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第106話 当然の帰結

 異空間で行われていたカイトとティナの模擬戦は、カイトの勝利に終わった。ティナは全力で魔術を行使していたのでかなり疲れているらしく、肩で息をしていた。更にはひっついている肌はかなり汗で湿っており、カイトが後ろから覗き見れば、頬も赤らんでいたし、首筋にも汗が浮かんでいた。ティナがかなり張り切ったらしい事に気付いたカイトは、彼女を抱きしめながら、小さく溜め息を吐いた。そして呆れながらも、ティナの足を抱え、お姫様抱っこの形を取る。そうして、カイトは強引にティナの飛空術を解除して、ゆっくりと地上に降りる。

「む?」

 いきなりお姫様抱っこをされたティナは、目を白黒させる。それに、カイトは耳元で若干呆れ混じりの声で告げる。

「もう少し余力は残しておけよ。」

「……すまぬ。」

 少し照れた様子だが、ティナはカイトにされるがままになることにした。そうして羽毛のようにふわりと地上に着地したカイト。ティナを抱えたまま、悠々と観戦者達の側まで転移する。

「で、どうだった?」

「は……あの、あまりわかりませんでした。」

 カイトはエルロード達に問い掛けた。そうして、エルロードが恥ずかしげにそう答える。カイトはそれを叱責する様子は無く、それどころか当たり前と捉えていた。なお、ソラ達に問い掛けなかったのは、ソラ達は何も見えていない事がわかりきった事だったからである。

「まあ、それはそうだろうな。では、聞くが。どこまで見切れた?」

 とは言え、カイトはソラ達の様に、最初から見切れていなかったとは思っていない。カイトとティナとて若干エンジンがかかるまでには時間が必要―主に気分の問題で―なので、攻撃の応酬が激しくなるのは徐々になのであった。

「私はお二人が近接戦闘を始める直前まで、です。それ以降は攻撃が速すぎて見切れませんでした……」

「他の皆も同じ程度です。」

 溜め息を吐いたエルロードの言葉を、更にブラスが補足する。頭一つ飛び出た実力のアル、ルキウスの兄弟とリィル、戦闘系でない参謀役のブラスを除けば公爵軍正規の特殊部隊幹部にはそれほど実力差は無いので、概ね全員が同じ所で見切れなくなっていたのである。他に戦闘能力が平均値からかなり劣る者は、主に治癒術を担当する衛生兵ぐらいであった。

「そうか……で、三人は?」

「私は近接戦闘が始まり、ティナ殿の障壁が削られ始めた頃までです。」

 三人の中で一番実力の低いルキウスがそう言う。

「僕はその後ティナちゃんが魔力放出でカイトを吹き飛ばして少しした所まで。それ以降は見えなかったよ。」

「私はカイトさんがティナさんの光球を捌ききれなくなる所まで、です。さすがにそれ以降は転移や攻撃の応酬が激しすぎて見切れませんでした。」

 ルキウスに続けて、アルとリィルがカイトに申告する。尚、戦闘能力で言えばアルの方が強いのだが、動体視力で言えばリィルの方が高い為、カイトとティナの戦闘が長く追えたのである。

「そんなところか……で、二人は?」

 そう言ってカイトはクズハとユリィの二人に聞く。

「私達はなんとか最後まで見切れたよ。」

「ええ。私達も三百年で腕を上げました。」

 ユリィとクズハが、何処か自慢気にささやかな胸を張る。以前はこの模擬戦の最後まで見切ることは出来ず、途中で付いて行けなくなっていたのだが、どうやら二人も鍛錬を怠らなかった結果、最後まで追える様になったらしい。

「といっても、戦え、と言われれば、不可能です。お兄様もお姉様もたった数年で力量を上げすぎです。」

 何処か不満気に、クズハがカイトに告げる。二人が三百年で培った実力を以ってしても、今だ二人の実力に対処出来そうではなかった。

「まあ、向こうで出来た事なんて模擬戦か新技開発だけだからな。コイツがゲームにハマるまではただひたすら模擬戦に付き合わされた……」

 何処か遠い目で、カイトが告げる。抱きかかえられたままのティナは、少しだけ恥ずかしげである。彼女がゲーマー化したのはある意味、カイトが原因であった。

 あるとき、カイトが風邪をひいてしまい、模擬戦ができなくなってしまった。不満そうなティナにカイトがそんなに戦いたいならこれでもやってろ、と格闘ゲームを与えたところ、ティナは今まで見たこともないテレビゲームにドはまりしたのである。それ以降、全ジャンルのゲームに手を出す見事なゲーマーと化したのであった。

