第94話 見た目
攫われた桜達を救い出し、もはや言い逃れできなくなったカイト。盗聴の恐れの少ない天然の洞窟の一室へ更に結界を張り巡らせて、簡単にだがソラ達へと事情を説明した。そうして彼ははぁ、と溜め息を一つ吐いて頭を抱えた。
「ほんとーに、話すつもり無かったんだよ……つーか、マジでお前らにだけ程度っつーふーに考えてたのによぅ……冒険者も一緒とかどーすんだよ……」
「つーか、本当に偶然飛ばされたのか?」
カイトの話を最後まで黙って聞いていたソラが、頭を抱えるカイトへと問い掛けた。そう、実はカイトが以前エネフィアに飛ばされた際には召喚等で呼ばれた訳ではなかったのである。
「だから、そう言っただろ?夜中に喉乾いて台所行って、ドア開けたら異世界飛ばされたって。ドアを開けたらそこは異世界でした、程度だ。」
頭を上げたカイトが、完全にぶっちゃける。それに、ソラは夢が崩れていく様な音が聞こえた。カイトは異世界転移者であっても、召喚された者では無いのだ。
「夢も何もあったもんじゃないな……」
やはり勇者なのだから、何か選ばれたのだろうと思っていたらしい。ソラがかなりがっかりしていた。そんなソラに対して、カイトが呆れて言う。
「普通に考えてもみろ。戦った経験のなく、魔力が当時の上級士官より少し上程度というだけのガキ一人異世界から引っ張ってくる理由なんてないだろ。んなの連れてくるぐらいなら、戦況変えれる様な化け物連れて来るっての。」
後の彼はそうなるのだが、それは誰にも分からなかった事だ。さすがに魔術が栄華を誇る世界でも、未来だけは誰にも見通せないのである。
「じゃあ、やっぱり偶然なんですね?」
同じく、カイトの話を黙って聞いていた桜がカイトに尋ねる。桜はカイトが2度エネフィアへ強制転移されていることから、自分たちが転移してしまった原因を必死で探ろうとしていた。しかし、カイトの話を聞く限り、2つの転移には共通点は無かった。
「ああ、オレの帰還前に次元転移系統や召喚系統の大家と言われたアウラでさえ、偶然、と断言したからな。偶然であることは確実だろう。」
「そもそも、特定の人物のみを異世界から召喚する魔術なんて、どれ程高難易度かわかってる?全方位に砂が大量にある状態で、特定の砂を一粒だけ探すようなものだよ。」
現在のエネフィアでの研究では、世界は複数存在している事が判明していた。それ故に、これら世界から特定の条件を満たす人物を召喚することは不可能に近いというのが、現在での研究の主流である。
「召喚系魔術の第一人者であるアウラでさえ、この100年は研究に篭もりっきりで研究しても特定人物の召喚は未だに成功していないんだから、それ以下の腕じゃ1000年掛かっても不可能だよ。」
ユリィが何処か呆れて言うように、カイトの義姉であるアウラでさえ、100年間研究に掛り切りで成果を収める事が出来ていないのだ。カイト達の認識では、彼女に出来ないなら、エネフィアの誰でも出来ない、というのが共通認識である。
「まあ、そのアウラを探して話を聞くのが帰還への第一歩だな。アイツ以外に転移術の最奥を極められる奴は居ない。」
話を聞いていたソラだが、ふとそう言うカイトの今後に疑問を持った。
「なあ、お前帰る気あんの?」
「ああ、当たり前だろ?戻っては来るが、まだ学んではいないことが多すぎる。そもそも、日本とエネフィアの教育水準だと魔術関連を除けば差がありすぎるからな。」
「ん?ってことは、お前一人なら日本へ帰れるのか?」
翔がカイトがまた戻ってくると言ったことに反応した。
「出来る、が正解だ。まあ、準備だけで地球基準の2年近くかかるが。こっちだと、だいたい半年ぐらいか。」
「ってことは、俺達も還れるんじゃ!」
俄に湧いた可能性に翔が喜ぶが、即座にティナが否定する。
「いや、無理じゃな。そもそも2年で、とは準備にじゃろう。それ以外の要素を含めればもっと掛かる。当たり前じゃが、カイトであればこそ、その程度で準備が済んだわけで、お主らであればもっと時間が掛かる。」
「は?でも2年で準備できるって……。」
