第119話 友を連れて
「さて……女4人はほっといて……何か立ち読みしとこ。」
カイトの案内でマクスウェル中央区にある本屋へとやって来た一同。本屋へ入ってすぐ、全員気になるコーナーへと散っていったのである。カイトは少しだけぶらつくと、取り敢えず最近の魔物の出現状況などを書き記したユニオンの会報を手にとった。
「魔物にめぼしい情報は無し、と。次は迷宮の出現状況は……ああ、あそこには新しい迷宮が出来たのか。」
カイトはページをめくりながら、自分にめぼしい情報を集めていく。公爵家の伝手を使っても入手できる情報も多いが、こういった会報等の書籍に掲載される情報も実はバカに出来ない。特に、魔物等の出現情報や、特異な行動に関する噂話などは情報を収集する諜報員達は入手していても、不確定であるがゆえに、カイト達上層部にまでは上がるのが遅れる事があるのだ。
「ん?これは公爵領か。」
そう言ってカイトは公爵領のページを確認する。それは丁度迷宮に関するページであった。
「ほう、北西部の……サスリア?……そこに新しい迷宮が出現したのか。今は冒険者による迷宮ラッシュが始まっている、と。」
サスリアという街はカイトが地球に帰還してから開拓された街であった。それ故にカイトが把握していないのである。
「にしても、結構新しい街ができているな。」
カイトは更にページをめくり、そこに羅列された街の名前をざっと確認していく。そうして、数多くの見ず知らずの街が出来ている事を見て取った。めぼしい街についてはひと通り把握していたカイトなのだが、さすがに全ての街を完全に把握することはまだできていないのである。
「街が増えて覚えるのも一苦労だ……ま、悪くないな。さて、次は……」
カイトは苦笑し、自身の苦労も平和であるが故だ、と納得する。そうして粗方めぼしい情報を入手できたので、カイトは次の冊子に手を伸ばす。
「おいおい……これ、まだ続いてんのか。」
そう言ってカイトが手にとった雑誌は、いわゆる漫画雑誌であった。偶然手にとったのだが、表紙をみて唖然とする。それは嘗て300年前にも刊行されていた雑誌の流れを汲む物であったのだ。そうして、更に中を覗いてみて、カイトの顔が思わず引き攣る。
「げっ……これ、作者は長寿だからいいだろうけど……読者はどうよ?」
すでに第何シーズンなのかは知らないが、カイトが300年前に公爵をやっていた時代から連載していた漫画である。読者の中で何人が連載開始から最終回まで見切れるのだろうか。少なくとも、読者の多くは連載初期を知らず、また、連載最終回を見ないまま死んでいくだろう。
「絵柄も結構変わってるなー……って、主人公変わって無い!コイツら何歳だよ!」
開けてみて懐かしさに読んでみたのだが、絵柄は変わっていた。しかし、主人公とヒロイン等、一部登場人物は変わっていなかった為、カイトが大爆笑する。まあ、同名の別人の可能性もあるが、とりあえずはあり得なかったので大笑いしたのであった。
「お客様、できれば、もう少しお静かに……」
「あ、すみません。」
カイトはペコリ、と小さく頭を下げる。周囲の視線が痛かった。あまりにあまりな事態に、思わず大声を上げてしまい、店員から注意されてしまったのである。その後もカイトは何冊か漫画を立ち読みする。そうする内に他の面子はめぼしい本が見つかったらしく、カイトの所にやって来た。
「あ、いたいた。カイトさん。これ、買いたいんですけど……」
「くっくく……ん?」
「これです。」
ぴょこ、と本棚の影から睦月が顔を出した。そうして睦月が見せたのは、お菓子系統の料理が書かれたレシピ本だった。ちなみに、カイトは別の漫画を読んでいた。もしかしたら皐月達よりも彼の方が一番本屋で楽しんでいるかもしれない。
「レジはあっちだ。財布は……と、オレが持ってるのか。」
今回の渡航はまだ初めてということで、無駄遣いしないように財布は案内役が管理することになっていた。その為、カイトが全員分の所持金を管理していたのである。
「はい。姉さん達もユリィさんも待ってます。」
「おっと、じゃあ行くか。」
