第3話 転移
漸く物語の舞台が日本から、異世界へと移ります。ちなみに、一日2話更新しているのは、更新ミスなどではないです。ご安心を。
―――天桜学園高等部
1000年近く続く名家、天道家が中心となって起こした企業、天道財閥。その歴史は古く、第二次世界大戦前から存在し、高度経済成長を経た今では多種多様な分野へと進出し、世界有数の大財閥の一つとなっていた。天桜学園はそんな天道財閥が出資して設立された、日本有数の巨大学術機関であった。学園には幼稚園から大学院まで全て併設されており、全てを合わせて5000人規模の人間が未来を担う人材として日夜研鑽に励んでいた。天桜学園高等部は、そんな天桜学園の高等部であった。
学園は歴史こそ設立30年程度と浅いが、世界に名立たる大財閥である天道の技術の粋を集めて建築された校舎と、その支援の下で設置された各種高度なトレーニング施設も兼ね備えている為、入学希望者はかなり多い。また、日本有数の名家、天道家が設立した学園とあり、各界の子女が多く通う学園でもあり、卒業生や父母には各界への影響力を有する者も多かった。
しかし、その天桜学園高等部の校舎は日本ではなく、何故かどこかの草原にある湖畔の近くにあった。
謎の魔法陣(?)による光が収まったあとには天桜学園が日本にあった時と変わらぬ生徒たちの姿があった。とはいえ、変わらないのは姿だけであって、ほぼすべての人間が混乱に陥っていた。
「一体ここはどこなのよ」
「早く帰せ!」
「どうやって帰るんだよ!」
多くの生徒が混乱の中、怒声とも悲鳴とも取れる大声を上げる。だが、混乱しているのは生徒だけではなく教師も同じであった。
「落ち着け!」
例えば、生徒を落ち着かせようと叫ぶ教師だが、その教師は自分が窓の外へ向かって叫んでいることに気づいていなかったりする。後で知ったことだが、教師の中にも失神している教師も少なくなかったらしい。そんな混乱のなか数少ない混乱していない二人、カイトとティナは小声で現状把握に努めていた。
「ここどこだ?」
「<<探知>>を使ってみたが少なくとも周囲2キロメートルには小動物以外にはなにもおらん。」
「エネフィアか?」
「わからん。」
「ヒト由来だと魔力は違いがあるけど、空気中の魔素に世界間の差はないからな……。」
「お主こそこの地形に見覚えはないのか?確か他大陸含めてエネフィア各地を旅しとったじゃろ。」
「わからん。地形だって時間が経ってれば変わるし、そもそも似てるだけって可能性があるからな。」
「判断は避けるべき、か。」
「だな。」
ひと通り話し終えたところで廊下向かいの教室へ行っていたソラが興奮した様子で帰ってきた。
「おい、カイト!これってあれか!?最近流行りの異世界召喚ってやつか!」
「知るかよ。そもそも異世界かどうかってどうやってわかんだよ。」
「いや、そこは魔法とかで?」
「使えるのか?」
「無理。」
あっけらかんと言い放ったソラ。使えない魔法でどうやって判断するつもりだったのかはわからないが、興奮しているからそういっているだけ、そう思うことにしたカイトである。まあ、魔術を使えてもわからなかったのだが。
「はぁ。にしてもテンション高いな……。」
「とりあえず、向かいの教室の窓からも外見てきたんだけど、すごいぞ!デケェ湖とありえねぇってぐらいにでかい木があってよ、まるで日本って感じがしねぇ!これが興奮せずにいられるか!てか、カイトはなんで興奮してないんだよ!」
「でかい湖と巨木じゃと!?」
「ん?ティナちゃんは気になるのか?んじゃ、も一回見に行くか!お前も来いよ!」
「引っ張るな!」
カイトの腕を引っ張り強引に連行するソラ。そしててくてくとついていくティナの三人。廊下向かいの教室も同じように混乱をきたしていたが、それらを一切気にせずに窓へと向かったソラとカイトは、そこでソラの言う通りのモノを目にする事になる。
「これは……。」
「な!すごいだろ!」
興奮した様子のソラであるが、その隣のカイトの様子がおかしいことには気づいていない。そこへティナも到着し窓の外をみた途端に、興奮した様子で好奇心を溢れさせていた。
「これはすごいな!ここまで大きな木は余も久々に見る!」
「だろ!ってカイト、どした?」
「いや、見惚れていただけだ。」
「だよな!初めて見た時はびっくりして声も出なかった!」
(もしかして、ティナの奴気づいてないのか?)
