第124話 交流―楓達の場合―
菊池と別れて別の掲示板を見ていた楓達。こちらも同じように何かいい依頼は無いか、と探しているところだった。
「……無いわね。そっちはどう?」
自分が見ていた掲示板には良い依頼が無かったので、楓は由利とソラに話しかける。
「うーん、無いねー。」
「ああ、無いな。……お?これ……」
そう言ってソラが一枚の依頼書を手にとった。
「それがどうしたの?」
そう言って覗き見る楓。それに続いて由利も覗き見る。
「依頼料は低いわね。」
「ああ、だから誰も受けなかったんだろ?」
「うーん、じゃあ私達で受ける?」
「ああ、そうしようぜ。」
「取り敢えずは皆と相談してからよ。」
そう言って他の面子と相談した結果。了承を得られた為、楓が受付へ行き、依頼を受領する事になった。
「これ受けます。」
楓は受付に受諾を宣言する。
「ん?ああ、これか。すまねぇな。こんな低額かつ街の外での捜し物だから、あんま受ける奴いないんだよ。そういうの受けてくれるのは公爵家のステラ様達ぐらいでよ。昔公爵様がたまの休日にはこうした依頼を受けてくれてた事を引き継いで、金銭にかかわらずにやってくださってるんだよ。」
そう言ったのはライル。少し済まなそうな顔をしていた。ちなみに、カイトは公爵としての書類仕事で溜まったストレスからの逃避で職務放棄して依頼を受けていたのだが、その結果公爵としての評判を高める結果となり、以後家臣団が引き継いで定期的に続けられているのである。
「ええ、だから私達が受けようかな、って。」
「そうか。ソラ、お前もありがとよ。そっちの嬢ちゃん達も。ティーネさんもありがとう。」
「おう。」
「いいよー。」
「ええ、私も公爵家の一員だからね。住人の為なら、このぐらいどうってことないわ。」
そう言って一同はユニオン支部の建物を後にして、東町に近い所にいるという、依頼人の下に向うのであった。
「と、いうことで、おねがいします。たいせつなものなんです。」
そう言って頭を勢い良く下げるのは、年端もいかない少女だ。彼女が今回の依頼人で、年端もいかない少女だからこそ、依頼料が安くなってしまったのである。そうして、少女と話していた楓を見て、ソラと由利が小声で話し合う。他の面子も似たように小声で話していた。
「あれ、誰だよ。」
「さぁ、わかんないー……」
「ええ。私達に任せて。」
そう言って誰も見たことのない様な笑顔で微笑みかける楓。さすがに幼い少女の前で、いつものクールフェイスを浮かべるわけではないのであった。で、それを見たソラ達が、有り得ないという顔をしていたのである。
「じゃ、行くわよ。」
そうして、楓が幾つかの質問をした後、全員に号令を掛ける。少女が去っていったので、楓はいつものクールフェイスに戻っていた。
「で、結局どんな物を探すんだ?」
「髪飾りよ。このぐらいの。ピンク色の花の意匠あしらわれた髪飾りらしいわ。」
生徒会所属の男子生徒が楓に捜し物の詳細を尋ねる。其の言葉に、楓が指でおよそ5センチ程度の大きさを作る。
「気になる男の子から貰ったんですって。で、少し前に街のすぐ外で薬草を探した時に落として、そのまま気づかなかったそうよ。遊び疲れたんでしょうね。」
楓はそう言って、優しそうに微笑む。どうやら彼女は意外とこども好きなのだろう。子供相手にする時は、この笑顔を浮かべている事が多かった。
「そっかー、じゃあ、見つけてあげないとねー。」
「ま、頑張るか。」
ソラと由利がかなり微笑ましそうに笑う。二人共年下に仲の良い弟妹が居るのだ。幼い頃の弟妹を思い出し、穏やかな気分になっていた。そうして、出発しようとした一同に後ろから声が掛かった。
「あら?楓にソラ、由利じゃない。冒険部の面々も今日はこっちで活動?」
「あら、皐月。あなたも今日はこっち?」
「ええ、そうよ。カイトは……居なさそうね。」
『まあ、監視はしてるがな。』
そう言ってカイトが皐月に念話で話しかける。
「きゃあ!」
いきなりカイトに話しかけられたことで、皐月は思い切り飛び上がる。そうしてぶんぶん、と首を振って周囲を確認する。
『あはは。オレはここには居ないがな。上に飛んでる蒼い鳥がオレの監視用使い魔だ。』
その言葉に、皐月は上を見上げる。そこには確かに蒼い鳥が飛んでいた。少し離れたところにもう一匹同じ鳥が飛んでいる。
