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第88話 救う者―勇者カイト―

 ぴちょん、水滴の落ちる音で目を覚ました桜。殴られた頭を擦りながら上体を起こした。

「つぅ~……ここは、一体?」

 周囲を見渡す桜だが、周囲は薄暗く、2メートル先も見えなかった。そうして周囲を見渡して数分、近くから楓のうめき声が聞こえてきた。

「楓ちゃん!?無事ですか!」

 声のする方角へと姿勢を低くしたまま移動する桜。すると、そこには上体を起こした楓がいた。

「……頭が痛い以外はね。」

「ここは、一体どこでしょう?」

「大方、あのオーク共の巣ってとこでしょうね……<<灯火(ライト)>>。」

 二人は現在の状況を推測すると、楓は最下級の光属性の魔術を使用する。楓が作り出した灯りによって、周囲の状況が把握できた。どうやら、洞窟の行き止まりの一つを利用した、牢獄の様な部屋に捕らえられたようである。お粗末であったが、かなり大きな扉付きの出入口が見て取れた。松明の様な物が掛けられていた跡がある事から、燃え尽きた後は放置されているのだろう。

「あれは……確か、チアリーディング部の……」

 そうして扉が開かない事を確認した二人は、更に周囲を見渡す。すると、自分たちの他にも何人かの女子生徒が倒れていたが、今のところは目を覚ます気配はない。拐われた人数は把握していないが、ここに居る面子は全員、学園の関係者であり、二人は一度は顔を見た事があった。

「……私達は拐われた、ということでしょうか。」

「まあ、そうでしょうね。」

 気丈に答える楓だが、よく見れば震えていた。そうして、真っ青な顔の楓が口を開く。

「……あんまり考えたくないんだけど。」

「ええ。」

「これから私達ってどうなるのかしら。」

 そう言われた桜はこれからの自分を想像して、恐怖で思わず涙が出た。

「あれ……覚悟、してた筈なのに……」

「怖い、ね。」

「……うん。」

 楓と二人して涙を流し、お互いに励まし合う桜。そこで、ドアが開きブラッド・オーガと数体のオーガが入ってきた。

「ひっ!」

「いやぁ!」

 後ずさりして洞窟の奥へと下がる二人。ブラッド・オーガはそれをいやらしい笑みで眺めて近づいてきた。

「ココカラハ、ニゲラレン。アキラメロ。」

 ブラッド・オーガはそういうや、恐怖を与えるのを楽しむかの様にゆっくりと近づき、二人の顔程も有る腕を伸ばして二人の衣服を防具ごと引き裂いた。

「キャァ!」

「たす、助けて……」

 桜が思わず助けを求める。そうして二人の顔に浮かぶ恐怖と絶望を見て、ブラッド・オーガが顔に浮かべたいやらしい笑みを深める。

「ダレモコン。オマエラガイッショニイタレンチュウハ、ワレラニオソレヲナシテニゲカエッタ。キサマラハミステラレタノダ。」

 ブラッド・オーガの言葉に合わせてガハハハ、と笑うオーガ達。それに対して、楓がなんとか気丈に告げる。

「……今に、ルキウスさん達が助けに来るわ。そうなれば、あなたたちはお終いよ!」

「ククク、ドチラニセヨ、キサマラノウンメイハカワラン。」

 そういって、ゆっくりと一歩づつ近づくブラッド・オーガ。そしてついに桜に手が触れようとした時、楓と桜は今までずっと待機させていた魔術を発動させる。

「<<灯火(ライト)>>!桜、今!」

「はい!<<ウィンド・ウォーク>>!」

 楓が自身最大級の<<灯火(ライト)>>で目眩ましを行い、ユリィから教わった桜が速度を高める為の術式を発動させる。二人は一瞬の隙を突いて脱出しようとして、なんとかブラッド・オーガからは離れることに成功するも、扉の前にいたオーガ達に即座に阻まれる。彼らには一切効果が無かった様で、醜悪な顔にはいやらしい笑みが浮かんでいた。