「まあ、今でも朝の模擬戦は欠かしておらんし、二人で新技開発もやっておるがな。」

 大分呼吸が落ち着いたティナが、カイトから降り立つこと無く答えた。どうやら、居心地が気に入ったらしい。

「昔言ったろ?コイツの戦闘狂がある限り、オレの腕が落ちることは無いって……」

「あれ?確か太ることは無いじゃなかったっけ?」

「そうだったか?」

「確か、そうだったかと。」

 ユリィとクズハにとって別れは三百年前、カイトは三年前で若干記憶があやふやである。まあ、三人共その気になれば魔術で思い出せるが、どうでも良いので確認する気は無かった。

「まあ、その後の結婚云々の件で記憶が一杯でしたので、そこら辺はどうでもいいんです。」

 確かにどうでもいいことではあるが、カイトはクズハにそうまではっきり言い切られると、どう言えば良いか、少し対処に困るものであった。

「むぅ、カイトよ。別に一夫多妻は構わんが……余も忘れてくれるなよ?」

 そう言って密着するティナ。それを見てクズハが重大な事に気付いた。

「あ!そういえばお姉様!何故お姫様抱っこされてるんですか!」

「む?あー、まあ、少々張り切りすぎての。立っているのも辛かったのじゃ。」

「当たり前だよ……あんな全属性複合かつ特大の魔力球なんて作り出せばいくらティナでも息切れ起こすって……」

 実は全ての魔術がどのような術式なのかを解析出来ていたユリィは、呆れた様子で溜め息を吐いた。そう、実はティナが初手からカイトに撃ちまくっていた単なる光球に見えた魔術も、全ての属性を綿密な計算で編み込んだ超高度な魔術だったのである。

 尚、これはクズハやユリィでも出来ない。実験的には全属性複合の小さな魔力球を創り出すことは可能だが、それを戦闘で使用するなぞ、ティナ以外に出来ない超がいくつも頭に付く高等技術であった。おまけに最後の光の帯となる特大の魔力球は実験的どころか、基本属性の複合だけでも数千人規模で完成させる様な規模である。それを全属性複合で個人が行うなぞ、今の魔術学会が知れば卒倒しかねない程の高等技術であった。更にそれを光の帯に変化させる魔術なぞ、もはや各国お抱えの魔術師達が一気に辞表を提出しかねない程の高等技術である。さすがにティナもこれだけの超高等魔術を戦闘行動中に一気に行使したので、肉体的ではなく精神的な要因で、疲労困憊に陥ったのであった。

「あれ?でも確か以前どこかの学会で実験的にあの規模の魔力球の顕現に成功した、って新聞に書いてありませんでしたっけ?」

 ユリィの言葉を聞いたクズハが、ふと以前見た新聞の記事を思い出した。ユリィも該当する記事を読んでいたらしく、クズハの疑問に訂正を入れる。尚、ユリィは300年前には新聞なぞ読む趣味は無かったのだが、教師をやり始めてから読むように心掛けていた。

「あれは火・風の二重属性だよ。複合属性の困難さは知ってるでしょ?」

「ああ、そうでした……イマイチ商用性がありませんでしたし、二重程度なら私にも出来るので、忘れてたのかも知れません。」

 クズハ、ユリィの二人とて、基本属性全部の複合程度までならばティナの最後に放った特大の魔力球と同じ大きさの物を創り出すことは可能である。まあ、その後は今のティナと同じく疲労困憊になること受け合いだが。

 なお、複合魔術は属性が増える毎に指数関数的に難易度が上昇し、大きさも大きくなるに従って難しくなるので、単一属性でも50メートル級の魔力球を創り出す事が困難である。

