第4話 遭遇
前回の少年の視点から始まります。尚、基本的に地の文はカイト視点で見ている為、既に名前が既出であっても、カイトが知らない限りは地の文でも少年、や男、等の表現を行っています。
「おぉおおお!」
この程度の竜種ならいつも通りにやれば問題はない。天竜の上を飛翔しながらそう判断して気合一閃、剣に魔力を纏わせて一気に叩きつける。剣にはかなりの力が込められており、天竜はドーンッという轟音と地響きを響き渡らせ地に落ちた。
藻掻く天竜を見て、見知らぬ建造物の安全が確保されたことに安堵するアルであったが、後ろから来た見覚えある女性に気付き、ため息をつく。
(これはお小言確定だよね……。)
怒られることは承知で静止も聞かず、隊員に一切の指示も出さずに出撃してしまったのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、嫌なものは嫌なのである。
「アル、何が言いたいかわかっていますね?」
「……すいません、リィル姉さん。」
「今のあなたは副隊長です。もしあなたに何かあれば部隊の士気に関わります。これでは怪我で療養中のあなたのお父上にも申し訳がありません。それにルキウスも悲しみます。」
「はい……。」
兄と父のことを言われ小柄な体躯がますます小さくなるが、そんなことを一切気にせずお小言は続く。
「確かに、今回はあなたが出なければあの建造物に被害が及ぶ可能性があったことは認めます。それでも……」
繰り返されるお小言に対して小さくなりながら、はい、とか、すみません、しか繰り返せないアルである。揃いの鎧を身に纏った他の隊員も近づいてきたことにリィルが気づくと、隊員の一人が敬礼を行った。
「全員、到着いたしました」
「分かりました。では、準備が出来次第、天竜の討伐を開始します。」
「了解しました。」
敬礼をする隊員に対しそう命を下し、自身も魔術による補助を確認しつつ天竜に対して身構えた。
「アル、あなたは先行し件の建造物に危険性の有無の調査。もし危険がなければそのまま建造物を調査しなさい。」
「はい、姉さん。気をつけて。」
「そちらも、気をつけて。」
そう言葉を交わすと地に落ちもがいている天竜に対して攻撃を開始するリィルと隊員たち。それを背にし、鎧背面に装着された飛翔機で飛翔するアルだが、建造物に近づくにしたがってその全容が明らかになってくる。
(大きさは縦20メートル×横100メートル×奥行き30メートル……ぐらいかな?窓の数から判断して4階建て。地下は不明。中にいるのは……魔力をあまり感じないところを見ると人間種かな?大半がさっきの威嚇で気絶しているから、そこまで強くはない、かな。)
建造物の周辺を警戒しながら飛翔するアルであったがふと2階の窓際にいる、自分と同じ年頃の少年と目があった。
アルはどうしようか考えた後、危険は少ないと判断し、試しに声をかけてみることにした。
(やっぱり第一印象は大切だよね。ニッコリと爽やかな感じで……)
「やあ、こんにちは」
「……こんにちは。」
―――アルが天竜を撃墜した少し後
教室ではカイトとティナの二人がアルの戦闘を小声で評価していた。
「ほう、そこそこな威力だな。」
「手加減しておるの。あやつ。」
「全力じゃないのはこっちに配慮してだろうな。」
天桜学園の塀と天竜の相対距離はおよそ100メートル程。もし、少年が全力で天竜を撃墜していれば、天竜が地面に衝突した影響で飛び跳ねた岩が、此方に飛んでくる恐れがあった。
「後ろのは……一人を除いていまいち、というところかの?」
「今が何時の時代かわからんから、戦闘能力の基準がわからんが……少なくとも、オレやお前におよぶべくもないな。」
「あの魔導鎧を見る限り、余らがいた時代より後じゃろ。」
魔導鎧とは、装着者の身体能力の向上及び魔術的防御などを目的とした鎧で、カイトたちが活躍していた時代から存在していた。しかし、当時は地上戦の決戦兵力として使用され、空中戦には向いていなかった。
そこで、天竜などの空を飛ぶモノに対抗するための装備―飛翔機―開発が進められていたのだが空を飛ぶところまで達成していなかった。
「オレ達のいた時代には飛翔機付き魔導鎧は開発段階だったからな。」
「どこかの誰かが、飛翔機付き魔導鎧は地球の飛行機を参考にしている、とかいっておったな。実際はゲームじゃったが。」
