第121話 特訓―魅衣&瑞樹―
カイトがマクスウェルで弥生と睦月を案内して数日後。カイトはかねてからの約束通り、魅衣と瑞樹の特訓を行っていた。今行っているのは、異空間での実戦形式の特訓である。
「はぁ!」
気合一閃に瑞樹が斬りかかるが、カイトには全く当たらない。横薙ぎに振るった両手剣だが、簡単にバックステップで避けられたのだ。
「それなら!」
瑞樹の攻撃が軽々と避けられたので、今度は魅衣が連撃で牽制していく。
「はっ!」
カイトが避けた瞬間を狙って瑞樹が追撃を仕掛けるのだが、これはカイトが軸をずらすだけで易々と避けられる。明らかに魅せプレイ、手を抜いているのがわかる避け方であった。
「遅いな。」
そうして、防戦一方に見えるカイトだが、刀を腰に佩びているものの、抜く気配はない。
「あんたちょっとは本気でやりなさいよ!」
尚も連撃を繰り返す魅衣。カイトが一切刀を抜く気配が無い事に怒り心頭だった。が、これこそがカイトの狙いで、瑞樹はそれに気付いた。
「魅衣さん!乗せられてますわ!」
魅衣が更に突撃を敢行しようとしたので、瑞樹が横から割って入る。強引に割り込むことで、魅衣の突撃を防いだのである。
「ああ、気づいてたのか。感心感心。」
カイトが楽しげに笑みを浮かべる。割って入った瑞樹が斬撃を繰り出したので、余裕でそれを避ける。実はカイトは魅衣の突撃に合わせてカウンターを繰り出すべく刀の鞘に手をかけていたのである。
「っつ!」
熱くなっていることに気付いた魅衣が一旦距離を取る。そして深呼吸を一つ吐いた。
「良し!もう一回!」
「はぁ……」
何度攻撃を躱されても戦意を失わないのは良いのだが、そろそろ単調になってきたので、カイトは飽きてきていた。なので、そろそろ終わりにすべく、口を開く。
「そろそろオレからも攻撃するぞ?」
そう言うや刀を抜き放ち、魅衣との間合いを詰める。
「ちょ!はや!」
一瞬で目の前に現れたカイトが放った初撃を、魅衣はなんとか回避することに成功する。
「ほう。避けるか。」
「当たり前でしょ!」
「ここですわ!」
カイトの攻撃を隙と見た瑞樹が後ろから攻撃を仕掛けたのだが、逆に後ろに回りこまれてコツン、と頭を軽くこづかれる。
「それは残像だ……後ろなら見えてないと思ったか?」
「はい、瑞樹失格ー。」
小突かれた瑞樹を見て、審判役のユリィが旗を揚げる。ちなみに、一応カイトの失格の旗も持ってきているが、使うことは今まで無かった。
「あつっ……また負けですわ……」
失格判定を貰った瑞樹は、ユリィの魔術で強引に戦場から離脱させられる。今回の特訓ではお互い一撃でも直撃を貰えば負けになっており、カイトはハンデで刀一本以外は使わない。更に、最大出力は瑞樹の最大出力の7割にまで制限している。
「あ!……こうなったら!」
火力の高い瑞樹が戦線離脱してしまったため、腹をくくった魅衣。手に持ったレイピアに魔力を集中させる。
「<<ホワイト・アウト>>!」
魅衣がそう言うと、一気に6本の純白のレイピアが現れる。最近カイトに教えてもらった氷で擬似レイピアを生み出す術である。
「いっけぇ!」
魅衣が叫んで突きを繰り出すと、それに合わせて氷のレイピアもカイトへと突き出される。まだ魅衣には個別操作は無理であった。しかし魅衣はここで一工夫凝らしてきた。
「爆ぜなさい!」
魅衣がそう言うと、カイトへと突出された氷のレイピアが一気に破裂し、無数の礫に変わる。個別操作は無理でも、なんとか破裂させることは出来たのである。
「ほう。ならば……」
そう言ってカイトは一度刀を鞘に納める。
「四技・花<<桜の太刀>>。」
そう言ってカイトが居合い斬りを放つと、斬撃が一気に分裂し、無数の小さな斬撃に変わる。
「ここよ!」
魅衣は突くと見せかけて氷の礫を目眩ましにして、一旦下がり、カイトの攻撃範囲から離れていた。カイトが<<技>>を発動して迎撃するのを見越して、その隙を突こうとしたのである。
「それはなかなかにいい迎撃だ。」
カイトは魅衣を賞賛すると、左手を鞘から放す。そして魅衣のレイピアを指で挟むようにして止めた。
「……は?」
必勝のタイミングと見て取った一撃を指だけで止められ、呆然となる魅衣。その隙を見逃すカイトではない。
