第95話 帰還の途
既に二つの月が空高くに浮かぶ頃となって洞窟から外に脱出した一同。一同が外に出た瞬間、後ろの洞窟が轟音と共に崩れ去った。
「やっぱ、やり過ぎたか……」
後を振り向き、崩れ去った洞窟跡を見たカイト。ちょっとだけやっちゃった、という様子が顔に浮かんでいた。
「お兄様が洞窟で戦われた事自体が間違いの気がしますが……」
「ん?クズハか。早かったな。」
クズハの声に後ろを振り向けば、そこには何人かの護衛と共に、クズハが居た。のは良かったのだが、カイトが振り向き、抱えられた桜を見て、視線が氷点下の視線に変わった。
「……お兄様。どういうことでしょうか?」
「……何が?」
「何故桜さんを抱えていらっしゃるのかなぁ、と。」
「ああ、察しろ。」
カイトにそう言われたクズハは今何があったのかを思い出して、即座に二人に謝罪した。自身はこういった―貞操の危機に陥るという―経験が無かったので、つい失念してしまったのである。
「申し訳ありませんでした。桜さんも、ごめんなさい。」
「あ、いえ、此方こそ、醜態を晒してしまって申し訳ありません。」
頭を下げたクズハに対し、桜は慌てて謝罪を返した。元々は自分達の失態なので、かなり迷惑を掛けた事を理解していたのだ。
「いえ、今回は無事で何より、です。弟子の一人に不幸があってはたまりませんから。」
「……ありがとうございます。」
柔和でやさしい笑みを浮かべたクズハにそう言って、桜は首だけでお辞儀をする。
「オリヴィエさん達もご苦労様でした。これから私はお兄様達を飛空艇で街までお送りしますが、同行されますか?」
「私からも是非お願い致したい。できれば道中で彼らに多少の心得などでも教授して頂ければ、と。」
クズハの言葉に合わせて、カイトも飛空艇で同行してもらう事を依頼する。オリヴィエたちは少し話し合った後、ここで、公爵家の本来の当主に顔を売っておくのが得策と考えて、この申し出を受けることにした。
「では、よろしくお願い致します。今から飛空艇で帰れば深夜までには帰れるでしょう。」
「ありがとうございます。では、クズハ。飛空艇までの案内を。」
「分かりました、お兄様。皆さん、此方です。」
先に進み始めたクズハを先頭に、一同は連れ立って、森を抜けた所に停泊したという飛空艇まで歩き始めた。
「帰りについちゃ、何とかなったな……あ、忘れてた。」
ちなみにだが、カイトは実は帰り道については何も考えていなかったのである。攫われた生徒を歩かせるのもなんだし、かといってルゥを使うわけにもいかない。とりあえずは救ってから考えるか、と後回しにしていたのである。
そうして、飛空艇までの道中でカイトはルゥの召喚を解除する事を忘れていた事を思い出した。なので、カイトは彼女の方を振り向くと、声を掛けた。
「ルゥ、今回は世話になったな。次もまた頼む。」
「いえ、旦那様。今の私は旦那様の下僕。いつでもお呼びください……今夜にでも。」
クス、っと笑って消えたルゥ。それに対して、カイトは溜め息と共に、呟いた。
「……いや、お前勝手に出てくるだろ。」
基本的にカイトは自分の契約している使い魔の大半を自由に顕現できる様にしている。カイトの魔力保有量では全員を同時に召喚した所で、消費する魔力は微々たる量であった。それに、自由意志を持つ彼女たちを拘束しておくのも気が引けたので、状況が許せば、自由に出られる様にしていたのである。まあ、そのおかげか、勝手気ままに出て来まくるのだが。
「消えた……召喚ってやっぱマジなのか。」
ふっ、と消えたルゥを見たソラが、改めてルゥが使い魔と呼ばれる存在であった事を悟る。
「まぁな。楓辺りなら早い内に使い魔を見つけて、契約するのもいいだろう。」
「どうやればいいの?」
使い魔、という言葉に興味を覚えた楓が方法を問う。
「使い魔の事についてはティナに聞いた方がいい。あいつはアレで魔術研究の大天才だ。」
そんなカイトの物言いに、ティナが抗議の声を上げる。
「アレで、とはどういうことじゃ!……まあ、使い魔については長くなるから今度じゃな。」
「お願い。あ、後、私のことは楓でいいわ。えっと、ミストルティン様の方がいいのかしら?」
歩きながらの講釈はさすがに遠慮したかったのか、楓もまた、後日でと納得した。
「ティナで良い。学園に戻ったら子供に戻るからの。」
「でも……」
「構わんというとるじゃろ。そもそも様付はあまり好かん。」
