第104話 疑問―どっちが強いか―
今日から再び一日一話更新です。13時には更新しませんよ。
空が赤く染まり始め、月が顔を覗かせ始めた頃。カイトが部屋から出てきた。
「初日は依頼が一個あっただけ、か。まあ、良しとしておくか。」
そう言ってカイトは第二会議室こと冒険部部室の外に『本日は終了しました』という看板を立てかける。そして、再び部室に戻る。結局初日は睦月が依頼を出した以外は、誰も依頼を出そうとしなかったのである。
「じゃ、これから鍛錬するとするか。」
そう言って瞬が席を立つ。それに続いて全員が席を立とうとする。と、そうしてふと立ち上がった所で、何もしなかったので体力が有り余っているティナがカイトに問い掛けた。
「うむ……のう、カイト。もう一度組手でもするか?」
「ん?……まあ、いいか。今日は殆ど動いてないしな。」
ティナの提案に少し考えて応じることにしたカイト。さすがに今日これから何か依頼を受けにマクスウェルまで出かけるつもりはなかったので、此方も体力が余っていたこともあり、受けることにした。
「そういえば……カイトさんとティナさんでは何方がお強いんですの?」
二人の正体を知らない瑞樹がふと疑問を呈する。学園では前トーナメントの覇者である二人だが、当然出場試合が違う為戦ってはいない。が、その一方で二人は人知れずよく模擬戦をやっているので、気になったらしい。
「む?……まあ、カイトじゃな。」
瑞樹の問い掛けに、若干悔しそうではあるがティナが答えた。現在のティナでは十回やって一度勝てる程度である。更にカイトは多少ハンディキャップを課している。
「昔は余が圧勝しておったのじゃが……」
かなり残念そうなティナであったが、彼女が栄華を誇ったのは、カイトと出会ってからほんの1年ぐらいであった。その後はほぼ互角の戦いが繰り広げられ、大戦が終了して数年もすれば、完全にカイトが優勢となっていたのである。
「そうなんですの?……一度お二人の模擬戦を見せて頂いてもよろしいですか?」
「ああ、俺も少し興味あるな。二人がどういう戦い方をするのか参考にさせてもらいたい。」
瑞樹はカイトの方が強いと聞いて、遠距離特化の相手との立ち回りを学びたいが為、二人に願いでた。そうして、更に瞬も同じ理由で観戦を希望する。
ソラ達ならまだしも正体の知られていない二人が一緒では、全力で模擬戦なぞできそうになく、ティナが困った顔でカイトを見る。
「……まあ、いいか。何時かは話すつもりだったし、丁度いいだろう。」
「まあ、何時までも隠しておくわけにもいくまいか。」
そう言って頷き合う二人。元々冒険部の面々には自分の正体を明かし、重点的に鍛錬をしてもらうつもりだったのだ。調度良い切っ掛けと二人はこれを機に明かすことにした。と、そんな二人を、瑞樹が訝しむ。
「何の話ですの?」
「ああ、まあ、見たらわかる……リィル、お目付け役達は何時帰還する?」
ぐるぐると肩を回すカイトに、リィルが通信機で連絡を取って答えた。
「……もう全員帰還しているようですね。」
「ついでだ、幹部陣にも一度戦いを見せておく。エルロード達は初めてだろ?」
アルの父エルロードとリィルの父ブラスの二人は、つい数日前に復帰した所だ。まだティナの訓練にさえ、参加した事が無かったのである。なので、一度自分達の実力を知らせる意味を含めて見せる事にしたのである。
「はい。父たちは以前の模擬戦の折には居ませんでしたので。」
「なら手の空いた者には模擬戦をやるから、見たい者は来るように連絡しておいてくれ。」
「わかりました。場所は?」
「ここに異空間への扉を作っておく。自由に入れ、と伝えておいてくれ。」
「わかりました。」