「きゃ!」
いきなりレイピアがカイトによって引かれ、思わずたたら踏む魅衣。カイトに抱きつくような姿勢となるが、その直前でカイトに両肩を掴まれる。
「って、え?」
コケる、そう思っていた魅衣だが、カイトによって強制的に直立不動の態勢を取らされる。
「はい、終わり。」
こちらも同じくコツン、と頭を小突いて終わらせるカイト。本日三戦目もカイトの圧勝で終了した。
そうして三戦目も終了し、一旦休憩を取ることにした4人。4人はカイトが出現させたソファに腰掛けた。
「納得いきませんわ……」
「あんた絶対出力上げてんでしょ……」
二人が不満そうにそう言う。瑞樹と力で打ち合えばカイトが勝ち、魅衣と手数で競えばやはり、カイトが勝つのである。そうして二人共得意分野で負けたので、納得出来ずに三戦目になったわけである。
「何の意味があるんだ……」
「勝つために決まってんでしょ。」
魅衣は今だ憮然としない様子だ。ちなみに、カイトはそこまでして勝とうとは全く思っていない。と言うより、自身の動きを見せる事で、今の彼女たちの基礎能力だけでもこれだけ出来るのだと言うことを知ってもらう為にやっているのだ。出力を上げては意味が無かった。
「はぁ……取り敢えず二人共魔力の操作がまだなっていない。瑞樹の攻撃にオレが撃ち勝てるのは単に一点集中で攻撃力を高めているからだ。」
瑞樹の攻撃が広範囲の面攻撃ならば、カイトの攻撃はほぼ線である。瑞樹の攻撃が押し負ける、いや、この場合は切り裂かれるのも無理は無い。
「じゃあ、私は?」
「単純に攻撃が軽い。今度はオレが範囲攻撃で押し勝てる。」
魅衣の場合は点攻撃でもカイトの範囲攻撃の威力に押し勝てず、競り負けてしまうのだった。
「じゃあ、どうしろってんのよぉ……。」
魅衣は落ち込んだ様子で体育座りになり、膝を抱えて頭を乗せ、ソファにコテン、と横向きに倒れこむ。スカートの中身がカイトの位置からは見えているのだが、気づいてない様子だった。
「魔力操作を覚えろ。もっと上手に魔力運用できるようになれば……」
カイトは指先だけに魔力を集中させる。すると、直径1センチ程度の魔力球が指先に現れた。
「と、いう風に出来るようになる。これは魔力を圧縮した状態だ。これで魅衣の一度に放出できる魔力の半分程度だな。」
カイトはそのまま魔力球を指で押し出すように少し遠くの地面へと放出する。地面に衝突した魔力球は轟音を響かせて爆発し、地面に半径2メートル程度のクレーターを作った。ぽかん、となりながら、魅衣が呆然と呟いた。
「……は?何なのよ、その威力……」
「あれを私がやろうとすれば……もっと巨大になりますわね。」
瑞樹が自分にできる大きさを思い浮かべる。瑞樹が同じことをやろうとすると、直径50センチ程度の大きさの魔力球が必要だった。二人はカイトとの実力差にため息しか出ない。
「まあ、あまりに小さすぎると、今度は威力が弱くなるからな。これは魔力操作の一環と思っておいてくれ。」
「これは一瞬で魔力をどこまで集めれるか、っていう訓練だからね。時間を掛けていいなら、私だってカイトの出力に匹敵する魔力は集めれるし、魅衣や瑞樹でもあの大きさに出来るでしょ?」
「それは……そうですわね。」
ユリィの補足説明に、瑞樹が納得したように頷く。そう、時間を掛けさえすれば、誰でも出来る。が、これを戦闘で使えるかどうかは、また別だ。
「時間ってどのぐらい掛かるの?」
「んー……大体丸一日。」
「……時々思うんだけどさ、あんたほんとに人間?」
人間種よりも魔力の扱いに長けた妖精族の中でも最も実力のあるユリィをもってしても、一日がかりの出力である。魅衣が疑いたくなるのは無理がない。
「何故そうなる……」
「いや、あんた実は魔族とかじゃないの?」
明らかにぶっ飛んだ出力なのだ。魅衣の言葉は瑞樹にもよく理解出来た。が、
「いや、まあ、龍族の血に目覚めたとかウンタラカンタラがあるんだが……」
「なんですの、それ?」
明らかに言い澱んだ言い方のカイトに、瑞樹が訝しんで突っ込んでみる。
「あー、まあ、隔世遺伝みたいな物だ。先祖の力を使いこなせる様になった、と言うわけだ。」
「そんな事が起こりえるんですの?」
