第96話 生還
この話から、地の文での一条の呼び名が『一条』→『瞬』に変更されます。彼の妹が登場しましたので、彼女との混同を避ける為です。今後も時々呼称が変わる事があるかもしれませんが、その場合は前書きで通知していきます。
一同を載せた飛空艇は約10分程でマクスウェルに到着した。ちなみに、道中では無事故であった。カイトはいっそちょっとした危険飛行でもしてやろうかとも思ったが、さすがにその前にあった事態が事態なので、桜達の為に止めた。
「じゃあ、私達はこれで。」
そういって、街の飛空艇の発着場で飛空艇から降りたオリヴィエ達。そのまま報告の為にユニオン支部へと向かっていった。カイト達はオリヴィエ達が去ったのを確認してから、再度飛空艇で飛び立ち、学園に戻るつもりである。
「飛空艇の発着場は街の中心地からそれほど離れていないんだな。」
ソラがふと、少し遠くに見えた公爵邸を見て言った。公爵邸はマクスウェルの中心にあり、飛空艇の発着場は街の中心から少しだけ北に行った所に設置されているのだ。発着場までは徒歩で10分程度の距離であった。
まあ、そもそもで公爵邸はかなり広大な敷地を有していて、本邸以外は周囲の殆どが庭だ。それではっきりと見えるという事もあるのだが。
「今のところ発着場を頻繁に利用するのは公爵家の関係者か、冒険者、裕福な商人達だけですからね。それに、交通の便を考えれば、中心部に近い所に位置したほうが、利用し易いのです。」
クズハが、遠くに見える自宅を見ながら言う。街中に飛空艇の発着場を建設した所で、飛空艇は旅客機の様な騒音を出さない為、夜間に離着陸しても騒音問題は発生しない。おまけに物理法則を無視した挙動が可能かつ、垂直離着陸が可能なので滑走路がそれほど必要ではなかった為、地球での空港の様な敷地面積は必要は無かった。最悪、小型の飛空艇ならば50メートル四方の空き地があれば、離着陸は可能なのである。
「そういや何機かの飛空艇が発着しているけど、あの飛行機特有のキーンって音しないな。」
何隻か飛び去っていく飛空艇を見ていると、翔が飛空艇の音が静かな事に気づいた。
「ああ、それは飛空艇の周囲に風やらなんやらを低減させる障壁が張ってあるからじゃな。ココらへんは余が基礎設計をした頃から変わっておらんようじゃ。」
「えぇ……ティナちゃんの基礎設計って……大丈夫なの?」
「むぅ。」
魅衣の何処か不安含みの言葉に、相変わらず信頼されていないティナが少し拗ねる。地球での子供っぽい容姿と言動から、天才と言われても実感がわかなかった。普段からこの容姿であれば、喩え言動が子供っぽくても少しは説得力があったのかもしれない。
「一応、此方の世界でティナに不可能なら誰でも不可能だからな?腕前は確かだ。オレが保証する。」
「お前に保証されてもなぁ……」
同じく見た目の歳相応の行いが多いカイトが保証した所で、翔には信じてもらえなかった。
「私も保証しますよ。お姉様の実力はエネフィア一です。」
「クズハさんがそう言うなら……。」
「何故じゃ!」
「いや、だって、なあ?」
「ねー?」
納得出来ない様子のティナに言ったソラの言葉に、由利が同意する。由利他、他のの面子も同じく頷いていた。
「はぁ……まあいい、おいティナ。姿を変えるぞ。」
そう言ってカイトは自身の姿をいつもの姿へと変更した。そうして現れたのは、何時もの黒髪黒目の少年の姿のカイトだ。
「むぅ。余とて天才魔王とまで言われたのに……」
ぶつくさ不満を言いつつティナもいつもの子供状態へと姿を変えた。
「さて、もういいかな。」
そう言ってカイトは他の生徒達に掛けていた術を解いた。
「あと少ししたら意識が戻るだろう。ティナ、自動操縦をオンにして、学園へと飛ばしてくれ。」
「うむ。」
ティナは魔導具を操作して自動操縦に切り替え、自身は再び計器のモニターを行う。
「では、発進するぞ。」
ティナがそう言ったのに合わせて、再び飛空艇は飛び立ち、一路学園を目指して出発した。
