第89話 掃討戦―洞窟前―
カイトが洞窟内部へ入った直後。洞窟の入り口前ではユリィ達ティナを援護する面子とゴブリンや洞窟内部でも入り口近くにいたオーク達の軍勢との戦いが行われていた。
そうして、その援護を受けたティナは空へと舞い上がり、詠唱を開始……したかに見えたのだが、大いに悩んでいた。
(うーむ、どうしたもんかのう。ここが森でなければ火属性の攻撃で一掃できるのじゃが……)
ティナが有する魔術で大火力かつ広範囲を誇る―と自分で思っているだけで、実際には有する魔術の大半が一般から見れば大火力かつ広範囲―魔術は大半が火属性であった。
(延焼して森が焼けたとなれば、大精霊様たちから何を言われるかわかったものでは無い……)
古龍を育て親として持ち、古龍の女龍達を姉と慕うティナとて、元はエネフィアで生まれ育った者である。当然大精霊の叱責は恐ろしいのである。
しかも、自分の想い人たる者が大精霊と深い繋がりがあるため、大暴れして自然を大きく傷つければ、確実に両者からお小言を頂くのは確実だ。それは彼女としては、是非とも避けたい事であった。
(むぅ。ここが平原や荒野であれば気にせずぶっ放せたものを……さて、どうしたものかの。)
尚も悩み続けるティナを見て、ルゥとユリィは苦笑する。
「ティナってば、何使うか考えてるよ……」
「あらあら……取り敢えず自然に被害が出ない物を使えば問題ないはずですのに。」
そう言う二人はカイトによって削られてなお、100体以上残るゴブリンの軍団を相手に無双していた。ユリィは雷撃をもってゴブリンを圧倒し、ルゥは自身の爪に魔力を宿らせてゴブリン達を引き裂いていく。そうして、彼女達が得たのは1つの疑問だ。
「ユリィちゃん、可怪しいと思わないかしら?」
「うん、可怪しいね。」
ルゥの問い掛けにユリィが同意する。既に二人の回りには数十体のゴブリンとオークの死体が積み上がっている。それだけでも可怪しいのに、ゴブリン達が攻撃を止めようとしないのだ。
「裏、ありそうだね。」
「ですわねー。何処の馬鹿かしら……旦那様に喧嘩を売るなんて。」
二人は尚も続く攻撃に、横槍を警戒する。ゴブリン達はエネフィアで最弱の魔物だ。それ故かどうかは定かでは無いが、ゴブリン達は敵が数でも押せない程に圧倒的に格上であると察すると、上位の存在の命令があろうとも逃げるのだ。普通ならば、カイトの一撃だけで外にいたゴブリン達は逃げる筈なのであった。
「ユリィちゃん、坊や達に被害が出ないように私達でやりますよ?」
「それはいいけど……これって私がやったほうがよくない?」
そうして横槍を警戒しつつゴブリン達を討伐していく二人だが、一向にティナが魔術を使用しようとしないので、ルゥの提案に対してユリィがそう提案する。
当たり前であるが、ユリィとて適正が戦闘向きでないだけで、攻撃魔術が使えないわけではない。それどころか、並の術者よりも圧倒的に力量があるといっても良かった。ただ、比べる対象がティナやカイトと言った戦闘向きの戦士であったことが問題なのである。
「折角ティナちゃんがやる気になっているんだから、やらせてあげなさいな。」
「うーん。まあ、魅衣や由利が倒れない程度に時間は掛けさせるけど……」
ふとユリィが目を遣ると、奮戦する魅衣や由利の姿がそこにはあった。彼女らのレベルアップの為に、安全なウチは待っても良いかと判断してルゥの提案を受け入れる。
「それでいいでしょう。」
「じゃ、私は魅衣と由利の援護につくね。」
「でしたら私はあちらの坊や達のお世話にします。」
そう言って二人は一瞬にして、それぞれの援護対象の元へと向かったのである。
「魅衣、由利!大丈夫?」
「私はまだ大丈夫!」
「私もー、っ!」
ユリィの問い掛けに答えた二人だが、確かに二人には疲労感は見えなかった。二人は援護し合いながら攻撃を繰り返し、ゴブリンを倒していく。
「そう?まあ、取り敢えず、補助魔術を使っておくね。」
