第115話 幼馴染
瞬達に<<武器技>>の講習を行った翌日、部室へ向う際に偶然皐月を見かけたカイトは睦月の居場所を尋ねてみた。
「ああ、皐月。おはよう。ちょうどいい、睦月はどこに居る?」
「おはよー。」
ふぁあ、とあくびをしながらユリィも挨拶する。
「開口一番それ?姉に勝る妹はいないんだよ?それとも何?姉妹で一緒に頂きますが好み?まあ、いいけど、私も丁度カイトに相談あったし。」
「姉て……アホかい。お前男や……」
溜め息を吐いて肩を落としたカイト。寝起きの上にいきなりの幼馴染からの悪ふざけなので、つい口調が素に戻っていた。
そうして、カイトの口調の変化に気付いたユリィの意識が一気に覚醒する。カイトは度々口調が変化するのはあったのだが、ここまではっきりと口調が変化するのを聞いたのは初めてだったのだ。
「カイト、今変な口調じゃなかった?」
「え?……あれ?」
驚き、目を丸くしたユリィに言われて、カイトは漸く自分が方言で話した事に気付いた。そして顔が朱に染まる。そんなカイトを皐月が笑う。
「あはは、私と話すとつい癖がでるわよね。私も二人だとよく方言になるからね。」
「はぁ……まあ、なにげにソラ以上の付き合いの長さだからな。皐月の実家が京都の大阪寄りでオレが大阪の京都寄りだから近いしな。お互いの実家は同じ電車の沿線だったから、盆暮れ正月に帰った時なんかは会ったりもする。実家が近けりゃ当然、地元話で話が弾むんだよ。わかるだろ?異郷で同郷の奴にあったらどうなるか。」
二人は出身地が近く、実家も近かった為、話が合うのである。おまけにカイトが皐月の女装を気に留めなかったので、当時腫れ物扱いであった皐月と仲良くなったのである。
「まあ、そうだけどね。でも、十年以上一緒にいるけど、そこの所は聞いた事なかったよね。」
実はカイトがなるべく郷愁の念に駆られないように、そう言った話を避けてきたのだ。それ故にユリィ達も実はカイトの日本での事は多くは把握していないのであった。
「ああ、日本でも特に関西……まあ、大別すると近畿地方というところに元々はいたんだが、親父の転勤に合わせて引っ越してな。小学5年……いや6年だったか?それで天桜学園のあった街に引っ越したんだ。」
カイトは地球での感覚で、40年以上も前の事だ。なので、かなり懐しそうに語った。そんな懐かしげなカイトに、皐月は大げさな、と思っていたのだが、カイトの方はそんな皐月には気づかなかった。
ちなみに、カイトの父親は関西にある天道財閥の支社に勤務していたのだが、その後昇進と同時に本社勤務が言い渡され、それに伴って一家で引っ越したのである。始めは単身赴任予定であったのだが、日本でも有数の名門の天桜学園があったことから、いっそ家族で引っ越すことにしたのだった。尚、それまでの天音家は父親の実家に二世帯住宅で住んでいたのだが、引っ越すにあたり、新築の住居を購入した。
「それでそれオレより先に引っ越していた皐月に世話になってな。それ以降の付き合いだ。」
元々の面倒見があり、出身地が近い、ということで皐月が世話を焼いてくれたのである。カイトにしても、同じ出身地ということもあって方言を気にしない皐月が世話を焼いてくれて非常に助かっていた。そして、皐月にしても、自身の女装に隔意の無いカイトに、実はかなり救われていた。
「中学である日突然カイトが変な雰囲気出したから、ちょっとだけ、疎遠になったんだけどね。」
皐月が今でも理由がわからない、と告げる。これはカイトがエネフィアに転移したためである。理由がわからないのは当たり前であった。
「ふーん。カイトのことは親以上に知っているつもりだったんだけど……意外と知らないねー。」
「まあ、それでもお前と親ならお前やクズハの方がオレをよく知っているのは事実だろ?事実オレが勇者でティナが異世界の元魔王だなんて、親にも話してないしな。それに、お前と親だと同じぐらいの年月を一緒に過ごしてるぞ。」
感慨深げに語るユリィはカイトが転移して以降、ほぼ常に一緒にいる。必然付き合いの長さは誰よりも長かった。二人共、そんなこんなでかなり感慨深そうに語り合う。もう一人一緒にいる事も忘れて。
「今思えば付き合い長いよねー。っと、ということは、皐月ってカイトがこっちで公爵になる前からの付き合いなんだ。」
「まあな。だから……あ。」
そうしてカイトが皐月の方を見ると、皐月が呆然とした表情で立っていた。
「えーと、カイト。どういうこと?」
カイトとユリィは最近正体を教えた者と一緒にいた上、皐月はカイトにとって最も仲の良い面子の一人である。ついうっかり正体を明かしていないのに、そのまま話してしまったのであった。完全に失敗であった。
「……ちょっと部室来い。」
そう言ってカイトは皐月の腕を掴み強制的に部室へと連行するのであった。