「ムダダッタナ。」

 更に、楓の渾身の目眩ましはブラッド・オーガにもあまり効果をなさなかったようで、あまり驚いた雰囲気はなかった。それどころか、この程度威勢が良い方が楽しめると喜んでいる節さえあった。

「ダガ、コレイジョウハメンドウダ。オイ!」

 そう言って後ろにいたオーガへと声を掛ける。

「コイツラヲウゴケナクシロ。」

 ブラッド・オーガの指示を受けたオーガが即座に何らかの魔術を行使し、光の紐が現れてて二人の動きを阻害する。

「くぅ!」

「楓ちゃん!」

 桜はなんとか身を捩って楓へと近づこうとするのだが、ブラッド・オーガに阻まれ、その巨体に見合った巨大な手で掴み上げられた。

「キサマハオレノアイテヲシテモラウ。」

「誰か……誰か助けて……」

「ムダダ!ダレモコン!」

 桜の声に反応する者は無く、洞窟内に只々ブラッド・オーガの笑い声が響き渡る。そうして、桜が絶望の淵に立った事を把握したブラッド・オーガの手が伸びそうになる。しかし、その手は桜に触れる事は無かった。ブラッド・オーガが一瞬で吹き飛ばされ、轟音とともに洞窟の壁へと激突し、洞窟の壁が崩れてブラッド・オーガが生き埋めとなったからだ。

「……え?」

 ドサリ、と地面へと落下した桜が周囲を見渡せば、さっきまではいたオーガ達は両断され、物言わぬ肉塊と化していた。

「ほぉ、今のでも生きてやがるか。まあ、雑魚でも伊達に上位種じゃないってことか。」

 カイトは嘲りながらそう評価する。その顔には獰猛な笑みが浮かんでいるが、目は、只々燃え盛る炎の様な激情を湛えていた。

「カイト……くん?」

 初めて見るカイトの感情を隠さない顔に、桜が一瞬誰かとわからなかった。

「悪い。桜、遅れた。」

 そうして、名を呼ばれたカイトは桜の方を向いて謝罪する。そうして、顔を向けられた事で桜は漸く自身が助かった事を把握し、安堵で涙が溢れた。

「カイトくん!」

 そう言って桜はカイトに抱きついた。そうして、嗚咽を上げ始める少女をカイトは安心させるように抱きしめ、頭を撫ぜる。

「もう、大丈夫だ。後は任せろ。」

 自らに抱きついた桜を宥め、カイトが安心させるように力強く言う。そうして次の瞬間、ブラッド・オーガの衝突で出来た洞窟の奥の瓦礫の山がはじけ飛び、一瞬にしてブラッド・オーガがカイトの後ろに現れる。

 しかし、次の瞬間再び轟音が響き、ブラッド・オーガが消える。カイトが桜を抱きしめていた右手で裏拳を放ったのである。

「ん?ああ、わりぃ。あんまり遅いもんでゴミが飛んでいたかと思った。」

 桜を抱きしめたままのカイトは総身に魔力を漲らせて、再び吹き飛んだブラッド・オーガの方を睨む。

「てめぇ……誰にてぇだしてんだ?」

 そうして、カイトは殴り飛ばされた威力でもんどり打つブラッド・オーガへと怒りを湛えた声で告げる。

 自らの力に掛けていた枷を解いて、感情を抑える事も止めたカイト。それに合わせ、虹色の魔力がカイトの周囲を漂い始める。そうして、カイトは全ての戒めを解き放った事で髪と眼が変化し、性格が獰猛になる。

「てめぇらがどこで何しようとも知らねえよ。だがな?場所が悪い。ここはオレの領地だ。貴様ら下衆が生きていい場所じゃねぇよ。てめぇらの居場所はここじゃねえ。わかるな?てめぇらの居場所に案内してやるよ。」

