第118話 案内
ここから新章『冒険部活動編』開幕です。
カイト達が盗賊関連の依頼の受諾禁止令を出した翌週。学園校門前にはマクスウェルへの渡航許可が降りた学生が集まっていた。どうやら多くの生徒たちが盗賊の討伐依頼についてを悩んでいたようで、禁止令が出たことで安堵多目で残念少し―討伐依頼は依頼の中でも有数の依頼料が支払われる為―といった所であった。
「くぁー!やっと出られる。この数ヶ月校舎に監禁状態だったからなぁー。」
「だよなぁ。折角の異世界なんだから、少しは楽しみたいよな。」
校舎から出て、校門前に屯する生徒二人が伸びながら言う。ここ数ヶ月の間冒険者達の話は聞いていたものの、冒険者でない彼らはただそれを羨ましそうに聞いているしか出来なかった。だが、もうエネフィアに来て数ヶ月ということで、かなり此方の一般常識も習得できていると判断されたのである。そうして、今日以降は定期的に渡航許可が降りる事になったのだ。
「で、案内は誰なんだよ。」
「さぁ……遅いな。」
と話し合っている彼らにソラが近づいてきた。
「おーう、悪い。遅れた。」
「ああ、天城か。おせぇぞ。」
「ワリィ。色々と会議があるんだよ。」
「お前が会議って……ありえねぇー!」
周囲の生徒達が、ソラの口から出た言葉に笑う。当たり前だが、ソラのイメージは猪突猛進タイプである。が、これはそう見えるだけで、実際には彼はそれなりに頭が良い。
「俺だってこれでも冒険部所属だっての!」
「あーははっは……あー笑った。で?どうやって行くんだ?」
「アレ。」
そう言って憮然としたソラが顎で示した先には、1隻の大型飛空艇が鎮座していた。
「って、すげぇ!」
その偉容を見た一同が興奮する最中、ソラがボソリと呟く。明らかに最新鋭とまでは行かないまでも、チャーターすればかなりのお値段になりそうな飛空艇であったのだ。
「あいつ、吹っ切れたかのように権力使いまくってんなー。」
「いや、この程度はやっておかんと、連れていけんからの。」
その独り言に反応したのはティナである。今回は何かあっても良い様にと、案内役二人に非冒険者の生徒2~4人の組み合わせにしたのだった。ただし、桜や瞬といった一部の人員は生徒会の残りの役員達や文化部系の部長たちはクズハに対する挨拶があるので、ここだけはこの人数比率ではなかった。
「それとも何か?以前のように何台もの馬車を並べてマクスウェルまで行くか?魔物どもに是非襲ってください、と言っているようなものじゃぞ?」
肩を竦めたティナが、ソラに問い掛ける。今回一緒に行く人数は始めにマクスウェルへ行った時の倍近くになっている。そうなってくると、目立つ上、人数分の馬車や御者、魔除けなどを調達する費用も馬鹿にならない。それならいっそ、飛空艇を一台持ってこさせたほうが、安上がりで済んだのだった。その説明をティナから受けたソラが、納得した様に頷いていた。
「なるほど……俺達だと徒歩で済むけど、こいつらじゃそうもいかないもんな。」
「そういうことじゃ……というか、魔術なしで歩いたら半日はかかるぞ。」
マクスウェルまでの道は途中から街道に合流できるが、それまでは今のところ偽装の意味も含めて舗装されていなかった。そんな獣道にもなっていない道を何の訓練もされていない生徒たちが歩けば、地球での歩く速さよりも遥かに遅くなる。
「というかよ、こんなでかい飛空艇をポンポン出して予算とか大丈夫なのか?後で請求書見て泡吹きたくないぞ?」
「む?その心配はないぞ。アレは余の試作機じゃからな。乗り心地のアンケートに答えるという条件で持ってこさせた。」
「あれ造ったのか!?」
