第110話 地球の異族達
「もしかして……他にも一杯いますの?」
瑞樹によって投げかけられた疑問にカイトは隠すでもなくあっけらかんと答える。
「居るぞ。」
そう言ってカイトは何枚かの写真を異空間から取り出して一同に見せる。それは彼が何時も携えている、地球の仲間達の写真であった。
「ここに写ってるの全員が妖族・異族だ。」
「えぇ~……って、これ最近売り出し中の女優じゃねぇか!こっちは……げ、確かこないだハリウッド映画にも出てた有名俳優じゃね?確か芸能界でもかなりの大御所の筈……」
「ああ、その爺さんが日本に居る村正だ。芸名の蘇芳が本当の名だ。ここに写ってる内の半分の総元締めだな。英語堪能だろ?魔術使ってるんだから、当たり前だな。」
引きつった顔のソラが見ていた写真を覗きこんで、カイトが笑いながら言う。
「こっちの写真ってファッション誌に出てた外国のモデルさんだよー……性格はクール。誰にも媚びないその姿勢で世界中にファンがいて、最近映画デビューもするんじゃないか、て噂だよー。金色の髪がすごいきれい。こっちは確か、世界的な歌姫じゃなかったっけ?」
そう言って魅衣に別の写真を見せる。そうして、覗き込んだ魅衣が大声を上げた。
「どれどれ……私この人の大ファンなんだけど!CD全部持ってるし!」
魅衣と由利は渡された写真の内、ウェーブの掛かった金髪の柔らかな笑みを浮かべる女性とカイトが写った写真をみて、思わず声を上げる。
「そっちの二人は外国系の異族で、色々あって日本を中心に異族活動してる。まあ、芸能活動は海外中心で、今はオレの使い魔で世界中を移動しているな……あ、あった。これがサイン入りCDとポスター。歌姫がマーメイドで、モデルが吸血鬼だな。二人が大の親友だって知ってるか?」
自慢げなカイトが、サインの入ったCDとポスターを見せる。それは直筆サイン入りで、おまけにカイトへ、ときちんと名前入りであった。
「初耳よ……それで色々って?で、それ頂戴。」
そう言って魅衣がサイン入りCDに手を伸ばす。大ファンと言うだけあって、即座にサインが本物と見分けたらしい。ちなみに、この歌手のファン繋がりで、魅衣とカイトの妹は非常に仲が良く、共にライブに出かけるぐらいであった。
「今度自分で頼め。まあ、欧州って昔から異族に風当たり強いだろ?それで二人は偶然出会って一緒に逃亡生活を続けてたらしいんだけど、それも中世の魔女狩り以降厳しくなってきて……基本共生している日本に逃げてきたらしい。まあ、日本に来たのはかなり昔のことで、最近までは隠れていたらしいが。日本に居る内に同じような境遇の異族を束ねていたのが、そっちのエリザ―モデルの方―だな。エルザ―歌姫の方―はそれを献身的にサポートしてたらしい。二人で似たような境遇の異族を束ねて、日本で一大勢力にまでなった奴らだ。逆に村正の爺さんは長年日本で生活する内に、何時の間にか爺さんを中心とした一大勢力が出来上がった、ということだな。」
カイトは解説しながらひょい、と魅衣の手からCDが届かない場所に移動させる。すると魅衣がぴょん、とジャンプして手を伸ばすが、やはりちょっとだけ届かない。そうして、カイトが何度かそれを繰り返して魅衣で遊ぶ。
「頂戴、って!」
「ほれ、こっちこっち。」
「カイト、お主な……」
そうして楽しそうなカイトが述べた言葉を聞いて、ティナが頭を振るう。一方、カイトは楽しそうに魅衣とじゃれあっていた。そう、実はまだこの時、ソラ達は他人事で済ませる事が出来たのだが、カイトが語りすぎていたのであった。現に、当たり前の疑問がソラから飛んだ。
「一大勢力って、いくつ勢力があるんだ?」
更に聞かれた事を楽しそうに語っていたカイトだが、聞かれてしまった、という顔をする。そうしてティナを見ると、ティナがやれやれ、と肩を竦めていた。
「どうせ、何時かはわかることじゃろ。」
が、彼女は何時かは発覚する、と思い直すことにした。まだカイトとティナしか気付いていないが、実は既に一部の面子には、彼らも気付かぬままに、その兆候が現れ始めていたのである。
