第113話 真なる逸品
瑞樹と瞬へ教える武器技の紹介を終え、カイトは地球には蛇腹剣の武器技が存在しない凛への教授へと移る。
「でだ、凛に教える技なんだが……遠距離技にしてみた。」
そう言ってカイトは街の安めの武器屋で売っていた中古の蛇腹剣を取り出す。
「はぁ!」
カイトが一息に横薙ぎに蛇腹剣を振るい、更には蛇腹剣の長さを調節しているロックを外した為、蛇腹剣が一気に伸びる。伸びた蛇腹剣は伸びきった瞬間に刃が幾つものパーツに分裂し、飛んでいった。
「あぁ!壊れた……先輩、素人じゃないんですから、使えなくても武器のメンテぐらいしたほうがいいですよ?」
中古であったのは見て取れたのだが、自分でも見て取れたが故に、凛は蛇腹剣の剣の欠片が飛び去ったのは明らかにカイトのメンテ不足だと指摘した。
「まあ、よく見ておけ……」
「……え?」
そうしてカイトが手に残った柄を操ると、飛んでいった筈の刃が宙に滞空し、カイトの左右に控えた。
「更には!」
笑みを浮かべたカイトが更に柄を操り頭上に掲げると、それに従って周囲に従えた刃の破片がカイトの周囲をぐるぐると回る。ちなみに、この柄を頭上に掲げるポーズには大した意味は無い。視覚効果以外に意味は無いので、単なる気分である。
「剣界……と言ったところだな。」
嬉しそうに笑ってそう言うカイト。そしてそれを冷めた目で見る凛。
「中二病ですね、先輩。」
「くっ……。」
カイトは10歳以上も年下の少女に冷えた目ジト目で見られてちょっとだけショックを受けた。少々顔を引き攣らせる。が、気を取り直して解説を続ける事にした。
「……うん、まあ、いい。それで、更には……」
カイトは強引に頷いて納得する事にすると、更に柄を突き出す。すると刃は前方の一点を中心として円を描く。
「は!」
カイトが気合を入れると同時に刃は一点を目指して一気に加速する。そしてそのまま再びカイトの側へと戻ってきた。
「まずは空中での蛇腹剣の操作。これが基本。」
「え!?これ基本ですか!?」
そもそも数十も有る蛇腹剣の欠片を空中で自由自在に動かしている時点でかなり高位の技量―と凛は思っている―なのに、それを基本と言われた凛が目を見開いた。
「ああ。でだ、これからが応用編で、当分の凛の目標だな。」
凛の驚きを完全無視したカイトが側に控えた刃へと魔力を込めると、刃一つ一つに炎が宿った。そしてカイトは先ほどと同じく蛇腹剣の柄を突き出す。
「ここから更に……はっ!」
そうしてカイトが気合を込めると、先ほどと同じく炎を宿った刃が敵を貫かんと殺到した。
「まあ、これだとただ炎が宿っただけだと思えるが……」
そうしてカイトが更に操作すると、今度は滞空した刃から小さな火球がいくつも放出される。更にそこから操作し、上空に無造作に刃を配置し、上空からの絨毯爆撃を引き起こす。
「他にもこういうことが出来る。」
そう言って一旦炎を消すと、次は蛇腹剣の欠片ごとに異なった属性を宿させる。
「えぇ……」
凛が呆然として、口は開けっ放しになる。全属性の同時操作となると、かなりの困難を極める。多少は魔術を嗜む者としてそれを知っている凛は、かなりげんなりした。
「これが一旦の目標だな。最終的にはこれを応用した技を習得してもらう。」
そう言ってカイトは滞空していた刃の破片を集合させ、元の蛇腹剣に戻す。そうして一度蛇腹剣の具合を確かめ、異常が無い事を確認し、再び異空間へと収納した。当たり前だが、カイトは使う前にメンテを行わなかったわけでは無かった。
「まだあるんですか……」
ただでさえ困難な全属性同時操作に加え、更に上を修得するように言われた凛。更にげんなりしてしまった。が、カイトはそんな凛に苦笑しつつ、やんわりとその先は楽だと嘯いた。
「ああ。今のだけだと火力が足りないからな。切り札足りえん。まあ、最後の切り札は全属性さえできれば困難ではない。心配するな。」