興奮している生徒たちを横目に、驚愕に目を見開いたソラがティナ作の飛空艇をまじまじと観察する。校門前に鎮座する飛空艇は新しそうな雰囲気はあるものの、とてもではないがこの間自分たちが乗った最新鋭の機体には見えなかった。
それもそのはず、これはそう見える様にティナが外装に偽装を施しているだけだ。実際には外装部分をパージすれば、以前ソラ達が乗った飛空艇に似た設計思想とわかる機体が見えただろう。
「うむ。と言っても設計やっただけじゃがな。実際に作ったのはゴーレムたちじゃ。人件費は余だけじゃな。」
だから、気にする必要はない、言外にティナはそう語る。が、これには1つの盲点がある。そのティナ当人をどこかの国が雇えば地球換算でどこかの国際的な大企業のトップ以上の給与が約束されるので、人件費は本来バカにならないのである。
が、彼女が公爵家で開発・研究をしている限りは、創ることが大好きな本人の趣味に他ならず、実情が自宅でやっている日曜大工と変わらないノリとなる。人件費は発生しなかった。ちなみに、材料は現魔王を筆頭に各種族から山のごとく贈られてくるので問題ない。
「はぁー……」
「二人共、行こ!」
そうして呆然となるソラ―ソラが呆然となっているのは、これだけ大きな飛空艇を設計した事に対してである―とそれを少し自慢げに見ているティナだが、同じく今回の渡航に参加した好奇心いっぱいの女生徒に手を引かれて二人は飛空艇へと乗り込んでいった。そうして一同を乗せた飛空艇だが、仕上がりは上々だったらしく、アンケート結果にも絶賛されていた。なので、その日一日ティナの機嫌は最高であったという。
「さて、オレの街へようこそ。」
飛空艇がマクスウェルの発着場に到着し、一同が降り立つと、カイトは自身が案内を務める二人に対してそう言って一礼する。カイトが率いる面子は神楽坂三姉妹だった。
「といっても、ここまで発展させたのはクズハやユリィ、アウラだがな。」
「アウラはここ百年なにもやってないけどね。」
少し自慢げなカイトのセリフに、ユリィが嬉しそうに笑い、更に告げた。
「オレの街って……あ、そっか。」
皐月が言われて気づく。地球出身の三人にはいまいち馴染みが無いが、公爵領の全てがカイトの所有地である。ここに住んでいる市民達は全員、カイトから土地を間借りしているに近いのだ。なので、カイトの言葉は間違っていない。そう言って歩き始める一同。そうして案内しながら、皐月が口を開いた。
「まあ、私達はよく来てるけどね。」
「よく来る、っていうか私とカイトは一応こっちに家あるんだけど。」
「あと、ティナもだな。」
「え?そうなの?案内しなさいよ。」
弥生にそう言われたカイトだが、まずは睦月の用事を済ませることにした。
「まあ、そっちは後で行ければ行くことにしよう。まずは本屋が先。」
「あ、ありがとうございます。」
睦月がそういって頭を下げる。と、そうして、そんな睦月をユリィがどこか遠い目で観察し始める。
「にしても……その格好だと誰にも男だと気づかれないね……」
引き攣った声でユリィが呟いた。現在、神楽坂三姉妹は全員女物の服を着ている。当然誰も男と気付かず、その結果、カイトは美少女三人+美少女の妖精に囲まれている様に見えていた。男たちの恨みがましい視線が痛かった。
「気づいてくれるのはサキュバス達だけだな。」
「というか、あれ、痴女なの?なんなの?露出しないと死ぬの?でも……インスピレーションが刺激されるわ!」
弥生がそこら辺を歩いている淫魔族を見て思わずそう言う。彼女らは誰も彼もがきわどい衣装を着ていた。が、何故か肝心な部分は隠されており、どれだけ激しく動いても事故が起きないという謎技術が使われていると聞いて、弥生がなおのこと興奮する。
