第91話 申し出
第4章のステータス表の学園側に記述した設定を一部変更しました。該当話の後書きに変更点を記述しています。本編には大した影響はありません。
ティナ達とオリヴィエ達が洞窟の入り口近くで遭遇していた丁度その頃。カイトと桜、楓の三人は桜達が攫われていた洞窟内部の一室で攫われた他の生徒達を介抱しつつ、三人で色々と話していた。
周囲の魔物が集まって来ないとも限らないので明かりは小さめにしたので周囲はかなり薄暗く、三人は女子生徒達を集めてその近くで肩を寄せあっていた。
「みなさん、目を覚ましませんね。」
「まあ、目が覚めないほうがいいのかも。」
そう言って周囲を見渡す楓。周囲にはオーガ達の両断された死体がいくつもある。女生徒達の目が覚めても、これではパニックを起こされかねなかった。
「あぁー……いや、悪い。実は誰も目覚めん。さっきからオレが睡眠系の魔術掛けてる。」
そうして目を覚まさない他の女生徒達を心配そうに介抱する二人に、カイトが少しだけ申し訳なさそうに告げる。
「え?なんでですか?」
「いや、まあ、オレが助けたとバレたくないから。」
桜の問い掛けに答えたカイトだが、それに楓が首を傾げる。今回の一件は誰がどう考えてもカイトの大手柄だ。それを知られて利益はあれど、不利益が見当たらなかったのだ。なので楓はカイトにたずねてみた。
「は?でもこれがわかったらあんた女の子から感謝されるわよ?」
「……別に女の子から感謝されたくてやったわけじゃないぞ?」
カイトにとっては桜と楓以外の女生徒は殆どついでに近かった。感謝されることは嬉しかったが、正直どうでも良かったのである。それ以上に、自分が助けたとわかって起こる面倒事を避けられた方がよほどありがたかった。
「私は感謝してます。」
「……どういたしまして。」
桜から純粋な感謝をされて、カイトは照れて頬を掻く。そうしてカイトは二人に頼む。
「一応、今回のことはアル達公爵家の面々が助けた事にしておいてくれ。」
「どうして?」
「色々理由があるんだよ。」
楓の問い掛けに、カイトが若干肩を竦めながら答える。一向に理由を語ろうとしないカイトに、桜が重ねて事情を問い質した。
「カイトくん、教えてくれませんか?」
「……できれば、話したく無いかなぁ、と……ダメ、か?」
「ダメよ。あんたが何者か、によってはこれからの学園にどんな影響が出るかわかったもんじゃないわ。」
「申し訳ありません。いくらカイトくんでも、あれだけ圧倒的な強さを見せられては……学園の統治にも関わります。」
楓と桜の二人が言った事は事実だ。二人共カイトが学園生である事には疑いは無いが、それでもブラッド・オーガを圧倒した力量は見過ごせる物では無かった。最悪、カイトは一人で学園を制圧する事が出来るのだ。その詳細を知っておきたいと思うのは、学園を束ねる者の一人として、是が非でも見過ごせなかったのである。そして当然だが、その二人の考えはカイトにもよく理解出来た。
「だよなぁ。」
さて、どうしたものか、そう考えるカイトであるが、そこでティナ達がやって来た。
「おお、カイト。桜達は無事じゃな?」
「お、ティナか。当たり前だが、桜達は無事だ。外は終わったんだな。」
「うむ。当たり前じゃ。久々に新技ぶっぱ出来て気持ちよかった……のじゃが、まあ雑魚相手では撃った気になれん。後で付き合え。」
「明日にしてくれ……」
何処か不満気なティナを見て、カイトはやっぱりかと呆れつつそう言う。そうして、更に後からユリィが呆れた顔で入ってきた。
「その新技のために何分掛けてるのよ。」
「すまんの!すっかり忘れておった!」
「もー。魅衣達に何かあったらどうするの?」
かんらかんらと笑うティナにユリィが愚痴っていると、更に後から魅衣達が近づいてきて、桜を発見した。
「桜ちゃん!」
「魅衣ちゃん!由利ちゃんも!」
そう言って立とうとする桜だが、相変わらず腰が抜けているおり、カイトから離れられなかった。
「……カイト、あんた何やってんの?」
「ぐっ、……しょうが無いだろ、危うく陵辱されかけたんだ。桜も楓も今動けないんだよ。」