「で、結局、見た感想はどうだった?」

 そんな話をする二人を横目に、カイトは冒険部の面々に問いかける。それに、ソラが笑みを浮かべた。

「……一つわかった。何が起こっていたのか全くわからないことはわかった!」

 ソラは胸を張って自信満々にそう言う。

「まず一番始めの時点で二人を見失ったもんねー。」

 乾いた笑いを浮かべた由利が、ソラの肯定する。女性陣は全員、この答えに頷いていた。

「カイトは一体どうやればあそこまで強くなれるんだ?」

 模擬戦の最中にティナが魔族である事を聞き、更に耳が尖っている事を認めた瞬。ティナは魔族なので、参考にしないほうがいいだろう、そう考えてカイトのみに尋ねる。

「結局はいつも通りに訓練と模擬戦をするしか無いな。とは言え、オレの場合はティナ謹製の特訓用魔導具を着けて生活しているが。」

 カイトはそう言うと、コートの下に着ている服の下からネックレスを取り出して一同に見せる。一見するとデザインの良いシルバーのアクセサリーだが、中央についている石はよく見れば魔術式が刻まれた魔石であった。

「それってもしかして……」

 それを見たエルロードとブラスの二人を除いた公爵軍の面々が少し後ずさる。後ずさった全員が、あるトラウマを刺激されていた。尚、エルロードとブラスの二人は復帰して少しなので、まだこの特訓に参加していなかった為、トラウマが無かったのである。そうして、後退りするアル達を見て、カイトは少しだけ苦笑して肯定した。

「ああ、例の特訓で使っている魔導具の個人携帯版だ。といっても、最大出力はアレの最大出力の100倍はあるが。」

 当然だが、アル達の特訓で使用している出力より圧倒的に高めの設定が施されてあるのであった。

「やっぱり……ねえ、カイト。いくらなんでも常にそれを身につけるのはどうかと思うよ?」

 アルがかなり呆れ混じり、溜息混じりに告げる。実はこの魔導具だが、身体に掛かる負荷を増大させるもので、アル達幹部陣は今でこそ2倍までは耐えられる様になっているものの、当然訓練の後は疲労困憊に陥っていた。ちなみに、カイトは封印代わりに数千倍を、ティナは一千倍を使用している。こんなものを着けて生活しているのだから、実力が上がっていくのは当然なのであった。

「いや、こうでもしないと、日常生活を真っ当におくれなくてな。」

 頭を掻いてそう言うカイトだが、体育の授業ではこれを使っても実力が高すぎて参加できない。これは無意識的に、身体能力に魔力によるブーストが掛かってしまうせいであった。これも一定レベルまでなら意識して抑えられるが、カイトとティナのレベルとなると、抑えても地球人の限界を超えてしまっているのであった。嘗て魔力保有量の測定において、二人がどれだけ抑えても偽装しなければならなかったのと同じである。

「今では二人揃って、これがなければ力が有り余って仕方ないんじゃ。」

「もしかして、今の模擬戦でも使ってたのか?」

 二人が今も身に着けていた事で、ふとソラが疑問を呈した。

「……ああ。」

「お兄様……」

 眼を逸らしながら肯定したカイトを見て、クズハが溜め息を吐いた。要には、二人共重石を身に付けた状態で、模擬戦をしていたのである。呆れられて当然であった。

「いや、なんか落ち着かなくてな?まあ、さすがに出力は落としてあるから、言うほど負荷はかかってないぞ?」

 そう言って設定を確認する二人。そうして、自身が施していた設定を見て、意外と低かったな、という印象で顔を見合わせた。

「今の設定だと、余は……10倍じゃな。」

「オレが50倍か。まあ、無いがごとくだな。」

「それでも僕らの訓練での出力を超えてるよ……」

「ちなみに、俺達も使ってみていいか?」

 カイトとティナがあまりに軽く言っていたので、もしかしてアル達が怯えすぎなのでは、ふと瞬がそう聞いてみる。

「やめておいた方がいいですよ?」

 完全に好奇心猫を殺す、を地で行こうとする瞬に対して、この訓練の怖さを知るリィルが引きつった顔で一応止めてみる。が、当然瞬は気にしなかった。

「所詮特訓用なんだろ?危険性は無いはずだ。」

「あー、うん。この訓練ってそういうんじゃないんだ……僕はできればあんまりやりたくないかなぁ。」

 同じくすでに経験済みのアルもやらないほうがいい、と言わんばかりの顔だ。既に経験済みな他の部隊員達も、同じような顔をしていた。

「大丈夫なのか?」

「うむ、安全性に問題はない。」

 こういう技術的な事をカイトが勝手に判断するわけにも行かないので、下を向いてティナに問い掛ける。すると腕の中のティナが安全性に太鼓判を押し、自分のネックレスを外して瞬に渡す。それを見てカイトもティナにネックレスを外してもらって、ティナはそれをソラに渡す。

