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第97話 次なる戦いへの序曲

 今回を以って、第5章『冒険者始動編』は終了します。次回からは新章スタートします。

 学園で拐われた者達が無事の生還を喜び合っていた頃、カイト達が去った後の崩れた洞窟の入り口に、一つの大きな人影があった。

「……何があった?崩れる気配は無かったのだが……」

 人影は洞窟でソラに話しかけた男性冒険者である。彼は崩れ去った洞窟を見て、呆然としていた。

「まあいい。取り敢えずは……。」

 そう言って男は何らかの魔術を発動させる。すると、しばらくして洞窟跡から何か赤く光る物体が現れた。大きさは手のひら大で、何かかなり複雑な魔術が刻まれていた。

「やはり、まだ無理だったか。まあ、取り敢えずはブラッド・オーガクラスの魔物の思考の方向性を制御できただけ良しとするか……次は埋め込みでやってみるか?」

 ブツブツと呟きながら男は赤い物体を観察し、懐から取り出した羽ペンとメモを使って、何かをメモに纏めていく。

「こんなところか。」

 そうして5分程で要点はまとめ終わったらしく、男はペンを懐に仕舞い、メモを異空間へと収納した。

「さて、あの油ガエルに報告せんとな。どうせ怒鳴り散らすだけだろうが、これも契約の内か。」

 どうやら男はあの赤い物体を回収しに来ただけらしく、出発しようとして、再び男が声を上げる。

「誰かは知らんが、そこで見ているだけで良いのか?今なら捕えることも出来るかもしれんぞ?」

 彼女は問い掛けられると、敢えてわかるようにしていた隠蔽の魔術を解いた。そうして現れたのは、幻想的な10代中頃の美少女だ。彼女は華の顔に大きな翡翠の瞳、透き通る様な純白の肌に似合うシルクの様になめらかな金の髪を纏め上げ、透き通る透明な4枚の翼を持った、妖精族の少女であった。

 しかし、侮る無かれ。可憐な少女が纏う威風は、そんな可愛らしい姿とは相反して並の神族をも上回る強大な物だ。そうして、宙に浮いて足を組み、華の顔に傲慢さを覗かせる表情を浮かべた少女の姿は、まさに妖精の女王であった。

「まさか、かの妖精女王(ティターニア)が見張りとは……買い被られたものだ。」

 男は現れた人物が予想外だったのか、目を見開いて驚いていた。男はそう言うや、即座に戦闘態勢を取る。男自身も勝てるとは思っていないが、無抵抗を貫く主義ではなかった。本気となった彼は彼が先ほど洞窟内で見せた冒険者のランクよりも遥かに上の力であったのだが、それでも、ユリィを前にしては霞んでしまう。それほどまでの実力差が、二人の間には存在していた。

「へぇ……私の正体に気づいていたんだ。あ、そんなに警戒する必要は無いよ。今回は警告で済ませておけ、っていう話だから。」

 警戒する必要は無い、と言いつつユリィが身に纏わせる魔力は、年嵩の天龍をも余裕で上回る物だ。それは、警戒はしなくてよいが、もし攻撃を試みるようならば問答無用で潰す、という無言の圧力であった。

「差金はハイ・エルフの姫君か。まあ、当たり前か。それで、警告とは?」

 皇国で最重要人物かつ高位の地位にあるユリィに命令出来る人物なぞ限られている。そこから男はクズハの指示と判断した。カイトの存在を知らない以上、このミスは仕方がないだろう。

「どーせ、あの大馬鹿の指示でしょ?なら伝えておいて、次は無いって。後もう一個、この地で馬鹿をやるならそれなりに覚悟していろ、と。」

 巨体を誇る男の胸にも満たない総身に更なる魔力を漲らせ、男を圧倒するユリィ。男には何が言いたいかなぞ、聞く必要は無かった。それに、男は自身の幸福を悟る。

「……伝えておこう。」

 冷や汗を垂らしながらそう言う男。それを見届けてユリィは再び消えた。今度は男には一切悟らせない完全な隠蔽だ。男は暫く警戒して、何も無いので、漸く警戒を解いた。

「命拾いしたか……一回目か、今回だけはあの豚に感謝しておこう。……む?油ガエルだったか?」

 そう言って、男は額に流れた汗を拭った。呼吸は乱れており、思わず片膝をついてしまった。

「まったく。だからマクダウェル領での実験に関しては反対だったのだ……下っ端の辛いところか。」

 男はそう言って自嘲する。

「取り敢えずは、良いデータが取得できた。後は報告を済ませるだけだ。」

 男は少し気合を入れて赤い物体を握りつぶすと、周囲を警戒しつつ、何処かへと去っていった。



 

