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第126話 忠告

 天桜学園生に対して盗賊との繋がりが発覚した日。ある森の中にある洞窟で複数の泣き声が響いていた。鳴き声の主は、カイト達が助ける事が叶わなかった哀れな犠牲者達の物だ。

「お願いします……娘だけは助けて……」

「はぁ?何言ってんだよ。ガキは変態どもに高値で売れるんだよ。まあ、お前も買い手がいたら売り飛ばすけどな!」

 そう言って下卑た笑いを上げる男達。実は少女はすでに売り飛ばしているのだが、今は言わない様にしよう、そう言って示し合わせて、後で絶望を楽しもうという悪辣な趣向を凝らしているのであった。

「まあ、それまではせいぜい俺達を楽しませてくれよ!」

 そう言って再び女性に襲いかかる男達。その悲鳴を聞きながら、一際高い地位にあるらしい年嵩の男が黒衣の男に連れられた小柄なフードの人物を迎え入れた。

「おう、来たか小僧。」

 黒衣の男が連れた人物を見た男が親しげに笑みを浮かべる。男の挨拶に合わせて、彼がフードを取った。それは、かなり年若い少年だった。男が少年と会うのはこれが初めてではない。一度目は学園の外に脱出した少年を黒衣の男が連れて来て、二度目と三度目は街で自由行動している少年に黒衣の男を通して接触し、その後数回は彼らが今アジトにしているこの洞窟で、である。

「やぁ、親分さん。久しぶり。」

 そう言って無邪気に笑う少年は、普通ならば酸鼻を極める光景に嫌な顔1つしていない。いや、それどころか、心地良いような顔でさえある。彼は聞き慣れた音程度にしか、感じていない様であった。そうして、少年が笑みを浮かべて挨拶を終わらせると、親分が親しげに尋ねる。

「で?今日は女でも抱きに来たか?」

「あ、ううん。……あ、でもそっちも貰おうかな。」

「おう、好きにしな。で、今日はそっちがメインじゃないってんなら、何の用なんだ?」

「これだよ。」

 そう言って少年が取り出したのは単なるボールペンである。が、それがわかるのは地球出身の彼らだけで、当然、盗賊達には未知の物体だ。なので、盗賊達は非常に警戒しながら少年の手に持ったペンを観察する。

「こいつぁ、何だ?」

「ほら、前に言ってたでしょ?異世界の道具を持ってくる、って。これはボールペンだよ。こうすると……文字が書けるんだ。こんな小さいのでも持ち出すのは苦労したよ。」

 少年は密かに学園から持ちだしたボールペンで、そこら辺にあったメモ紙程度の紙に線を適当に書いてみせる。

「はぁ!?インクはどこだ?」

「中に黒い液体が見えるでしょ?それ。」

 どうやら掴みは上手くいったらしい、少年はそれを判断すると、笑みを浮かべながら彼らに手渡す。別に少年は彼らを信用しているわけではない。少年とて、自分に利用価値があるウチは危害を加えられない事を理解しているが故の行動であった。

「はぁ……異世界ってやつはすすんでんすねー。」

 どうやら少年を連れて来た配下の男もこの存在は知らなかったらしい。彼はしきりに感心していた。

「おお!こりゃ高く売れそうだ!」

 日本では一般的なボールペンでも、異世界に渡れば珍品である。しかも勇者の出身である日本の物なのだ。盗賊に大金を積んででも、多少の法を犯してでも欲しがる上流階級は少なくない。唯一問題があるとすれば、マクダウェル領では取引できないぐらいである。