飛空艇が学園前の草原に到着し降り立つと、すぐにルキウスらがカイト一同を出迎えた。
「カイト殿、此度は我らの不手際申し訳ありませんでした。」
ルキウスはそう言うや、即座に頭を下げた。
「いや、構わん。報告は上がっている。当分の間は学園生の精神面の不安を何とか抑えてやってくれ。」
「ルキウスさん。今回はありがとうございました。」
なんとか自分で歩けるようになった桜がそう言って頭を下げる。同じように横の楓も頭を下げた。
「いや、此方こそ見捨てるような結果となり、申し訳ない。」
再度頭を下げて、今度は桜達に謝罪するルキウス。
「瞬も今回の事で相当落ち込んでいましたからね。当分は大人しくしているでしょう。」
今回の一件の始まりは一条らの運動部の生徒の怒りだった。一条はそれを抑えるどころか自らが突っ走った挙句、桜達が拐われたことにかなり責任を感じていたのである。一時はかなり荒れていたが、リィルが―物理的に―宥めた結果、なんとか大人しくなったらしい。
「学園側に当分の間は冒険者稼業は休暇とした方がいいと薦めておいてくれ。」
「分かりました。我々からしておきましょう。」
カイトの指示にルキウスは即座に部下に命じて学園上層部に桜達の救出と、先のカイトの薦めを伝達させる。
「今は……夜中の10時過ぎか。この時間ならまだ寝てる奴は少ないだろう。学園生にも無事救出できた事を通達してやってくれ。」
カイトは腕時計を確認して、まだ学園生が起きているであろう時間であることを確認すると、ルキウスにそう命じた。それにルキウスは先ほどと同じく部下に命じて人を遣る。そうして、帰還中に練った幾つかの策を命令して、ルキウスらではない自身の手勢に後は任せて、自身は休む事にした。
「さて、今日はこの程度にしておくか。全員解散して休むぞ。まあ、聞きたい事は山ほどあるだろうが、全部明日にして全員今日は寝ろ。」
「おぃーす……疲れたぁー。」
カイトの言葉を受けたソラの言葉を筆頭に、全員が疲れた表情で学園の校門をくぐり部屋へと戻り始める。すると前から大慌てで瑞樹、瞬と学園の冒険者達がやって来た。彼らは救われた女生徒達に駆け寄ると、誰もが生還を喜び合った。
「桜さん!よくぞご無事で!」
瑞樹が、桜と楓の下へと大急ぎで駆け寄る。目の前で攫われた二人がよほど心配だったらしく、戦いから帰って来たままの衣装であった。
「瑞樹ちゃん!……ええ。例のブラッド・オーガを討伐する依頼を受けた冒険者の方が間一髪の所で助けて下さいました。」
「服だけで済んでよかったわ。」
これは、道中で話し合った結果出した結論だ。あの場に居た誰もがカイトとティナの正体を伏せる事を納得したので、桜達もオリヴィエ達の手柄としたのである。
「すまん、二人共。俺が暴走したばかりに……他の奴も済まなかった。クズハさん、それに公爵家の皆さんも、ありがとうございます。」
ずいぶんと焦燥した顔の瞬が謝罪する。その顔にはなにか叩かれた様な赤い跡が残っており、顔は少しだけ、やつれていた。どうやらかなり落ち込んでいたというのは、事実らしかった。
「いえ、一条会頭。今回はなんとか助けて頂けましたので、そう落ち込まないでください。」
「ですが、今回は幸い何も無かったので良かったのですが、最悪の事態も考えられました。以後気をつけてください。」
クズハが真剣な眼差しで瞬を見据える。彼は自身が遠く及ばない神聖な存在から見据えられて、本当に心から頭を下げた。
「……申し訳ありません。カイト達も済まなかった。」
そう言って、更にカイト達にも頭を下げる瞬。かなり焦燥しているのが見て取られたので、カイトは叱責を言う気は無かった。
「先輩も他の皆さんも今日はお疲れでしょう。今日はもう休みましょう。」
桜が、全員が疲れ果てた顔をしている事に気付いて、一同に休息を提案する。それに、その場の全員が頷いた。
「はい。……あら?ユリィさんはどちらへ?」