「ふぅ、終わり終わりっと。」

 男に伝言を済ませ、学園へと戻ってきたユリィ。即座にカイトの部屋を目指す。しかし、カイトの部屋へ入る直前、大きくなったついでに窓からふと外を眺めてみるとグラウンドで鍛錬を行う人影が見えた。

「へぇ、こんな時間に鍛錬か。あんなことがあった後なのに、頑張るねー……ううん、あんな事があった後だから、かな。」

 人影は瞬であった。彼の顔には少し鬼気迫る物があり、少しユリィが不安になるが、近くでは一緒にリィルが鍛錬を行っていた。それを見て、とりあえずは止められる者が居たので、ユリィは安心する。

「ま、それでも今日は早く寝るように言い含めておきますか。」

 そうしてユリィは念話でリィルへと早めに鍛錬を切り上げさせる様に連絡した。リィルについては心配していなかったのだが、瞬はあれだけの乱戦の後である。当人は自責の念に駆られて鍛錬をしているのだろうが、このままでは身体を壊しかねなかった。そこら辺はリィルが把握しているだろうが、彼女もどちらかと言うと無茶をさせるタイプだ。なので、念には念を入れて切り上げさせる事にしたのである。

「これでいっか。」

 念話を終えて外を見ると、瞬がリィルに言い含められて校舎へと戻ろうとしていた。どうやら彼も無茶をしているという思いはあったらしい。そうして直ぐに、リィルも陣営へと戻って行った。それを見届けたユリィは自身もカイトの部屋へと続く扉を開く。

「いちいち一度仮の部屋に入らないといけないのって、面倒だよね。」

 さすがにカイトやティナは装備や使い魔等の関係上、学園の生徒と同じ部屋の大きさ、防音設備では無理がありすぎる。そこで、仮住まいの部屋に更に異空間へと続く扉を作り、そちらで生活していた。

「さて、と……カイト、ただい……ま……」

 ドアを開けてカイトの居る異空間へとは入ったユリィは眼前に広がる光景に硬直する。

「……ん?ああ、ユリィか。見張りありがとう、それとお疲れ様……どうした?」

 ユリィが入ってきた事を察知して起きたカイトは、部屋へ入るなり硬直したユリィ不思議そうな顔をしている。

「……ねぇ、カイト。コレは一体どういうことかなぁ?」

 辛うじて笑っているものの、ユリィは頬が引き攣っている。いくらなんでもことの成り行きが把握出来なかったのだ。

「コレ?どれのことだ?」

「ふぅん。まずはベッド見てみよっか?」

 そう言ってカイトは自分が寝ていたベッドを見てみる。そこには裸、もしくは乱れた服の女が4人。明らかに情事の後であった。

「……まあ、気にすんな。」

 思わず目をそらしてそう言うカイト。その言葉を聞いたユリィが寝ている面子を気にせず、大声を上げる。

「気にするな!まあ、ティナは欲求不満だったから良し!クズハは最近カイトと一緒に居られなかっただろうからコレも良し!ルゥはいつもの事!まあ、他に何人か出てこなかったのは良しとして……」

 こういった時に出てきそうな使い魔をルゥ以外にもそれなりに抱えているカイト。彼女らに遠慮というものは存在していなかったのだが、偶然出てこなかったらしい。いや、偶然では無い。実は、彼女らは一人の少女に遠慮して、出てこなかったのである。カイトには遠慮が無いが、それ以外には遠慮があるのであった。そうして、怒り収まらないユリィはベッドで寝ている一人の少女を指さす。

「どーして桜まで居るの!おかしくない!」

「あー、それな。……なし崩し、ではないが、風呂を使わせようってことで部屋に案内したらこうなった。」

 カイトは部屋への戻り際、校舎の靴箱の所で泥だらけになっていた桜を見て、部屋にある風呂を使わせようと考えて、一人はさすがにまだ不安だろうとティナと一緒に入浴させたのがまずかった。風呂場でティナがけしかけ、更には桜も同意し、そのまま関係を持ってしまったのである。

