第90話 侵入と遭遇
洞窟前の魔物たちを掃討し、洞窟内へと入っていったティナ達。入って早々、目の前の洞窟の壁には大穴が開いていた。
「なんだ、こりゃ?」
まるで溶解したかの様な跡の残る不自然な洞窟の壁に空いた大穴に、翔が眉を顰めて思わず声を上げる。
「……カイトが空けた穴。多分、洞窟内を探すの面倒だから、一直線に穴開けて進んだんじゃないかな。」
指さして穴の更に向こう側を示したユリィの発言に、カイトの実力を知らないメンバーが唖然とする。
「はい?」
「翔よ。お主、これと同じ事ができるか?」
「は?……無理無理無理!こんなもんどうやったら出来んだよ!」
ティナに問われた翔は目の前の大穴を見て、即座に無理と判断した。穴は厚い所で厚さ1メートル程の壁をぶちぬいており、とてもではないが出来るとは思わなかった。
「それが出来んから、カイトの方がいいんじゃ。お主らのようにちんたら洞窟内部を探索しておっては桜の身が危ないわ。」
はん、と鼻白んだティナが、翔に告げる。告げられた翔はそれに納得し、恐る恐る壁の大穴を覗く。
「……ちなみに、カイトはどうやったんだ?」
カイトが大穴を空けた方法に興味を覚えたソラが、ティナへ問いかける。
「む?恐らく……ただ突っ込んだ?」
「もしくはなんかまた変な剣創って武器技を使ったんじゃない?」
ティナの適当に答えた答えに、壁に空いた穴を通って先を見てきたユリィが言う。偵察がてらに先を見たユリィだが、その先に広がっていた惨状に眉をしかめていた。
「む?」
そんなユリィの表情を見たティナは、穴の先を少しだけ魔術で透視する。そうして見えた光景に、ティナはほぅ、と少しだけ笑みを浮かべる。
「あやつ、相当急いでおったな。」
その言葉を受けて、他の面子は洞窟の先を覗き見る。洞窟の入り口から近かったので、少し先までなら見ることができたが、凄まじい惨状が広がっていた。穴の先には魔物達の死体が広がっていたのである。
「オーク、オーガ、ゴブリン……全部死んでやがる。」
翔は自身の眼に暗闇を見通すための魔術を使用すると、地面に広がる死体が死んでいる事を確認するまでもなく、死んでいると判断した。ほぼ全ての死体が両断されるか、粉々に粉砕されていたのである。それも単にオークやオーガというだけでなく、それらの亜種の死体もいたるところに転がっていた。
「どこをどう通ったのかわかりやすいな……」
壁の穴を中心として波状に広がる死体を見て、ソラがしかめっ面で言った。
「これ、全部カイトがやったの?」
「以外に誰がおるんじゃ?そこな集団か?隠れておらんで出てくると良い。別段危害を加えようと思ってはおらん。」
魅衣の問いかけにそう言って、ティナは穴の先の空間の一点を指さす。
「……なんだい、気づいていたのか。」
少しの驚愕と共に、冒険者らしき武装した集団が暗闇の中から現れる。冒険者らしき集団は警戒しているのか、こちらに安易に近づいてこないで武器を構えつつ、一定の距離を保っていた。
「この大穴はあんた達かい?」
冒険者らしき集団のリーダーらしい女性が、ティナ達にそう問いかける。それにティナは肩を竦めて否定した。
「いや、余らではない。まあ、仲間ではあるがの。少々奥に用があったのじゃが、急ぎでな。先に一人を向かわせたのじゃが……どうやら一直線に目的地まで向かったらしいの。」
「奥、か……一応聞いておくが、あんたらユニオンの依頼を受けた冒険者かい?」
「冒険者ではあるが、依頼は受けておらん。」
自身が冒険者である事を示す為、ティナは登録証を取り出して自らが冒険者であることを証明する。アルもティナに倣って冒険者としての登録証を提示した。
「……そっちのもあんたのお仲間か?」
「あ……はい。えーと……あ!登録証!皆も!」
女性から話を向けられた魅衣が慌てて登録証を取り出す。それにソラ達も慌てて登録証を取り出した。そうして、そこに浮かぶ紋様を見た冒険者らしき集団は漸く武器を下ろした。
「……そっちの小僧二人とあんただけはランクDか……奥に行ったって奴も冒険者かい?」
冒険者らしき集団はティナ達の登録証を確認したことで、若干警戒を解いたものの、ティナ達が警戒を解いていないので、未だに一定の間合いを保っている。