「あ、でも使用はこのインクが無くなるまでだから、きちんとその点は説明しないと恨まれても知らないよ?」

「ははは!俺達から買って恨み事言うやつなんざいやしねぇよ!飛んでくるのは言葉じゃなくて矢だしな!」

 そう言って大笑いする盗賊の親分。彼も、少年を利用しているだけだが、それでも、今回の贈り物は彼の機嫌を上向かせる事が可能なぐらいに良い物であった。

「はぁ……僕は一応注意したからね。」

 上機嫌に再度紙に線を書いてみる親分に呆れつつ、少年は要件を終えたので奥に入っていく。

「いいんすか?あのガキ。自分じゃ大丈夫とかいってますけど、絶対公爵家の奴らにつけられてやすぜ?」

 そうして、少年が去った後、少年を連れて来た男が眉を顰める。公爵家が本気になって密偵を放てば彼らはもちろん、皇国でも数えられる程度しかその密偵に気づける実力者を有していないだろう。

「しょうがねぇだろ。俺だってあんな公爵家の保護下にあるガキなんぞとつるみたくねぇよ。」

 そして、少年が去った後。今まで上機嫌に笑っていた筈の親分が忌々しげに吐いて捨てた。では、何故関わりがあるかというと、彼らにも理由があった。

「おい、マジで俺達は無事にここから抜けれるんだろうな?」

 そう言って盗賊の親分は暗闇に話しかける。その声に反応するように、更に別の黒衣の人物が現れる。彼も少年を連れて来た黒衣の男と同じく、暗闇からはフードを深く被り、顔は完全に隠れていた。彼が、密かに学園から脱出していた少年と彼らを引きあわせたのである。今日少年を連れて来た黒衣の男は、この男の部下であり、この盗賊達の見張り役なのであった。

「ああ、そう言っただろう?その代わりにお前達は俺に力を貸す、そう言う約束だったはずだ。」

 声からすると、男のようであったが、魔術で変えている可能性も考えられた。

「ちっ、わーってる。で、場所はつかめてんだろうな?さすがに俺達も場所もわからねぇが襲撃しろなんて無理だぜ?」

「ああ、それはすでに判明している。後は……」

 そう言ってフードの男は小さな石を机に置いた。

「あのガキに渡しておけ。結界を破壊するのに使わせる。」

「どーやって使わせんだよ。さすがに破壊しろ、なんて単純に言った所で絶対に拒否るぜ?」

 渡す事は出来ても、これが何かを説明すればまず間違いなく彼は拒絶する。よしんばここで頷いたとしても、即座に公爵家に申し出て逃げるだろう。少年がそれぐらい頭が回ることは、親分とこの男は数度の逢瀬から理解していた。

「恐らくすでに公爵家にはお前達との繋がりはバレているだろうな。次に来た時にバレてるってことを匂わせて、その後で緊急脱出用とでも言って持たせておけ。それを利用して、あいつにこれを使わせて結界を破壊。混乱に乗じてお前達に合流するように持ちかけろ。その後のガキの処分は任せる。売るなり殺すなり何なり好きにしろ。」

「ふん。まあ、顔はそれなりに可愛らしいガキだ。物好きが高値で買ってくれるだろうよ。」

 親分はそう言って買い取ってくれそうな貴族のリストアップを始める。こうでもして一儲けした気分にならなければ、今の自分の現状に苛立ちが抑えられなかった。

「そうか、まあ好きにしろ。では俺は奴が次に来る日にまた来る。」

 そう言って、男は再び闇に紛れて消えた。後に残るのは、彼の部下の黒衣の男だけだ。が、彼も直ぐにいなくなる。二人がいなくなった事を確認した親分は苛ついた顔で酒を煽った。

「ちっ、まじでついてねぇぜ。伯爵領でいきなり盗賊討伐がされ始めたと思ったら、今度はこれだ。」

「討伐隊長があのカラトとキーエスっすからねぇ。」

 二人はようやく偽らざる本心を吐けるようになり、忌々しげに吐き捨てた。レーメス伯爵領において、数少ない良心と言われる二人である。二人は腐敗が甚だしい伯爵家において高い地位にありながら清廉潔白で賄賂も受け取らず、盗賊たちを見過ごすこともなかった。戦力で劣る盗賊たちは逃げるしか無かったのだ。

