第114話 地球の遺跡
異空間にて武器技の教示を行っていたカイトだが、瑞樹にエアの剣の本物を見たことがあるのか、と問われて嬉々として語り始めた。
「ああ、見たことがある……アレは3年前の夏休みだったか……オレとティナは長期休暇に日本に分身体を残して各地を旅して魔術的に秘された遺跡などを調査していてな。まあ、当然だが、こういった遺跡は学術調査はされてない上に、魔術的なトラップが盛りだくさん。二人で解除しながらの探索だ。当然困難を極めたんだが……3年前の遺跡は大当たりでな。どうやらヒッタイトの神々の宝物庫に辿りつけた。でだ、そこに居たエアと話せたんだが……どういうわけか、宝物庫の奥に安置されていたこれを見せて貰えた。まあ、訪れる人も無く、知恵の神エアもかなり暇だったらしいからな。オレとティナがかなりの力量で、こういった武具や美術品にも詳しかったことから、話の肴にもなるか、と考えたらしい。で、その後に色々と話をしていると、エアが何かに気付いたらしい。それで……」
そう言ってカイトは満面の笑みで、先ほど創り出した何の変哲もない剣と同じ物を取り出した。だが、その剣は先程カイトが創りだした剣とは、圧倒的と言えるほどに存在感が違っていた。
「これをくれた。」
「これは……凄いな。お前が出来損ないといったのも仕方がない。」
瑞樹の様に古美術品への造形が深くない二人にも、取り出した剣を見た瞬間、一目で纏う風格が異なる事が分かった。神話の時代天地開闢と伝えられて存在しているという武器は伊達ではなかった。
「ええ……これに比べれば先ほどのカイトさんのエアの剣が偽物と認められますわ……。」
瑞樹がもはや呆然となりながらも呟く。何ら変哲のない剣なのに、その存在感は圧倒的であった。この剣に比べれば先ほどまでの名刀は霞んで見えたのであった。
「まあ、さすがにこれを見せた瞬間の村正の爺さんの驚愕っぷりったら無かったな。あの爺さんが思わず愕然としていたぐらいだ。」
楽しげに語るカイトに、同じく初めて見て、その威容に圧倒されたユリィが口を開く。
「いや、カイト……これ持ち出されたら、どんな職人も勝てないよ……これ、多分世界そのものが作った物じゃない?」
さすがに世界の末端の末端とも言えるユリィは、瑞樹達よりも影響が深いらしく、その神々しさから真っ青になっている。
「ああ。さすがにこのレベルの品を創れるのは世界の意思だけだろうな。何を考えて創ったのかは知らん。他にも幾つかこういった品は見たが……どれもこれも桁違いだ。」
「地球にもある所には有りますのね……。」
瑞樹が若干感慨深そうに呟く。カイトの話しぶりからすると、未だに地球にも魔術的な建造物は残っているようで、ただ単に忘れ去られただけであった。
「まぁな。とは言え、魔術の担い手が少なくなったことから、こういった神殿なんかも忘れ去られてしまったらしい。それで手入れのされぬ神殿等は魔術的に隠蔽された遺跡となったわけだな。」
「何故少なくなったんですの?」
少しだけ残念そうな口ぶりのカイトに、瑞樹が問い掛ける。魔術や魔法は使えれば便利な技である。しかし、地球ではなぜかすでに空想の産物と化してしまっていたのである。疑問に思うのは無理がない。
「詳しくはわからんが……聞くところによると、自衛の為らしいな。暗黒の時代……中世の魔女狩りは知っているな?まあ、多くは冤罪だが……あれで魔術を使える人間の殆どが捕らえられ、尚且つ処刑された。更には一神教の席巻だ。異族達への風当たりも強くなり、彼らや彼らの眷属、魔術を使える人間は討伐されるか、隠れ住む、もしくは日本等の比較的異族への風当たりが弱い地域に移り住んで、そこの住人達に紛れる様に暮らすようになり、子孫たちにさえ異族であったことを隠し……といった感じで次第に廃れていったらしい。魔術は使わなければ問題無いし、人間と異なる姿は魔術でなんとかなる。子供達にも生まれた時に魔術を掛けて隠蔽していたこともあったそうだ。姿は世代を重ねれば薄まるから、人間に段々と近づくからな。その甲斐あって次第に血は薄れ、今ではこういった事態がなければ露見しない様にまでなった、というわけだ。」
カイトは少しだけ沈痛な顔をして語る。尚、瑞樹達にさえ、異世界へ転移し、魔力の訓練をしなければ未だに隠されたままであっただろう。まあ、今回はカイトのミスであるが。とは言え、カイトは更に実情を語る。
「まあ、さすがに異族達の中でも長寿の奴は生きてるからな。そういった奴や一部異族の存在を知るやつは隠れ住んでたり、企業や政治家だと裏から手を結んだりしている。人間はどうしても、心理的に呪いなんかを信じる生き物だ。だから魔術的な攻撃を心配して自分の祖先たる異族達に力を貸してもらい、彼らの安全を保証する、というわけだな。」