カイトは魔術を使用して小声で魅衣にそう伝える。できればあまり大きな声で言いたくない事情だったので、そのまま全員にそれとなく察する様に頼んだ。そうして二人の衣服が違う事に気付いた魅衣がはっ、となって少しだけカイトに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「でも、無事な様でよかった。」
「うんー。拐われたって聞いた時はどうなるか、って心配だったもんねー……。」
とは言え、どうやら二人共何ら問題なさそうだったので、魅衣と由利は安堵から尻もちを着く。
「なんとかカイトくんが助けてくれました。」
「すごかった。あっという間にあの魔物を瞬殺してたわ。」
カイトとブラッド・オーガの戦闘時間は30秒も必要としていなかった上、両者の行動は桜と楓には全く見えなかった為、具体的な賞賛は出ないがそれでもおおよその凄さは伝わったらしい。魅衣達が驚いていた。
「えーと、そちらの女性達は?」
そうしてふと更に後から白銀の女性が入ってきた事に気付いた桜は、相変わらず大人状態のティナとルゥを指さす。
「私は旦那様……カイト様の使い魔です。」
「旦那様?使い魔?……カイトくん、どういう事ですか?」
ルゥの旦那様という発言を聞いた桜が、少しだけ妙な圧力と共にカイトに問いかける。
「使い魔契約したから、オレの使い魔なんだが?」
微妙にはぐらかして答えるカイト。
「……凄い美女なのは?」
「使い魔を容姿で選んだわけじゃないからな。」
何処か嘯くようなカイトの発言に鼻白む桜。桜は前からカイトの周囲にはなぜか美少女率と美女率が高い気がしていたのである。一方、ティナは先ほどからぶつくさと愚痴を言っていた。
「むぅ。桜まで余がわからんとは……そんなに違うかのぅ……」
何処か落ち込んだティナが自分の容姿を確認する。
ティナの自分への親しげな声を聞いた桜はカイトへの追求を一端横にどけてティナを改めて見て、自らの記憶を確認する。しかし当たり前だが、金髪金眼のスタイル抜群な美女の記憶に無かった。
「えっと……どこかでお会いしましたか?」
桜はティナが大人になっているので、気づかないだけである。しかし、声には聞き覚えがあった上、ティナの容姿が子供のティナに酷似していたのでふと、思いついた事を問い掛けてみる事にした。
「もしかして、ティナちゃんのお姉さんですか?聞いたこと無いのですが……」
「……余がティナなんじゃが……」
「まあ、ご冗談を。ティナちゃんはそんな……」
クスクスと笑う桜がなおの事認めない上、ソラ達他の面子も微妙に納得していない表情だったので、ティナは仕方なく子供状態になった。
「これでわかったじゃろ?」
「えぇ!?ほんとにティナちゃんだった!?」
「魅衣まで信じておらんかったのか……何故他の奴も信じん。」
「いや、だって……」
何処か照れた様子で魅衣がそっぽを向く。これには地球の常識も考慮に入れないといけない。魔術に触れたことで地球の常識は殆ど抹消されたが、長らく親友と思っていた少女が魔術を使えて、本当はとんでもない美女だとは誰も思わないだろう。
とは言え、実は魅衣の中には一抹の期待があった。自身と同じ貧乳の筆頭格で、尚且つ高校も2年を過ぎても小学生ぐらいと言われても信じられるような容姿のティナは成長しても自分を裏切らないと。
そうしてソラ達が驚いていると、ソラ達の後ろで警戒していたオリヴィエ達冒険者の集団がやって来た。
「これは……ブラッド・オーガか?」
桜達が囚われていた洞窟内の一室に入り、残されていたブラッド・オーガの腕の残骸に気付いたオリヴィエ。腕がブラッド・オーガ特有の血の様に赤黒い色であったため、それがブラッド・オーガの物であると理解する。
「あんたは?」
そうしてぞろぞろと部屋へと入ってきたオリヴィエ率いる冒険者達に、カイトが若干警戒して問いかける。
「あ、私の教え子の一人でオリヴィエだよ。」
「ユリィの?じゃあ、魔導学園の出身者か。」
「うん。」
ユリィが警戒するカイトに直ぐに告げた事で、カイトの警戒感は霧散する。
「先生、彼が言っていた仲間ですか?」
「うん。彼が先に奥に行ったっていう仲間だよ。周りの女の子達が拐われた女の子達。」
「そうですか。さすが先生のお仲間ですね。ご無事なようです。それに、ブラッド・オーガがここまで圧倒されるとは。」
