第116話 討伐依頼
明日(6月17日)は真面目な方の閑話を追加投稿しますので、一日2話更新になります。更新予定はいつも通り、12時と13時です。
皐月から差し出されたメモの内容を見た冒険部の面々は、一様に顔を強張らせた。何時かは来る、とは思っていたが、若干不意打ちに近かった。
「盗賊討伐依頼ですか……」
「何時かはある、と思っていたけどよ……」
「デッドオアアライブ……生死問わずか。」
「なあ、カイト……お前こういう依頼はどうしてたんだ?」
他者の生死を含むため、自分たちでは判断出来ない依頼であった。故に既に数多の経験を積んだカイトに全員の注目が集まった。そうして注目されたカイトだが、有耶無耶に済ませられない問題であったので、彼も真剣な目だった。
「公爵就任後は出来る限り捕縛で済ませた。」
「それ以前はつまり……」
瞬がそう言ったのに反応して、ティナとユリィを除いた全員が息を呑む。
「賊徒相手に情けをかける必要無し。殆ど見敵必殺だな。」
カイトが盗賊を生かして捕縛したのは、ウィルかティナに頼まれた時位である。その二人にしても捕らえて情報を聞き出した後は、縛り首や斬首刑に処して、見せしめとした。
「じゃあ、なぜ公爵となって以降は捕縛したんだ?」
「見せしめだ。オレの土地で賊徒に堕ちればどうなるか、それを知らしめる必要がある。捕縛後に待ち受けたのも当然に死刑だけだな。」
カイトは何ら迷いなく、即座に答えた。さしもの冒険部の面子もその冷酷さに戦慄する。結局は、その時殺すか、後で殺すかの違いでしかなかったのである。
とは言え、実はカイトは一つ嘘を吐いている。当時は大戦終結直後と言う事で、賊の中にかなり特殊な事情を抱えた者も少なくなかった。そう言った賊徒の中には今だ性根が腐っておらず、止むに止まれぬ事情から賊をやっているだけの者が少なくなかった。カイトはそう言った者に限定して、公爵家家臣として登用していたのだ。
そう言った者達の中でも存命の者は、救われた恩からすべからく現在も忠臣として公爵家に仕えていた。かつてカイトとティナの測定結果を偽装した公爵家からの出向職員が、その良い例であった。
「そもそも賊徒相手に情けを掛ける奴は冒険者にも兵士にもおらん。お主らは勘違いしておる。奴らを人間と思うからこそ、間違えるのじゃ。動物と一緒じゃ。」
「いや、動物以下だ。動物には動物なりの理が有り、法がある。奴らは利用価値の無いモノだ。」
大戦を生き抜いたからか、それとも教育の賜物か、二人して冷酷かつ辛辣にそう裁決を下したが、ユリィからも異論は出なかった。が、その代わりに補足が継ぎ足された。
「まあ、カイト達がいた時代は戦乱の終盤とそこからの復興の開始だからね。今はまだ少しは温情が出されるよ。でも……死刑はきちんと存在するし、現在でも執行されているよ。」
少し悲しげなユリィの言葉を引き継いで、カイトが公爵領での刑罰の説明を行う。
「現在の該当罪状は一般市民には強盗致傷、強姦、放火、殺人等が該当する。更にこれに兵士には略奪、民間人への暴行、相手兵士への尋問と称した拷問などが加えられる。戦時中は同様の物が一般市民にも非常事態として、課せられるな。例外と減刑は殆ど無し。罪状が疑われた時点で魔術による嘘が吐けない状態での調書が取られる。拒否権は一切無し。そして嘘を吐いている場合を除いて拒否した者も居ない。」
魔術を使用して嘘が無い、と判断されるので、冤罪である者にとっては恐れる事の無い調書であった。故に拒む者が居ないのである。逆に嘘を吐いている者は嘘が露見するので、拒絶し、逃亡しようとする。その時点で脱走の疑いが持たれるので、何方にせよ刑罰を受ける事になるのであった。
