第109話 武器技―アーツ―
魅衣達がカイトに弟子入りした翌日。連続して交流会でも良かったのだが、今日は取り敢えず全員を集めてカイトからの訓練を行うことにした。と、言うわけで、今は全員揃ってカイトの創り出した異空間の中に入っていた。
「……なるほど、それで瞬達も参加しているわけか。」
入って早々瞬や瑞樹、凛の三人の顔を見つけ、首を傾げていたルキウス。訓練ということで、ルキウスとアルも連れて来られ、昨日の事情をリィルから説明されていた。
「……ねぇ、本当に僕が凛ちゃんを教えるの?蛇腹剣は使えるけど、他の人で良くない?」
女好きのアルには珍しく、凛が苦手なようであった。
「諦めなさい。部隊で蛇腹剣を最も使いこなしているのはアル、あなたでしょう?」
「そうだけどさ……。」
リィルに窘められ、アルがかなり乗り気でない雰囲気を醸し出す。以前の戦闘訓練ではアルにはソラやその他優秀と見込まれた生徒に片手剣と盾の使い方を伝授させるため、凛への蛇腹剣教授は見送られていたのだが、今回はその必要がないのでアルが指名されたのである。
「……今後も凛にはアルの抑えになっていただきましょうか。」
「……それも有りかもしれん。」
アルが珍しく女の子に苦手意識を抱いている、それを見た二人が思わずこれを機に多少性格矯正しようと企む。ちなみに、アルが凛を苦手とする理由なのだが、実は凛に弱みを握られたからであった。今まで女性に弱みを握られる事の無い様に細心の注意を払っていたアルだが、初めて凛に弱みを握られてしまった為、何かの危険を感じて苦手意識を抱いたのである。何の弱みを握られたのかは、彼の名誉の為に伏せておく。
「そろそろ始めるぞ。」
更に桜のパーティのお目付け役をしていたティーネが来て、全員揃ったことで、カイトが訓練の開始を宣言した。
「まずは今回が初参加の面子が何人か居るから、基本から始めるか。まず断っておくが、技については各個人で頼む。あっちはそれなりに簡単だからな。」
簡単と言えるのはカイトやティナ達超高位の使い手達ぐらいであるが、カイトがこれから教える技に比べれば、確かに初歩の初歩と言えた。
「では、オレが何を教えるか、なんだが……まあ、オレが教えるのは武器技と呼ばれる技……の応用だ。っと、応用と言ってもこっちのほうが条件は簡単だから安心しろ。では、この武器技だが……翔、説明してくれ。」
かなり歯切れの悪い言い方で、カイトが説明する。指名された翔は以前カイトから説明を受けた事を思い出す。
「武器技……もしくは単に武器技と呼ばれる技の事。技との違いは技がその人に由来して発動するのに対して、武器技は所有する武器に由来して発動する技である……だったっけ?」
うろおぼえながら、武術の指南書等に記述されていた事を含めて、カイトの問に答えた。それを聞いたカイトが満足気に頷いた。
「ああ。技は例えば斬波や巨大盾がこれに当て嵌まる。こちらは方法さえ習得してしまえば誰でも使える。それに対して武器技は刀や槍、斧といった武器、盾や鎧、指輪といった防具・装飾品に由来して発動する技なんだが……普通に考えればこちらのほうが発動しやすそうに思える。では、何故こちらのほうが難易度が高いのか。ルキウス、説明を。」
「武器に由来する武器技なのだが、これはどんな武器でも発動するわけではない。この武器技を有する武器を作ることが鍛冶師としての一つの到達点とも言われるほど精巧な武器でなければ、武器技を有する事が出来ない。」
カイトに指名されたルキウスは、自身もその武器の使い手として、その特性については熟知していた。つまりは数打ち、量産品、やっつけ仕事の武具では使用できない、ということだ。物づくりの現場で、職人が作品に対して魂を吹き込む、と言う言い方があるが、まさにそうだ。武器技を有した武器は魂に似た意思を持つのであった。いや、その意思と使い手の意思が合致してこそ、初めて武器技を使えるのであった。