そう言って凛への新技紹介を終えるカイト。当たり前だが、凛の最後の切り札は最後の切り札に見合った高難易度かつ超高威力な技であった。これで三人に新技の紹介が終わった事になる。
そうして、カイトは三人へ教示する新技の説明を終えると、質問の時間を設けた。
「これで三人分だな。でだ、何か質問あるか?」
「タイムリミットのデメリットはどの程度で起こるんですの?」
「まあ、人それぞれ何だが……武器によってはいきなり発動するものもある。」
瑞樹の問い掛けに、カイトが自分の経験から得た知識で答えた。瑞樹が問い掛けたのは、当たり前だが、デメリットの事をしっかり把握しておかなければ、いざというときに足を掬われかねないからだ。
そうしてカイトは幾つかの武器を創り出し、その中から黄金の柄とベルトを持つ剣を手にとった。その容姿から察する所があったのか瑞樹が思わず後ずさり、その顔は引き攣っていた。
「……ティルフィングですの?そうなら抜かないでくださいな。」
「そうだ。メリットは必勝を得られる。今は見掛けだけの再現だから何の力も持っていないが……コイツは一度抜けば誰かを殺さなければならない。また、所有者の望みを3つ叶えるが、その代わりに最後は所有者の命を奪う。タイムリミットで起こるのは両方だが始めから発動している……また、抜けば誰かを殺さなければならないのは確定した呪いとなっている。デメリットは抜いた時点で発動だな。もし、果たさずにしまえばどうなるかはオレも知らない。知りたくもない。」
引きつった顔で後退り距離を取った瑞樹に苦笑するカイトが言った通り、<<成就と破滅の魔剣>>と呼ばれた魔剣には、かなりのデメリットが存在していたのであった。
「物騒だな……。」
瞬も思わず見た目の美しさに見惚れていたが、そのあまりに禍々しいデメリットを聞いて顔を顰める。
「まあ、魔剣なんてそんなもんだ。他にも同じ北欧だと<<求血の魔剣>>がこれに当たるな。こっちは抜けば誰かの血を吸わない限りは鞘に納まらず、切られた傷は治らない。どれもそうだが、無闇矢鱈に抜けない逸品だ。」
そう言ってカイトは赤い剣を手に取る。が、すぐに消失させた。自身で無闇矢鱈に抜けない魔剣と言いつつ、抜く趣味は無かった。
「デメリットの無い武器は無いんですの?」
デメリットは当分考えなくても良いとは言え、どれもこれもがデメリットだらけのカイトの術技に瑞樹が呆れ返り、試しに聞いてみた。
「あるにはある……が、どれもコレも創り出して使用するにはとんでもない魔力を消費するな。実戦で使えるのは少なくとも各種族の族長クラスの戦闘能力が必要だ。本物を見つけ出した方が早いかもな。」
肩を竦めたカイトは先程まで浮かべていた武器達を一度消失させ、再び別の武器をいくつも創り出す。
「例えばコレ。ケルトのルーが持つとされる剣。どんな金属でも切り裂き、投げれば所有者の意思一つで戻ってくるすぐれものだ。名は<<輪転剣>>。他にも……ヒッタイトからはコイツ。」
創り出した剣を見てどこか顔を顰めたカイトは、一件すると何ら変哲のない剣を手に取る。剣というにはデザインが少し奇抜な程度か。ユリィを含めた4人は今までで最も平凡なその容姿を訝しむが、その正体に思い当たったらしい瑞樹が思わず息を飲む。
「もしかして……エアの剣ですの?知恵の神エアが宝物庫より取り出して、ウルリクムミを討伐したとされる剣?」
ウルリクムミは石で出来た巨人で、剣や矢といった物理攻撃が効果なく、目や耳が無かったことから誘惑などの精神攻撃も効果無し。おまけに大きさが約10万キロメートルと言うぶっ飛んだ巨人であった。カイトも戦えと言われれば、首を勢い良く横に振るだろう化け物であった。
「ああ。メリットのみの武器としてコレほどの物は無いだろう。天地を開闢したとされる概念を有する武器の中の武器。そもそも、剣でさえ無いはずだ。さすがにオレもコイツの本物を見れた時には感動したな。現代まで残されていたとは思っていなかった。オレの力量では真に迫った物も創れない……本物はもっとオーラというかなんというか……そうだな、有する風格が異なっていた。もっと神々しいオーラを持ち、こんな出来損ないでなければ一目瞭然で全員にわかったことだろう。オレの腕もまだまだ、ということだ。まあ、あんな武器の前では多くの名刀利刀、英雄が使ったとされる武器達の多くが劣るものになってしまうだろうな。」