「それでわけの分からねぇ奴に助けられて逃げてみれば今度はマクダウェル公爵領だぁ?こっちの方がまずいじゃねぇか。」

 二人は酒が呷った事で愚痴が弾む。

「なんたって賊に一切の容赦が無い公爵家っすからねぇ。俺も始めは死んだかと思ったっすよ。」

「これで奴の逃げ道ってやつが嘘なら俺たちゃお終いだな。」

「ほんとに逃げ切れるんすかねぇ……」

「知るかよ。」

 二人は忌々しげにやけ酒を呷るが、一向に酔える事も無い。そうして二人が一向に酔えない酒を呑んでいると奥から少年が戻ってきた。

「ふぅ、スッキリした。」

「お、小僧もう帰んのか?」

 さっきまでとは打って変わって、親分が親しげな笑みを浮かべる。勝手気ままに生きたいが故に盗賊に身を落としたのに、こうやって演技をしなければならないが現状に、苛立ちが募るのだった。

「長居したら怪しまれるからね。今日は学園の方から脱出して来たし。彼にも言われちゃったしね。」

 そう言って指差すのは、先ほど消えた筈の少年をここに案内した黒衣の男だ。

「それもそうだな。おい、送ってやれ。」

 そうして、少年を連れて来た黒衣の男に送っていくように命令する。そうして少年は去っていった。

「ちっ、マジでこの子守が功を奏してくれる事を祈るぜ。」

 彼が心の底から祈るように呟いた言葉だが、それが報われることは当然、無かった。




 そうして翌日の朝。カイトにはこの日に加え、何日分が纏められた映像がステラの手の者から上げられていた。なので、カイトとティナ、ユリィの3人は朝早くから今は冒険部の部室代わりとなっている会議室でその映像を確認していた。

「はっ、勝手にほざけ。」

 そうして、使い魔によって録画された盗賊たちと少年が映った映像を見たカイトが、忌々しげに吐き捨てた。

「あたり、じゃな。あのフードの男はレーメスの手の者じゃな。」

 同じく映像を見ていたティナが、そんなカイトを呆れるように言う。彼女の方はカイトとは違い割り切れているので、別段特に何も思っていない。

「それ以外に居ないだろう。」

 カイトが苛立ち混じりでティナの言葉を肯定する。本来ならば、今あの映像の中の民草を救う事も出来る。が、カイトはそれを策略からしない。今後を考え、今一時の感情を抑えているのである。

 ちなみに、フードの男は幾重もの魔術で隠蔽していたのだが、彼程度の実力ではここに居る者達を騙すことは出来ない。いや、それ以前に彼らを騙せる者なぞ皇国には居ないだろう。

「アル達にも少々苦労を掛ける事になるな。」

「まあ、しょうが無いんじゃない?彼らはカイトの部下だもん。この程度を苦労と思ってちゃやってけないよ。」

 同じく映像を見ていたユリィが冗談めかして笑う。が、その身に宿った魔力はまるで抑えつけられているように荒れ狂っていた。彼女とカイトは皇国史上最も悲惨な時代を旅した経験から、かなりの数の悲劇を目の当たりにしていた。それ故、二人は賊の存在をどうしても、許容出来ないのである。二人して、理性さえ許せば、今直ぐにでも皆殺しにしに向かうだろう程の怒りであった。

「そうじゃな。カイトの部下であればこの程度は序の口じゃろう。」

「どういうことだよ?」

 二人して同じように言われてカイトが苦笑いしながら問いかける。その冗談で、カイトとユリィは毒気を抜かれる。

「で、どうするのじゃ?」

 二人の怒りを鎮められた、それを理解したティナがカイトに問いかける。

「どうするもこうするもない。ただ来た所を一網打尽にするだけだ。そのために手は打った。奴らが動きそうな日時もわかってるしな。」

 そうして幾つか三人で相談していると、桜達がやって来た。

「おはようございます。三人とも、今日は早いですね。」

「ああ、おはよう。少しやることがあったからな。」

 カイトは桜に気付き、苛立ちをなるべく消した笑顔で出迎える。自分の成している事である以上、まかり間違っても彼女らに当たる事だけはあってはならなかった。そうして桜と話していると、何時の間にかアル達公爵家の面々も含めて全員が集合した。