カイトがどこかはぐらかすような言い方をしているのだが、瑞樹はそれ以前に気になる事があったので、そちらに興味惹かれたらしい。
「ああ。実はハーフなんかだと、親世代だから特に起こりやすくてな。オレの場合は色々あって覚醒した、というところだ。」
「私達には起こらないの?」
「さあ……二人がどこまでの血の濃さなのかがわからないから、はっきりとは言えないな。」
「ねえ、隔世遺伝って何?」
と、そんな3人の化学的知識を用いた会話についていけなかったユリィが問いかける。
「あー、なんと言いますか……そうですわね。ユリィさんにわかりやすく説明すると、先祖返り、といった方が良いのではないでしょうか。」
3人には一般常識程度には遺伝学の知識があったため理解できたが、ユリィにはそんなものは無い。なので瑞樹は少しだけ申し訳無さそうになるべくユリィにもわかるだろう言葉を選んだ。
「ああ、そういうこと。先祖返りは時々起こる事だよ。まあ、二人の実家がかなり濃いなら、起こりえるかもね。」
「そうなの?じゃあ、もし覚醒したら、何が起きるの?」
ユリィも認めたので、魅衣が若干興味深げに問いかける。そうして、休憩時間が流れていくが、二人はある事に気付いていない。実は、カイトとユリィによって、カイトの力の源流の話から逸らされていた、ということに。
そうして休憩が終わり、更にもう一度3セットの実践訓練の後。カイトが休憩を入れて口を開いた。
「さて、休憩はここまでだ。次は武器技の訓練だ。」
「うへぇ……」
「これは、早まりましたわ……」
大本を正せば瑞樹がカイトに依頼した特訓であるのだが、あまりの実力差に二人共そろそろ心が折れそうだった。
「まあ、魔力量は上がっているんだから、スタミナは上がっているさ。あとはそれを如何に上手に、効率的に運用できるようになるか、だ。……と言うか、そうしないと武器技が使い物にならないしな。」
カイトは休憩を終了しようとするが、その前に瑞樹が魅衣に質問した。
「そういえば……魅衣さんは何を練習していらっしゃるんですの?」
魅衣の使用武器はレイピア。瑞樹はレイピアを持っていた有名な神話は知らなかった。
「神話に無かったらしいわ……で、結局カラドボルグ?っていう武器を最終目標にすることに……」
そう説明した魅衣に対して、カイトが少し苦々しい顔をする。
「すまん……あまりオレが一神教と仲良くなくてな。あっても知らん可能性もある。まあ、そうでなくてもレイピアの発祥は一説には16世紀付近の欧州だからな。他の神話に語られることも無かっただろう。」
カイトが若干済まなさそうにしながら、頭を掻いた。16世紀頃になると、欧州では銃が発達し始め、更には冶金技術が発達した為、剣は護身具や決闘用の使用が主であった。そこで、鎧の隙間を貫通する事を目的とした剣―つまりはレイピアなど―が、開発されたのである。当たり前だがこの頃になると神話は終わり、伝説の武具達は伝説の中に消え去っていたのである。
「カラドボルグですの?ケルトのフェルグスの剣?」
瑞樹はどうやらカラドボルグを知っていたらしい。カイトに問いかける。フェルグスとは以前瑞樹達に語ったクー・フーリンの好敵手である。
「それとヌァダの魔剣だな。まあ、さすがにモチーフはフェルグスの方だが。何方にせよ稲妻を生み出す技にしておいた。魅衣には突破力をもたせようと思ってな。まあ、今は練習用に比較的簡単な<<光焔剣>>を練習させている。」
そう言ってカイトが<<光焔剣>>を創り出す。
「切れ味抜群勝手に抜ける、お手軽防御兵器として使えるだろう。前線で一撃を貰えば危ない魅衣には、丁度いいだろ。」
カイトは創り出した剣を消失させた。と、そんな風にスラスラと神話が出て来るカイトに、魅衣がちょっとだけ興味を抱き、質問する。
「そういえば、あんた結局どの程度の神話を網羅しているわけ?」
「まあ、普通に一般的な神話……そうだな、日本神話を始め、仏門、それの根源に近いインド神話群とは知り合えてるな。これはオレが日本人であることが大きい。オレの氏神が宇迦之御魂神だからな。その縁を辿って知り合えた。他にも北欧神話、ローマ神話、ギリシャ神話などの欧州での有名所はエリザ達の伝手で知り合って、懇意にしているな。後はこの間瑞樹には言ったが、ヒッタイト……魅衣にはメソポタミアの後の文明と言った方が分かりやすいか?の神話で残っていた神族は仲が良い。」