「あの当時はカッコいいと思ってたんだよ。」
若干照れた様子でそっぽを向いたカイト。
「中二病か。」
エネフィアにいた当時には公爵として得た財源を用いて衛生品などの民生品から魔導鎧、飛空艇といった軍用品の研究開発も行っていたカイト達である。その際、カイトは地球の科学技術を参考にした、と言っていた。実際にはそのデザインと設計思想には13歳当時見ていたアニメやゲームなどが多大な貢献を果たしていた、というのはティナしか知らないことであった。
「この調子だと飛空艇も完成していそうだ。」
自分が始めた研究が完成していて少し嬉しそうなカイトであるが、研究の主任として活躍していたティナは若干不満気味である。
「じゃが、少し性能が悪く無いかのう?余の設計だとあのランクの素材でも3倍は性能があるはず……。いや、それ以前に、余の設計思想からズレておるの。」
「量産品なんだろ。お前がやったのはワンオフ。そこから量産向けのデチューンしたんだろう。」
「デチューン、のう。」
未だ納得の行かないティナは、眉をハの字にしていた。遠目に解析してみると、飛翔している魔導鎧は、素材や技術のブレイクスルーを考慮しても、攻撃・防御の両面で若干、どころかかなり性能が悪かった。自分がやった設計思想からズレた挙句、性能が予想より遥か下であったので、ご機嫌斜めなのだ。これが予想を上回れば、逆にご機嫌だっただろう。
ちなみに、彼らは自分たちが研究開発の中心人物であったことを忘れていた。その二人がいなくなったことで――しかもカイト用の魔導鎧はカイトが持ち帰った――飛翔機の開発が大幅に遅れてしまい、魔王の設計が同じ魔族であっても理解できず、一から設計し直すはめになったため、性能が落ちていることを知らなかった。
そんな話をしているうちに戦闘が再開し、銀髪の小柄な少年がこちらへ飛翔していることを認めると、二人は一旦魔術による魔導鎧の解析を中断し、魔力の隠蔽を図る。少年は校舎の周辺を数周すると窓から此方を観察しているように見えた。その少年がちょうどカイトたちのいる教室に目を向けた時、カイトと少年の目が合った。少年は少し逡巡した後、こちらへ飛翔して来る。その様子を見ながらカイトは溜息を吐いた。
(面倒事の予感が……。)
そう思うも、その予想に違わず話しかけられた。
「やあ、こんにちは。」
「……こんにちは。」
「少し話を聞かせてもらいたいんだけど、君たちはどうしてここへ来たんだい?」
「いや、それが……分からない。」
銀髪の少年の問いかけに対して若干言い淀んだふりをしながらそう答えるカイト。分からないことは事実だし、あまりに平静としていてもまずいので、動揺している風を装ったのだ。
「わからない?あれだけの魔力をまき散らしたんだから何処かから魔術で転移してきたとは思うんだけど……。」
「魔力?魔術で転移?一体何の話だ?まるでファンタジーじゃないか。」
今度は一切魔術関連を作り話の産物である、と思っていたように驚いてみせる。
「ファンタジー?」
「いや、魔術とか魔力とか……。」
「もしかして君のいたところでは魔術も魔力もなかったのかい?」
どうやら何か思い当たる節があったらしく、少年ははっ、とした様子で問いかけてきた。
「ああ。そんなものはないはず、だが……。」
ここまで9割嘘を言っているカイトであるが、少年に気づく様子はない。カイトが公爵時代に培った演技力に合わせて、不自然な点は転移による混乱だと思い込んでいるらしい。
そこに、今まで腰を抜かしていたソラがいきなり復帰してきた。どうやら天竜が苦戦に陥り、周囲に撒き散らされている威圧感が収まったらしい。
「こっちには魔法が存在するのか!」
どうやら恐怖で立てなくなっていただけらしく、話はしっかりと聞こえていた様だ。
「え?あ、うん。あるけど……。」
今まで腰を抜かしていたソラがいきなり興奮した様子で声を上げたため、少年は若干引いている。それをみてカイトはホントに現金なやつだ、と呆れつつ、話を進めるため、ソラを宥めた。
「お前は黙ってろ。」
「いいじゃん、魔法だぞ、魔法。気になって当然だろ?……って、悪い、ちょっとトイレ行ってくる!」
そう言って走り去っていったソラであるが、どうやら天竜の威嚇から解放された事で緊張が解れ、催してしまったらしい。
「あいつは……本当に申し訳ない。」