「しかし、この武器技を有する武器を使えば誰でも発動できる、というわけでもない。こういった武器技を有する武器はそれ自体が固有の魔力を有しており、意思とも言える力を宿している。それに認められなければ武器技を発動することは出来ない……例えばだが、俺の持つこの武器、銘はライトニング・クロスと言うのだが、俺がこれの武器技を使えるようになったのはこれを使い始めて2年目だ。使い始めたのは13の時だった。」
そう言ってルキウスは自分の腰に佩びた片手剣を抜き放つ。それは、銀色の刀身を持つ、美しい剣であった。そして、抜き放たれた刀身を眺め、カイトがルキウスに命ずる。
「試しに撃ってみせてやれ。それが終わった後にはアルとリィル、ティーネも頼む。」
カイトの言葉に、ルキウスが頷く。そうして、カイトの命に従って、ルキウスが武器技を発動させた。
「<<雷十字剣>>。」
ルキウスは真剣な表情で、武器に呼びかける。そうしてルキウスの呼びかけに応ずる様に武器が輝いたかと思うと、次の瞬間ルキウスの武器に雷鳴が鳴り響き、雷が刀身に宿る。そしてそのままルキウスが一閃すると、斬撃が十字に飛んでいった。その雷の斬撃が遠く、見えなくなって、カイトが解説を続ける。
「まあ、難点としては発動するに至って、武器に銘で呼びかけてやらんといけないことだが……その分威力と効果は折り紙つきだ。ちなみに、ルキウス。それはどこの作だ?」
「これはエルフの作だったはずだ。アルの武器とは姉妹で、お互いに生まれた祝いとして公爵家から贈られた物だ。」
「ああ、そうなのか。」
これはカイトも初耳だったらしく、少しだけ目を見開いていた。実はこれには、カイトが少しだけ関わっている。カイトがまめだったことから、今でも公爵家では末端の家臣に祝い事があれば公爵の名で贈り物が届けられ、不幸があれば同じく公爵の名で記帳がされるのである。当然カイトの仲間で親友だったルクスの子孫達にはかなり高価な品が贈られていた。
「ああ、では、次はアル。頼んだ。」
「うん、兄さん。僕の武器は銘はクリア・アイス。使えるようになったのは半年後だね。」
兄の命に応じ、アルが一同から少し離れて武器を抜き放ち、ルキウスと同じ手順で武器技を発動させる。
「<<氷海>>」
さすがのアルも自身の切り札である武器技を放つ時には滅多にない真剣な表情になった。そうして、アルが武器技を発動させた瞬間、アルの周囲には一気に冷気が漂う。その様はまるで、冷気が海の様にアルの周囲を満たしているようであった。
「ん?何も起きないぞ?」
アルの周囲に冷気が漂うものの、一向に何も起きる気配が無いことを訝しんだソラが怪訝な顔をしている。同じくアルの武器技を知らない面子は眉間に皺を寄せて訝しんでいた。と、そんな一同を見たカイトが、笑みを浮かべて小石を蹴り上げると、そのままボレーシュートの要領でアルに向けて蹴っ飛ばした。
「まあ、今は戦闘中じゃないからね。……って、うわぁ!」
いきなりカイトに小石を跳ばされたアルが驚く。しかし、カイトが蹴り付けた石だが、アルの冷気が漂う空間に入った瞬間、一気に凍り付いて地面へと落下した。その凍り付いた小石は地面に落下すると、そのまま周囲をまるごと氷結させていく。
「と、いうように、アルの武器技の場合はある一定範囲に入った瞬間に凍らせる技だ。まあ、それが本来の使い方じゃ無いんだろう?」
「ああ、やっぱり見破れるんだ。うん……と言うか、やるなら先に言ってよ……」
何処か引きつった表情で、アルが頷く。とは言え、アルはカイトの言葉が正しい事を示す様に、剣を操って冷気を操り、盾に氷を宿らせる。そうして出来上がったのは巨大な氷の盾だ。
「あはは、悪い。」