 桜を抱きしめたまま、一切目を離すこと無く倒れたブラッド・オーガを睨み続ける。

「桜をこんなにしやがって。取り敢えず……」

 そうして、カイトはボロボロになった桜の衣服を見て、その顔に流れた涙の跡を拭う。そうして、その一瞬を隙と見たブラッド・オーガが消える。

「ウゴクナ!ウゴケバコノオンナガシヌコトニナル!」

 片手で楓を握り締めたブラッド・オーガはそのまま楓を握りつぶそうとする。が、ブラッド・オーガが見ればカイトはすでに桜の側にはいなかった。

「あぁ?それは悪いな。もう動いた後だ。」

 見失ったカイトを声のする方向から探すブラッド・オーガだが、次の瞬間、ギィーン、という駆動音を響かせる身の丈もの凶悪な片刃の大剣が洞窟の地面を叩き割った。響いている駆動音は、刃の部分に取り付けられた幾つもの魔力で構成された小さな刃がチェーンソーの如く回転する音だ。

「グガァアアア!」

 そうしてゴトン、という音と共に楓を持っていた腕が落ちる。ブラッド・オーガは噴出する血を抑える様に残った片腕で切断面を押さえ、開放された楓は咳き込みながらカイトに問いかける。

「……あんた……狙ってたの?タイミング……良すぎ……」

「いや、最短ルート。」

 楓の何処か恨めしそうな問いかけに、カイトは凶暴な笑みを浮かべて後ろ手に親指で自身が来た道を指す。見れば自分達を閉じ込めていた扉は既に原型を留めておらず、入り口から一直線にこの場所まで洞窟の壁に巨大な穴が開いていた。巨大な穴はかなり分厚い洞窟の壁をも突き破っており、如何な理屈なのか、かなり崩落した洞窟が崩れる気配は無かった。

「キサマ!」

 隻腕となったブラッド・オーガは残る腕でカイトへと攻撃しようとするが、カイトは即座に武器を双刀へと変更してブラッド・オーガの残る手足を両断する。

「ガァ!」

 そうして、桜達が気付いた時にはカイトはブラッド・オーガの背面に回っていた。手足を全て断たれ、次第に傾いていくブラッド・オーガ。命はあるものの、既にブラッド・オーガに反撃する術は残されていない。しかし、カイトの攻撃は止まらなかった。

「教えてやる。お前ら下衆の居場所は……あの世だ。」

 冷酷にそう告げるカイトは、ブラッド・オーガの背面で武器を巨大な大鎌を取り出す。そして、そのまま振り向きざまにブラッド・オーガの首を刎ねた。

 完全に絶命したブラッド・オーガ。そうして、大鎌を振りぬいた勢いそのままにカイトは更に半回転して、膝を屈めて飛び上がった。

「邪魔だ。」

 そうしてカイトは脚に真紅の金属製らしき具足を装着し、今だ空中に残るブラッド・オーガの胴体を桜達の方とは逆の方向に回し蹴りで蹴り飛ばす。

「消えろ。」

 そして次の瞬間。カイトは大口径の双銃を取り出すと、吹き飛ぶブラッド・オーガの胴体、手足、首の全てに狙いを定めて引き金を引いた。そうして、6つの魔法陣が空中に展開されると、そこから巨大な光条が照射され、ブラッド・オーガの肉体が全て消し飛ぶ。