「そういえば、以前カイトさんは日本に何柱?か移住された、と仰っておいででしたが、どのぐらいいらっしゃるんですの?」
そうして地球の実情を語るカイトに、瑞樹がちょっとした興味で聞いてみる。そうして、カイトから返って来た答えは、二人の予想を遥かに上回っていた。
「えーと、エアを始めとして……100ってところか。噂を聞いて引っ越してきた神も居るからな。」
「結構多いわね!」
「……自分のところはいいんですの?」
二人共多くて10数柱と思っていたのだが、予想以上の多さに半ば呆れ、半ば驚愕していた。
「だから、言ったろ?あれで神族も寂しいんだ、って。訪れるものもなく、祭ってくれる人も少ない……いや、居ないんだ。日本なら八百万ってことで、そこかしこに神様いるからな。一人二人増えた所で問題ない。逆に賑やかになって喜んでいるな。日本で働いている神も多い。時々神々で宴会やったりしてるらしいな。」
どこか面白そうにカイトが語る。ちなみに、カイトもその宴会には招かれていた。その宴会での一発芸は神々が集まる宴会にふさわしくとんでもなくド派手である。と、そんなカイトの語りに、魅衣はどこか人間臭さを見たらしい。
「人間っぽくない?」
そう言う魅衣に対し、答えたのは瑞樹だ。彼女も神話をかなり読み解いたらしく、少しだけ面白そうに告げる。
「ギリシャ神話のゼウス神などはよく浮気をして妻のヘラに嫉妬されている、と伝えられてますわ。かのヘラクレスもそのせいで有名な12の試練に挑んでますし。」
「ゼウスの親父なんか、今でもよく浮気して奥さんに怒られてるしな。インドラはアルジェナに窘められ、カルナに諭されとあっちはあっちで酷い。他にもオーディンは知識欲強すぎで完全に本の虫だ。オレがエアを紹介してからは、よくエアや中米の変神……ゲーデなんかと話している。後は、10月には集まって宴会してるな。神なら参加可能、とか言って今では地球中の神が出雲に集まっている。これが有名ドコロが結構多くて面白い。まあ、オレがかき集めたからだが。神々の数が多い神話ほど、人間じみてるんだよ。」
瑞樹の言葉を引き継いで、カイトが更に現在を語る。ちなみに、人間じみているのには実は理由があるのだが、今は省略しておく。
「といっても、日本国内外の神々同士の交流は主にネットだ。移動の多い神はスマホ、一点に留まることの多い神はパソコンでチャットしてるな。21世紀のこのご時世、電子機器ぐらい神でも使える。」
カイトとティナが中心となって立ち上げたネットワークである。これによって一気に異なる神話での交流が盛んになったのであった。カイトを警戒する一神教の者達といえど、まさか神様がパソコンとスマホで交流するとは思っても居ないだろう。なので、今のところバレては居ない。
「神様がネット、しかもチャット……何か魔術があるんではないのですの?」
オカルトの頂点たる神々がネットを使う、なんとも夢のない話である。瑞樹が引き攣った笑いで問いかけるが、カイトは呆れつつ答えた。
「あのな、通信系の魔術にせよなんにせよ、科学技術と同じで互換性ないと全員には使えないんだよ。で、神話毎に通信系の魔術も異なる……なら、今から統一した規格の魔術を創るより、文明の利器使用したほうが早いだろ?ネットワークも増えてく一方だし。その度に互換性を確認するのも面倒だろ。」
「そうだけど……」
何か納得いかない、二人はそう憮然とした顔をする。
「神様だって別に魔術だけしか使わない、と言うわけじゃないんだ。彼らにも感情があれば、楽したいとも思う。科学技術を使いもするさ。魔力だってタダじゃない。魔術を長く使うと疲れるし、そもそも念話だとログが残らないからな。ログが残る科学技術は馬鹿に出来ないぞ?」
これは彼らの信徒とて唖然となるだろうが、事実、此方の方が良いのだから仕方がない。
「そんなものですか……」
「そんなもんだ……しょっと。」
そう言ってカイトは話に区切りをつけて立ち上がり、特訓を再開するのだった。
お読み頂き有難う御座いました。