第103話 初依頼
「今って依頼を受けてもらえます?」
そう言って入ってきた女生徒、後ろには同じように何人かの女生徒が一緒に居た。
「……ん?あ、可能だ。」
今日はこのまま誰も来ないだろう、とだらけきっていた冒険部面々だが、急に依頼人が来たことで一気に佇まいを正した。そして依頼人一同を部室に用意された応接用のソファにまで案内する。
「で、何の依頼だ?……と、まずはオレがこの冒険部の部長の天音だ。初めまして。」
そこで桜が依頼人の女生徒達にお茶を差し出す。このために台所を増設させたのである。
「あ、家庭科部の部長の白崎です。で、今回の依頼なんですが……」
差し出されたお茶を口に含んで、話し始める白崎。家庭科部は異世界転移以降に手芸部と料理研究会が合併して設立され、現在は学園の食と衣服の修繕を一手に引き受ける、学園に無くてはならない部活である。
「実は新しい食堂のメニューが欲しいんです。できれば此方側の料理のメニューがいいです。」
「そういえば、生徒会にも学食のメニューが代わり映えしない、折角異世界にいるのだから、変わった料理が食べたい、と不満が上がっていましたね。」
白崎が告げた言葉に、桜が生徒会に上げられていた意見書を思い出す。転移からすでに二ヶ月以上が経過し、そろそろ新しい刺激が欲しいという学生からの意見はそれなりの数に上っていたのである。
「はい……私達も何とか公爵軍の料理人の方と相談して作ってはいるんですが……他にもレパートリーが欲しくて。それで相談させてもらいました。」
「ん?公爵家の料理人に相談すればいいんじゃないのか?」
「いえ、その方もいつも居てくれるわけではないので……で、皆で相談してたらこの娘が、冒険者の皆さんなら新しいレシピが手に入れられるんじゃないかな、って。冒険部には知り合いも居るから、話すだけでもしてみるかということで、今回相談させてもらいました。」
そう言って白崎は横に居た小柄な女子生徒を紹介する。彼女はショートカットの美少女だ。女として見ても小柄で、恐らく155前後ぐらいしか背丈は無いだろう。折れそうな腰、緊張しているのか真っ赤に染まった頬など、全体的に弱々しい印象である。顔立ちは何処か小動物的な庇護欲を駆り立てられる、か弱そうな美少女であった。で、そんな彼女だが、カイトと中学時代からの面子はどこかで見たことがある印象を受けた。
ちなみに、公爵家の料理人が居られないのは当たり前で、彼も普通に公爵邸の仕事があるのである。戦闘要員でもないのに頻繁に護衛を出してまで此方に来ることはできず、週に1,2回がいい所であった。
「初めまして。オレが部長の天音です。」
女生徒が年下で気の弱そうな印象を受けたカイトは、威圧感を与えない様に優しく微笑み掛けることにした。
「……いえ、カイトさん……初めましてじゃないです……」
しかし、そんな彼女はカイトの言葉を否定してほそぼそとした声で告げる。そう言われたカイトはきょとん、とした顔で真っ赤に頬を染めた女生徒の顔を見る。しかし、カイトにはどこかで会った印象はあるものの、思い当たる節はなかった。
「僕です……睦月です……」
かなり小声で、涙目になって顔を上げて、自分の名前を告げる睦月。彼女は顔を真っ赤に染めて、俯いていた。
「睦月?」
睦月の自己紹介に、カイトの中学時代からの面々が睦月という人物についてを思い出すが、該当する人物は一人しか知り合いにいなかった。しかし、その考えを、誰もが頭を振って否定した。なにせ、その人物は確かに女の子っぽかったが、男だったのである。
「……待て、睦月って神楽坂睦月か?神楽坂皐月の弟の?」
そうして、あまりに信じられない事態に、カイトが手を前に突き出して尋ねる。ちなみに、この神楽坂皐月は二年C組に在籍しており、カイトにとってはソラ達より付き合いの長いのであった。そのため、その弟である睦月のこともよく知っていたのである。尚、三年には弥生という姉が在籍している。この三人はかなりの家庭的センスを備えており、特に上二人はファッションセンス抜群かつ恋愛相談も完備するなどと実は学園でもかなり有名かつ信望の高い二人であった。
「その睦月です……うぅ……遂にカイトさんにまでこの姿見られた……」