と、そうして一度カイトが全員の顔を見ると、一様に少しだけ青褪めていた。なのでカイトは苦笑して少しだけ柔らかな口調を心掛ける。
「まあ、それでもお前達が戦慄するのも無理は無い。だが、この世界ではその程度の刑罰が必要だ。今でこそ少なくなっているだろうが……。」
だが、語っている最中。カイトは嘗ての大戦を思い出す。そうして、意図せず、また冷たい目付きとなっていた。
「嘗ての大戦でオレは幾つもの廃村とも思える村を見た。多くは戦乱に巻き込まれたか、魔物の襲撃に遭ったかの2つだが……盗賊に襲われた、という村や街を何個も見てきた。そこにあったのは惨劇だ。どこかしこから女の呻き声が聞こえ、子供のすすり泣く声が聞こえる。男たちが苦痛と後悔に涙する声が聞こえる。前を見れば必死に抗ったであろう父達の、青年達の躯が転がり、横を見れば陵辱されたであろう女達が横たわっていた。盗賊達が通ったらしい跡には子供の物と思える靴が片方だけ残されており……こんな街が何個あった?1つ?2つ?もっとあったさ。」
そうして語るカイトの目から、涙が一筋こぼれ落ちた。それは、救えなかった事への悔し涙だった。
カイトが語った事は平和となった公爵領、いや、治安が良い公爵以上の貴族領内ではまず見られない事だ。だからこそ、聞いている一同にはその実感が湧く事は無い。だから、その涙にどう反応すれば良いのかわからず、困惑した。だが、カイトはそんな一同の戸惑いを他所に、続けた。
「それを初めて目の当たりにした時、オレは初めてヒトを殺した。だが、後悔は無かった……反省はあったがな。」
当時の状況を思い出したのか、カイトは自嘲気味に笑う。それに唯一反応出来たのは、それを知るユリィだけだった。
「姉御に思いっきりどつかれまくったからね。心配かけさせんじゃないよ、一人で突っ走るなって。まあ、その後はギューって抱きしめられてたけどね。あんたに何かあったらどうするんだ、って。」
彼女はこぼれ落ちたカイトの涙を拭い、微笑みかける。それにカイトは一度だけ自嘲ではない笑みを浮かべ、再び真剣な目をして語り始めた。
「今でも、姉貴に勝てるとは思わん……話を戻そう。その場に居た盗賊どもには命乞いされても一切皆殺しにした。逃げる奴も殺した。罪悪感は討伐し終えて感じたが……街に帰った子供達を見て、それは霧散した。それ以降、一切の容赦はしていない。奴らを同じヒトと見れなくなったからだ。」
そこまで言ったカイトは、再度自嘲的に笑みを浮かべた。
「……いや、後悔はあったな。何故、もっと早くこの街に到着出来無かったのか、と。まあ、結局他人を殺した事に耐えられず、気絶してヘクセンさん……当時居た部隊の隊長さんに背負われて連れて帰って貰ったが……でも、目覚めて見たのは子供たちが息絶えた大人達の骸にすがりついて泣いていた姿だった。陵辱された女達には正気を取り戻して、自ら命を絶つ者も少なくなかった。男たちは絶望に苛まれ、幾夜もうなされる日々が続いた。全員が希望の無い目をしていた。それでも村長や一部の奴は拐われた子供たちや女達を助けたオレに感謝してくれたよ。あなたが居なければもっと悲惨な目に遭っただろう、と。」
そこまでは、まだカイトの自嘲的な笑みは小さな物だった。だが、次の場面を思い出し、カイトは遂に自嘲が口からこぼれた。
「それでも、中には逆恨みする奴も居たさ。あの街で投げつけられた石は1個や2個じゃない。何故もっと早く来てくれなかったのか、お前達がもっと早ければ、娘は、妻は自ら命を絶つ事も無かったのに、そんな罵声を浴びせられた数も10は超えたな。別の街では抗議と言って救い主と褒めそやされていたオレを嘲笑しながら、目の前で命を絶つ奴も居た。その度に思った。もっと出来た事が有ったんじゃないか、と。」
