかなわないとルゥは黙ったものの、楽しそうに目を細めていた。
「どうやったらそんな美女を使い魔に出来るんだよ……と言うか、天音!羨ましすぎんぞ!」
その言葉にカイトの正体を知らない男子生徒一同が同意する。その言葉を聞いて、二人は出会った時を思い出す。
「成り行き、か?」
「まあ、始めは私が仕方なし、で申し出たのです。」
二人は数奇な運命をたどったお互いの軌跡を思い出し、共に苦笑いを浮かべる。二人はかつては状況から、仕方なしで契約を交わしたのだ。その後、紆余曲折あってカイトを主と認めたのであった。
「まあ、それに……」
彼女は小さく呟くと、優しげに子を見る目でカイトを見つめる。
カイトの契約した使い魔の多くに言えることであるが、カイトの人格形成に彼女らの影響は大きい。特に公爵としての冷酷さや覇者としての風格は彼女らの教育の賜物と言えた。それ故、彼女らはカイトを男として、我が子として、愛しているのであった。
「ん?どうした?」
が、それは彼女らが密かに誇っておけば良いことだと考えており、誰も殊更主張はしない。それ故、カイトは知らない。なので、彼は首を傾げていた。
「いえ、何でもありません。では、旦那様。また今宵にでもお呼びください。」
そうして、ルゥが慈母の如き目で自身を見ていることにカイトが気づく前に、彼女は消え去った。珍しく大人しく帰ったルゥを訝しみながらも、カイトはまあいいか、と思うことにしたのである。
お読み頂き有難う御座いました。