そこまで語ったカイトは、どこか苦笑いに似た笑みを浮かべた。
「異族は自分達の身の安全を保証させ、彼らを守る。それに、自分の子孫だからな。可愛らしく思えるんだろう。人間側も基本的には祖先を大事にするから、両者の関係は基本良好らしい。それで一般的に異族と魔術の存在が露見しない様に隠蔽しているわけだな。」
カイトから見れば、結局は異族でも人間でも結局は等しく子供が可愛い、と言う風に映ったのだ。それ故、全てを知るカイトには、異族達を排斥するのが可怪しく映ったのである。結局、異族も人間も少し違うだけで、精神は何も変わらないのではないか、と。
「ですが……今回の一件でかなりそれも怪しくなりそうですわね。」
カイトの説明を聞いた瑞樹だが、それゆえに、今の地球で起こっているであろう混乱が容易に予想できた。これは、正解であった。いきなり500人の人間が建物ごと消失したのである。今の地球の科学技術で不可能であることから、すでに魔術などによる転移説やエイリアン説が盛んに議論されていた。
「ああ……多くの国では帰還してくれるな、と考えているだろうな。」
苦笑したカイトが、瑞樹の言葉を肯定する。カイトの調査によると、各国上層部の中には異族や魔術師と繋がりのある者は少なくない。国によってはトップが異族の末裔であることもあり、彼らにしてみれば、魔術や異族の存在を明らかにしかねないカイト達の存在は、頭が痛い存在なのであった。
「ですが、もしそんな事を口に出せば……後は国民からの支持を失うだけですわね。」
瑞樹もカイトと同じく、苦笑を浮かべる。当たり前だが、一般人はそんな異族の現状を知り得ることはない。単に、不可思議な現象に巻き込まれた者達に憐れみを向けるだけだ。事実それを口にした他国の軍人でも特にタカ派と目される人物が各国からの非難の嵐を浴びていたが、今のカイト達の知らぬことである。
「だろうな。まあ、そうでなくてもオレ達を管理しよう、など言うやつは居るだろう。」
カイトがどこか頭が痛い、と言う風な感じで告げる。これも正解で、多いのはカイト達が在籍する日本とはあまり関係の良好では無い国の重要人物達である。場合によっては日本に強大な力を与えかねず、軍事上嫌がるのは当たり前だろう。
「どうなるかは後で考えるべきだな。まずは帰り道に筋道を立ててからだ。」
何か理解不能な政治の話に飛んでいた二人の会話を聞いていた瞬が、首を傾げながら軌道を修正する。話が脱線していた事に気付いたカイトも、苦笑して頷いた。
「それもそうだな。じゃあ、話を戻すか。で、これら遺跡だが、中には今でもきちんと伝説の武具が安置されていることも少なくない。まあ、魔術的な因子が大きな物だからな。風化など考えても無駄だ。実は隠れてそう言う遺跡を探している研究者も、実は居るには居る。」
「某映画の教授みたいな感じですか?」
凛が具体例を上げてカイトに尋ねる。例として上げられた映画は様々な遺跡をめぐるフェドーラ帽をかぶった鞭を携えた考古学者の映画である。まあ、神秘的な遺跡を舞台としているので、間違ってはいない。
「ああ。まあ、さすがに強固に魔術的に隠蔽された遺跡の中でも神々に関連する遺跡には到達できていないな。あるのは中でもあまり隠蔽がなされていない遺跡が多い……あと、研究者には変人が多い。」
どこか頭を痛めた様なカイトだが、こういった遺跡めぐりをしている内に、カイトとティナはその界隈でそれなりに有名になっていた。まあ、集団に属せず、たった二人でこういった魔術的に隠蔽された遺跡へと訪れては宝を発見するのである。有名になってもおかしくなかった。また、時々こういった遺跡で一緒になる研究者もおり、中には個人的に知己を得ている者もいた。
「ん?だが、隠蔽したいんだろ?なら遺跡への調査も禁止するんじゃないのか?」
瞬の疑問はもっともだ。日本で言えば天道や神宮寺といった大財閥にも影響力を行使できるのなら、現地政府に命じて禁じてもおかしくなかった。それに、カイトは若干矛盾した気持ちを思い、許可を出した者達に対して苦笑する。
「まあ、彼らにしてみれば自分達の祖先の土地だ。そこにどんな歴史や遺物があるのか、知りたいのも無理は無いだろう。公表しない事を条件に認めているらしい。まあ、オレ達は異族だと思われているらしくてな。公表の恐れなし、として黙認されている。まあ、ある遺跡で神族がオレ達との謁見を認めたから、というのもあるがな。」