そうしてふと、見慣れた小さな影が無い事に気付いた瑞樹。そう、普段ならばここらで明るく振る舞うであろうユリィが居なかったのである。そこでようやく、他の面子もユリィが居ない事に気づいた。
「大方フードの中で寝てるんじゃないのか?」
「カイト、ユリィちゃんは居るの?」
ソラが何時ものユリィの行動と、今の時間を照らし合わせてカイトに尋ねた。しかし、カイトはそれを否定した。
「ああ、いや、ユリィには少しお使いを頼んだ。明日の朝には戻る。」
「お使いって?」
「少しな。野暮用だ。」
「カイトさん、女の子をこんな夜分にお使いに行かせるのはあまり感心しませんわよ?」
「悪い。だが、あいつにしか頼めないんでな。……おい、ティナ少し向こうへ行くぞ。」
瑞樹の指摘は最もなのだが、お使いの内容の関係上、ユリィに頼むのが一番だったのである。カイトは瑞樹の指摘に少しだけ悪く思っている風を装うと、カイトは少し離れた場所へ移動しようとして後を振り返った。
「お前らももう休むといい。今日は色々あって考える時間も必要だろう。」
目を覚まし始めた他の拐われた生徒達を介抱していた学園の冒険者が、目覚めに従って状況の説明と、無事を喜び合うのを横目に、カイトとティナは移動したのである。
少し離れた場所まで移動して二人は話し始める。
「さて、釣り針に掛かるといいが……」
「かかるじゃろ。誰かは知らんが、どうやらここの存在がバレておるようじゃな。」
カイトとティナが、何処か悪辣な笑みで話し始めた。二人共、今回の一件は自然や偶然で引き起こされた現象だとは思っていなかったのである。
「何の話ですか?」
「ん?ああ、桜か。」
カイトは少し考え、桜には話していいかと結論付ける。どちらにせよ、自身の正体を明かしている以上、生徒を率いる彼女には教えておいた方が注意を促せて良いと判断したのである。
「ああ、今回の一件、少しおかしくないか?」
「え?」
唐突にカイトにそう言われた桜は、少し不思議そうな顔をする。
「カイトよ。桜はゴブリン共の習性なぞしらんじゃろ。」
「ん?そうか、すまない。実はな今回のゴブリン共の襲撃は仕組まれていた可能性があるんだ。」
「仕組まれていた?」
かなり訝しんだ様子の桜に対して、外には声が漏れないように結界を張り巡らせて、カイトが説明を始める。
「魔物使いは知っているか?……ああ、知らなくても問題はない。それほど有名なものでは無い。」
言った直後に桜が不思議そうな顔をしたので、カイトは大慌てでフォローする
「魔物を調教して使役する者の事じゃな。今回の一件ではそいつの影響が考えられる。」
「つまり、その魔物使いとやらが今回の一件を裏から操作した、そう言いたいんですか?」
漸く事と次第が理解できた桜が、その端正な眉を顰めた。そうして、自分で知りうる限りのゴブリン達の習性を思い出し、今回の一件に当て嵌めていく。すると、確かに幾つかおかしな点が見受けられた。
「ああ、もしかしたら、というレベルだがな。」
そう言うカイトであるが、その声はかなり確証に満ちていた。
「……その根拠は?」
事実であるとすれば、由々しき事態である。桜は一気に真剣な表情をして、カイトに根拠を問いただす。それに、カイトとティナが順を追って、違和感を説明していく。
「まずは、今回の始まり。学園生の死だが、ここがまずおかしい。襲撃したのは話を聞けば、オーガじゃなく、ブラッド・オーガだ。そもそもで奴は巣から5キロ程も離れたあんな場所にまでは行かない。」
死んだ学園生は中心部へと近づきこそしたものの、洞窟からかなり離れた場所で、ブラッド・オーガの縄張りとされている地域からも、オーガの目撃証言のある場所からもかなり離れていた。どちらにせよ、オーガだったとしても、かなり可怪しいのだ。それ故に一条たちとて、始めオークと言う話を疑わなかったのである。