リィルが今のカイトの通達を連絡していくのを見て、カイトは剣を取り出し何もない空間を縦に一閃する。すると切り裂かれた先には床が金属製の異空間が広がっていた。どこまで続いているのか分からない、とてつもなく広い空間であった。
「な!」
いきなり出現した異空間を見た瞬が、目を見開き声を上げて驚く。そうして、大慌てで現れた異空間へと近づいていく。さすがに中に入る程の勇気は無かった瞬だが、即座に横を向いてカイトに問い掛けた。
「何だこれは!?」
「ちょっと待った……こんなところか。」
更に切り裂いた場所へ扉を創り出して、何度か出入口を確認。問題ない事を確かめてカイトが中に入る。そうして、更に空間を安定化させるなど様々な超高度な魔術を施していく。
「良し……全員入っていいぞ。」
顔だけ出してそう言うカイト。ティナがそれに続いて入り、ソラ達カイトの正体を知る者が少し怯えながら入っていった。
「え?え?」
「瑞樹、入らないと。凛も。瞬も急ぎなさい。」
そう言ってリィルが瑞樹の手を引いて異空間へと入る。
「瞬、行かないの?凛ちゃんも行くよ?」
そう言って呆然としている凛の手を取って異空間へ入ろうとするアル。凛は呆然としており、流されるがままであった。
「いや、ちょっと待て!あいつ何した!」
「ただ異空間を作り出しただけだよ……説明は後でカイトからしてくれるよ。」
そう言われて少し悩んだ瞬だが、このままここに居ても何の解決にもならないとしぶしぶ中へと入っていった。
「で、どういうことですの?」
「ああ、さすがにこれは想像していなかった。」
異空間の中に入って、周囲を見渡してかなり広大な空間であると見た瞬と瑞樹。二人は事情を知っているであろうカイトに説明を求める。
「まあ、簡単にいえば、オレがカイト・マクダウェル公爵で……」
「余が魔王ユスティーナ・ミストルティン、というわけじゃ。」
二人はあっけらかんと自身の正体を暴露する。それに、二人はぽかん、と口を開いた。
「は?」
「確か二人共300年前の人間だろ?なんで生きてるんだ?」
その言葉を冗談と流そうとして、二人はそれが一番色々説明がつくという結論に辿り着いたらしい。とりあえず納得する事にして、事情の説明を促した。
「まあ、2つの世界での時間の流れが異なっていたらしい。詳しくはわからん。さすがに世界間の時間の流れの理論なんてわかりっこないからな。」
準備運動をしながらそう言うカイト。これは嘘偽り無く、ソラ達も同じ説明を聞いていたし、カイトもそうとしか理解していない。
「確かカイトの言では一度目の転移の時には一時間程度しか経っていないんじゃったか?」
こちらも準備運動をしながらのティナ。彼女もほうぼう手をつくして理論を構築してはいるものの、未だに結論は出ていなかった。
「ああ、こっちで十年で向こうで一時間だな。それで地球でおおよそ3年、こっちでおおよそ300年だから、流れが一定じゃないんだろうな。」
カイトはティナの問い掛けに頷き、準備運動を終えて幾つか武器を取り出して具合を確認する。問題の無い事を確認したカイトは一旦姿を元の大人の状態に戻して準備を整える。
「は?なんですの?その姿。」
当然初めて見る三人―瞬、凛、瑞樹―はいきなり容姿が変更されて唖然となる。
「ん?ああ、こっちが素だ。ティナはもっと変わるぞ。」
そう言って顎でティナを指すカイト。ティナも準備が終わったらしく、容姿を大人に変更していた。
「うむ。やはりこの姿が一番じゃな。」
彼女は漆黒のドレスを身に纏って泰然と構えていた。後はお互いの準備が終わるのを待って、試合を開始するだけであった。
「殆ど努力もなしにそのスタイル……世の中の女性に喧嘩売ってるわね……」