「凄いわ……是非地球に持って帰りたいわね。とりあえず、一回作ってみようかしら……」
ジロジロと妹二人を観察しながら、弥生はデザインを考え始める。その目に宿る怪しい光を見て、睦月がぞわり、と身体を震わせた。
「弥生お姉ちゃん……」
睦月は肩を落として落ち込む。弥生の暴走による被害に合うのは主に睦月である。皐月はノリノリなので、そもそもダメージを受けていない。彼女によってダメージを受けるのは、男とわかりつつグッと来てしまう学園の男子生徒達であった。
「ああいうのって、はみ出るんじゃないの……?」
何が、とはカイトも聞きたくなかったが、ユリィが指差すサキュバスの女性の衣装は股間の部分を含めて一際きわどかった。が、これはカイトの経験談から言えば、要らぬ心配であった。彼女の技術も殆ど謎技術一歩手前である。
「……弥生さんはそこら辺天才的なデザインセンス持ってるんだよ。」
ユリィの小声に、カイトも小声で答えた。二人共デザイン等のイメージに没頭している弥生に気を使ったのだ。ちなみに、神楽坂家は実家がかなり歴史のある京都呉服屋である。同じくかなり古い歴史がある天道家はお得意様の一つで、天桜学園の近くに支店を進出させたのに伴って、三人の両親が支店長として天道家のお膝元に引っ越したのであった。
「あら、一応これでも私が元手芸部部長よ?服の修繕から洗濯まで、衣服のことなら任せて頂戴。」
ふふん、と自信がありげな弥生が胸を張る。当たり前だが、戦闘で服が破れるの多い冒険者である。素材から他とは別物のカイトやティナ、ほぼ金属製の防具であるソラという極少数を除けば、学生たち全員が大なり小なり弥生を筆頭とする手芸部の世話になっているのであった。
「へぇー、そうなんだ。じゃあ、今度着物か何か織ってよ。材料はこっちで出すから。」
ユリィが納得する様に頷いて、試しに弥生に問い掛けた。
「任せなさい。と、言うか、あんた服破けた、なんて言わないわね。昔っから無傷なの?」
「まあ、滅多に破けないのは破けないが……そもそもコートもその下の上下も両方共自己修復機能付きなんだよ。この金属はそもそもヒヒイロカネ製だから、割れることの方が稀だしな。そっちはティナにでも修復させるしかないし。」
カイトは自分の着ている狼の意匠があしらわれた白いロングコートと、アクセントに金属で作られた装飾があしらわれた黒を基調とする上下を示す。
「コートは結構いいデザインじゃない。その上下は……シンプル過ぎじゃないかしら?」
「そりゃ、この服で世界各地を旅してたからな。しかも、大戦期は防具がこれだ。シンプル・イズ・ベスト。」
弥生の苦言に、カイトは仕方がないと肩を竦めるしか無い。見晴らしの良い草原で目立つ服を着用すれば当然、遠くから悪目立ちして魔物や敵の歩哨等に発見されることは請け合いだ。シンプルなのは仕方がなかった。
「ちなみに、中の上下は妖精族謹製の糸で織られた逸品で、戦闘用に動きやすく、旅しやすい様に通気性、保温性に優れ、汚れても水魔法だけで大丈夫な仕立てになっているの。布を織ったのも仕立てたのも女王陛下。布は妖精族で最も最高品質の物を使用し、布の一枚一枚に女王陛下による術式強化の刻印が刻まれているっていう、超高級品……と言うか、出すとこ出せば間違いなく国宝級の扱い。おまけに、色変更機能付き。」
カイトが詳しく説明しなかったので、教師としての性なのか、ユリィが追加で説明する。そうして、別に殆ど使わない機能ではあるが説明されたので、カイトは黒の上下の内、上の服を白色基調に変更させた。
「まあ、これあんまり使わないけどな。」
「コートも変色できるから、時々夜間迷彩とか言って夜襲用に真っ黒にしたりしてたぐらいだっけ?後は気分で変えてたけどね。」