「ああ。オレはカイト。カイト・アマネだ。ランクDの冒険者だ。」
自己紹介に合わせてカイトは自分の登録証を提示し、それに続いて桜と楓の二人も登録証を提示する。
「あ、私はサクラ・テンドウです。同じくランクDの冒険者です。」
「私はカエデ・サクラダ。ランクEよ。」
「そうかい。どうやら無事で良かったよ。」
カイトの登録証を見て一瞬眉を顰めるオリヴィエだが、即座に笑みを取り戻した。
「それで、悪いんだが……二人共、そろそろ離れてくれ。」
「あ、ごめんなさい!」
桜が大慌てでカイトに掴まっていた手を離したのだが、離した瞬間また震えだしてしまう。楓の方はなんとか持ち直したのか、若干震えが収まっていた。
「桜をもう少しだけお願い。」
「……しょうがないか。」
自らも僅かに震えているのにそういった楓に、カイトは仕方がないと再び桜を抱きとめる。とは言え、楓が震えているのも見過ごせなかったので、カイトは若干楓の近くへと移動して、寄り添うように横に位置取りをした。
「オリヴィエ、だったか?悪いんだが、何人かをここに残して彼女らを介抱して欲しい。」
「ああ、いいけど、あんたはどうするんだい?」
オリヴィエに訪ねられたカイトは目線だけで洞窟の各地を示す。それで、オリヴィエにも事情が伝わった。
「……ああ、そういうことかい。」
「さすがに、な。」
「じゃあ、あんたもここにいな。後はあたし達が引き受けるよ。そのお嬢ちゃんにゃ、こっから先は少しキツイだろ?」
そう言われたカイトは少し考えたのだが意を決して問い掛ける事にした。
「……一つ聞きたい。」
そう言ってカイトは声に魔術を使用して、オリヴィエにのみ聞こえるようにする。
「あんたらの中に<<生命吸収>>か<<命脈吸収>>、加えて<<精神改竄>>か<<魂魄改竄>>を使える奴はいるのか?」
カイトが述べた魔術は全て対象の生命や魔力を吸い取ったり、精神や魂を改竄するものとして禁呪指定されていた。なので、当然オリヴィエは目を細めて否定する。カイトの問い掛けの意味を悟ったのだ。
「……いるわけないだろ。あれは禁呪だぞ?」
「なら、尚更オレが行かないとな……わかるだろ?衆目に晒してやりたくない。」
「待ちな。あんた、禁呪を使えるってのかい?」
明言こそしないが、カイトが言った事はオリヴィエには看過出来ない。禁呪が禁呪扱いされるには理由があるのだ。見た目十代後半のカイトが禁呪の存在を知っているだけでも驚いたのに、使えると言った事が信じられなかった。
「ああ。問題あるか?」
そう言われて悩むオリヴィエ。禁呪が使える事は疑わしかったのだが、現状ではカイトに頼る事が一番だと判断した。
「……いや、後にしよう。先に囚われている奴を助けてやろう。」
眉間にシワを寄せて険しい表情をしているオリヴィエであるが、カイトを問い詰めるより先に囚われている女性を助ける事にした。
「おい!何人かここに残ってここにいる奴らの介抱をしてやれ!」
オリヴィエは連れてきた冒険者へと命令する。元々は攫われた者達を救うために、人数は多目に連れてきているのだ。何ら問題なく、すぐに何人かの冒険者がこの場に残る事になった。
「ルゥ、アル、ティナの三人はソラ達を任せた。ソラ、お前達もここに残って拐われた彼女達を介抱してやってくれ。出来るなら、先に外に出ておいてくれ。ユリィ、援護よろしく。ティナ、介抱するときは姿を元に戻しておけよ。」
さすがに今あったばかりの冒険者達を信用するカイトではない。いざという時のために、三人を残していく事にした。最後にティナをからかったのは、場を和ませるためだったのだが、誰も理解出来なかった。
「良かろう。任された……ん?余はこっちの姿が元々じゃ!」
何ら疑問も無くカイトの提案を受け入れたティナだが、ソラ達の誤解を恐れて大急ぎで訂正した。
「わかった。カイト、お前は先に行くんだな?」
ソラはそんなティナを無視して、自身も行くべきではないと判断して問いかけた。この先に何があるのかは、既に聞き及んでいた。だからこそ、見世物にしてはならないと思ったのである。
「ああ。こっから先だけは今のお前達にはまだ早い……桜、楓。お前達もここに残れ。」