魅衣の恨みのこもった発言にティナが反応する。魅衣はティナのある一点―ティナの胸―を凝視している。
「む?良いじゃろ?」
そう言ってティナはグラビアアイドル顔負けのスタイルで胸を強調する幾つかポージングを行う。胸元が強調されたドレスを身に纏ったティナは、間違いなく地球では並び立つものの居ない美女となっていた。
「えーっと、あれ、ティナさん?」
自分と同じく発育不良仲間と思っていた凛が裏切られた顔をする。特に胸の成長率が半端ではなかった。
「ええ、凛ちゃん……二人で頑張ろうね……」
「瑞樹さんもそうだけど、ありえない……外国の血が混ざるだけで戦力の差が明白過ぎるよ……」
魅衣は涙をにじませながら、愕然となって真っ白になる。同じく愕然として瑞樹を見る凛だが、此方も何故か愕然としている。
「負けましたわ……」
密かにスタイルに自信のあった瑞樹がティナの本当の姿を見て愕然とする。上には上が居たのであった。
「おい、ティナ。準備出来たか?」
「うむ。」
一同に見せつける様にポージングしていたティナだが、カイトの言葉に再び杖を泰然と構える。そうしている内に、何人かの隊員が集まってきていた。
「閣下。観戦させていただきに来ました。」
そう言ってエルロードが部隊員を代表して挨拶する。横にはブラウが控えている。
「エルロードか。ああ、別に礼を取る必要はない。観戦するなら入り口周辺の魔法陣の中だ。」
カイトは後ろ手に異空間との出入口の近くに作った観戦用の一角を指し示す。そこいはご丁寧に何脚もの椅子が用意されていた。難点は一所に観戦席を作ると後に回った時に観戦がし難くなる事だが、一箇所に留まってもらわないと模擬戦の流れ弾で怪我人……ではなく一足飛びに死者が出るので、仕方がなかった。
「はっ、では。」
エルロードは小さく頭を下げ、連れて来た隊員達と一緒に側に設置されていたイスに腰掛ける。
「えーと、本当に公爵なんですの?」
「だからそう言っているだろ?」
瑞樹の再びの確認に、カイトは若干呆れ返りながら答える。だが、やはり釈然としない瑞樹が、違和感を指摘した。
「でも、その姿は……確か、カイトさんは純粋な日本人でしたよね?」
現在のカイトの容姿は蒼髪蒼眼、どこからどう見ても染髪やカラーコンタクトでもしていなければ、地球には存在しない容姿であった。ティナに至っては耳が若干尖っており、明らかに人間ではなかった。
「オレはな。ティナは魔族だ……まあ、髪と眼については理由がある。気にしないでくれ。」
実はカイトはこれだけは頑として、誰にも理由を語っていない。唯一理由を知るユリィも口を閉ざしているので、誰も……ティナさえ知らなかった。
「いえ、気にするな、と言われましても……」
純粋な日本人が何をどうすれば蒼髪蒼眼になるのか、一同気になっているのだが、調べてもわからなかったため、本人が語らないことにはどうしようもなかった。
「それ以外の詳しい説明はユリィ、頼んだ。」
「うん。」
カイトに説明を投げられたユリィが、少しだけ嬉しそうに簡単に説明していく。教師の血が騒いだらしい。その間も何人かの隊員たちが続々と集合し、それを確認したカイトがティナへと問いかける。
「さて、ティナ。今回の模擬戦では朝と一緒でいいな?」
「うむ。お互い使い魔以外に制限は無し。一本勝負じゃな。」
二人は合意がなされるや、一気に身に纏う魔力を高め始める。魔法陣で保護されていなければ一同で最も強いアルでさえ、気を失いかねない程の魔力が渦巻いていた。
「じゃ、始めるか。」
「うむ。」
そうして二人で一礼をして、頭を上げた次の瞬間には、ソラ達の視界から二人はいなくなっていた。
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