「あんなことがあったその夜に、仲の良い女の子を部屋に上げた挙句にシャワー使わせれば、そう思われてもしょうが無いでしょ!……他の女の子は!?」

 カイトは純粋に善意だったのだが、桜のカイトへの好感度がかなり高いことはユリィはすでに気づいていたので、カイトが迂闊だったとしか言い様がない。更にティナという手練手管の使い手だ。けしかけるのは容易だっただろう。

「楓や他の生徒には部隊から人をやって隊員用の風呂を使わせた。後、少し声のボリュームを落とせ。起きるだろ。」

 小声でユリィに応え、指で寝ている桜を指さすカイト。桜を風呂へと案内する道中、カイトは念話でリィルに連絡を行い、女性隊員へ拐われた生徒を風呂へ案内するように手配させた。

「じゃあ、なんで桜だけ!?」

「いや、風呂の用意とかにも時間がかかるからな。まあ、瑞樹が同じことに気づいたらしくてすでに頼んでいたらしい。始めは桜も一緒に行かせるつもりだったんだが、ティナが時間が掛かるだろうから、オレ達の部屋にある方を使わせてやれ、ってな。別に正体バレてるから、こっち見せても問題無いし……」

「一緒に入らせよーよ!ティナ!どういうつもり!」

 当たり前だが、ティナとて超級の戦士だ。ユリィが入ってきた時点で、目を覚ましていた。それは二人共長い付き合いで知っているので、ティナに問い掛けたのである。

「む?桜がカイトの事を好きそうだったからの。命と貞操の危険もあったことじゃし、いっそカイトに責任を取らせようかなぁ、と……後、少し声を落としてやれ。桜が起きるじゃろ。」

「確信犯!?」

「お前はそんな理由で桜をオレに抱かせたのか……。」

 すでに起きていた桜を除く面子は、素知らぬ顔をしている。寝ている桜を案じて、相変わらず怒鳴るユリィへティナが注意するが、遅かった。

「うぅ・・ん・あれ?ユリィちゃん?」

「あ、おはよ、桜。カイトは良かった?」

 先ほどまでの怒りは何処へやら、ニヤニヤしながら桜へと問いかけるユリィ。今この時だけの弄りならば、利用しない手はなかったらしい。

「え、あ……はい。」

 桜は相当に恥ずかしいらしく、真っ赤になり、顔を布団で隠しながら、かすかにそう答えた。

「でも、ずるい!私も混ざる!」

 そう言うや否や、即座に身に纏う衣服を脱ぎ捨てたユリィ。ベッドを移動し、カイトの上へ向う。

「ゲフッ……ユリィよ。余になんか恨みでもあるのか?」

 途中でユリィは大人状態のティナの上を通過し、ティナに文句を言われる。

「恨み?私に隠れて何いいことしてるの!」

「ぐっ、……今日は若干欲求不満じゃった。」

「まぁ、欲求不満は私もですよ。旦那様、折角ユリィちゃんも来たことですし、第二回戦と参りましょう?他にも何人か喚ばれますか?」

 そう言って豊満な胸をカイトに当ててくるルゥ。

「え?いや、オレ結構限界近いんだが?」

「そう言いつつ何人が相手でも大丈夫なくせに。お主の精力はどうなっとるんじゃ?」

 同じく大人状態となり、スタイルが段違いに成長したティナがルゥに対抗して逆側から胸を当ててくる。

「ん?このパターンはどこかで……」

「うん。問答無用。」

 どう考えても逃げ道が無い、周囲を見渡してそう考えたカイトをユリィが肯定する。彼女はカイトの目の前にまで顔を近づけると、問答無用という言葉を表す様に行動に移った。

「あ、私も……」

「くっ、これが胸囲の格差というやつですか……お兄様は小さい胸はお嫌いですか?ハリなら負けていません!」

 そう言っておずおずと桜とクズハがカイトに近づいていく。

「いや、胸に貴賎は無いが……んむ!」

 カイトはユリィに口を塞がれる。どうやらカイトに逃げ場は無いようだった。そうして報告を後回しにして、カイト達の長い一日は終了した。




 そうして、カイトらが眠りに付いた頃。皇国の別の所で、ユリィから警告を受け取った冒険者がある人物の部屋を訪れていた。

「む?お前か。で、どうであった?」

 部屋に入ってきた男を見たその人物が結果を聞く。どうやら相手は少しだけ上機嫌らしく、機嫌が良かった。男はそれに、少しだけ安堵する。仕事と割り切っていても、怒鳴り声を聞くのは嫌なのだ。