「カイトくん、おはようございます。あれ?神楽坂さんも一緒ですか?あ、お茶を今入れますね。」
朝から部室に待機していた桜に迎え入れられ、取り敢えずソファについた二人。気まずい沈黙が降りるが、桜によってお茶が運ばれたことで会話を開始した。
「まあ、なんというか……オレが勇者カイトなわけで……」
「えぇ!?どういうこと?カイトは天音 海徒でしょ?」
開口一番に結論を告げられた皐月は、当たり前だが、大いに目を見開いて驚いた。
「あー、うん。そこら辺はこっちにある歴史書読んでくれ。あ、アマネの苗字は出てこないがな。出てくるのはフロイライン姓だ。」
「は?は?は?」
頭がこむら返りを起こしているらしい皐月が首を傾げているが、それを無視して、カイトは一気に説明を続けることにした。
「何があったんですか?」
「あー、うん。つい私とカイトがうっかり皐月の前で素の会話しちゃった。」
てへ、っと舌を出して笑うユリィ。そうして、少しだけ照れた様子で語り始めた。
「だってー、カイトってばいきなり関西弁?とかいうので話すんだもん。今まで十年以上一緒にいて殆ど無いんだよ?それに折角帰ってから話せる機会あるんだから、話したいじゃない。」
「前は聞かなかったんですか?」
ずっと一緒に居たのに、今まで聞いたことが無かった、と言われた桜は、少しだけ驚いた様子で問い掛けた。それに、ユリィは少しだけ安心した顔で語り始めた。
「昔って公爵家も立ち上がったばかりで地球に帰るなんて考えてなかったから、郷愁の念を抱かない様に皆遠慮してたんだよね。今はもう自由に行き来できるだけの力量を手に入れたみたいだから、安心してきけるんだよ。」
そう、実はカイトは単身でなら、地球へ帰還することは可能なのだ。アウラという専門家を欠いたとはいえ、地球帰還以降に様々な遺跡を巡ることで神族や異族と交流を深めて、異世界転移についての魔術についてもかなり研究が進んだのだ。おまけにカイトとティナが三年間研鑽を欠かさなかったこと、魔力保有量、技量などが総合的に上ったことで、カイトとティナだけならば、それなりに制限無く転移出来るだけの力を手に入れていた。そうしてそれを嬉しそうに語るユリィに対して桜は何も言えなくなってしまった。
「まあ、そういうわけでちょっと油断しちゃったね。」
「と、言うわけだ。黙っていてくれよ?最悪記憶書き換えないといけないんだからな?」
「ああ、それでカイトが2年で一気に性格が変わったわけ……あの頃はてっきり中二病かと思っていたわよ。でも、そうならそうと言ってくれれば良かったのに。」
そう言って拗ねた表情をする皐月。てっきり殆ど全てを知っていると思っていた幼馴染が真実を語らなかった事が不満なのだ。まあ、カイトに言わせれば語った所で、信用はしてもらえなかったのだろうが。
「は?いや、怖く無いのか?これでもかなり血塗られて居るし、かなり外道に落ちてるぞ?」
「は?だってカイトはカイトでしょ?そこが変わったの?」
平然と言った皐月に、何ら隔意は無かった。そして、このセリフは以前女装で詰られ、落ち込んでいた皐月にカイトが言った言葉である。それを思い出したカイトは若干涙を浮かべ、敵わないな、と思ったが口には出さなかった。
「はぁ……ああ、オレはオレだ。多少性格は変わっているが、性根は変わらん。」
そう言ってソファの肘掛けに片膝をついて、不敵に笑うカイト。
「でしょ?じゃあ、何も問題ないじゃない。」
「……ありがとう。」
小声でそう呟いたカイトだが、皐月にはきちんと届いており、皐月は少しだけ照れて、笑顔を浮かべるだけであった。
「じゃあ、睦月呼んでくるねー。どうせカイトの事だから、レシピ本渡し忘れたんでしょ?」
「まあな。じゃ、すまんが呼んできてくれ。」
とは言え、やはり照れくさかったのだろう。皐月は直ぐに席を立って退出した。そして桜とユリィが今度は席についた。
「良かったね。」
「……まあな。」
カイトは少し嬉しそうに笑う。そんなカイトに、ユリィも嬉しそうに笑っていた。
そうして話している内に魅衣とティナがやって来た。
「おはよー。あれ?まだ三人だけ?」
それに三人が挨拶をかえし、ユリィが状況を説明する。
「おはよー。うん。あ、さっきまで皐月がいたけど、レシピ本で睦月を呼びに行ってくれてるよー。」
「あれ?まだ朝早いのに、呼びに行ってくれたんだ?」
少しだけ以外そうに魅衣がほー、と頷いていた。が、そんな二人に対し、ユリィがちょっとだけ照れた様子で語った。
「あー、まあ、二人で失敗して、少しね。」
「え?どういうこと?」
「大方うっかりカイトの正体を漏らしたんじゃろ?」
「……ああ。」
「伊達に十年以上付き合いないわ。」
ユリィの失敗をその照れた様子と該当者から予想したティナが、カイトに確認を取ると、案の定少しだけ恥ずかしそうに頷いた。そうしてユリィとカイトが二人に説明しようとしたとき、部室のドアが開いた。