「まあ、実例示さなかった僕も悪いけどね……この場合は防いだ物を完全に氷結させる事が出来るよ。他にも色々できるけど、それは秘密だよ。じゃあ、次は姉さんかな。」
カイトが笑って謝罪したので、アルは苦笑してそれを問わない事にする。と、今度は氷の武具を振るわぬまま、リィルに後を譲った。そうして、譲られたリィルが一同の前に出てきて、槍を構える。
「では、<<業火艶>>」
そう言ってリィルの槍が炎に包まれたかと思うと、次の瞬間には槍が消失し、炎で出来た槍ができていた。
「これは私の祖先、バランタイン様と交流のあった中津国の龍族から公爵家で士官するときに贈られた品です。その前には炎槍という武器を使っていましたが、今は此方を使っています。使い勝手は同じですね。では、ティーネ。お願いします。」
リィルが炎の槍を一振りすると、ごうっ、と轟音が響く。炎槍はアル達と同じく公爵家から誕生祝いに贈られた武器である。それを元に<<業火艶>>が作られたのである。使い勝手が同じなのはそれ故であった。そうして、彼女は再度一振りして炎を消失させると、槍を元の状態に戻した。その後、ティーネを見て、場を譲った。
「最後は私ね。以前話したけど、ドワーフ製のレイピアで材質は天然のミスリル。公爵軍への士官祝いに父様から贈られた物よ。<<龍牙突>>。」
ティーネが武器技を発動させて一突。するとその刺突でレイピアの先端から一気に巨大な魔力の刺突が生まれ、遥か彼方まで伸びていった。
「まあ、本来なら空間ごと貫くから、転移直前の相手にも強制的に命中させられるんだけどね。ただでさえ防御が薄くなってる状態なのに、これは相手を強引に今居る空間に縫い付けて貫くっていうかなり高度な逸品よ。」
解説を終えたティーネが、レイピアを鞘に納める。指名した全員が武器技を披露したので、カイトが再び説明を始める。
「ありがとう。このように、武器に呼びかけて使うことになる。当然オレとティナとて例外ではない。」
そう言ってカイトは腰に佩びた二振りの刀を抜き放つ。それは、数日前の模擬戦でも使った刀ふた振りであった。そうして、カイトはその二刀を腰に佩びると、ティナに頼む。
「ティナ、悪いが何か魔術を放ってくれ。」
「む?どんな魔術でも良いか?」
「ああ。なるべくわかりやすいもので頼む。数は2つだ。」
そう言われたティナはなるべく大きめに魔術を発動させる。生み出されたのは巨大な水球だった。
「<<朧>>、<<霞>>。」
カイトが武器に対して呼びかけると、それに応じて二刀が少しだけ、光り輝いた。そうしてカイトはその二刀を振るい、斬撃を発生させる。その斬撃は水球へと衝突し、問答無用で水球を消失させた。
「片方の<<朧>>は初代村正。まあ、もう一振りの<<霞>>も村正だがな。材質は両方共ヒヒイロカネだ。武器技は問答無用で魔術で生み出された現象をキャンセルする。当然相手の魔術防御も問答無用で切り裂くことも出来る。」
要には防御無視である。それに気付いたソラが大声を上げた。
「お前の武器だけチートじみてるな!」
「いや、爺さん曰く、まだまだ刀の構成が甘いそうだ。現に、切り裂ける魔術も限界があるからな。」
「……あれ?村正って日本の刀匠じゃないでしたっけ?」
と、そんなカイトの口調を見て、実家に村正作の一振りを所蔵していた桜がカイトに尋ねる。カイトは少し苦笑しつつそれに答えた。
「ああ、実はこれには秘密があってな……さて、ここで質問。日本には妖怪と呼ばれる存在が伝えられていますが、これは実在するか否か。」
いきなりカイトが地球出身の一同へ向けて質問する。カイトが言いたい事が即座に理解できた何人かの面子が引きつった顔をする。
「おい、まて……まさか、実在するのか?」
その中でも復帰の早かった瞬が引きつった顔でカイトに尋ねる。カイトは我が意を得たり、という顔で笑う。