「どうもこうも失敗だ。伯爵とて成功するとは思っていないだろう?」

 男が訪れたのはクズハ、ユリィ共に最低評価を下すレーメス伯爵の私室だった。彼の側には皇国でもかなり高級なワインの瓶が置かれており、グラスを回して中身の薄い黄色の液体を楽しんでいた。どうやら、高級なワインを楽しんでいたが故に、機嫌が良かったのだろう。

「当たり前であろう。今回は異世界の者共とやらの存在を確認する為だけだったからな。」

「そっちはあれでいいのか?」

 冒険者の男が悪びれもせずに言う。そう、実は男は今回、伯爵からの依頼でブラッド・オーガを使い、ゴブリン共に天桜学園を襲撃させたのであった。

「うむ。依頼はこれで完了で良い。所在については確認が出来なんだが、存在そのものは確認した。」

 そう言って伯爵は映写用に作られた魔導具から映像を取り出して男に見せる。そこには学園生が写っていた。本来ならば冒険者相手に見せる様な映像ではないのだが、機嫌が良かった伯爵は先ほど受け取った映像を褒美として男に見せる事にしたのである。

「……どこにでも居るような若者の様な気がするが?おかしいといえば、かなり良い仕立ての揃いの衣服を着ている程度か。それに、材質がわからんな。」

 写真に写った映像から、材質が不明な布―ポリエステルなどの化学繊維は当然存在していない―で出来た服を見て、興味深げにそう言う男。そう言われた伯爵は、学生たちの学生服がたしかに少年少女が着るには良い仕立てである事に気づく。

 ちなみに、当たり前だが学園の学生服は大量生産品だ。それでも、エネフィアに溢れる衣服よりも、遥かに品質が良かったのである。

「む?……そう言われればそうだな。まあ、それは置いておくとして……少し待て。」

 とは言え、今は些細な事なので、それは後で確認する事にした伯爵は魔導具を操作し、とある男子生徒の学園生の左手首をアップにする。

「……なんだ、コレは?」

「わからん。数字が書かれている様なのだが……次の一枚を見てみろ。」

 二人が見ているのはデジタル時計であった。当然デジタル時計なぞエネフィアには存在しておらず、未知の技術である。学園生は本来なら学園の外に行く時にデジタル時計などの電子機器類は置いていくのだが、今回は激情に駆られたが故、置いていくのを忘れたのだ。彼はお気に入りの腕時計だったので敢えて学園に帰って来てから身に付ける様にしていたのが、それが仇となったのである。

「これは……数字が変わっている?」

 次の一枚もまた、同じ学園生であったのだが、時間が経過し、デジタル時計の表示が変わっていた。

「うむ。何らかの方法であの板に表示されている数字が変更される仕組みなのだろう。」

「……まあ、俺には興味無い。依頼終了なら金を渡してもらおう。」

 本音では男とて多少興味を惹かれていたのだが、これ以上レーメス伯爵と関わると下手をすれば公爵家から睨まれる可能性があったので、ここらが引き際と手を引くことにした。

「執事に渡す様命じてある。明日の朝にでももらうと良い。」

「そうか。ならば俺は明日の朝まで城下町の宿に居る。朝にでも受け取りに来よう。」

「ふん、次も頼むぞ。」

 その伯爵の言葉に男は何も返さず去っていった。

「……にしても、異世界の女か。此方も興味があるな。」

 伯爵は桜達を拐ったブラッド・オーガもかくや、という様ないやらしい笑みを浮かべて笑う。

「おい、誰かいるか!」

 そうして使用人を呼び出して、伯爵は何事かを命じていくのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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[一言] 愚者の欲ってのは、キリないな。
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