そう思ってティナに目配せしてみるも、全く気づく様子のないティナ。純粋に興奮しているようである。
(ダメだ、全く気づいてない。このダ王が……)
そう考えて心のなかでこう結論付ける。
(公爵家の街の近く……。つーか、あの木とかおもいっきり公爵領にあった神木だろう!湖もよく暑い、とか言って飛び込んでただろ!なんで気づかないんだよ!)
そう思い、これから起こるであろう面倒事に一つ、ため息を付くのであった。
混乱中の教室を離れるのはまずいと一旦戻ることにした3人であるが、その教室はすすり泣く声が聞こえるものの、若干の平静を取り戻していた。どうやら混乱から復帰した雨宮が全員に落ち着くように指示したらしい。
「3人ともどこいってたんだ!」
「すんません、気になったんで、向かいの教室まで……」
さすがに興奮して勝手に教室から出て行ったのは悪いと思ったのか素直に謝罪するソラ。
「分かったから、3人もどこでもいいからとっとと座れ。」
「はい。」
どこでもいいから、と言われたのでとりあえず窓際に腰を下ろす3人。周りを見てみるとクラス全員が様々な場所に腰掛けていた。3人が座ったのを確認してから雨宮は若干落ち着かない様子だが、教師としての矜持で自己を保つ事にしたらしい。教師として、全員に指示を出す。
「とりあえず俺は職員室で現状を確認してくる。クラスのことは天道、すまないがお前に任せる。」
「わかりました。」
「その間、『―――全先生方に連絡します。緊急職員会議を実施しますので、第一会議室にお越しください。なお、生徒達はその間教室から外へ出ないようにしてください。繰り返します。緊急職員会議を―――』」
雨宮の発言を遮るように流れた放送は、雨宮の言いたいことを告げていたのか、頷いていた。
「ということだ。いいか、絶対に外へは出るなよ。」
そう言い残して教室から出て行く雨宮。雨宮が出て行った後、教壇に天道が立った。
「皆さん、そのままでいいのでお聞きください。ここがどこかはわかりませんが、少なくとも私達は無事です。とりあえず現状がわかるまで、職員会議の決定を待ちましょう。」
そう言って教壇に立った天道へと向けて、教師という纏め役が居なくなった事で、生徒達が殺到した。
「なんか打開策はあるのか!」
「救助は!?」
「ここはどこだよ!」
「いえ、あの、その……」
堰を切ったように一気にまくし立て詰め寄る生徒たちにさすがに気圧された様子の天道であるが、一度深呼吸をして、精神を落ち着かせた。そうして、生徒達を宥める為、敢えて気丈に言い切った。
「私はこれでも世界に名だたる天道の令嬢です。ならば救助が来ないとは考えられません。逆にここで混乱していらぬ怪我でも負ってしまえばそのほうが救助隊の方にご迷惑となります。ですので、皆さん、落ち着いてください。」
天道の令嬢、という言葉はまくし立てていた生徒たちに効果的だったようでしぶしぶながらも戻っていく生徒たち。それを見ながらカイトは感心して頷いていた。
「はぁー、会長はさすがに落ち着いてるな。」
「天道家の薫陶の賜物ってやつか?」
「知らん。オレは天道じゃない。」
「てか、お前も落ち着いてるじゃん。」
「お前もな。」
「俺は、驚きよりワクワクが勝っちまって……実はいますぐにでも外に出たい。」
「やめとけ、さすがに会長が心労で倒れかねん。」
「わかってるよ、でも外出たいなぁ……。」
窓の外を恋する乙女のような目で見ている友人はもしかしたら大物かもしれない、そう密かに評価するカイトであったが、とりあえず直近の問題を片付けようとティナと小声で相談を始める。
「おい、ダ王。」
「なんじゃ、バカイト。」
「なんだ、バカイトって。お前、気づいてないのか?」
「何にじゃ?」
小首を傾げているティナに対し呆れた様子でカイトが告げた。
「ここ、エネフィアだぞ。しかも公爵領の近く、ルスト湖のほとりだ。」
「なに!ほんとか!?」
「正にダ王だな!」