「あ……あー……うん、でかいので3つだな。2つはさっき言った勢力だ。もう一つなんだが……実はオレもよく知らん。」
そう言ってカイトがかなり言い澱む。しかし、大きく溜め息をついて話を続けることにしたらしい。魅衣弄りで遊びすぎて、ついうっかり語りすぎてしまったのである。
「まあ、わかっている情報があるにはあるんだが……」
「ん?どうしたよ。」
翔が明らかに言い澱むカイトの様子を見て、明らかにおかしい事に気づく。
「ああ、まあ、実はこの最後の勢力ってどうにも企業や名家と繋がっているらしくてな。あー、全員……ショックを受けないでくれよ?」
頭を掻きながらカイトが断りを入れる。が、現状から更に力を得て日本へ帰還した場合、確実にはわかることなので、もう隠すつもりはなかった。
「この妖族と繋がっている名家や企業で、確実とされるリストがあるんだが……天道と神宮寺の両家もリストアップされてる……というか、両家共に血筋に妖族の血が混じっているという結論だな。他にも幾つか学園に居る家系があるな。どこまで遡るかはさすがにわからん。まあ、爺さんなら知ってるかも知れんが、そのリストには記述がなかったな。」
「なっ……それは本当ですの?」
瑞樹は自分たちでさえ知らされていなかった事をあまり繋がりのないカイトに言われて、思わず愕然とする。何も言わないが、桜も顔が真っ青だった。それを見て、カイトはやっぱりそうなるよな、と思いながら、洗いざらい話す事にした。
「後は逢坂の分家の桜田家もだな。楓にはまだ黙っておいてやれ。校長も知らんかもしれん。さすがに他家までは知らんが、天道は龍族だな。これは傍系の更に傍系のオレに龍殺しが極微小だが効果があったことからも確実だし、爺さんも認めている。本家の人間の桜と本家に近いソラは気をつけておけ。まだ不明な瑞樹はできるだけ種族に特効の武器には近づくな。」
そう、カイトもティナも語らないで済ますことが出来ないのは、これが理由だ。もし、このまま力を付けていくことでその血が目覚めてしまった場合、知らぬのに迂闊に近づいて、命取りになりかねないからであった。
「……はい。」
真っ青になりながらも命に関わることなので、三人は心に留める。そうして、真っ青になっている三人だけでなく、その矛先は他の面々にも向いた。
「で、こっからが可能性が高い、ってレベルだ。一条家と三枝家の名前がここに入る。後は数代前にどの勢力にも属さなかった流れ者の異族が居る可能性がある、ってのが翔の山岸家と由利の小鳥遊家のところだ。」
三枝は魅衣の実家である。その言葉を聞いて全員が顔面蒼白となるが、さすがにカイトがフォローを入れた。
「まあ、そんなこと言い始めれば日本人の大半が異族の血が混じっている可能性が高い。混じっていないのは帰化人一世同士の子供ぐらいだろう。」
「いや、慰めになんねぇよ……」
慰めにならない慰めを言うカイトに、げっそりとしたソラが言う。
今まで自分達は純粋な人間と思っていたものの、実際には異族の血が、高濃度で混じっている可能性が高いと知ったのだ。これは今までの大前提が崩れる事態であった。彼らが真っ青になるのは無理がなかった。
「まあ、そうなるよな。オレも気付いた時は唖然となった。」
そう言うカイトだが、実はエネフィアに居た時にすでに自分に龍族の血が流れている事を知っていたし、唖然にもならなかった。それを知った時には、自身に龍族の血が流れている事を知る以上にショックを受ける事態があったからだ。
「まあ、これが役に立つこともある。現にオレも龍族の血が役に立ったことがあるからな。」
ぐったりとして真っ青になった一同を見て、カイトはどうしたものか、と頭を悩ませる。そうして口に出たのは、とっさに思いついた事であった。ちなみに、これは事実ではないが、嘘でもなかった。
「あー、取り敢えず、全員落ち着くまで一旦休憩で。」