どうやら本当に好いていないらしいかなり不満気な顔に、楓はかなり逡巡したが、頷いた。
「……わかった。ティナはどんな魔術が得意なの?」
「全部じゃ!」
エヘン、と胸を張ってそう言うティナ。子供時代と異なり、豊満な胸が深くスリットの入ったドレスで強調されて、大変な事となっている。なのに、言動は子供のそれと一緒であった。何時ぞや彼女が語った見た目に合わせた幼児退行というのは、嘘なのかもしれない。
「全部って言っても空間やら召喚ならアウラ、補助ならユリィ、風属性ならクズハに適正が一歩劣るがな。」
「……種族適正持ちだされては負けて当然じゃろう。そもそも!三人共適正が種族最高値を誇っておるのに、余でも勝てるわけあるまい!」
何処か茶化す様なカイトのツッコミに、拗ねた口調でそう語るティナ。三人は種族的に相性の良い系統に対して種族最高性能を誇っている。ティナの種族は人間と同じ適正配分のため、適正で勝てないのは無理なかった。
「まあ、それでも並の天族、妖精族、ハイ・エルフに勝る適正を持っておる上、大精霊様達とも知己を得ておるから、並の術者とは比べ物にならんがの!」
何処か自分を慰める様に語るティナ。彼女はカイトが現れるまで、魔の王という名実ともに最強の魔術師として君臨していた。最強の称号こそカイトに、魔王の座をクラウディアに譲り渡したものの、未だに魔術師としては最強にして最高である。並どころか、アウラと言った特定分野の超特化した者を除けばナンバーワンで、総合力でみれば間違いなく未だに世界最高であった。
「ま、それはそうだな。それにこれでも元魔王だ。魔術関連ならなんでも聞くといい。」
「うむ。」
そうして一同は会話している内に、飛空艇に辿り着いた。
「これ、飛空艇……か?」
「なんか……SFもので見る小型宇宙戦闘機見たいだな。」
ソラと翔が飛空艇のそう言うのも無理は無い。エネフィアで通常運用されている飛空艇は地球で言う所の飛行船型で、上部に気嚢の様な機関を搭載していた。
「うむ。最新型じゃな!通常の飛空艇が今だ木製の部分が多いのじゃが、これは全ミスリル製の試作機じゃ!いずれは全ヒヒイロカネ製にするつもりじゃ!」
再びエヘンと胸を張るティナ。
「え?ティナちゃん知ってるの?」
「知ってるも何も余が作ったのじゃからな!」
「こんなの作れるのはお姉様だけですからね。この間試作なさっていた飛空艇を1隻、お貸し頂きました。」
クズハが魅衣の疑問にそう答える。この間とは、カイトのパーティが休日の時である。
「と言うより、ついでに試作機のテストをして欲しかったからのう。乗り心地など、是非聞かせてくれ。」
ティナが、少しだけ身を乗り出して魅衣に頼む。こういった新型のテストは殆どカイトが務めるのだが、それでは一人の意見しか得られない。専用機では無い以上、なるべく広く意見を募りたいのであった。
かと言って正体を隠す自分が頼める面子もあまり居ないので、実は今回の一件で正体を明かして最も得をしたのは彼女であった。
「こんな所でぼーっとしてないで、取り敢えずは乗るか。」
そうしてティナの飛空艇試作機に乗り込んだ一同。内部は近未来的な構造であった。
「……ミスマッチすぎね?」
「何か不満か?何なら歩いて帰るか?」
プシュッ、という空気の抜ける音と共に自動で開いた金属製の扉を見た翔の呟きに、ティナがジト目で睨む。翔は降ろされてはたまらないと大慌てで口をつぐんだ。
「私達もそれなりに飛空艇に乗った経験がありますが……内部も完全に金属製の飛空艇は見たことがない。」
飛空艇に乗り込んだオリヴィエが、そう感想を言う。
「速さも比較にならん。巡航速度で5倍と言ったところかの。」
「5倍ですか……皇室が保有するエンテシア最高速度の飛空艇が一般的な飛空艇の4倍程度でしたか。それより速いですね。」
それを聞いたソラが速度について尋ねる。
「それって速いのか?」
「通常の飛空艇が時速300キロメートルと考えて大丈夫じゃ。」
音速は時速換算で時速約1250キロメートルである。皇室の保有する機体で少し音速には届かない。それに対して5倍であれば、時速換算で時速1500キロメートルだ。音速の壁を超えていた。
「その5倍てことは……音速超えれる?」
「余裕じゃな。まあ、試作機じゃからな。言うほど性能は高くしとらん。」
「え?」
すでに一般的な飛空艇の5倍の速度を叩き出せる機体なのに、これで低性能とのたまうティナに、ティナの実力をあまり知らない面子が唖然となる。