「準備はな。だが、学園には何人人がいる?それだけの人数を還すのにどれだけの魔力が必要となる?日本とエネフィアの時間の流れの差は?など考慮すれば、計算式ももっと複雑になる。計算だけでも1年どころか100年あっても足りん。更に、今度はまずはアウラを探し出す事から始めないといけないんだぞ?第一、そうでなくてもオレとティナが何故勇者と魔王だと名乗る事が出来ないと思っているんだ。」
そうして、首を傾げる翔に対して、桜が答えを出した。
「……今の山岸さんの様にぬか喜びさせないために、ですね?」
「半分正解だ、桜。正確にはその後の絶望を避けるために、だ。それに最悪オレやティナが転移の犯人にされる恐れもあった。ティナに至っては魔王だからな。そう考える奴が居てもおかしくはない。そうなればどうなる?」
そう言って一同に問いかけるカイト。それには、ため息混じりに魅衣が答えを出した。
「まず、二人は追放されるでしょうね。最悪殺そうとなってもおかしくない。」
転移当初の混乱を思い出してそう言う魅衣。あの時、誰かに、もしくは何かに原因を、非難をかぶせようとしたのが、学園の真実だ。その時、魔王という如何にも悪の親玉の様な称号を名乗ればどうなるか、答えは簡単過ぎるだろう。
「そうなれば当然、公爵家から援助などできん。それどころか当主へと攻撃を仕掛けた、として討伐対象になるだろうな。よくて皇国からの追放。公爵家からの支援がなければどうなっていたか、なんて考えるまでもないだろう?」
厳然と事実を語るカイトに、一同がごくり、とつばを呑んだ。初陣のゴブリンでさえ、まともに戦えなかった一同である。どうなるかなぞ考えるまでもなかった。
「……ん?ってことは……公爵家の支援が妙に手厚かったのってもしかしてお前が裏から手を回していたのか?」
そうして話を聞いていたソラが、支援の裏にカイトがいた事に気づいた。
「ああ。さすがにお前らに死なれるとオレもティナも寝覚めが悪いからな。」
照れた様子でそう言うカイト。それは、何時もの彼が浮かべる照れ笑いだ。だが、その何時もの様子にこそ、他の面々は違和感を感じる。
「……なあ、二人共元には戻らないのか?」
今まで見慣れた友人の、トンデモなく―主に容姿の面―成長した状態で行動が同じなので、ギャップがものすごいのである。
「ちなみに、余もカイトもこっちが本来の姿じゃからな?」
「そうなの?」
「うむ。余はまあ……327歳……カイトは何歳じゃったっけ?」
魅衣の疑問に、ティナが俯いて、かなり小声で自身の年齢を明かす。あまりに小声であったので、誰にも聞かれなかった。ちなみに、ティナの年齢は300年経過後の公爵家でも最高年齢であり、100年を超える封印されていた期間を入れれば、実は彼女は400歳を超えていた。
「確かまだ20代のはずだな……だよな?」
目を泳がせて考えこむカイト。答えに自信がないので思わずユリィに確認を取ってしまった。
「私に聞かないでよ!自分の年齢でしょ!と言うか、地球でどんだけ時間経過してるかわかんないのに、知るわけないでしょ!」
「いやぁ、エネフィアと地球を行き来してると時間感覚狂ってイマイチ年齢に自信ないんだよな。」
カイトがからからと笑いながら、怒鳴るユリィへを宥める。一年48ヶ月のエネフィアで10余年、一年12ヶ月の地球で13年と更に4年と少しである。エネフィアの時間間隔に慣れた頃に地球へ帰還して、更に今度は地球での時間経過に慣れた頃に再びエネフィアに舞い戻ったので、完全に時間感覚が狂ってしまっていたのであった。
「余も始め一年12ヶ月と言われた時にはかなり忙しい感じじゃったな。秋冬なぞ一気に寒くなりおる。」
カイトの感覚を唯一共感したティナが、しみじみと告げる。
「……なあ、もしかして、俺達もそうなんの?」
ふと、二人の会話を聞いて地球へ帰還した後の事を考えて、ソラが不安になりカイトへ質問する。
「体験談からすれば、だけどな……正直、エネフィアは季節の変わり目とか楽でいいぞ。」
何処か嬉しそうにカイトが語る。これはエネフィアの利点だ。地球に比べて4分の1の速度で季節が変わっていくので、身体への負担がかなり軽減されるのである。その為、夏の暑さにも、冬の寒さにも、しっかりと覚悟して挑めるのである。
「おまけに桜だの紅葉だのがかなり長い期間楽しめるんで、行楽シーズンはかなり分散されるな。」