とは言え、万が一があってもいけないので、ユリィは今までの戦闘では使わなかった、全く異なる次元での補助魔術を使用する。これでも、彼女にとってはまだ低レベルの補助魔術であったのだが、その効果は抜群であった。
「え?ちょ!なにこれ!敵が止まって見える!」
「こっちも!」
二人に掛けられた魔術は共に反射神経を増強する魔術であったのだが、普段彼らが使用できるレベルを遥かに超越した補助魔術が使用されていた。それ故、ゴブリン相手では過剰なレベルの戦闘能力を得たのである。
(これでまだ保つかな。)
そう考えたユリィは二人に攻撃しようとするゴブリンを相手に、攻撃魔術を使用していった。
「坊や達はまだ無事ですね?」
「あ、はい。えーと、ルゥ様、でしたか?」
「ええ。同じく旦那様へと仕える身。アルくんにはここで倒れられては困りますからね。援護しましょう。」
「ありがとうございます。」
さすがにアルがゴブリンやオーク、オーガ程度で苦戦するはずもなく、会釈するだけの余裕さえあった。
「そっちの坊やも無事?」
「坊やって……もしかして、俺達の事か?」
ソラがルゥに聞いてみる。それを聞いたルゥは、何を当たり前な、といった感じで頷いた。
「当たり前でしょう?」
「いや、あの、俺達坊やって年齢じゃ……」
恐る恐る翔がそう言ってみるが、ルゥは取り合うつもりは無かった。
「旦那様と夫以外の男は殆ど坊やみたいなものよ?」
「……そうすか。」
クスクスと茶化す様に笑うルゥに若干毒気を抜かれるソラ。彼は装備を変えたことで攻防共に増強されていて、問題なさ気に戦っている。カイトがわざわざ中津国まで行って入手した玉鋼製の武具は今までとは段違いの使い勝手の良さであった。
「おい、ソラ!ぼけっと、サボんなよ!」
「おっと!……これならゴブリン程度に負ける気がしねぇな!」
ソラは毒気を抜かれて若干呆然となるが、翔の声で我を取り戻す。そうして再び攻勢を掛けるソラだが、その言葉通りに、新たな片手剣はソラが少し魔力を込めるだけで今までと同じ切れ味を有していた。なのでゴブリンの攻撃を防御する必要が無く、盾を使用する必要がなかった。
「これじゃ、防御の仕方を忘れちまいそうだな。」
「おい!俺もいるんだから、あんま敵の注意を俺に向けないでくれよ!」
ソラが余裕でこぼした言葉に、翔が声を上げる。ソラが簡単にゴブリンを討伐するものだから、逆に嫌厭されて遠巻きに様子を見られ、翔の方に注意がいってしまっていたのである。
「そうです。取り敢えずは囮になってくださいませ。その間に私とそこの坊やが一掃していきましょう。」
「了解です!」
「おう!ま、ここらで盾の使い勝手もみとかないとな!」
「行くぜ!」
そういって二人は囮となるべく派手に立ち回っていく。その二人に注意を向けたゴブリンから順にルゥと翔が仕留めていく。
(坊や達はゴブリン相手なら余裕そうね。)
そう考え、ルゥは彼らに戦いを経験させつつ、自らもゴブリンを狩っていくのであった。
そうしてゴブリンの総数が50を切った頃、遂に内部からオークとオーガの増援が出てきた。ゴブリン一切無しのオーガとオークの軍勢に、さすがにマズイ事を悟ったルゥとユリィが声を上げる。
「ちょ!これ、まずいよ!」
「ティナちゃん!いい加減に使用する魔術を決定しなさい!」
ゴブリンだけならルゥとユリィが表に出る必要も無いが、このゴブリンの数に加えて、オーガとオークに出てこられれば、さすがにソラ達が持たなくなってくる。二人は援護を切り上げて洞窟前で無双を始めるが、そこで漸くティナが顔を上げる。
「むぅ……ん?」
ルゥに声を掛けられたことで、ティナはようやく戦闘中であることを思い出したのである。
「おお!すまんかった。すっかり戦闘中であることを忘れておったのじゃ!」
からからと笑うティナ。一切悪びれる事の無い彼女に、かなり限界に近いソラから声が上がった。