「正解。日本で言われる妖刀打ちは多くが妖怪や魔術の使える人間だ。日本由来の妖怪も居るが……この村正は、実はオレとは逆にエネフィアから転移した龍族でな。村正は本来は兄弟の刀匠で、兄が転移させられたわけだな。まあ、兄も弟も別れてからも刀匠を続け、2つの世界で有名になった、というわけだ。此方の世界でも村正の名は通用するし、当然名刀・妖刀打ちとしてかなり有名だ。理由はわからんが、中津国と日本は転移が多い地域の一つらしいな。どっちが先かは知らんが、刀も中津国と日本、両方に伝わっていることから、恐らく何方かの刀鍛冶が転移して伝えたんだろう。他にも神社に鳥居、巫女といった文化面や米が主食であること、その他の共通点が多いことから、何度か転移が起きていることは確実だな。」
「余の調べじゃと、他にも幾つかこういった地域はあるようじゃな。もしかすると、他にも別の異世界から来た文化もあるやもしれん。」
二人は交互に自身らがこの三年で得た調査結果からの考察を述べる。別に二人共三年間無駄に修行や趣味だけに明け暮れていたわけでは無いのであった。
「まじかよ……ん?龍族ってことは……村正って今も生きてるのか?」
あまりに驚愕の真実に愕然としている一同だが、ふとソラが龍族の寿命が人間のそれより圧倒的に長い事を思い出す。それに、ついうっかり、カイトは思い出し笑いを浮かべながら、彼らの現状を話したのである。
「ああ、生きてるぞ……実は今はテレビ俳優やってる。これ内緒な。で、村正兄がこの俳優だと探りだして、エネフィアの弟の状況を伝えた、というわけだ。この朧はその時に礼として打ってもらった逸品だ。」
そういって二振りの刀の一方を抜いてみせる。地球では緋緋色金を入手しづらく、礼に刀を一振り打ってくれ、と緋緋色金を村正兄に渡した所、嬉々として打ってくれた。
「はぁ!?」
さすがにこのパターンは予想していなかった一同が声を上げて驚く。が、すぐに桜が思い当たる人物に至ったらしい。まあ、その村正翁の鍛冶好きは芸能界ではちょっとした有名事項なので、芸能界とも社交会で付き合いがありそうな桜が知っていてもおかしくはなかった。
「もしかして……」
そう言ってカイトに手招き。それに従ってカイトが耳を近づけ、小声で桜がその俳優の芸名を言ってみる。
「お、桜、正解。」
「……うそ。何回もお会いしました。かなり有名な方ですよ?小さい頃からよくしてくださった方だったんですが……刀鍛冶が趣味とおっしゃってましたので、ずいぶんと変わった趣味だとは思っていたのですが……」
愕然とした表情でそう言う桜に対して、カイトがそういえば、と切り出した。
「そういえば爺さんも天道家と神宮寺家には何回か行ったことがあるって言ってたな。」
「もしかして……そういえばあの方は刀鍛冶が趣味だとか聞いたことが有りますわね……」
「瑞樹もわかったか?」
そうしてカイトが瑞樹に近づいていき、瑞樹がカイトに耳打ちする。
「これで二人だ。」
「お父様がかなりの大ファンでしたわ……まさかこんな身近に妖怪が居るとは……」
二人共、まさか身近な所に異族が居るとは予想外だったらしく、目を丸くしていた。
「妖怪、というか、こっちの基準で言うと、妖族だな。まあ、正確には龍族になるが。」
同じく愕然とした表情でうなだれる瑞樹だが、そこでふとあることに気付く。
「もしかして……他にも一杯いますの?日本以外にも?」
一人いるとなれば、他にもいそうである。それ故の質問だった。そうして、それにカイトは笑みを浮かべるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
2018年1月25日 追記
・誤字修正
『中津国』が『中つ国』になっていた所を修正しました。