カイトは興奮した様子で語る。初めて本物を見た時の興奮が冷めやらぬのであった。実はカイトはこういった古美術品の中でも特に剣などの武具を、趣味と実益を兼ねて収集していたのであった。
「まあ、こっちになるが、オレが数少ないアレに匹敵すると思うのがこの指輪だ。」
そう言ってカイトは自身の右手に嵌めた指輪を見せる。見せたのは大精霊たちから貰った―もとい押し付けられた―<<祝福の指輪>>である。
「これも同じくデメリット無し。オレにだけ使えるようにと拵えられた物だ。当然本物なので、オレならば使用制限なし……と言うか、オレ以外には使えん。武器技は物理、魔術によらず、属性攻撃であれば無効化し、所有者の魔力へと変換する。後は契約等を無効化する様な影響を完全にキャンセル出来るな。まあ、さすがに精霊たちも第三者から強制的に契約を解除されると困るからな。これは精霊からの加護やら契約にも言えることだ。他者の魔力を所有者の魔力へと変換する事がどれだけぶっ飛んだことか、については割愛する。」
此方は若干苦笑しながら語るカイト。やはり、自身の伝説に最も近い道具とあって、説明するのが少しだけ気恥ずかしかったのである。そんなカイトに対して、ユリィが解説する。
「ちなみに、属性を含んでいれば全部無効化されるからね。当然属性攻撃を含んだ斬撃も無効化されるよ。攻撃する場合はその人由来の魔力オンリーで戦うしか無いよ。ぶっ飛んでるよねー。」
あはは、と笑うユリィだが、仲間内で最もその恩恵を受けていたのは間違いなく彼女だ。彼女はほぼカイトの側で戦い抜いたので、彼女に向けられた魔術の殆どはカイトにも影響が出る。その為、多くがこの<<祝福の指輪>>の効力で無効化されたのである。
「と、言うことは……殆どの攻撃が効かないのか?」
ユリィによって補足された指輪の解説だが、これに加えてカイトの技量とエネフィア最大の魔力保有量である。一度に使える魔力も当然膨大に出来るので、適度に放出すれば相手に魔力を与えまくって自滅を誘う、というよくある方法が効果をなさない。
と言うか、<<祝福の指輪>>の場合はそういったデメリットは大精霊たちが無効化するので、実質的には無理なのであった。ちなみに、何故か地球でも使えるのだがどういう理屈なのかは、カイトにも理解出来なかった。
そうして、瞬の疑問に、ユリィが溜め息を吐いて答えた。
「まあ、そうなるよねぇ。おまけにカイトの魔力だと殆ど不老だから、限定的な不老不死だよ。」
「いや、さすがに死ぬぞ?……まあ、頭を吹き飛ばされた程度だと死ねないが。」
「お前……本当に人間か?クマムシかなにかじゃないのか?」
瞬は呆れ返った顔で、カイトを見る。クマムシかプラナリアもかくやの生命力なので、疑問に思うのも無理も無かった。
「酷いな……まあ、そう思いたい気持ちはわかる。話を戻すが、まあ、この指輪はなにげに外せなくてな……呪わ……いや、悪い。心の篭った贈り物だ……いやだから、悪いって……感謝してるってば……」
途中から何故かブツブツと謝罪を始めたカイトだが、彼の言うことは殆ど事実に近い。
大精霊たちがカイトを守るための指輪なので、カイトの意思でさえ外せなくなっている指輪である。何方かと言うと、呪われている感じであるのだが、同時にこの世界で最も高貴な大精霊達の祝福なのである。誰も解除できないのであった。
ちなみに、この指輪を見ただけで、心の弱い聖職者ならば恐ろしさから平服し、信心の深い聖職者であれば信心から涙を流して平服してしまうのであった。解呪の専門家は解除するなぞもってのほかと言い、力技ではカイトとティナに無理な以上、解呪……ではなく解除は不可能そうである。