ソラに対して若干頬を引き攣らせつつも、これをカイトは好機と捉えた。ソラが嵐の如く場を掻き乱したお陰で、銀髪の少年の警戒心がかなり薄れた感があったのだ。
「あはは……。それで申し訳ないんだけどさ、君たちの偉い人に合わせてもらうことって出来るかな?」
「できると思うが……。」
周囲を見渡して偉い人ということで、学園長の孫であり、生徒会長である天道と相談するか、と天道を探すカイト。しかし、さっきの天竜の威嚇の影響で気絶しており、倒れていた。
(一応起こしてみるか……。)
そう考えて近づいたカイトであるが天道の近くに行った瞬間、一瞬硬直する。
(これは……。)
倒れた際に倒れ方が悪かったのかスカートがめくれ上がり中の布地が見えている。
(白、か。会長、清楚黒髪ロング美少女で純白とは……わかっている。おまけに胸がすごいな……。)
どうやらカイトの趣味に合致したらしい。しかもうつ伏せに倒れているせいで豊かな胸が地面と体に挟まれ押しつぶされていてその質量を強調している。
(このまま見ていたいが……。)
あまりじっとしていても二人に感付かれる。
「天道会長。大丈夫ですか?」
残念に思いながらもそう言って揺さぶってみるとうぅん、と起きそうな気配が。そこでもう一度声をかけてみると案の定、ゆっくりとだが目を開いた。
「ここは……。って、天音さん!」
起きていきなり男の顔が目の前にあって驚いたのか、ガバっと起き上がって立ち上がろうとするも
「あれ……。立てません。」
それを見てカイトはやっぱりか、と思いつつ手を貸す事にした。立ち上がって動き回れたソラが異常なだけで、本来ならば立ち上がることさえままならないはずなのだ。
「いえ、無理はしないでください。腰が抜けてるだけでしょうから。」
「腰が抜けてるって、一体なぜ……。それに皆さんなぜ、横になってたり座ってらっしゃるんです?」
どうやら転移したところから記憶が抜け落ちているらしい、と当たりをつけたカイトは仕方が無い、とゆっくり思い出させる事にした。
「落ち着いてゆっくり思い出しましょう。まずどこまで覚えてます?」
「えっと、確かロングホームルームを実施して、そこで外に変な魔法陣が浮かんでて……」
記憶を探っているらしい天道はだんだんと今までにあった事を思い出したのか顔が青ざめていき、遂には震えだして叫び声を上げてしまった。
「きゃぁあああ!あのドラゴンは!?ここは!?私達はどうなったんです!?」
カイトはやり過ぎかな、と思いつつ震えている天道の手を握って安心させることにする。そして、密かに手から精神を安定させる治癒魔術を流し込み、平静を保たせる。間近で少年の力量を測り、この程度ならバレないと判断したのだ。
「落ち着いてください。まずドラゴンですが、そこにいる彼とその仲間がなんとかしてくれています。ここがどこかは……まだ聞いていません。」
彼、という発言に初めて見覚えのない鎧姿の人物がいることに気づいた天道。なお、カイトが手を握っていることには気づいていない模様。
「えっと、彼は誰ですか?」
「……名前聞いてなかった。」
苦笑いしつつ自分がまだ少年の名前を聞いていなかったことを思い出したカイトは、後ろを振り返り、少年に対して名前を尋ねる。
「えっと、名前を聞いてもいいか?オレは天音 カイト。堅苦しいのは苦手でな、カイトでいい。」
「余はユスティーナ・ミストルティンじゃ。」
「僕はアルフォンス=ブラウ=ヴァイスリッター。現ヴァイスリッター子爵の第二子で一応騎士をやらせてもらっているよ。あ、呼び方はアルでいいよ。」
(ヴァイスリッター!ルクスの子孫か?子爵、と言うことは、少なくともオレが居た時代より後か?)
思いがけないところでかつての仲間の子孫と思しき少年と出会い、驚愕に目を見開くカイトであるが、アルに続いて天道が自己紹介をしたことで気づかれないですんだ。
「立てないのでこのような形で申し訳ありません。私は天道 桜。天桜学園の生徒会長を就任させて頂いています。」
4人とも自己紹介が終わったところでアルが丁寧に問いかけた。
「では、いくつか質問をさせて頂いても構わないでしょうか。」
「ええ、答えられることでしたら。」
そうして、簡単だが、アルによる取り調べが始まるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
2018年2月3日 追記
『アルが』とすべき所が『アルと』になっていたのを修正。