「カイト、幾度も言うたが……それは思う必要の無い悔恨じゃぞ?」
何時までも狂った様に自嘲的な笑みを浮かべるカイトに、遂にティナが待ったを掛けた。全てを救う事なぞ出来はしない、それは彼女がカイトに政治や策略を教え始めた時に何度も言い聞かせた事だったのだ。それも、当時は今より遥かに弱かったのだ。それを良く理解しておきながら、救えなかった自らを嘲る様に笑うカイトに、危うい物を見たのであった。
「わかっているさ。あの時のオレ達には、盗賊の襲撃を察知し得る手段は無く、その街に滞在していたわけでも無かった。偶然立ち寄っただけの街だ。本来なら知り得る事さえ無く、ただの事実として処理されただろうな。」
そうして、自嘲的な笑みを引っ込めたカイトは一度亡くなった犠牲者のために黙祷を捧げる。そうしなければ気が済まなかったのだ。そうして再び目を開けた時には、その目に底冷えするような冷酷な光が宿っていた。
「そうしてオレが公爵となって以降、この公爵家では幾つかの絶対遵守の法が存在する。その一つが、如何な理由が在れど、賊徒を見逃すべからず。見逃した者は同罪とみなす。これらの絶対遵守の法だけは、公爵が代替わりしたとしても変えられないように、公爵領の規則に明文化してある。」
カイトのこの苛烈さは皇国内だけでなく、世界的に有名だった。そして、英雄達自らが情け容赦無く苛烈に盗賊を追い詰めていくさまから偽り無しと言う事が伝わるや、治安の安定への効果は絶大だった。
元々マクダウェル公爵領には幾つもの特殊な力を持つ種族の自治領が存在し、旅人も少なくない。また領土も皇国最大である事から、多少の危険性を冒してでも利益を得ようとする盗賊が少なくない筈なのだ。だが、公爵領ではここ数十年、盗賊がどこかの街を襲撃したと言う記録は無い。少ない、では無くゼロだ。多少記録が有るのは街道などで盗賊が行商を襲撃した、という程度である。その盗賊にしても全て討伐され、どこか他領に逃げたと言う事も一切無い。
この絶対遵守の法とアル達皇国有数の戦力を有しているが故に、盗賊達は何があってもマクダウェル公爵領にだけは、立ち入る事は無いのである。
「じゃあ、やっぱり受けた方がいいんだ?」
カイトの話を聞いて若干青褪めていた皐月が、そう結論する。だが、これにカイトは首を横に振った。
「いや、今のお前達だと受けても無駄だ。それならこっちに協力してくれ。絶賛協力者募集中だ。」
暗い話をした、そう思ったカイトは、敢えて明るく振る舞う。そうしてカイトは一枚のチラシを皐月に見せた。それを見た皐月は、少しだけ考えこむ様な顔をする。
「来週からの渡航者向けの案内と護衛かぁ……。」
週明け以降冒険者でない学園生のマクスウェル渡航許可が下りていたのだが、その道中の護衛と街での案内人兼護衛が足りていないのであった。
「まあ、これ受けれないならそれでいいかもね……分かったわ、後で皆に話してみる。」
「ああ、頼む。正式通達は今日全員が帰ってからになるな。」
頷く皐月にカイトは頭を下げると、次に桜と瞬に指示を出す。
「桜、一条先輩。悪いんだが、今後も同種の依頼が考えられる。当分は受けない様に通達を回してくれ。」
「分かりました。帰ってきたパーティから順に通達を回しましょう。」
「ああ、分かった。部活生には俺からも言って聞かせよう。」
「ああ、ありがとう。翔、由利、部活生から義憤に駆られて依頼を受ける者が出るかもしれん。近い奴だけでもいいから暴走しないように注意してやってくれ。」
「うん、いいよー。」