目端に涙を溜めて嘆く睦月。そう、実は彼は彼女ではなく彼なのだ。その彼はとある理由から女装をしていたのであるが、中学を含めて学園で女装していることは幼馴染であるカイトには必死で隠し通していたのである。そして、それを聞いた瞬間にティナが一気に興奮する。
「おお!男の娘というやつか!皐月ともども前々から睦月は素質があると弥生と話していたのじゃが、ここまで見事とは!やはり中学の時にセーラ服を着せたのは正解じゃったな!遂に目覚めてくれたか!」
ティナは身を乗り出してスマホを取り出して睦月を撮影していく。その一撮影ごとに、睦月は羞恥で身を縮こませる。
「でしょ!似合うよね!こんなに可愛いんだから睦月ちゃんももっと自信を持たないと!」
「うむ!その通りじゃ!」
どうやら同好の士を見つけたらしい元手芸部の部員とティナが興奮した様子でがっしりと握手しあう。それを横目に見ながら睦月は遠い目をしていた。
「あはは……僕、もう泣いていいよね……と言うか、泣きます……」
「……大変だな。その服はやっぱり弥生さんの趣味か?前々から私服だけは……あ、私服もってことは制服は女性用だったのか。」
ぽんぽん、と涙目どころか遂に目端から涙を流した睦月を、カイトが優しく宥める。そうして、カイトの胸にしがみついてむせび泣く姿は、傍から見れば、完全に男に抱きついて慰められる女の子であった。
ちなみに、二人だけでなくソラ達も同じ中学であったにもかかわらず、中学ではなぜか睦月と会ったことがなかった。一同は自分達の噂もあって避けられていると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「ぐすっ……はい。弥生お姉ちゃんが似合うから着なさいって、無理矢理……それに今では公爵家の被服係の女性隊員の方も乗っかって止められないんです……」
カイトの胸に抱きついた睦月が、潤んだ目で上目遣いで答えた。どうやら睦月は姉と公爵家被服科のメイド達の着せ替え人形と化しているらしかった。
「あの人は……まあ、いいか。それで、皐月は?」
弥生の仕手をまあいいか、で済ませたカイト。止めるつもりは無かった。なにせ、それぐらい似合っていたのである。カイトは気を取り直してキョロキョロと周囲を見渡し確認する。
「あ、皐月お姉ちゃんはいません。学内には居るはずですけど……」
睦月は漸く気を取り直したのか、カイトから離れて答えた。尚、睦月はお姉ちゃんと言っているが、皐月も男である。此方も女装が非常に似合う容姿であり、同じく長女である姉の趣味から女物の服を着ていた。ちなみに、皐月の方は完全にノリノリで、睦月は私服が男女兼用であったのに対し、皐月は私服も女物である。おまけに悪いのは、皐月はその衣服のコーディネートが上手く、非常に似合っていたことだ。
おまけに仕草は女そのもの、男心をくすぐる物なので、どこからどう見ても美少女であった。なので時々どころか頻繁にナンパされる程だ。それで時々男と暴露しても信じてもらえない熱心なファンに付きまとわれ、尻拭いをさせられるのが、カイトの常であった。カイトが転移しても忘れられないのは不思議では無かった。
「ねぇ、カイト。いくら可愛いからって男にまで手を出してないよね?」
「出すわけないだろ。」
「ホント?」
どこからどう見ても美少女な睦月に少し不安を覚えたユリィが尋ねる。カイトは即断するが、イマイチ信用が無かった。なにせその声は若干棒読みで、その目は何処か遠くを見つめていたのである。
それに、カイトが今の睦月を見てかなり庇護欲に駆られた事が察知されたらしい。そうしてユリィはカイトの目に踊り出ると、カイトの目をじっと見つめる。その内にカイトが目をそむけ、再び遠い目をした。
「と思う……といいなぁ……」
男でも可愛ければいいのか、そんな自分に泣きたくなるカイトであった。
「まあ、この容姿だからねぇ……その皐月って人もこんな感じ?」
並みの美少女では勝ち目の無い睦月の容姿を見て、ユリィも思わずカイトに同情する。涙目の睦月の言動は男の庇護欲を刺激するものなのだが、天然なので余計にたちが悪かった。
「あっちはもっと酷い。自分が男だから男のツボを心得てやがる。何人の男が皐月に騙されていることやら……」
もっと遠い目で答えたカイトに、ユリィはもはや苦笑いを浮かべるしか出来なかった。と、そこでユリィがふと気付いた。