額に青筋を浮かべながらそう告げるカイトに対し、驚いた様子で答えるティナ。とぼけている様子もない。日本に来てすぐの頃はともかく、最近は夜遅くまでゲームをしているなど、カリスマ性に溢れ、魔族を統一していた魔王であったことが実に疑わしかった。
「仕方がなかろう!もう三年も日本におったのじゃ!」
「オレはひと目で気づいたぞ。さすがに自分ちの近くを忘れんなよ。」
カイトがあきれ返っているのに対して、ティナは特に気にした様子もなくあっけらかんとしている。
「にしても、エネフィアならお主の仲間がおるんじゃないのか?」
「ここがオレのいた時代なら……な。」
「ぬ?……そうか、世界間転移に加えて未知の魔法陣。何があっても不思議ではない。仲間の半分は人間種や混血、たとえ数十年でも死んでいてもおかしくはない。あの小娘共でも数万年の未来であれば生きてはおらんか……」
「ああ……」
かつての仲間たちが生きていないかも、ということに辿り着き少ししんみりする二人である。
「まぁ、でも人っ子ひとりいないってのはおかしいな。」
「あれだけド派手な魔法陣だったんじゃ。相当な魔力が放出されたはずじゃ。ならばどこかに避難しておっても不思議はない。……お?なにか近づいてくるな。」
「え!どこだ、どこ!」
ボケっと外を見ていたソラであるが何か近づいてくる、と聞きつけるや否や即座に反応し、窓の外を見回す。するとすぐに見つかったのか、
「おー!あれか!空飛んでんな!なんだろ……。鳥か?それともここはファンタジーっぽくドラゴンとか飛空艇とかか!」
興奮したソラをよそ目にカイトが感心する。相手までの距離は、大凡1キロメートル。目視で何かあると見つけるには、多少難しい距離であった。
「この距離で見つけられる、ってかなりデカイな。」
「うむ、おそらく天竜かそれに類するものじゃろうなぁ。」
「天龍なら話はできるが、天竜だと面倒なことになるな。」
そんな話を聞きつけたわけではないだろうが、ぐがああああ、という轟音が響き渡った。
「即威嚇とか、天竜確定だな。雑魚のくせに面倒くさい奴が来たな。あれ、それなりに年食ってる奴か?」
「天竜に話は通じんからの。年嵩だと、尚の事じゃ。まあ、あの程度じゃと、齢50と言った所じゃな。」
「そうか。なら、雑魚中の雑魚か。」
天竜と天龍の差は様々あるがは対話が可能かどうかが一番の差である。たとえ言葉が通じても対話ができなければエネフィアでは――たとえ人型であっても――魔獣や魔物と判断され、討伐されても文句は言えない。
だんだんと近づいて来る巨大なドラゴンを見つつどうやってこの場を切り抜けるかを考え始める二人であったが、隣のソラが顔を真っ青に青ざめていた。
「なぁ、カイト。さっきから立とうとしてるんだけど、なんで俺立てないんだ……?手も震えてるしよ……。」
ハッと二人して周囲を見渡してみれば同じように何人もの生徒が震えており、数人の生徒に至っては気絶していた。竜の威嚇に当てられたのだ。
二人は強さ故に気づかなかったが、一般人にとっては竜種でも威嚇だけで十分に気絶できるレベルの脅威なのである。さすがに覚悟を決めるか、とカイトが魔力を開放しようとするのを遮るかのようにティナが小声で告げる。
「まて。放っておいても大丈夫なようじゃ。」
「ん?」
「結構な魔力を持った何者かが近づいておる。単体でもあの天竜を狩れるクラスじゃ。」
ならばいいか、とカイトが力を抜いたと同時に何者かの、おぉおおおお、という気魄が聞こえ、天竜は地に落ちた。
お読み頂き有難う御座いました。
2018年2月3日 追記
・誤字修正
『合わせて』が『合せて』になっていた所を修正。
『混乱のなか対して~』という一文から『対して』を削除。
『を使ってみたが』の『を』が抜けていたのを修正。
『違いがある』から『が』が抜けていた所を修正。
『戻ってきて』が不要な所から削除。
『思ったのか』の『の』が抜けていた所を修正。
『響き渡る』が『轟渡る』になっていた所を修正
『差は様々』とすべき所から『は』が抜けていたのを修正。