それでもぐったりした様子の一同をなんとか慰めようとしたものの、さすがに掛ける言葉が無いので取り敢えず落ち着くまで休憩にしたカイト。その間はルキウスらと相談することにして、ケアをユリィに任せることにしたのであった。
さすがに教師歴の長いユリィはこういった場合のアドバイスも心得ていたらしく、30分程度休憩を挟んだ後にはなんとか全員話ができる程度には持ち直していた。彼女は公爵家の持つ孤児院でも話す事が多いので、いきなり異族の血に目覚めた子供のケアも務める事があったからだ。
「はぁ……で、結局聞きそびれたんだが、なんでお前そんなに日本の妖族と異族について詳しいんだよ。」
まだ顔色は悪いものの、持ち直したソラがカイトとティナに尋ねる。
「うむ、それはカイトがこの2つの勢力の総元締めじゃからじゃ。」
さすがにこれ以上の吐露はショックが大きいかと適当に嘯くつもりだったカイトだが、速攻でティナに答えられてしまった。
「……おい。」
「なんじゃ、別に良いじゃろ?」
何処か責める様なカイトに対し、ティナがあっけらかんと答えた。彼女は一気に全部やったほうが、ケアが楽で良いと判断したのだ。
「はぁ……まあ、村正の爺さんに会ったオレなんだが、その後どの勢力にも属さない異族が騒動起こしてな。なかなか強かったらしいんで、オレが出張ったんだ……が、それでオレに纏め役移譲されたんだよ。まあ、爺さん曰く、古龍に認められた人物だから受け継ぐ資格はあるだろう、ということらしいが……アレは絶対趣味の刀鍛冶に没頭したいからだったな。」
溜め息を吐いてそう言うカイト。当主を譲れるとあって、当時の蘇芳翁は非常に嬉しそうな顔をしていた。周囲の面子は慣れていたのか、呆れつつも何も言わずにそれに従った。カイトが実力を示した、ということも大きい。そうして、カイトは更に続ける。
「さすがに少しの間は爺さんもフォローしてたんだが……少しして爺さんの補佐だった菫―日本のモデル―さんに補佐を交代した……というのはまあいいだろう。爺さんの所はそれで良かったんだが……トップ交代でいきなり正体不明の馬鹿強い若造が出てきたもんだから、警戒したエリザ達の所と少しごたついてな。そこから色々あってエリザ達のところの内紛にも首突っ込んだら合併して一つに纏めようって事になった。それで協議の結果、オレが総元締め、エリザ、エルザが補佐やることになって、今じゃ芸能活動以外は全部刀鍛冶してやがる。」
何故地球に戻ってまで纏め役をやらせられているのか、という疑問を常々感じていたカイトは、溜息混じりに愚痴る。
「というか、カイトの場合は二人に懐かれて何時の間にか使い魔契約に似た契約を交わしたんじゃろ。カイトが主、二人が従者という感じじゃな。まあ、他にも……」
再びティナが余計なことを言う。更に続けて何かを言おうとしたので、カイトは半ば本気で睨んで黙らせた。
「……カイト?後でじっくり聞かせてね?」
「カイトくん、いっそ今のうちに全部吐いちゃいません?楽になれますよ?」
女性・使い魔となり何があったか大凡把握したユリィが笑顔でそう言う。更には今まで真っ青であった桜も少し血の気を取り戻して二人共輝く笑顔で言う。ただし、ユリィは目が笑っていないし、桜の眼からは光沢が消えていた。二人共、これで全部とは夢にも思っていないのであった。
「いや、だからオレが積極的にそうなるように動いたわけじゃない!何故かそうなっただけだ!オレは悪くねぇ!」
「ネタを被せて煙にまくつもりじゃろうが、この二人には通じんぞ?」
どう考えても桜はゲームをやっているとは思えなかった。ユリィは当然ネタ元さえ知らない。ネタをネタとして把握してもらえなかった……はずであった。
「あ、公爵繋がりですよね?あっちは息子ですが……何なら髪切ります?ここは日本古来からの丸刈りで。」
「え?わかんの?」
意外そうにカイトとティナが目を見開く。まさか桜が普通にゲームを嗜むとは思っても見なかったのである。
「あのシリーズはリメイクを含めれば大半プレイしてますので……」