「次に今回のゴブリン共の集団の襲撃。学園には現在100名もの精鋭部隊が待機している。しかも、今ルキウスらの部隊には周囲へ魔力をなるべく放出し、ゴブリン共を威嚇するように命じてある。殆どが単体でもブラッド・オーガを上回る戦闘能力を有している部隊だ。ブラッド・オーガはそれがわからない程弱くもなければ、それがわかって尚襲撃を仕掛けるほど愚かではない。」
「もし一条らの行動に触発された報復にしても早過ぎるしの。襲撃前に報復に出る者はおるまい。いや、それに、どうやってこの学園を発見した?」
「今のこの学園にはそれなりに強固な隠蔽結界を敷いてある。バレるとすれば、俺達天桜の関係者か食料等日常品を運び込む一部業者、皇国上層部の一部だろうな。だが、ここから皇国の上層部は除いていい。」
二人は順々に、違和感となり得る点を上げていく。魔物の特性をあまり理解できていない桜でも、言われてみれば違和感を感じない方が可怪しいほどに、おかしな点が多い様に感じられた。
ちなみに、ルキウスらの部隊を除けば公爵家でさえ天桜学園の存在を知るものは限られている。この公爵家の一部はほぼ全てがカイトの旧来の臣下か、先代魔王のクーデター以前よりのティナの元臣下であり、殆どが二人の信奉者に近い。ここから漏れる心配は無かった。しかし、食料や日常品は天桜学園側の存在が明らかになった後も学園側が付き合いをする関係で、一部信頼のおける業者には学園の存在を通知し、納品を依頼していたのである。漏れる可能性が最も高いのは、ここからであった。
「皇室は表立って支援こそしておらんが、もしここに何かあれば支援を命じた皇室の顔に泥を塗る結果となりかねん。皇国の上層部にはそのような愚を犯してまで天桜学園に襲撃を仕掛けようとする愚か者はおらんらしいからの。」
カイトの説明にティナが補足する。それを聞いた桜はひとつの疑問を呈する。
「では、我々か、学園に日常品を納品してくださっている方が疑わしい、と?ですが、偶然迷い込んだ冒険者の可能性もあるのでは?」
「いや、それはない。学園生には気付かれていないが、通達している隠蔽結界以外にも、この学園全体を覆うように巨大な隠蔽結界がもう一つ敷かれている。これはティナ謹製で、並どころか皇国最高の冒険者でも存在さえ見破れんだろうな。少なくとも偶然ここを発見することはない。」
桜の問い掛けに対して、カイトが断言する。同じくティナもその発言を保証する。
「そちらについては余が保証しよう。破られれば余がわかるし、結界の基点はカイトの使い魔が数体で守っておるしの。皇国の正規部隊が一個師団で襲いかかった所で無事じゃろうな。」
曲がりなりにも、二人はこの世界最強の存在だ。何時もの少年少女の雰囲気ではなく、覇者としての威風を纏った二人が断言するのだから、桜には疑いようがなかった。
「では、やはり先の2つ、と?」
「ああ。だが、ここから学園生も省ける。そんなことを入ったばかりのレベルEの年若の冒険者が言った所で信用されん。残るは公爵家から信頼される業者のみ、だな。恐らくどこかの貴族の密偵が入り込んだんだろう。粗方はこんなところか。あとは調査結果が上がるのを待つだけだな。」
カイトとティナは別に驚くことではない、というような感じだが桜は大いに驚いていた。
「なにか気をつけることなどは?」
桜にそう聞かれたカイトは少し考えこむ。
「まあ、学園の冒険者達には少し気を付けろ、程度しかないな。じゃ、オレは戻るぞ。」
カイトは考えた結果、結局は自分達が動くことになりそうな案件なので、その程度しか思い浮かばなかった。それはティナも同じだったらしい。
「そうじゃな、桜ももう今日は休むと良い。」
桜へと粗方の説明をしていると、無事の生還を喜び合っていた他の生徒達も段々を部屋へ戻り始めていた。あまり外に居るのも可怪しいので、カイトはひらひらと手を振って再び歩き始める。それにティナも続いていく。
「あ、じゃあ、私も一緒に。」
そう言って桜もカイトとティナに並んで、戻ったのであった。
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