更に時計を見れば、かなり時間が経過していた事にカイトが気づく。カイトは大急ぎで読んでいた漫画を棚に片付け、睦月と一緒にレジへと向かった。そうして各々買いたい本を買った一同。買うものも買ったので、本屋を後にした。そして、外に出た所で、カイトは興味本位から全員に買った本を尋ねてみることにした。
「で、全員何を買ったんだ?」
「私はこっちのファッション誌。デザインの勉強をしないとね。」
弥生が買った雑誌を袋から取り出して、カイトに見せる。そこには何人ものモデルと思しき男女が撮影された写真が掲載されており、衣服等の特集も組まれていた。ちなみに、ファッション誌等に使われる紙を含めて、製紙技術はティナがまだ魔王として現役の500年程前に古代文明の遺産からサルベージした物である。なんとか印刷機型の魔道具の解析には成功していたため、古代文明の遺産としては珍しく量産体制が整っており、大戦終結で平和となり、競争が激化した今では雑誌の見た目も地球の雑誌に近くなっていた。
この製紙技術で製作された紙なのだが、合成樹脂等を使用していない筈なのに地球のそれに比べてかなり耐久性のある紙らしい。撮影用の魔道具から映像を紙に印刷出来たり、紙自体が日焼けや水に強い等、かなり魔術的に手間を加えた高度な製紙技術である事が見て取れた。
ちなみに、古代文明の遺産とあって印刷機等の機材の量産は可能でも、どのような紙なのかいまいち解明されていない。地球で化学の知識を得たティナが、なんとか解析してやると息巻いていた。
「私もファッション誌ね。」
「僕はレシピ本数冊です。」
皐月は自身が着る為なのか、モデルなどの着こなし系統が記載された雑誌だ。が、彼女の場合は冊数は一冊だけ。まあ、彼女の場合は定期的に街に来ているので、自分で購入出来るからである。それに対して、睦月はなにかの料理が掲載された雑誌が数冊だ。
「私は漫画ー。続刊出てたからねー。カイトは買わなかったんだ。」
「今のところは欲しい本無かったからな。」
「ふーん。でも、カイト結構漫画読んでたじゃない。あれはいいの?」
買う本を決めた皐月はカイトの近くで漫画を読んでいたので、何度かカイトの笑い声を聞いていたのであった。
「ああ……買う本無かった。」
「じゃ、お願いね?」
と、会話が途切れた所で、神楽坂三姉妹とユリィは買った本をカイトに渡した。渡されたカイトがこてん、と首を傾げる。
「……は?」
「男でしょ?荷物持ち、お願いね?」
「いや、待て!そっちの二人も男だ!」
そういってカイトは皐月と睦月を指さす。その言葉を聞いた周囲の男達が一瞬茫然自失となるが、聞かなかったことにして、そそくさと去っていった。ちなみに、睦月も密かにカイトに手渡していた辺り、彼女?も強かである。
「あら?うちの妹達に荷物持ちさせる気?」
「いや、だから、弟!」
「はいはい、男なんだから、さっさと持つ!」
カイトは有無をいわさない雰囲気を発した弥生を見て、しぶしぶ全員分の荷物を異空間に収納した。小学生時代から躾けられた結果、弥生にはイマイチ逆らえなくなってしまっていたのである。
「……あんた、そんな便利な技できるんだったら始めっから荷物持ちなさいよ。」
それはそれ、これはこれとして無視を決め込んだカイト。異空間と接続する魔力とて無限ではない。
「……で、次はどこへ行く?」
「喉乾いたー。」
そう言って皐月がカイトの腕を取る。カイトは皐月から香る甘い香りに気づき、何故男なのにこんなにいい匂いがするのだろうか、と本気で頭を悩ませる。が、とりあえずは皐月の腕を振り払い、顎で近くの屋台を示した。
「ああ?どっかで買えよ。そこら辺に屋台あるだろ。」
「えぇー、どっかお店入ろー。」
再びカイトの手を取ってねだる皐月。傍から見れば、甘える彼女とそれに辛く当たる彼氏の図なのだが、皐月は意図的で、カイトは無意識的であるがゆえに、気付いていない。
「いいわねぇ。こっちになんかいいお店ないの?」
「ここから近いのだと……北町に行ってカフェを探すか。」
手を引く皐月は無視することにして、弥生の問い掛けに答える。件のお店は歩いて20分ぐらいである。
「ならいっそ帰る?」
そう提言したカイトに対し、ユリィが提言する。公爵邸であれば、歩いて5分もかからない場所である。おまけに並みの店よりも美味しい飲み物がでる。悪くない提案ではあった。