「……はっ。」

 そうして、悪態を吐いたカイトが双銃を何処かへ消失させると、次の瞬間には唖然とした顔をする楓を桜の横に転移させ、自身は再び桜の側に居た。

「きゃ!」

「へ?」

 いきなり隣にいたカイトと、いきなり現れた楓に驚いた桜が小さな悲鳴を上げ、いきなり見ていた景色が変わった楓がきょとん、と間抜けな声を上げる。

「大丈夫か、桜、副会長。」

「カイト……くん。」

 ブラッド・オーガが倒されたことで安堵したのか、再びカイトに抱きついて、声を上げて泣き出す桜。それを見た楓も、カイトに抱きついて声を上げて泣き始めた。

「もう大丈夫だ。」

「うん。」

「もう少ししたら、ティナやアル達が来る。」

「うん。」

「その前に、だ。桜、桜田副会長。これを着てくれ。……ユリィに怒られる。」

 何処か気まずげなカイトは、異空間からエネフィア製の男女兼用の服を取り出して二人の目の前に浮かべる。

「……?」

 桜と楓は助かった安堵感からか、自分たちの状況が理解できていなかったらしく、泣き止んできょとん、と首を傾げる。

「……えっと、どういうこと?」

 楓がわけがわからない、という顔をしてカイトに問いかける。

「服。」

 短く答えたカイトだが、やはり二人はそれでは理解してくれなかった。

「?」

「服っつってんだろ!」

 カイトにそう言われた二人は、ようやく衣服がボロボロになっている事を思い出す。

「きゃあ!カイトくん、少し向こうを向いて……あれ?動けない。」

 桜は慌ててカイトから離れようとするのだが、腰が抜けて動けなかった。安心した事で、今になって身体が動かなくなったのである。

「取り敢えず天音は向こう向く!」

「わかってるけど!お前らが離れんとどうにもならんだろ!」

 さすがにカイトとて震えている二人を引き剥がすことは出来なかった。桜は焦っているのか、今だ不安なのかカイトから離れなかった。

「首だけでもあっち向けて!」

「ちぃ!助けてこれかよ!」

「あ、そうです!」

 桜が何かに気づいたかの様に、自らのボロボロになった服を破く。既にボロボロなので、破く事には躊躇いがなかったようだ。そして破いた切れ端をカイトの眼に巻いた。

「これで、大丈夫です!」

「目隠しかよ……」

 カイトには魔術による補助で眼を使わなくても周囲の様子が見えるのだが、今は黙っていることにした。

(まあ、役得か。)

 感情の抑圧から開放されたことで、若干性格が変化しているカイトは、実は密かに二人の胸の感触を楽しんでいたのであった。二人が離れられないという事を口実に、その感触が離れない事を喜んでいるのである。

「もう、いいですよ。」

 カイトから離れない様に着替えたので少し着替えづらそうであった桜だが、なんとか着替えられたようだ。二人が着替え終わったので、目隠しが外された。

「桜田副会長も大丈夫か?」

「楓でいいわよ。命の恩人にそう言われるのはあまりいい気分じゃない。」

「そうか?わかった楓。ならオレもカイトでいい。」

 感情の抑制を解いた事で元のかなりフランクな性格が表に出ているカイトは、考える事なくそれに従う。

「そう。で、カイト。あんた、何者?」

「やっぱ、そうなるよなー。」

 溜め息を吐いて、カイトは頭を掻いた。これでばれないと思う方が可怪しいだろうというほど、圧倒的な強さを見せたのだ。正体を疑われても仕方が無い。

「それに、カイトくんって性格そんなでしたっけ?」

「ああ、こっちが素だ。まあ、いつものあれは事情があるからなぁ。」

「……説明してくれますか?」

 桜が上目遣いに問いかけてくる。桜の意図した物では無かったが、涙に潤んだ目と合わせて、とんでもない破壊力であった。

(女の武器を心得てる!?)

 とは言え、思わずカイトがそう疑いたくなる様な出来であった為、カイトはかなり反応に戸惑ったが。そうして、少しだけ考えて、カイトは説明を一度で終わらせる事にした。

「……はぁ、取り敢えずはティナ達が来るのを待ってからで。」

「ティナちゃん達も来てるんですか!?」

「ああ、ソラに魅衣、由利、アル、ユリィも一緒だ。ま、おまけもいるがな。直ぐに来る。」

「……どうする?」

「話して、くれるんですね?」

 カイトにすぐ来る、と言われた二人は、カイトが作ったと思われる大穴を見て、確かにこれなら直ぐに来れそうだと判断。顔を見合わせて逡巡して、カイトに再び問いかけた。

「……したくない。」

 何処かむすっ、としたカイトだが、したくないであって語らないとは言っていない。それを肯定と受け取った二人は他の面子が到着するのを待つ事にした。そうして三人は他の女生徒を介抱しつつ、ティナ達が来るのを待つのであった。

(できれば説明したくないんだけどなぁ……)

 内心でそう考えるカイトであったが、嘘を吐かずに済ます方法は少なそうだ、と半ば諦めるのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。


 2016年1月11日 追記

・誤字修正

ブラッド・オーガの台詞『コイツエオ~』になっている部分を『コイツラヲ~』に修正しました。

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