「ちょ!俺達結構限界なんだけど!」
「そうじゃな。丁度いい魔術も作れたことじゃし、そろそろやるか。」
どうやら使う魔術が決定したらしいティナは、即座に魔術を組み上げていく。
「ここをこうして、こうしてーっと……お、ここは火を組み込めば火力があがるのう。」
軽い感じで組み上がっていく魔術式だが、少なくともそんなレベルでは無かった。
「相変わらずの天才っぷりだこと。あのレベルの魔術を数分で編み出して……」
かなり引き攣った様子で、戦闘中のルゥが呟く。ティナが使用した魔術式は少なくとも現状でユリィが知っているものではなかった。ティナの言を信じるなら、戦闘が開始してから、一から作り出したものなのだろう。
「……ユリィちゃん。あれって、どの程度の魔術?」
「一応、皇城所属の魔術師が50人掛かりで半日掛かるレベルかなぁ……」
魅衣に問われたユリィも呆れていた。皇城所属の魔術師が半日掛かりで使用する魔術なぞ、戦況を変えるどころか、戦局を変えかねないのである。
「それって、凄いのー?」
「凄いどころか、現魔王のクラウディアとか古龍達でさえ、無理。」
「魔王で無理ってことはー……もしかして、出来るのティナちゃんだけ?」
「というか、あんなの出来るのが世界に二人もいたら困るよ……」
「えぇー。」
由利の疑問にユリィが答えていると、直ぐにティナによる魔術が組み上がった。
「ほれ。」
ティナがそう言うと、一同は全員空へと舞い上がる。
「ちょ、え、あ、ウワァ!」
翔を初め、身一つで空を飛ぶことに慣れていないソラ達は、いきなりの事態に思い切り動揺しているが、ティナは斟酌しない。
「地上におっては危ないからのう。」
「だからってやる前に声掛けてよー!」
「む?すまん。ま、取り敢えずブチかますとするかの!」
由利の抗議に軽く謝罪して、ティナは展開した魔術を発動させる。発動した魔術からは冷たい風が吹きすさみ、ゴブリンとオーガ、オーク達の動きを鈍くしていく。そしてついには身体が完全に凍りついた。
「おぉ!ゴブリン達が動かなくなりやがった!」
「まだまだ、これからじゃ!」
ソラの絶賛に対して言ったティナの発言に呼応するように、魔術から更なる魔術が発動される。そうして今度は小さな雹が降ってきた。小さな雹は動きの止まった敵を貫き、粉々に粉砕する。ゴブリン達は血液まで凍っているのか、血の一滴もこぼれずに絶命した。
「うわぁ……100体以上いたゴブリンとオーク達が一瞬で全滅……」
「さすがはティナちゃん。これでもう少し早く行動できれば、いいんですけどね。」
見るも無残なゴブリンやオーク達を見て、翔が引き攣った顔で呟いた。それとは対照的に、ルゥは何処か呆れた表情ではあるが、ティナの魔術を賞賛する。
「……あれ?でもなんかティナちゃん、不満そうじゃない?」
圧勝したティナを見た魅衣だが、その顔がかなり不満気であったので眉を顰めてユリィに尋ねた。それに対してユリィは何時もの事であったので、驚きも無くそれに答える。
「あー、あれ?あれは放っておいていいよ。単なる欲求不満だから。どーせカイトにぶつけたら治るからね。」
「どうしてカイトなのー?」
「……相手になるのがカイトぐらいしかいないから。」
由利の疑問に答えたユリィの言葉を肯定するように、ティナが癇癪を起こして大声で叫ぶ。
「あー!やっぱり欲求不満じゃ!あの程度の雑魚なぞ何体屠っても戦った気にならん!……後でカイトで欲求を解消するしかないのう。」
叫んで少しは解消されたらしいティナは、一同を地面に降ろして首を鳴らす。
「よし、では全員で中に入るとするかの。道はどうせカイトが開けておるじゃろうから、心配いらん。」
そうして洞窟前のゴブリン達を一掃したティナ達もまた、洞窟内へと入っていった。
お読み頂き有難う御座いました。
2018年1月25日 追記
・誤字修正
『中津国』が『中つ国』になっていた所を修正しました。