「帰るって……あ、そっか。カイトさんの家は近くなんですか?」
「近くっていうか……すぐそこ。」
「当分帰ってないようだけど、腐ってたとか嫌よ?」
「多分言ったら誰かが用意してくれるよー。」
「じゃあ、案内よろしく。」
「案内といってもあれ何だが……」
腐っているんじゃないか、という問い掛けに答えたユリィに言われた弥生が、カイトを先導させる。が、カイトは案内するまでもなく、街の中心を指さした。
「……あの豪邸?」
「あれでも小さいんだぞ?普通の公爵なら城だからな?」
予想外の豪邸に唖然となった弥生と睦月。カイトが居た頃と同じ外見にされていたので、外装は変わってない……のだが、それでも地球基準ならば、十分に豪邸と言えた。なにせ本邸だけでも天桜学園の校舎並である。当然だが、これが一個人の邸宅と知った学園生達は誰もが一度は二人の様に唖然となる。
「とはいえ、カイトが帰還したから、そろそろ建て替えないとねー。まずはカイトとティナの帰還を陛下に報告して、それから申請だね。」
「ティナの暴走さえなければ、どうでもいい。」
ユリィの言葉にカイトが若干あきらめ気味に呟く。ただでさえ、ティナの研究室が異界化しているのである。ティナが暴走すれば、内部が迷宮化しかねない。自分の家で迷うなぞ、考えたくなかった。
「あ、ティナに言ったら大喜びで設計始めてたよ。なんか、地下発着場とか考えてた。」
「……絶対にオレのところに持ってこさせろ。ヤバイ部分は修正する。」
カイトが真剣な目でユリィに命じる。が、時すでに遅く、一部は改装を開始されていた。現在は地下の飛空艇格納庫と大型魔導鎧の発進用カタパルトを建造中である。公爵邸のプールから飛空艇が出て来る日も近い。ちなみに、ここで起居するクズハはすでにそれを把握しているのだが、ティナによって口止めされていた。
「あんた、本当にあれが自分の家?」
「オレは公爵なんだが……」
そう言って歩いて行く一同。すぐに公爵邸の出入口に辿り着いた。どうやらクズハが会談中らしく、通常は自由に入れる庭園へも入出が禁止されていた。
「お待ちを。本日公爵邸は来客の為、出入りは禁止されています。庭園への入出でしたら、昼以降にお願い致します。」
そう言って門番がカイト達一同の入出を止めるが、その様子を見た執事の一人が、カイトを発見して即座に入門を許可する。
「あ、おい。そのお方はいいんだ。」
「は?」
「お帰りなさいませ。今、門を開門致します。ユリィ様もお帰りなさいませ。」
その言葉を聞いた門番はカイトの側に浮いていたユリィを発見し、最敬礼を行った。そうして、彼は若干内心で冷や汗掻いて頭を下げた。
「申し訳ありません、ユリシア様!」
「いいよー。あ、この娘達は友人だから、通してね。」
「はい!」
そう言って魔導具で来客ありの連絡を屋敷に入れる門番。そうして屋敷に入るまで、カイト達は執事と話し始めた。
「急で悪いな。」
「急なも何も、ご自宅でしょう。そちらは?また女性を連れ帰ったとあれば」
そう言って笑う執事だが、その言葉を遮って悪戯っぽくカイトが告げる。
「ああ、ちなみに、男が二人、女一人だ。そこの所踏まえてくれ。」
「は?冗談でしょう?」
「これが、冗談じゃないんだ。」
「初めまして。カイトの幼馴染の神楽坂皐月です。性別は男です。」
「皐月の弟の睦月です。」
「姉の弥生よ。」
各々自己紹介する神楽坂三姉妹。執事はどう見ても美少女な皐月と睦月を見て呆然と足を止めてしまった。しかし、すぐに置いて行かれそうになっている事に気づき、急ぎ足で追いついた。
「いや、え?男?」
「昔皐月と一緒に風呂入ったことあるオレが保証する。」
あまりに唖然とした顔をするものだから、つい楽しげなカイトが言わなくて良い情報を出してしまう。まあ、当人が気にしていない事もあった。
「へぇー、カイト。それってどういうことかな?」
「は?……男同士なんだから、別にいいだろ?」
「それが皐月じゃなかったらね!」
確かにこれがソラや翔ならば、ユリィも別にここまで反応しなかった。桜と楓は大喜びするだろうが。ユリィの場合は見た目美少女な皐月であったからこそ、怒ったのである。
「あの時は二人して雨の中はしゃいで帰ったら、ずぶ濡れになったんだっけ?」