「じゃあ、今日は各自鍛錬を積むか。」

 一旦は依頼待ちと依頼を受ける面子で分けることも考えたのだが、今後はこの場の全員で出陣する可能性も有り得る。なので、今日は部活を一旦休みとして、連携力を上げるため、全員で集合して訓練を積むことにしたのだ。そうして外に出ようとすると、一人の少年が入ってきた。彼はカイト達が監視させている、一年の少年であった。

「えっと、今日はやってますか?」

「……ああ、大丈夫だ。」

 一瞬、苛立ちと怒りを抑えられずカイトは冷酷な顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。

「少し相談があるんです。」




 少年と共に再び部室に戻った一同は、取り敢えず相談内容を確認する事にする。

「実は、こんなものが送られてきて……」

 そう言って少年が差し出したのは一枚の手紙。それは数日前にカイトが送らせた、簡潔な忠告が書かれた手紙であった。

「これは……また、悪辣ですね。」

 その手紙を見た桜がそう言う。更に瞬が続けて少年に質問した。

「何か心当たりはあるか?」

「……ありません。いきなりこんな手紙が来たものだから、怖いんです。それで、護衛をお願いしたいな、と。」

 桜を筆頭に何人かがこの言葉を嘘と見抜いたが黙っていた。

「それは、本当か?」

 カイトが少年の眼を見てそう言う。少年はその眼に宿る冷酷な光に気付いて気圧されたのだが、それを押さえ込んだ。

「……はい。」

「分かった。では……菊池先輩、申し訳ありませんが、少しの間、学園での彼の護衛を頼んでもよいでしょうか?あと、君は……ああ申し訳ない。名前を聞いていなかったな。オレは知っているとは思うが、冒険部部長天音 カイトだ。」

 すでにカイトは少年の情報を入手しているのだが、初めて会うので一応自己紹介しておく。普通ならば柔和な笑顔で自己紹介してもよかったのだが、事情が事情として、真剣な表情の方を選んだ。

「あ、すいません。卯柳俊樹です。一年D組です。」

「君は当分は街へは行かない事。安全が確認されるまでの辛抱だが、我慢してくれ。」

「はい。では、先輩、菊池先輩、お願いします。」

「ああ、俺もこんな卑劣を許しては置けない。早めに犯人を見つけてくれ。」

 実は、少年の嘘は結構な数の冒険部の生徒に見抜かれていた。それ故、カイトはこの中で少年の嘘を見抜いていない面子の中で最も年上の菊池に頼んだのである。外面的には年長者に護衛してもらった方が安心できるだろう、ということである。

「じゃあ、行こうか。」

「はい。」

 そう言って少年は即答し、出て行った。すでにカイトが得た情報によれば、レーメス側はこの展開を予想している。その上で、此方に何もないと安心させる策であった。

「嘘、でしたね。」

「ああ、何かあるな。」

 そうして少年が出て行った事を確認し、少年の嘘を見抜いていた桜と瞬がそう言う。

「カイトくん、どう思いますか?」

 気づいていたであろうカイトに意見を聞こうと問いかける桜だが、カイトは悲しそうにしていた。

「オレは最後の警告もしてやったからな。」

 本来は有り得ないはずの警告である。それ故にカイトは悲しげに呟いたのであった。たとえ怒りを抱いていようと、彼は自分よりも一回り近くも年下の少年なのだ。憐れみを感じるのは、致し方なかった。

「え?」

 何かを呟いた事はわかった桜だが、何を言ったのかまでは聞こえなかった。単なる独り言、と思う事にしたらしい。

「ん?ああ、桜、どうした?」

「え?……さっきの彼が嘘をついていた事について、どう思いますか、と……」

「あ、それどういうことだよ?」

 同じように気づいていない翔が尋ねる。

「ああ、それは……」

 と分かっていなかった面子に対して説明をしつつ、今後の作戦を立てていく冒険部の面々であった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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