「少し待て……良し、設定変更完了じゃ。」

 そうして二人が身に付けたのを見て、ティナが遠隔操作で設定を弄っていく。設定変更は数秒で終わった。そうして、それを聞いた瞬だが、何も変化が無い事を訝しむ。

「何も変化ないぞ?」

「まだ始動しておらんからの。取り敢えずは1.5倍で10秒じゃ。」

「は?十秒?短くね?」

「やってみればわかるよ……」

 ソラがあっけらかんと短いと言い放ったので、アルが遠い目で告げる。それに二人は首を傾げつつ、魔導具の始動を待つ。

「では、ゆくぞ?」

 そうしてティナは魔導具を起動した。次の瞬間二人は一気に倒れこむように膝をつき四つん這いになり、そのまま地面にうつ伏せに倒れこむ。二人はなんとか立とうとしているものの、一向に立てる気配がない。それどころか、しゃべる気配もなかった。そして10秒後。二人は肩で息しながら立ち上がる。

「な……なんだったんだ。」

「身体が一気に鉛の様に動かなくなった……というか、喋ることも出来なかったぞ。」

 ソラが何処か怯えた表情で何が起こったのかを問い、瞬が驚きの表情でしゃべろうとした事を語る。普段の行動で使用する魔力量が1.5倍となったことで、一気に身体の感覚が狂ったのである。それ故に二人は話すこともできなくなってしまったのであった。

 心肺機能こそこの増加から除外しているが、この訓練では意識して身体を動かす魔力の放出を増加させなければ、話すこともままならない。要には常に身体全体に、普段は強化することさえ考えもしない部位さえ意識して身体強化の魔術を使用して行動しなければならないのであった。

「……ね?」

 言わんこっちゃない、そういう顔をするアル。それに、体験した二人が大きく頷いた。

「ああ、これは無理だ……というか、リィルたちはこれを2倍で訓練しているのか……。」

 尊敬を滲ませた瞬に、リィルが訂正を入れた。正確には、訓練をしているのでは無いのである。

「訓練というか、その状態で異空間で日常生活一日を過ごすんです。それでも十分に疲労困憊になりますよ。」

 思い出したのか何処か疲れた様な顔で、リィルが訓練内容を語っていく。どこか特定の部位だけならば、数倍どころか百倍程度まで余裕で強化可能なアル達だが、それは特定部位だけを強化しているからであった。しかも、それは強化の時間が戦闘という極短時間であるからできることである。身体強化を全体に施しながらの生活なぞ、強化の魔術の開発者でさえ、想定しているものではなかった。

 その訓練の厳しさといえば、隊員の中には夕方以降疲れたのか、寝ているだけの者もいるぐらいである。カイトもティナもそれを止める事はせず、周りの隊員もそれを見咎めることはなかった。というより、周囲の面々も自分のことに手一杯で、注意出来るだけの余力が残っていないのが実情なのであった。

「お前ら、これを数千倍でやってるって……」

 そうして、それを聞かされた翔が、ドン引きした顔でカイトとティナを見る。二人はそれに対して、あっけらかんとして告げた。

「慣れればそこまで負担はないぞ?ただ魔力の放出をコントロールするだけだからな。まだまだ全員コントロールが甘い。要は生活で使っている魔力を増やせばいいだけだ。」

 とは言え、この訓練で得られるメリットは絶大だ。この訓練を満足にこなせば、個人で保有できる魔力量が増加し、戦闘可能時間が伸びる事になる。また、身体が魔力放出に慣れ、一度に放出できる魔力量が増大するため、総合的な出力の増加も見込まれるのである。

 しかし、当然日常生活で魔力の消費なぞ意識することは殆ど無いので、訓練当初は誰もが動けなくなるのであった。

「お主らは今までどおり、基本訓練を繰り返すことじゃな。こんなもの使うのはもっと先じゃ。」

 二人からネックレスを回収し、ティナはそう結論づける。そうして、この訓練でわかったことは、二人の実力が圧倒的であることだけなのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。


 2015/06/05・修正

著「ソラと瞬が倒れこんだ向きを『仰向け』から『うつ伏せ』に修正しました。どう考えても逆ですね・・・orz(ご指摘、有難う御座いました」


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