「あんたねぇ……心臓に悪いわよ。」
『いつも驚かされてばかりじゃ、割に合わんさ。』
悪戯っぽく楽しそうな声が頭に響くが、周囲の面々はいきなり皐月が独り言を始めたようにしか見えず、訝しんでいた。
「……あ、もしかして、カイトか?」
「ああ、なるほどー。」
ソラと由利はカイトの性格と正体を知っているので、カイトがどこかから見張っていてもおかしくないとの考えに至ったらしい。それを聞いて楓も納得した。
「って、あんた、ソラ達にも話し聞かせてないってどういうことよ!」
皐月が他の面々には聞こえていない事に気づき、小声で怒るという器用な芸当を行う。
『ああ、別に必要なかったからな。』
「これじゃ、私が変人みたいじゃない!」
『女装してる時点で普通じゃない。』
「っつ、それはそうね……」
一応普通ではないという自覚はあるらしい。妙な納得と共に、怒りを引っ込めた。
「それはそうとして……私達にも監視つけてるわけ?」
『いや、お前達にはきちんとお目付け役いるだろ?今回は初めてのパーティ編成ということで、念には念を入れただけだ。ティーネ達も組んだことのない奴もいるからな。万が一は無くとも億が一があるかもしれん。』
「相変わらず心配症ねー。」
カイトの性格をその実最もよく知っている皐月は、この分だと他にも居るのだろうと思い、苦笑混じりに笑った。
『まあな。公爵なんぞやってると心配の種はつきんからな。こんな性格にもなるさ。じゃあ、オレはもう引っ込むぞ。』
「そ。また学園で会いましょう。」
『ああ、じゃあな。』
此方では何ら問題なく話が終了したので、カイトは安心して念話を遮断する。
「カイト、なんだって?」
「なんでもないわ。単なる雑談。」
そう言って本当になんでもないという感じで手を振る皐月。事実なのだからしょうが無い。カイト程ではないが皐月の性格を知るソラと由利はそれを真実と見て取って、ならいっか、と流す事にした。
「ふーん。で、そういえば皐月はなんでここにいるんだ?他の面子は?」
「ああ、私は買い出しの帰り。他の面子も半分は同じよ。残りはあそこ。」
そう言って皐月が指差す方を見ると、そこには見知った冒険者達と、一般市民に偽装した天桜学園の生徒達が居た。その姿に気付いたソラがとあることを思い出したので、少し気になって尋ねてみた。
「ああ、今日から自由行動が許可されたんだっけ?今日はそれで街の案内か?」
「ああ、違うわよ。一年の子が偶然知り合いと会ったみたいでね。美味しい店やら何やら教えて欲しいって言われて教えてたのよ。で、残りの二、三年の面子は冒険のための買い出しってこと。私は買い出しが終わって、偶然あんた達にあった、ってわけ。」
「ああ、それなら一応東町にはいかないように念を押しておいて。一応すでに注意は通達されてるはずだけど。念の為。」
「……ああ、あそこは風俗街だっけ?わかったわ。」
楓に忠告を依頼された皐月は少し考えこんで、東町がどういう場所なのかを思い出す。ざっくばらんな言い方だが、間違ってはいない。そうして、東町は風俗街で少し治安が悪いという理由もきちんと知っていたので、迷いなく頷く。
「ええ、そういうこと。別に禁止するわけじゃないんだけど……さすがにね。」
別に学校として行くことを禁止しているわけではなかったのだが、公序良俗に反する、ということで暗黙的に禁止されている。ちなみに、カイトやソラ達は学園の東町での活動の調整から幾度か東町には足を運んでいるが、店には入ったことは無かった。まあ、女性陣も一緒なのだから仕方がない。
「りょーかい。じゃあ、行くわね。」
「ええ、お願いね。じゃあ、私達も行くとしましょうか。」
「じゃあ先にお昼買った方がいいんじゃないかなー?」
「……そうね。外で小さな物を探す依頼だから、時間掛かるかも。どこにする?」
「うーん、私達はこういう時いつも西町の酒場にしてるけど……」
「そ、ならそこでいいでしょ。」
そうして一同は一路、昼食を調達することにするのであった。
「いらっしゃいませー!って、今日はソラさん達ですか?」
そう言って出迎えたのはミレイであった。
「今日は早いですね。」
時計を見てミレイが少しだけ訝しむ様に尋ねる。時刻は11時になった所だ。まだ昼にはかなり早い時間である。