「そうだったか?なにせオレは地球時間で40年以上前だからなぁ。すっかり忘れてる。」
そうして少し歩くと、直ぐに公爵邸の玄関に到着した。
「では、私はこれで。」
そう言って執事は去っていった。内部へ入ったことのない一同―当然だが、皐月も入ったことは無い―は興味深げに観察しているが、ふと弥生が思い出した様に、カイトに尋ねる。
「そういえば、あんたって実際は何歳なの?」
「確かまだ20代だったんじゃなかったっけ?」
「はぁ!?あんたそんなに年食ってるのにその見た目なの!」
皐月の驚きの声が公爵邸の玄関ホールに響き渡り、メイド達が何事かと注目し、カイトと見るや即座に何事も無かったかのように業務に戻った。
「見た目は自由に変えれる……他にも。」
そう言ってカイトは大人の状態に戻る。そして、次には皐月達三人と出会った当時の姿へと。そうして最後に、再び大人の状態に戻った。
「そういえば、なんで蒼髪蒼眼なんですか?」
睦月がカイトが大人の姿に変わった瞬間、髪と眼の色が変わった事を突っ込む。
「なんで、って……まあ、これは理由あるけど、教えられん。」
「いや、どうせ中二病とかじゃない?こっち来たのって中二でしょ?あの時のあんたって確か……」
「ちゃうわ!一応国家機密レベルだ!」
皐月が知る通り、当時の自身の性格からあまり否定出来ないのであるが、実際に違うのでカイトは思わず関西弁で突っ込んだ。
「あんたの髪と眼が変わった程度が国家機密って……ぷっ、あーはっははは!」
そう言って笑い始める弥生と皐月。睦月も笑いを堪えていた。
「いや、事実だからな!」
「まあ、さすがにあれはねぇ……当時の皇帝陛下にも真相は話せないってことで了承頂いてるし……」
現在生きている面子で古龍や大精霊たちを除けば、数少ない事情を完全に把握しているユリィがそう言う。が、三人は当然のごとく真に受けていない。
「まさかぁ!冗談でしょ?」
尚も笑い続ける弥生に半ば青筋を立てつつカイトが警告する。彼女の場合、地球での無茶っぷりも知っているので、尚更信じられなかったのである。
「皇帝陛下にも話せないってことは古龍達と大精霊達から連名で依頼されてるからな?言っとくが、マジで下手に調べたら全世界的にお尋ね者になれるぞ?」
さすがにどの国のトップとてこの面子から連名で依頼されては断ることは出来ない。それ故に、今ではこれを無闇に調べることは絶対の禁忌とされていた。
「……ちょっと……マジなの?」
カイトの額に浮かんだ青筋に気付いた皐月が、カイトに確認を取る。
「そうじゃなけりゃ何なんだよ。オレだって好きで蒼色に変わったわけじゃない。」
「変わったって……それ染めてるんじゃないんですか?」
「これは根本から変わってる。どっちかというと、いつもの黒髪が魔術での偽装だ。」
睦月の問い掛けにカイトは髪を掻き上げて根本を見せる。そこには確かに、根本の部分から明らかに蒼色に変わっていた。
「たかが髪と眼の色変わったぐらいで国家機密って……」
「向こうじゃ分からない事が色々あるんだ……」
引き攣った様子の弥生に、カイトは深い溜息を吐いた。自身も頭が痛いが、隠さなければならない物は仕方がない。
「で、ここがオレの部屋。両左右はクズハとユリィの部屋。正面がティナ。」
「最上階の一番日当たりのいい部屋取ったわね。」
「色々と、来客があるんでな……国のお偉いさんがアポ無しでくるんですよ。」
そう言って懐かしげに語るカイト。誰かは明言しなかった。
「一ヶ月に5回は愚痴言いに来て夜中まで3人で呑んでたよねー。」
ユリィは3人と言っているが、この3人目はユリィではなく、ウィルである。
「夜中まで、というか明け方までだな。あいつが来るのは会議が終わってからだから、大抵が夕方以降だった。丁度その頃にはオレもルクスも仕事に区切りがつくからな。」
3人とも魔術で体調管理可能なので、一週間程度睡眠を取らなくても問題ない。問題があるとすれば、いきなり皇太子がいなくなるので、護衛や皇帝などが大慌てになるぐらいである。
「まあ、懐かしい思い出です。」
そう言ってカイトは自室のドアを開いて、中に全員を招き入れるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。