この時は裏世界が大きく揺れ、各国が全力でカイト達の正体を探ろうとしたのだが、地球で隠れ住む程度の異族でカイト達の正体へとたどり着けるわけもなく、未だに捜査は難航していた。辿り着けそうな異族や神々にしても日本に隠れ住んでいるか、カイトの知己である。今の所、露見する心配は無かった。
「……それだと、何時かは俺達も訪れられるのか?」
瞬は異世界で魔力に触れ、興味が湧いたらしい。話半分にカイトに聞いてみた。
「ああ、そうしてやってくれ。遺跡に隠れ住んでいる神族なんかも暇だったり、寂しがっていたりするからな。かと言って実力からあまり表に出ることもできん。無礼を働かない限りは基本、歓迎してくれる。日本だと未だに神社やら祠で土着神も信仰されているからな。中にはオレの伝手で日本に隠れ住む事になるような神族も少なくない。」
カイトは少しだけ、苦笑する。神族といえど、感情を持つ生命である。当然そこには人恋しさも存在していた。カイトの各地の遺跡めぐりにはそう言った神族の状況を確かめる意味合いもあったのだ。
「そ、そうか……」
さすがに神相手に寂しがりやなど言われてもどう反応すればいいかわからない瞬が、顔を引き攣らせてそう答える。
「日本だと、まだどこの建造物も手入れされているし、案内人も居ることが多いんだが……世界各地だと一神教の席巻で忘れ去られて、手付かずになってしまったところも多い。中には誰からも忘れ去られた挙句、それに怒った神様達が手を加えて危険になった遺跡もある。もし本当に興味があるなら、帰ってからこういった遺跡について教えよう。」
「……ああ、帰ったら教えてくれ。」
少し足踏みはしたが、瞬もやはり冒険には興味が抑えられなかったらしい。帰ったら教えてもらえるように、カイトに頼む。そして、それに頷いたカイトに、ユリィが少しだけ寂しそうな顔で願い出た。
「次に帰るときは私も連れて帰ってね?今ならカイト達と一緒に居ても問題ない大きさになれるし。やっぱりカイトが居ないと寂しいよ。」
「まあ、あの当時よりオレ達の力量も上がっているからな。まあ、いいか。」
そんなユリィに、カイトが苦笑する。元々、別れも唐突で、殆ど地球の異族達の知識が無い状態だったのだ。彼女を連れて帰る事なんて考えたこともなかった。が、地球にも異族達がいるのなら、別に問題は少ないだろうと考えたのだ。
「やった!それに地球にも異族が居るなら、妖精族も居るんでしょ?会ってみたいなぁ。」
「ああ、会ってみると……いや、会うな。ろくな事にならん。」
そうして、妖精族がいる事を肯定したカイトだが、ふと、地球の妖精族について思い出して訂正する。結局、異世界であれども妖精は妖精であったのだ。
「どういうこと!」
頬をふくらませて抗議するユリィ。が、カイトの懸念のほうが当然であった。妖精族はなぜか同族には危害を加えない。つまり、被害に合うのは別種族であるカイトであることは確実であった。
「お前らに揃って悪戯されたら被害遭うのこっちだろ……」
そう言ってカイトが更に愚痴ろうとして、瑞樹が止める。
「ま、まあ、それは置いておきましょう。で、そろそろやり方を教えてくださいません?」
それを受けたカイトは愚痴をやめて訓練に戻ることにした。
「ああ、そうだな。まあ、今日は触りだけだ。あと、練習は最大で一日10回だ。魔力をかなり消費するからな。」
そう言って一同は練習を始めたのであった。
そしてその夜。カイトはあることを思い出して跳ね起きた。
「お兄様、どうされました!」
いきなり跳ね起きたカイトに、びっくりしたクズハが驚いていた。
「しまった……これ渡すの忘れてた……」
「本、ですか?何か依頼がお有りで?」
カイトが異空間から取り出したのは一冊の本。睦月達から頼まれたレシピ本であった。
「そういえば忘れておったのう。途中で地球の異族の話を絡めるからじゃ。」
カイト達3人はうっかりだが、他の面子は精神的ショックが大きく、完全に記憶から忘れ去られていたのである。
「そういえばそんなのもあったねー、まあ、急ぎじゃないって言ってたから、明日でいいんじゃないの?」
「それもそうか。明日渡すか……」
時計を見れば、夜11時を回ったところであった。さすがに今から睦月の部屋を尋ねて届けるわけにも行かないので、カイトはそのままベッドに倒れこみ、眠りについたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2016年1月11日 追記
・誤字修正
『先程』が『秋ほど』になっていたのを修正しました。