「そういうお主達はどうなのじゃ?もしやゴブリン共の宝でも狙う賊か?」
そう問われた冒険者一同がはっ、として事情を話した。自身が正体を明かしてもいないのに、警戒を解いてもらえる筈は無かったのである。
「おっと、すまなかったね……あたしらも冒険者さ。ユニオンでここの洞窟に最近ブラッド・オーガが現れたって掴んでね。討伐の依頼が組まれたんで、受けてきたってわけさ。」
そう言って女性冒険者を筆頭に、全員が登録証を提示する。
「ランクA!初めて見た……他の奴も最低ランクBかよ!」
ソラが女性の登録証に浮かぶ紋様を見て、思わず声を上げた。この女性が引き連れた冒険者達の登録証に浮かんだ印は最低でもランクB以上であることを表すものであった。どうやら、かなりの実力者で構成されたパーティであるようだった。
「む?お主らも冒険者じゃったのか。……おい、警戒を解いても良いぞ。」
一方、ティナは彼女達がたしかに冒険者である事を見て取ると、暗闇へと声を掛けた。そうして隠れていたルゥが現れる。
「!……油断ならないね。ずっとあんた達の事を見ていたつもりだったんだけど……」
洞窟に入った瞬間から冒険者達に気づいていたティナが命じて、もしもの時のために、ルゥに隠れているように命じていたのである。如何に高ランクの冒険者達の集団であっても、ルゥを相手にしては実力差がありすぎるのであった。そうして、驚きと共に女性がルゥに問いかけた。
「そっちのあんたも冒険者かい?」
「いえ、私はただの使い魔ですよ。」
「……あんた、なにもんだ?こっちの使い魔とかいうの、神狼族だろう?それが使い魔として隷属するなんて、並大抵の実力じゃあない。」
ルゥの独特のファー付きの衣装と白銀の耳、尻尾を見て神狼族であると見抜いた女性冒険者は、再び警戒感を露わにした。使い魔の力量はそのまま主の実力に比例する為、ティナの力量を警戒したのである。
「余の使い魔ではないのう。先に奥に向かった仲間の使い魔じゃ。余は最近登録したんじゃ。」
そう言ってティナは自らの登録証を投げ渡し、顎で登録日を見るように促す。
「……本物だね。おまけに登録日は2ヶ月ほど前か……おい。」
そういって女性は仲間の一人に登録証を渡す。受け取った仲間はメガネのような魔導具を使用して登録証を調べて、すぐに女性に何かを告げる。
「盗んだり改造した物でも無いようだね……悪かった。何分いきなり外からとんでもない魔力を感じたし、おまけに奥のほうから凄い震動がしたしね。取り敢えずは近かった外側を確かめに来たんだけどね。件のブラッド・オーガが更に進化したのかと警戒してたんだ。」
「いや、良い。余とて警戒するからの。」
「そう言ってくれると助かるよ。……おい!誰か灯りをつけてくれ!」
ティナが笑って流した事で、女性は頭を掻きながら少し照れた様子で謝罪した。そうして、彼女の命令で彼女の仲間の一人が魔導具を使用して明かりを灯す。お互いに警戒していたので灯りはつけなかったのだ
「うへぇ……」
ソラを筆頭に今まで暗闇であまり周囲の惨状がわからなかった面子が思わず辟易する。周囲には魔物の死体が山になっていたのである。そして何故か、アルと20代後半ぐらいのリーダーらしき女性冒険者を含めた幾人かの冒険者達はお互いの顔を見て驚いた顔をしていた。
「オリヴィエさん!」
「アルの小僧か!」
オリヴィエの声を聞いて、ユリィが前に出てくる。そうして前に出てきて彼女の顔をじっくりと観察するまでもなく、その正体を認めて嬉しそうに声を上げた。全員暗闇で相手に自分の正体がわからない様に魔術で細工していた為、お互いの正体が見抜けなかったのである。
唯一見抜けたティナはオリヴィエの事を知らないし、見抜けた筈のユリィは更なる敵を警戒して最後尾に居た為、顔まではっきりとは見えなかったのであった。
「オリヴィエ?ああ!オリヴィエじゃない!」
「ん?……あれ?もしかして、ユリィ先生?先生も一緒だったんですか!?ということは、彼らは学園の生徒ですか!?」
そうして前に出てきたユリィを見て、オリヴィエも嬉しそうに声を上げる。オリヴィエもまたかつて公爵家の有する魔導学園にて学んだ生徒の一人であった。それ故にユリィを先生と呼んだのである。また、教え子であった頃の癖から、ユリィにだけは丁寧な口調になっているのであった。