この先にはカイトが助けに来なかった場合に桜達が辿ったであろう末路がある。見せるのは躊躇われた。
「わかったわ。もし、目が覚めた時に私達が居なかったら不安だものね。」
そう言って楓が了承を示し、少しだけ震える身体で離れようとして、満足に動けなかったため、ティナに支えられる。そうして桜を離そうとしたカイトだが、その前に桜が真剣な声音で口を開いた。
「……連れていってください。私達生徒会とて冒険者となる事を他の学生に選択肢として提示した以上、知っておかなければいけないことだと思います。」
もし学園の冒険者が同じような目にあった場合にどうなるのか、それは目を逸らしてはいけないことである。だから桜は言ったのだが、カイトは反論する。
「知っておくだけで十分だろう。変な義務感ならば捨てておけ。」
カイトは桜の言を単なる義務感として説得する。しかし、桜とて譲らなかった。
「知識として知る事と理解することは違います……それとも、これから先もカイトくんが全て助けてくれますか?」
その言葉にカイトは苦虫を噛み潰した様な表情を取る。それは、カイトもティナも始めから無理だと把握していたことだ。だから、カイトはそれを無理だと断言する。
「……無理だな。オレに出来るのは桜や極小数の知り合いを助けることだけだ。それも完全に出来るかどうかだ。」
「であれば、尚の事、理解しておかなければいけません。私達が選択したことの結末の一つを。」
真剣に自分の目を見つめる桜を見て、カイトは桜の意思は固そうだ、そう判断する。カイトにとってはかなり不本意だが、連れて行くことにした。
「……いいだろう。そのかわり、拐われた女どもの姿は見せん。魔術で隠させてもらう。見世物じゃない。」
とは言え、これがカイトが出来る最大の譲歩だ。そうして真剣に自身を見つめ返すカイトに、桜が了承を示した。
「……それで十分です。」
「で、歩けないのにどうするんだ?」
「え?あ、えーと……。」
そんなことだろうと思った、カイトは溜め息をついて桜をいつぞやの様にお姫様だっこの形で持ち上げた。
「きゃっ!」
急に抱き上げられた桜が悲鳴を上げる。二人の遣り取りを見ていたオリヴィエはニヤニヤと笑いながら茶化し始める。
「あんたら、恋人だったのかい?今回もそっちの蒼髪の兄ちゃんが真っ先に助けに来たみたいだしねぇ。」
カイトを指して蒼髪との発言にびっくりした桜と魅衣達が、大急ぎでカイトの髪を確認する。今までは薄暗闇ではっきりとは見えなかったが、冒険者の一人が持ったランタン型の魔導具で照らされたカイトの目と髪が蒼色になっていた。
漸くカイトの変化に気付いた一同が何か言いたそうな顔をしていたが、カイトは一旦スルーすることにした。
「そう……違う。」
真っ赤な顔をした桜に抓られて、顔を痛みで顰めて否定したカイト。
「それはともかく、どこに囚われているか把握しているか?」
「いや、これから捜索するつもりだったから、把握してないよ。残念ながらね。」
肩を竦めてカイトの言葉に頭を振るオリヴィエに、カイトが案内を申し出た。
「そうか、なら案内しよう。」
「……あんたもしかして、透視系魔術を使用してるのか?」
カイトの多才っぷりに、驚かされたオリヴィエ。カイトへの警戒を高めるが、この場では役に立つと考えて表には出さなかった。
「……そんなとこ。」
「わかった。あたし達が前線に立つよ。いくらあんたでも女の子抱えながらじゃ、戦えないだろ?」
若干はぐらかしたカイトの答えだが、オリヴィエ達はあまり気にしなかった。わかるかどうかが問題だからだ。そうしてオリヴィエが申し出た事に、ユリィが告げる。
「カイトならこの程度のハンデでも余裕でしょ。存分に前線で戦わせていいんじゃない?」
「オレはいいけど、桜がまずいだろ……」
「いえ、私のことは気にしなくていいです。いざとなったら捨てていってくれて構いません。」
「誰がするか。じゃ、前線は任せた。」
気丈に言う桜に、カイトが何ら迷いも無く断言する。それに頬を染める桜だが、意識を集中して洞窟内分を走査し始めたカイトには気付かれなかった。そうしてカイトを案内人としてオリヴィエ率いる冒険者たちは洞窟の探索に向かうのであった。
お読み頂き有難う御座いました。