「あれ?そういえば桜はこういうのがいいんじゃないの?」
以前の宴会における狂乱を思い出して小声でそう聞いてみるユリィ。桜は何を言っているのか、という顔で答える。
「え?ああ、いえ、カイトくんと神楽坂さんじゃなくてカイトくんとソラさんのほうが……ってナニ言わせるんですか!」
実はユリィは会長室に密かに男同士の絡みのある本が隠されている事をすでに発見している。なので、実はユリィだけでなくクズハにまで、すでに桜の趣味は把握されていた。それ故にユリィが聞いてみたのだが、どうやら違ったらしい。残念ながら、ユリィは異世界の趣味の1つであるBLについては造形がなかったのである。
「もう。」
「あはは、ごめん」
何処か拗ねた様な桜と照れた様なユリィであった。
「はぁ……で、レシピか。わかった。引き受けよう。」
脱線した話しを元に戻して、依頼を引き受けるカイト。この程度ならば最悪カイト一人でも問題にはならなかったし、冒険部の初依頼としても十分だろう。
「あ、ありがとうございます!できればサンプルに食材も幾つか調達して頂けますか?実際に作ってみないと出せませんので。」
そんなカイトに、睦月は花が綻ぶ様に笑顔を浮かべた。それに、カイトも笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、引き受けよう。」
「ありがとうございます。それで、あの、依頼料なんかは……」
おずおずとそう言う睦月。さすがに現状の学園生では冒険者に支払う様な依頼料は持っていない為、少し不安だったのである。
「ああ、冒険部は私的な依頼じゃない限りは依頼料はもらわない事になっている。一応は部活になるからな。予算は学校から出ているから、安心しろ。」
「あ、そうなんですか。よかった……」
カイトが安心させるように告げたので、睦月だけでなく他の部員達もほっと胸を撫で下ろす。
「ま、これで学食のメニューが増えれば巡り巡ってオレ達にもメリットになるからな……にしても、睦月は家庭科部にいたのか。家事が得意なのは知っていたが……」
「ええ。実は、睦月ちゃんが切っ掛けで手芸部と料理部が合併したんです。」
カイトの呟きに、部長の白崎が事情を説明し始めた。ちなみに、さすがにカイトもまだ入学して一ヶ月程度の睦月の部活を把握しているはずがなかったので、知らなかったのである。
「両方に所属していた睦月ちゃんが家事関連の部活を統合して、私達も学園運営に協力していこう、って。それで家庭科部へと統合する運びになったんです。」
それを聞いたカイトは目を見開いて、感心した顔をする。
「ほう、それは凄いな。よくやったな。」
「えへへ、ありがとうございます。」
カイトに頭を撫でられ、照れた様子で嬉しそうにそう答える睦月。それを見てユリィが目を細める。
「どっからどう見ても女の子にしか見えない。ねえ、ほんとにあなた男?」
「だから男です……というか、妖精!?」
と、ここで漸く家庭科部の面々がユリィに気付いて、驚きの声を上げる。
「あ、特別顧問のユリィです。」
ペコリ、と頭を下げるユリィ。と、そんなユリィに対して、カイトが少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて、こう告げた。
「オレも皐月と睦月には時々男と忘れさせられるな。」
「カイトさぁん……」
再び目端に涙を溜める睦月。カイトはそれを見て笑い、それ以降は賑やかに話が進んでいった。
「じゃあ、依頼期限は無しでいいんだな?」
「はい。でも、なるべく早めにお願いします。」
そうして依頼内容が固まり、取り敢えずは学園内で使うテンプレートを用いた依頼書が完成する。
「依頼内容はレシピの入手。期限はなし。これで問題ないな?」
「はい。じゃあお願いします。」
そうして依頼内容が固まった時、勢い良くドアが開いた。そうして入ってきたのは一人の女生徒……ではなく男子生徒、睦月の姉?である皐月であった。彼女の容姿はツインテールに160センチにも満たない程度の小柄な体躯。顔は花も恥じらうような美少女で、何処か、小悪魔的な印象を受ける美少女、に見える男子であった。此方も折れそうな程華奢な身体に、腰はくびれ、何処からどう見ても胸が無い以外は女にしか見えなかった。そんな彼女はツインテールを揺らして、部屋の中身を不躾に確認し、目的の人物を見つけ出した。