「おはよー。」
「ふぁぁ……おはよ。」
そう言って入ってきたのはソラと由利だった。ソラの方はまだねむいのか、あくび混じりだ。
「あ、先輩と凛ちゃんは少し遅れるってよ。ああ、翔もか。部活の面子と少し話あるらしい。」
「私はそれを先に伝えて来いって一条先輩がー。」
そう言ったソラと由利の後ろから一条兄妹が現れた。
「いや、もう終わった。おはよう。が、翔には少し雑用を頼んだ。もう少し遅れるだろう。」
「おはようございます。」
「おはようございます……まあ、皆さんもうお揃いでしたか。少々遅れましたか?」
「いや、全員今揃ったところだ。翔は少し雑用しているらしい。」
そうして更に一条兄妹の後から、瑞樹が入ってきた。そうして、カイトの答えを聞いた瑞樹が自分がいつも居る席に着く。それに合わせて全員がいつも居るスペースに着席した。
そうして待つこと二十分。皐月の戻りが遅いことに一同が訝しみ始めた頃、睦月を連れて皐月が戻ってきた。後ろには長身の女生徒が一人。モデルの様にスタイルがよく、面影は皐月達姉妹?に似ていた。
「ああ、弥生さんおはようございます。睦月もおはよう。そして弥生さんはお久しぶりです。皐月は悪いな。」
「いいわよ。」
「……おはようございます……」
カイトの挨拶に睦月のかなり小さな声が返って来た。最後の長身の女生徒は神楽坂姉妹の長女神楽坂 弥生である。カイトの1つ年上の幼馴染なので、カイトは『さん』を付け、口調が若干丁寧だったのである。ちなみに、モデルの様にスタイルが良い、のではなく、現に彼女は読者モデルを務めていた。何度かモデルとして本格デビューしないか、との話があったそうなのだが、彼女の方はそのつもりが無いので、読モ扱いであった。
「あら、カイト。久しぶりね。ねぇ、カイト!どう思う!」
どう思う、とは睦月の格好である。顔を真赤に変え、涙を浮かべた睦月だが、その服は学生服ではなかった。
「ほう……今日はゴスロリか。似合っておるの!」
「うぅ……」
ティナから全周囲くまなく視線を注がれ、ペタリと腰を着く睦月。目に涙を溜めて、今にも泣きそうだった。
「睦月ちゃん!落ち込む必要は無いわ!今のティナちゃんの反応も見たでしょ!似合ってるわ!」
はぁはぁと鼻息あらく断言し、弥生はデジカメで何枚も二人の写真を撮影する。今にも鼻血を出さんばかりの興奮しっぷりだった。
「弥生さんは相変わらずか。」
カイトはその様子をにこやかに眺めている。皐月は撮影に合わせていくつもポージングを取り、睦月はされるがままであった。
「あんたも相変わらずその性格のままなのねー。昔は小憎たらしかったのに。」
「あはは、まあオレも色々とあったんで。」
弥生のどこか惜しむような言葉に、カイトが照れた様な笑みを浮かべる。弥生に対してカイトの物腰が若干丁寧なのは、少し理由があった。と、そんなカイトに対して、弥生が睦月への要件を尋ねた。
「ふーん。まあ、どうでもいいわ。で、ウチの睦月ちゃんに何の用?」
「おっと、また忘れるところだった。睦月、これが依頼のレシピ本だ。で、こっちがお試しの食材。」
カイトは机の上に懐から取り出したレシピ本を乗せた。それを見た睦月は一気に涙を引っ込め、満面の笑顔を見せた。
「あぁ!ありがとうございます!……へぇ、こんな食材があるんですねー。」
睦月は何枚もペラペラとページをめくって中身を確かめる。中には聞いたこともない食材が記述されていることもあり、興味津々といったところだった。
「あ、でもお菓子系は乗っていませんね……」
睦月は最後までざっと読んで、少し残念そうな顔をする。実は睦月は全ての料理が得意で、その中には当然、お菓子も含まれていた。
「ん?ああ、必要だったか?取り敢えず郷土料理系で買ったんだが。」
「……えっと、大丈夫なんですけど……そのお菓子作るの好きですから……。」
そう言って顔を恥ずかしさで真っ赤に染める睦月。カイトにティナも何度かごちそうになっていたので、お菓子作りの腕も確かである。
「ああ、そういえばそうだったな。なら今度見繕う……いや、一緒に行くか。」
「あ、お願いします。」
週明け以降、一般生徒の中から選抜―冒険者登録第二陣の生徒達が中心だが―でマクスウェルへの渡航許可が降りている。その中の一人が睦月であった。段々と街に慣れさせて、異世界の活動に備えさせるのであった。
「わかった……それで、皐月。まずは呼んできてくれてありがとう。それで?お前の質問はなんだ?」
皐月が丁度カイトへの相談がある、と言っていた事を思い出したカイトが皐月に質問を促す。
「ええ……これなんだけど、ウチで受けるかどうか少し揉めててね……」
そう言って出されたのは依頼を書き写したらしい一枚のメモだった。
お読み頂き有難う御座いました。