「えぇ!ユリィちゃんって教師だったの!?」
「だから言ったじゃない!教えてあげよっかって。」
「その姿じゃないと誰も信じないよー……。あれ?もしかして、本当に私達より年上?」
魅衣と由利は二人してユリィが本当に教師であった事に驚いている。ユリィは由利の年上発言をスルー。如何に種族的にまだ子供であっても、300歳も過ぎると年は気になるらしい。
「あ、それで彼らは学園の生徒じゃないよ。まあ、理由があって一緒にいるけどね。」
「なんじゃ、お主ら知り合いじゃったのか。」
「え。あ、うん。オリヴィエさんとそのパーティには時々公爵家からも指名で依頼を受けて貰ってるんだ。でも、いつもより人数が多いから、気づかなかったよ。」
ティナが仲よさげに話し合う三人を見て問うた事に、アルが少し照れながら肯定する。アルは顔が見えなかったし、オリヴィエがマクスウェル周辺まで帰って来ている事を知らなかったのだ。
「暗かったしねー。」
「なんだい。あんたらは先生の知り合いかい。そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに。いらん警戒しちまったよ。人数なんだが、洞窟内でブラッド・オーガとの戦闘になりそうだったからね。最悪の場合に備えて臨時で何人か雇ったんだよ。」
そう言ってオリヴィエが改めて自己紹介をする。人数が多かったのは、崩落の危険性のある洞窟内では全力が出せないことを警戒したためであった。ランクBクラスの冒険者達が洞窟内で戦えば、簡単に生き埋めになってしまうぐらいは簡単に想像出来た。かと言って力を落として戦えば命取りになりかねないので、数を揃えたのである。
「あたしは、オリヴィエ・フォトン。ランクAの冒険者さ。今回のブラッド・オーガ討伐のパーティリーダーを務めている。」
「余はユスティーナ・ミストルティンじゃ。長いのでティナで構わん。このパーティのリーダーは先に奥に向かった男じゃ。」
「後ろのはあんたの仲間でいいんだね?」
「うむ。」
ティナが肯定するのに合わせて、後ろにいたソラ達も簡潔に自己紹介を行う。ソラ達はオリヴィエが公爵家の関係者だと知って安心していた。
「後一人も先生の知り合いですか?」
「うん。実は知り合いの女の子が数人ここのゴブリン共に攫われたらしくてねー。助けに来たんだよ。」
「それは……無事だといいですね。」
ゴブリンなどの魔物に女が拐われた場合の結末を嫌というほど目にしているオリヴィエが鎮痛な面持ちで言う。今回の彼女らの仕事には、そういった者達の救出もまた、含まれていたのである。
「あ、その娘達なら大丈夫。奥の震動は多分ブラッド・オーガが倒された音じゃないかな。もし彼女達の身に何かあったら、この程度の震動じゃすんでないはずだもの。あ、さっきの大魔力ってのはこっちのティナだよ。」
一切心配していないユリィが事も無げに言った言葉は、ユリィの正体を知るオリヴィエ達にとっては対して驚きも無く受け入れられた。
「はぁ……先生の知り合いならその程度簡単になされると思いますが……もしかして、公爵家のコフル様やステラ様が来られてるんですか?」
簡単にブラッド・オーガを倒してみせたらしい実力から、オリヴィエがその正体を推測してユリィに尋ねた。
実は公爵家は正規軍以外にも、公爵家に仕えている面子もかなり有名になっている。特にかつての夜会でカイトに喧嘩を売ったコフルと、カイトの変わり様に愕然としていたステラの二人の仕事が荒事専門であることから、冒険者たちの間でも特に名前が知られていた。
ちなみに、コフルが領土内の警護、ステラが公爵家に進入する密偵達へのカウンターなどの裏事を管理している。
「ううん。まあ、あまり待たせるわけにもいかないから、奥に行こっか。ここから穴を通って行けば魔物には会わないはずだよ。」
「そうですか。わかりました。」
そうしてティナ達とオリヴィエ率いる冒険者達は、カイトの待つ洞窟奥へと向かっていったのである。
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