「そういえば、仁龍様が今度また花見やるって言ってたよ。長期で中津国まで行く?」
「そうする。中津国では花見酒と月見酒は欠かせないんだよ。誰からの誘いだ?」
ユリィの言葉に、カイトがかなり嬉しそうに返事した。実はカイトも仁龍達古龍と同じく酒飲みである。飲み会とあらば喜んで行く。ちなみに、花見酒と月見酒は日本文化としてカイトが伝えたものである。まあ、宴会の出汁として使っただけだが。
「燈火だよ。一応私とクズハが出席予定だけど、カイトも行くなら伝えておくね。」
「そか。なら飯が期待できるな。」
「うちのコック以上の腕前だからね。というか、この大陸最高の腕前なんじゃないかな。」
実はなにげに家庭的な燈火は、かなり料理の腕が達者なのだ。しかも、文化風習が似ている中津国と日本なので、日本料理を作らせれば、公爵家の料理人達を遥かに超えるのである。
「そうかもなぁ……っと、脱線した。オレはこの姿が本来、というかこっちでのデフォだな。まあ、貴族なんてもんやってると若いと侮られるからな。」
「そっか、そういやカイトってこっちじゃ貴族なのか。」
「ああ、それでハーレム作っても問題ない……のか?羨ましいぞ!」
翔に肩を掴まれたカイトだが、苦笑しながら否定した。
「ハーレムって……別にハーレムなんて作ってないぞ?つーか、彼女持ちが言うなよ。翠さんに言いつけんぞ。」
「ちょ、それはやめて!浮気なんて疑われたら俺死んじゃう!」
「はぁ……お前スケベなのが難点だよな……つーか、ハーレムなんて何処で入手したゴシップだよ。んなもん有るわけ無いだろ。」
「え?」
「え?」
カイトの言葉にティナとユリィ、そしてルゥの三人が同時に頭に疑問符を浮かべる。そしてそれを見たカイトもまた、疑問符を浮かべた。
「もしかして、カイト。昔の公爵邸がなんて呼ばれていたか、知らないの?」
「お主の戦場と政治の場以外の評判もか?」
「旦那様、公爵家のお抱えのメイドはかなりの美女揃いじゃありませんでしたっけ?あれ、旦那様のご趣味では?」
「は?いや、全然知らんぞ?つーか、趣味ってなんだ。」
自分と自分の家が影で何と呼ばれていたかなど一切知らなかったカイトは、口々に告げられた言葉に若干動揺している。
「公爵邸の二つ名は勇者ハーレム御殿。当然カイトの評判は女好き。もしくは英雄色を好むを地で行く男。まあ、今思えばメイドやってる娘の多くが幼少期に拾った娘で、結果美女になっただけなんだけどね。でも傍から見ればハーレムに見えるでしょ。」
メイドに美女が多かったのは完全に偶然であるが、そうであるが故に、ユリィ、クズハ、アウラの三人には頭の痛い事であった。意図しない美女の引当率が高すぎる、と。
「マジ?」
自分の評価を聞いて少し引くカイト。女好きはまあ、しょうがないかな程度には思っていたのだが、まさかここまでとは思っていなかったのである。
「大マジじゃ。」
「……まあ、ハーレムは置いといて、オレが公爵なのは事実だな。だからこの見た目だ。」
更に考えれば、恐らく噂が出たであろう時代から既に300年が経過しているのだ。もう、色々と手遅れだと判断したカイトは、一旦横に置いておく事にした。
「いや、もっと年いってた方が貫禄あるんじゃね?」
ソラは大人状態のカイトを見ながら、そう告げる。ソラ自身の父親は、もっと貫禄があったのだ。
それに対して、見た目20代半ばのカイトは精悍さこそあれど、貫禄は雰囲気だけである。見た目には、あまり貫禄がなかった。それどころか、何処かの映画俳優と言った風が良い色男然とした雰囲気があった。しかし、これには当然、理由があった。
「当時だと、この程度で外見年齢は良かったんだよ。」
「どうして?」
首を傾げながら、ソラが質問する。
「100年ぐらい続いた大戦のお陰で貴族の数も激減してな……まあ、跡取りとかいたから貴族の総数自体はさほど減ってないんだが、それでも全体的に若返った。最年少なぞ12も満たない少年が貴族だ、なんてこともあったな。オレが公爵に就任時で16か17だったが、若いな、程度で済ませられる時代だった。」
「中学生にもなってないのに貴族って……色々狂いそうだな。」