「ああ、いいんだけどよ……この程度の依頼なら受けれるんじゃないのか?」
皐月が持って来たメモによると、この依頼はランクDの依頼である。書かれた盗賊の規模もそれほど大きくなく、ランクDの冒険者10名程度で達成可能、と記述されていた。が、これは安易な問い掛けだった。翔の言葉を聞いた瞬間、カイトとティナ、そしてユリィまでも濃密な殺気を身に纏った。そうして、明らかに自分達が纏う闘気とは異なる濃密な死の気配に、全員が呼吸さえも忘れる。
「なあ、翔。お前……自分と同じ姿をした生き物を殺せるか?」
「この殺気を浴びて尚、戦意を失わぬ事が可能か?この程度はまだ凡夫の域じゃぞ?余やカイトが本気になれば、殺気だけでお主らを皆殺しにする事も可能じゃ。」
「あまり人を殺す、という事を簡単に捉えない方がいいよ。それは誰にとっても不幸だから。カイトの場合は完全に怒りで我を忘れてたから出来た事だよ。初めから殺すと決めて、討伐に向うのとは訳が違うよ。」
圧倒的な魔力を放出させるまでもなく、濃密な死の気配を漂わせただけの三人に、誰もが返事を出来ない。圧倒的な格の違いを見せつけられ、誰もが圧倒されてしまったのである。
「……悪い。迂闊だった。」
そうして、三人が殺気を納める事で、翔はなんとか謝罪の言葉を吐き出した。もはや、誰もがこの依頼を受けられるとは思わなかった。
「ああ、いい。オレもあの時までは、同じだった。これだけは経験せんとわからんからな。それに、経験しないに越した事のない話でもある。」
「まあ、そうじゃな。そう言う事をせんで良いように、カイトが民草を戒めておるのじゃ。」
「それに公爵領では職業関係の福祉もきちんと設備されているからねー。ここ百年での盗賊化した領民はゼロだよ。」
三人は口々に大丈夫だ、と念を押す。しかし内心では等しく全員に謝罪していた。そうしてカイトは内心で謝罪してから、今練る策を伝えるべく、念話を使用し始めた。
そう、学園の冒険者達は今後、公爵軍の代わりを担ってもらわなければならない。それは相手が盗賊などの人間に似た姿をした相手からでも、守ってもらわなければならなかった。最悪人殺しに手を染めるのはカイト達だけで良いとしても、人が人を殺すところだけは、見ておいてもらわなければならなかったのだ。だが、安易に惨劇を見せれば、最悪心が壊れる。だからこそ、カイトはこれを切っ掛けとした策を打つ事にしたのであった。
「で、カイトって何者なの?あんた随分前からはぐらかしてたわよね?」
そうして、話が全て終わった所で、弥生がカイトに問い掛けた。急展開する話の流れについていけず、呆然と事の推移に流されていた弥生と睦月だが、話が一段落ついた所で漸く質問する機会を得たのである。話の大半がわからなかったものの、カイトが何やら秘密を抱えているらしい、と言うことは理解出来ていた。
「えっと、カイトさん?」
弥生が呼びかけたにも関わらず、カイトからの反応が薄いので睦月がカイトに呼びかける。カイトはそれに片手を上げて応じるものの、相変わらず反応が薄い。
「ああ、少し待ってくれ。」
そうして暫く待ったのだが、カイトの念話が一行に終わる気配が無いので、代わりにユリィとティナが説明をする事にした。
「まあ、端的に言うと、カイトが勇者兼公爵のカイト・マクダウェルで……」
それに引き継いでティナが自己紹介する。
「余が元魔王ユスティーナ・ミストルティンじゃ。」
「は?」
わけがわからない、そう言う顔をする睦月に対し、弥生は妙に納得した顔をしていた。そうして二人に対してカイトの事情の説明が行われるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。