「あら、染色要らず、って便利ね。それに自己修復も。どうなってんのかしら……コートは革みたいだけど……何革?」
とは言え、その機能はファッションとしてみればかなり便利だ。なので、読モとしてファッションセンスを磨いている弥生はかなり驚き、興味を示していた。そうして、コートの材質に興味を持った弥生の問い掛けに、カイトが少し言い澱みながら答えた。
「狼、だな。」
「へぇー、狼革ってそんな感じなのね。」
さすがに狼の革を見たことがなかった弥生が感心している。昔からカイトのコートには興味があったのだが、このように問い掛けられる機会が無かったのである。
「と言うか、私の革ですわ。」
そう言って現れたのはルゥ。カイトは出てきそうだな、と思ったがゆえに若干言い澱んだのである。
「あら、ルゥさん?……私の革?」
いきなり現れた顔なじみが自分の革と言った事に気付いて、首を傾げる。ちなみに、地球での一件でお互いに知己を得ているので、自己紹介は無かった。
「ええ。私の革ですわ。」
「……事実だから困る。」
「はい?いえ、どう見ても人間……ですよね?」
カイトが認めたので、睦月がきょとん、となって問い掛ける。皐月と弥生―皐月は冒険者としての活動の影響で、弥生は地球での繋がりから獣人についてはそれなりに把握している―はだいたいの事情を察していた。
「いや、オレの使い魔だ。まあ、元は神狼族という獣人族の一種族の族長だったんだが……まあ、色々あって、革のコートに魂が宿ってる。」
「まあ、本来なら狼の姿にもなれるんですが……」
「こんな所でなるなよ?」
全長5メートルを遥かに超える巨大な狼がいきなり現れれば、当然街は大騒ぎとなる。なので、カイトは苦笑してルゥを制止した。ちなみに、彼女もそれは把握しているので、少しだけ不満気に頬を膨らませた。
「まあ、それはそれとして……デザインを褒めてくださってありがとうございます。」
そうしてむくれていたルゥだが、とりあえずは褒められた事に対して艶然と笑い、礼を言う。
「あら、コートはあなたのデザインだったの?」
「ええ。私が死んで、遺体を旦那様のコートに変える際に、デザインさせていただきましたわ。」
あっけらかんとそう言うルゥだが、自分の遺体をコートにデザインすると言われてはどういう風に返せば良いのか、神楽坂三姉妹の誰もわからなかった。
「えーと、それで、自己修復ってどういう原理?」
今の話は無かったことにして、弥生は取り敢えず一番気になる自己修復機能について聞くことにしたらしい。
「旦那様から魔力を頂いて、それで傷を癒やす様な感じですわ。所詮は私の身体ですもの。魔力さえあれば、傷は治りますわ。」
「ねえ、カイト。説明して?」
イマイチわからなかったらしく、弥生はカイトに説明を求める。
「あー、魔力素材だと、魔力を与えてやれば元通りにできるんだ。このコートの場合はルゥが宿ってるから、ルゥに魔力を与えれば、自然と元に戻る。まあ、わかりやすく言えば近未来の生体素材と言ったところか。」
「つまりは材料に由来するってことね?」
「ええ。」
「それって高いわけ?」
弥生が値段に興味を示した。自分でも一度それを使用して衣類を作ってみたいという興味がわいたのだろう。
「高級品だな。最低でもミスリル銀貨一枚はした……はずだ。」
「そう……残念ね……」
ものすごく残念そうにする弥生だが、現在の学園の台所事情にそこまで余裕はなかったのであった。
「まあ、手に入れたら譲るさ。とりあえず、今は本屋に行きましょう。」
「お願いね?」
残念そうな弥生にカイトが苦笑してそう言って、弥生が少しだけ上目遣いで笑みを浮かべ、一同は一度本屋へ行くことにしたのである。
お読み頂き有難う御座いました。