「これから依頼で外に出ようと思ってー。」
「じゃあ、パンの方がいいですね。てんちょー、パン出来てますかー!?」
「おう!ちょっと待ってろ!……おし!」
そう言って店長が棚にパンを並べていく。どうやら焼きたてらしく、いい匂いが漂っていた。
「くぁー……ウマそう……」
まだ朝食を食べて少ししか経っていないのに、ソラは腹が減ったらしい。が、実は彼だけでなく、瞬麾下の運動部所属だった生徒達も密かに口端からよだれが垂れていた。
「いい匂いー……ねえ、楓ー。」
「ダメよ。戦闘があるかもしれないじゃない。お腹いっぱいの状態で戦うの?」
「でもよ、腹が減っては戦はできぬっていうじゃん。」
「ねー。」
ソラの言葉に同意する由利。二人に加え、その意見に同意する生徒数人が顔を見合わせて頷き合っていた。
「な。」
「はぁ……他に食べたい人。」
しょうが無いので楓は他の面子にもパンが食べたいか聞いてみることにした。
「……全員ね。ミレイ、悪いけどパンを人数分食べてからにするわ。」
「毎度ありがとうございます!じゃあ、お席にご案内しますね!」
「おう、毎度あり!」
一同の様子を面白そうに見ていた店長もそう言うや、即座に奥に引っ込んだ。そして一同はミレイに案内されて席に着いた。
「やっぱり、焼きたてのパンは美味しいねー。」
「このモッチリ感がなんとも言えねぇ……」
そう言って本当に美味しそうに食べるソラと由利。二人共選んだのはただの食パンだった。しかし、焼きたてとあって湯気が出てもっちりとしていた。
「あなた達、本当に美味しそうに食べるわね。」
「そういえば、ソラと食べるとこっちが気持ちよくなる食べっぷりだったわね。由利は嬉しそうに食べるし。」
冒険部発足から部室で一緒に食事を摂っていたティーネが少し楽しげに告げる。それを聞いたソラは、少しだけ照れくさそうにしているが、由利の方はそれを嬉しそうに認めた。
「私は作るのも好きだけどねー、やっぱり食べるのも好きだよー。」
「あら?ならなんで家庭科部に所属してなかったの?」
「趣味程度だからねー。睦月ちゃんには勝てないよー。」
「でも普通に由利の飯も美味いよなー。お菓子作りは睦月が時々聞きに来てるじゃん。」
ソラが絶賛する。実はソラ達は普通に各家に集まることもあり、時々由利の手料理をごちそうになっているのであった。特にティナが由利の作る洋菓子を大層気に入っており、由利のお菓子の為なら本気で国を滅ぼしかねない程である。餌付けが成功していた。
「あははー、ありがとー。」
そう言って嬉しそうに照れる由利に、ティーネが少しだけ興味を覚える。実年齢117歳の彼女だが、精神的には見た目相応の少女のそれと変わりはない。こんな武張った所に所属しているが、彼女とて普通に甘いモノは好きであった。
「ふーん、じゃあ、今度私にもごちそうしてよ。」
「あ、俺もまた食べたい。」
「いいよー。あ、でも何作ろう……こっちに何の食材があるかわからないなー……」
「別になんでもいいわ。食材ならカイトさんに頼めばいいんじゃない?」
「ついでにキッチンも頼んでおけば完璧かなー。」
ティーネの薦めにしたがい、由利が幾つかプランを練り始める。まあ、カイトも由利の手料理は気に入っているので、お礼は食事に招待すれば大丈夫だろう。そうしている内に、全員がパンを食べ終わった。
「ごちそうさまでした。」
そうして一礼し、会計を済ませた一同。更に昼食用のパン類を受け取って外に出る。
「じゃあ、今度こそ行きましょう。」
更に街の外に出て行った一同。その日は夕方まで掛かって、なんとか髪留めを見つけることが出来たのであった。
ちなみに、さすがに広大な草原の中から5センチ程の髪飾りを見つけ出すのは少々工夫がいる。3時間ほど探してそれに気付いた楓達であったが、気付いたからと言って、彼女ら技量だけでは如何ともし難かった。なので実は最初からそれに気付いていたティーネの魔術に最終的に頼る事になったのだが、それは省く。
「ありがとうございます。」
そう言って嬉しそうに頭を下げた少女を見て、全員心が満たされたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2017年2月11日
・誤用法修正
『根も葉もない』→『ざっくばらんな』に変更しました。