戦争と言われれば、納得するしかないソラだが、更に告げられた悲痛とも言える実情に嫌そうな顔をする。
「さぁ?奴があの後どうなったかは知らんし、興味も無い。」
その少年とはあまり面識が無かったため、何故後をついだのかなどはあまり把握していないカイト。大した感慨もなく、肩を竦めて答えた。
「彼ならあの後も無難に地位を務めて天寿を全うしたよ。まあ、特段変わったことも無かったから、別にその程度。」
「そか。」
「で、まあ、若返ったことで別の問題も起きたわけだが、それは置いておく。オレの見た目だが、それに加えて当時は普通に年を取っていったからな。魔術で外見をいじる必要は無かったんだよ。」
「ん?じゃあ、なんで今は若返ってるんだ?」
いつもは自分たちと同じ年代の容姿であったので、翔がふと思いついた事を聞いてみた。それを聞いたカイトは何を当たり前な、という顔で答える。
「いや、こんな大人が中学生ってどうよ?」
「あ、そか。」
どう若く見積もっても、二人共大学生である。そんな二人を見た翔も、即座に納得した。
「でもティナちゃんは昔から変わってないような……」
ティナは中学編入時から容姿を変更していない事に気づいた魅衣が、今度はティナに問いかける。それに、ティナはかなり呆れながら答えた。
「毎日毎日ちょっとずつ変更するのは面倒じゃぞ?……カイトがまめすぎるだけじゃな。」
「あ、深い理由ないんだ。」
「うむ。どーせすぐに戻る予定じゃったからな。」
「すぐってどれ位?」
「予定じゃと、ざっと10年程か?」
ティナは長命の種族であるので、10年程度はちょっと、という認識である。それに、カイトも同意する。
「ああ。大学卒業して準備整ったら、また戻るつもりだったな。予定だと後5年近くは地球に留まるつもりだった。」
「へぇー……」
カイトの展望を聞いて、色々と考えているんだな、と何処か妙な感心を得た一同。そうして納得している一同に、声が掛けられた。
「なるほどね。やはり今の姿が本来ですか。」
漸くオリヴィエが念話を終えたのである。彼女も話半分には会話を聞いていたのだ。
「オリヴィエさん、念話は終わりましたか?」
「ええ、ありがとうございます。疑って申し訳ありませんでした。」
そう言って頭を下げたオリヴィエ。それを見たカイトは、慌てて彼女を起こした。
「いえ、元々は此方が偽っていたまでの事です。頭を上げてください。」
「は、ありがとうございます。これから公爵閣下はどうなさるおつもりですか?我々は先に言った様に、一度洞窟内を探索するつもりですが……」
事によっては護衛を何人かで行っても良い、そういうことである。それに、カイトは少しだけ恥ずかしげに告げる。
「あー、そのことなんですが……多分、私達が脱出次第、この洞窟崩れますので皆さんも一緒に脱出される方が良いかと……。」
「は?」
今のところ洞窟が崩れる様子は無く、オリヴィエ達冒険者が全員きょとん、顔を見合わせた。が、初耳なのはソラ達も同じで、いきなり友人から語られた事実にぎょっとしていた。例外はティナとユリィだけである。
「お恥ずかしいことなのですが、彼女たちの救出を少々急ぎまして……洞窟の壁を打ち抜いて来たのですよ。それに、私がそれなりの力で戦闘しましたから……」
当然ながら、この洞窟はそれなり程度の力であっても、カイトの戦闘に耐えられる様にはできていない。本来ならば、既に崩壊していてもおかしくないのである。
「まあ、今は大精霊の一人に頼んでこの洞窟が崩壊しないようにしてもらっているのですが……私達が脱出し次第、崩れるかと。」
「……は、ではご一緒させていただきます……気を失っている彼女たちは我々が運びましょうか?」
かなり引き攣った顔であったが、カイトが言うのならば事実だろうと判断したオリヴィエ達がそう申し出た。
「そうして頂ければ。」
「分かりました。それと、お伝えし損ねていたのですが、クズハ様が来られるとのことです。」
「そうですか。では、そこまでで構いません。それ以降は私の手の者に運ばせましょう。」
そうして一同は洞窟の外へと脱出したのである。
お読み頂き有難う御座いました。
2018年1月25日 追記
・誤字修正
『中津国』が『中つ国』になっていた所を修正しました。