「む?当たり前じゃろ。久々で色々と新機構を搭載した一番初めの試作機なのに、しょっぱなから望む最高性能出せる機体なぞ危なっかしくて作れんわ。それに、地球の戦闘機なぞ、音速の壁は余裕じゃろ?余は第2宇宙速度を目標に考えておる。まあ、その速度じゃと扱えるのが限られるから、専用機になるじゃろうが。それに、宇宙空間での宇宙線防御手段や密閉性等様々な対策が必要じゃからな。出来るのは、100年先か、200年先か……ま、のんびりやってくとするかのう。」
あっけらかんと本当の目標を語ったティナに、話の内容が理解出来た地球出身の誰もが呆然と口を開けて呆ける。一方のオリヴィエ達は第2宇宙速度等の所々の単語が理解できず、首をかしげていた。それに、トドメとばかりにカイトが追加で情報を開示した。
「ちなみに、ティナの安全マージンは3以上だからな。実際リミッターさえ外せばこの機体だって通常の飛空艇を軽く上回る性能だろうさ。」
「安全第一は技術者の基本じゃな。」
あまりに平均からかけ離れた会話に、今度は全員が唖然となる。今度のは凄さがオリヴィエ達エネフィア出身者にも理解出来たので、こちらも一緒に唖然となっている。
「……お姉様も、相変わらずなご様子で安心致しました。」
何処か呆れを含むが多大な尊敬を抱いた声で、クズハがティナの実力を賞賛する。300年前から圧倒的な魔術知識で様々な物を開発してきたティナ。300年経ってもエネフィアの技術者ではティナに追いつけていなかったのであった。
「む?」
そんな呆然とした様子の一同に気付いたティナが首を傾げるが、イマイチ凄さが自分では理解出来ていないらしい。そんなティナにカイトは微笑み、全員に席に付く事を促した。
「じゃ、取り敢えずは出すぞ。」
全員が席についたのを確認して、カイトが操縦席に着いた。それを見たソラが思わず声を上げた。
「いや、お前が操縦すんのかよ!」
明らかに操縦席と思しき席に着席したカイトに、地球出身の一同が大慌てで止めに入る。そうして、発進前にソラがぜぇはぁ言いながら大慌てでカイトの腕を掴んだ。運転技術が不明な友人の運転する車に乗る様な感覚を抱いたのである。
「これオレ以外に操縦できんぞ?」
「さすがに試作機じゃからな。テストパイロットと余以外に操縦できん様に設定しておる。」
つまり、カイトがテスト・パイロットということである。
「え?でも確かクズハさん達はこれで来たんじゃ……。」
「ああ、それは自動操縦?ですか、を使用したんです。」
地球にしか無い様な言語はまだ理解していないので、翔の疑問にクズハが曖昧な口調で語る。今の飛空艇に自動操縦装置を搭載した機体は存在していない。それ以前に、自動操縦装置自体が開発されようともしていなかったのである。
「うむ、自動操縦装置の試験も頼んでおいたのじゃ。後でデータを抽出しとかんとの。」
「あれは便利ですね。是非、量産してください。」
実際に使用した者としての感想を語るクズハと、それを熱心に調書に取るティナ。そうしてカイトはそんな二人を尻目に、飛空艇を発進させる。殆ど震動も無く、飛空艇は大空へど舞い上がった。
「いずれの。まあその前にこの惑星全体の地図を作らんとなぁ。」
挙動が安定した所で立ち上がったティナが、計器類を確認しながらそう言う。ティナはいずれ人工衛星を開発し、各地の画像を撮影して地図を作るつもりであった。一度でいいから、自分の生まれ育った星を見てみたかったのである。
「そいや、まだエネフィア全土の地図って出来てないのか?」
そもそも、カイトが居た時代ではまだエネフィアの全体の大きさが分かっていなかった。この質問には、クズハが答えた。
「はい。やはり空中にも強大な魔物が生息する地域も多く、特に暗黒大陸がかなり不定ですね。それ以外にも、航続距離等の問題で、どこの国も未だ確たる地図は入手出来ていないと思います。なんとか、エンテシア皇国の地図は出来たのですけどね。」
エネフィアの大きさは、単純計算で地球の表面積の約4倍だ。衛星写真も入手出来ないエネフィアでは、世界地図を作るのも一苦労であった。
「さすがの余も衛星軌道にまで観察用の魔導具を送ることはまだ出来んな。打ち上げに関する知識があまりに少なすぎるからのう。」
何処か残念そうに、しかし、何処か燃える瞳で、ティナが言う。そうしてティナが密かに新しい目標を手に入れるという一幕があったが、一同を載せた飛空艇は一旦街を目指して進んでいったのである。
お読み頂き有難う御座いました。