「はぁ……オレは発言の自由も無いのか……いや、だから監視してんだろ?」
カイトは精神世界から響いてくる文句にケリを付けて溜め息を吐いた。と、それと同時に再び発言を聞いた大精霊の一人から文句が飛んできたので、カイトが対処に入る。
瞬達事情がわからない三人は、そんなカイトを訝しむ。ユリィは事情が掴めているので、苦笑いを浮かべるしか無かった。そうして、再び会話を終了させたカイトを見て、ユリィが苦笑ながらに問い掛けた。
「皆様何か仰ってたの?」
「当たり前の如くシルフィが文句言って来た。」
「ああ、シルフ様か……」
ユリィは自分が風の精霊の眷属であるので、迂闊なことは何も言えない。なので、彼女は苦笑するだけで終わった。そんなユリィに代わって、未だ事情が飲み込めない瞬がカイトに問い掛けた。
「一体誰と話していたんだ?」
「まあ、大精霊たちと話してた。コレ大精霊たちから貰った物なんだ。ああは言ったが、オレにとってはありとあらゆる武器達以上に信頼しているものだ。」
少しだけ照れくさそうにそう言って、カイトは自慢気に未知の金属と未知の虹色の魔石が取り付けられた指輪を掲げる。掲げられた指輪は、その威容を示すように、綺麗な光を讃えていた。ちなみに、この発言と照れくさそうなカイトに、大精霊達は超が付くほどにご満悦であった。
「その隣の指輪は何ですの?」
と、指輪を掲げたカイトだが、その右手にはもう一つ、別の指輪が嵌っていた。そちらもまた、虹色の魔石が取り付けられていたが、そちらは光り輝くことは無かった。
「ん?ああ、こっちか。こっちも精霊達からもらったものでな。こっちは契約者の証の様なものだ。効果は何もない。」
カイトの言う通り、現象的にはそうである。が、コレをどこかの国の王城や皇城などで掲げて登用を望めば、即座に将軍クラスの待遇が受けられるだろう程の効果は持っていた。
「精霊たちとの契約については聞いた事があるだろ?その証の指輪だ。こっちは何故か外れんだよなー。」
すぽっ、と契約者の証である方の指輪を外し、再び指に嵌める。まあ、そもそも此方の世界でこの契約者の指輪を手にした者が外そうとすること自体発想に無かったので、此方は外せなくても問題無いのであるが。
「まあ、全部の精霊と契約してるなんて、カイトぐらいだからねー。この8色に変わる指輪は両方共カイトの物しか無いよ。」
「さすがにコレだけはオレの活動の中で自慢だな。」
そう言って誇らしげに語るカイト。滅多に自分の功績を自慢として語らないカイトだが、これだけは、素直に自慢していた。
「まあ、それはいいとして……エアの剣だが、さすがにアレを使うことは無い、と願いたい。デメリットらしいデメリットが威力と効果範囲がでかすぎることだからな。全力だとこの異空間さえ余波程度で消失させかねん。」
カイトがかなり苦笑いを浮かべながら告げる。ヒッタイトの神話において天と地を分かった剣である。人によって創りだされた程度の空間なら斬り裂けぬ方がおかしい。それどころか並の神族の創り出した世界であっても切り裂くだろう程の威力を、カイトは試射で確信していた。
ちなみに、この存在を知るティナは、カイトの試射を見た瞬間、まずどうやってカイトに使用を思い止まらせるかを真剣に考えた程の威力であった。カイトがこんなヤバイ代物を使うとすれば、まず間違いなく、『ブチギレ』た時だ。当たり前だが、激怒状態のカイトには手加減が無い。ただでさえ二つの世界で最も強い存在が手加減無しで使えば、下手しなくても世界が吹き飛びかねないのであった。
「まあ、ヒッタイトでは天地を開闢した神話を持ってますものね……?先ほどから本物を見た様な発言をなさってません?」
実は小首を傾げる瑞樹が気付いた様に、カイトは気付けるように語っていたのだ。そうして、その言葉を聞いたカイトは、嬉しそうに語り始めるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。