「む?では、これとかはやっておるか?」
そう言ってティナが幾つか異空間に収納していた似たような作風のゲームソフトを取り出す。何本かは桜もプレイ済みらしく、2人で盛り上がりそうになる。
桜が随分と回復したのを見て、カイトが少しだけ安心する。実はティナはこうなる様に仕向けたのであった。そんな二人を見て、他の面子も若干だが、更に回復した。
「おーい、本題に戻るぞ……二人には不在しがちなオレのサポートを務めてもらっているから、助かっている。代わりにオレも芸能活動をサポートしているな。」
「ふーん。具体的には?」
そうして、カイトが何処か何時もと違う笑みを浮かべたのを見て、長年の付き合いからユリィが感づく。ちなみに、桜はまだ、この僅かな差には気付ける程の力量が無かった。
「……主に、転移系統を使用した移動面で。」
そう言って目をそらすカイト。しかし、これで桜に異変を気付かれた。つまり、視線の先には桜が光沢のない眼をした笑顔で立っていたのである。そして、桜が口を開いた。
「他には?」
「……な……いや、ちょっとある。」
僅かに逡巡して、カイトは危うくワーストの決断をしそうになって間一髪で少しだけ認める事にする。が、当然少しではないことは全員にバレバレであった。
「ほ・か・に・は?」
「……責任は取ります。」
「カイトォ!」
責任は取るつもりではあるものの、カイトとてさすがに始めからそう動いているわけでは無い。無いのだが、何故かそうなる。クズハ、ユリィを始めとするカイトに近しい女性陣が頭を悩めていることであった。
そうして一頻り芸能活動している異族について話し、一同驚きつつもそれで精神的平衡を多少取り戻すことが出来た。
「はぁ……で、それでどうして3つ目の天道家がわからないんです?カイトくんの家も天道の傍系でしたよね?」
さすがに全部の傍系を把握しているわけではないが、桜は学園に居る傍系ぐらいは全て把握している。生徒会長の面目躍如である。
「いや、オレの家は傍系の中でも端っこも端っこ。本家になんて伝手無いから、知りようないだろ。おまけに桜にも知らせてないところを見ると、本当にごく一部しか知らないんじゃないか?」
「まあ、確かに……少なくともお祖父様とお父様はご存知だと思いますが……」
「神宮寺家もお父様なら存じ上げていると思いますわ。後は……分家でできている補佐議会の出席者ももしかしたら、知っているかもしれませんわ。」
二人は知りえそうな人物を上げるが、全て想像に過ぎず、詳細は闇の中である。ちなみに、実はカイトもティナも当主は知っているであろうという情報を掴んでいるが、今は本題では無いし、ショックが大きそうなので黙っていた。
「だろうな。だが、各家と繋がりのある異族達って子孫たちへの影響から滅多に姿見せないから、しっぽがつかめないんだ。天道家が龍族の血脈とわかったのだってオレが龍族の血が混じっていることを知ったからだぞ?どういう組織か、何人いるのか、全く不明だ。」
カイトが肩を竦める。当然日本にいれば異族の血の力が強まることもなく、強まらなければ人間と変わらないので、知りようがない。混じっていることはわかっても、どういう繋がりなのか、血が薄くなれば薄くなるほど、わからないのであった。何度か村正翁や菫も探りを入れに天道家へと出入りしていたのであるが、別勢力のトップとして警戒され、全くしっぽがつかめなかったのである。
「まあ、さすがに自分の血脈の直系がいなくなったんだからアクションは起こしていると思うが……オレが出てくるまでどの勢力も基本不干渉だったし、3つ目のはオレが2つの組織を束ねてもノーリアクションだったからな。まあ、さすがに敵対することはないだろうが……これ以上話すと時間かかるから、残りは今度にしよう。」
暗に家族に妖族・異族からの襲撃は無い、と言って安心させるカイト。そうして途中でかなりの精神的ショックがあったものの、なんとか訓練を開始する事になったのであった。
お読み頂き有難う御座いました。