「あ、いたいた。睦月、お姉ちゃんが呼んでるわよ。」
「あ、はーい。」
開いた扉から入ってきた皐月に気付いた睦月が、手を振って答えた。
「あ、カイトも一緒なんだ。久しぶり。」
と、そこで睦月の前に居たカイトに気付いた皐月が、ひらひらと手を振って挨拶する。
「ああ、久しぶりだ。」
手を振る皐月に気付いたカイトも、手を上げて答える。
「今日は冒険者活動は休みか?」
「まぁね。そう言うカイトは今日から部活?」
彼女も当然、数日前の冒険部発足には立ち会っていたので、単なる確認であった。
「ああ。といってもやることは普通の冒険者と変わらん。」
「ふーん。ここが部室ねぇ……あ、ありがとうございます。」
桜が皐月へお茶を出し、皐月がそれに礼を言った。ずずず、とお茶をすすり一息ついた皐月。
「で、カイト。似合うでしょ?」
そう言って睦月を示す皐月。
「似合いすぎだろ……お前ら姉妹……いや、兄弟?は。」
「そうでしょそうでしょ!似合うよね!」
皐月もどこからどう見ても所作が女生徒にしか見えない。もはやカイトの肩の上のユリィは、茫然自失であった。恐らくカイトの肩に腰掛けていなければ、間違いなく空中から落下しただろう。
「ねえ……本当にあなた達男なの……?」
カイトが言わなければ未だに女だと思っていたかもしれない。そう考えたユリィは自信なさげに問いかける。
「え?そうよ?」
あっけらかんとそう答える皐月。女装しているが、別に男であることを隠しているわけではなかったのである。
「あ、ちなみに、下着も女物よ。見る?」
そう言ってニヤニヤとスカートの裾を持ち上げようとする皐月だが、即座にその手をカイトがはたき落とした。
「そんな情報はいらん。見せなくていい。」
始めは男とわかりつつもカイトも赤面していたが、すでに似たような遣り取りを何度も繰り返して耐性ができていたのである。
「ちぇ。最近さー、カイト、私に耐性できてない?」
「お前と何年付き合いがあると思っている。」
「もう十年近くかー。カイトのおかげだよねー、女装に自信持てたの。」
「……カイト、どういうことか聞かせてくれる?」
皐月の発言を聞いてユリィに睨まれるカイト。カイトは少しだけ、遠い目をして、はぐらかした。
「いや、まあ、色々と……」
「その色々については是非、詳しく聞かせて頂けますか?」
更に横にいた桜も参戦する。段々と包囲網が形成されたのを見て、カイトは逃げ場を探し始める。が、その前に皐月がトドメを刺した。
「また今度で……」
「えぇー、別にいいじゃない。ただ私を褒めてくれただけなんだから。」
「さ、カイトくん。折角神楽坂さんもいらっしゃるんですから、話してください?」
わざと嬉しそうに頬を染めてそう言う皐月。カイトは演技と分かっていない桜と、何かあると察したユリィの二人から睨まれた。
「それで弥生お姉ちゃん。なんだって?」
このままでは収集がつかなくなる、そう判断した睦月が強引に割り込んで話を修正する。カイトはほっ、と胸をなでおろした。と、ついうっかりカイト弄りに参加した皐月であったが、彼女もはっとなって本題を思い出した。
「あ、新しい服出来たから、試着してって。」
「えぇ……」
溜め息をついて落ち込む睦月。どうやら彼女には拒否権は無いらしい。何処か既に着る事を諦めている感があった。
「ホント!さすが神楽坂さん!さ、睦月ちゃん!行こ!」
そう言って睦月に無理矢理席を立たせる元手芸部部員の女生徒。依頼書が書き終わって雑談になっていたので、他の生徒もそれに合わせて立ち上がり、それぞれ部屋を出ていこうとする。
「カイト、じゃあね。」
それに合わせて皐月も席を立ち上がり、手を振ってカイトに挨拶し、家庭科部の面子と一緒に出て行った。
「嵐の様に来て嵐の様に去っていったな……」
「で、カイト。皐月って子とのお話、聞かせてくれる?」
「はい。私も聞きたいですね。」
そして嵐のように被害を残していった皐月に、カイトは心中で恨み言を言う。
「はぁ……別に面白いことはないぞ?」
そう言ってカイトは皐月との出会いを話すことになったのである。そうして、この日はこの後誰も訪れること無く、結局そのまま店じまいとなった。
お読み頂き有難う御座いました。