第87話 対峙―洞窟前―
桜達が拐われて暫く。カイト達は巨大な白銀の狼に乗ってマクスウェル北西の森を目指していた。
「で、カイト!この狼は何だよ!」
ユリィによる魔術で高速での移動に伴う身体への影響はキャンセルされているが、風の音が凄いため、大声でソラが、前に居るカイトへと問いかける。他の三人には会話出来る余裕は無く、必死でルゥにしがみついている。二人の会話を聞く余裕も無いようである。 カイトも風の音が大きく、返答は大声となる。
「ん?ああ、ルゥだ!神狼族つー獣人族の元族長!」
『旦那様とはもう20年近くの付き合いになりますね。』
ルゥは念話で会話に参加しているので、大声を上げなくて良い。
「なんでそんなのがお前と一緒にいるんだよ!と言うか、20年!?」
『まあ、あまり言いたくは無いのですが……300年前の大戦時に私が時の魔王の策に嵌って堕族にされてしまった事があったのです。見境をなくした私は暴れに暴れて一族に害なす存在と成り果てました。』
「その時に、偶然オレが訪れて、ルゥを討伐することになったんだ!で、その後に契約して、魂をオレの使い魔として、肉体はルゥ自らの魔術で革となり、オレのロングコートと化したってわけだ!細かい話は今は気にするな!」
『理性を失い、肉体を失った私が現世へと留まるにはどうしても旦那様のお力が必要だったのですよ。』
事情を説明するカイトとルゥの二人に、ソラが事情を問い掛ける。
「は!?なんでだよ!?」
「堕族から復帰出来なくて、ものすごい激戦だったんだ!なんとか取り押さえることには成功したが、ルゥの肉体はすでに死に体!だが、ルゥの魂自体はなんとか無事だったんでな!現世へ留まらせるために、オレの使い魔として魂だけの存在でも活動可能な形へと変換したってことだ!」
『旦那様からの魔力供給によって、今の私は生きているわけです。死に体だった身体をロングコートとしたのは、その御礼です。まあ、旦那様が気に入った、ということもありますが。』
「……それって死んでるんじゃね?」
二人から事情を聞いたソラがボソッ、とつぶやく。ソラは聞こえないと思っていたのだが、魔術によって身体強化された二人の耳にしっかりと届いていた。
「見方の差だ!とりあえず魂はこの通りオレからの魔力補給で活動可能だからな!意思を持ち、意思を行使できる身体を持っているなら、生きていると見做せるだろ!肉体なぞ、所詮器にすぎん!」
『これでも、きちんと旦那様の夜伽を務めることもできていますよ。』
クスクスと品よく笑いながらカイトをからかう。カイトは大声を出すのに疲れて風の音を除外する結界を敷いて、ソラと会話しやすくした。
「……夜伽って。」
随分古臭い言い方だが、ソラにはきちんと伝わった為、少しだけ顔を赤らめる。とはいえ、そんなソラに対して、カイトは溜め息を吐いて事情を説明する。
「他にいい方法があるなら教えろ。最低月一回搾り取られるんだぞ……食う魔力量が魔力量だから、オレ以外と契約できない奴ばっかなんだ……」
「ばっか、ってことは、他にもいるんだな……今の学園の男子生徒に聞かれたら殺されるぞ。」
「大丈夫だ……自室に異空間への出入口を創っているから、存在は漏れてない。」
『まあ。役得と言いつつ、存分に楽しんでおられますのに。』
「カイトって、なし崩し的に関係結ぶの多くない!」
クスクスと笑うルゥを否定しないカイトに対し、ユリィが今の今までずっと溜めてきた鬱憤を発散すべく抗議の声を上げた。それに対しては若干カイトも言いたいことがあったらしく、声を荒らげて反論する。
「しょうが無いだろ!事情が事情の奴ばっかなんだ!」
「それで何人と契約してるの!」
「……何人だろう。」
問われたカイトは両の指を折って数え始める。本人さえ把握していないほどの契約数であった。とは言え、これはカイトが原因でなく、相手側の事情であるのはユリィも把握しているので尚更たちが悪い。
「そもそも、なんで女ばっかりなの!?」
「知るか!と言うか、男と契約なんてしたくないわ!」
ユリィの言う通り、カイトの使い魔は全員女性だ。とは言え、カイトに男色はないので数を数えるのをやめてカイトが言った。
「じゃあ、もっと別の方法は!」
「ねぇよ!大精霊達だって同意見だったろ!」
「そりゃそうだけどさぁ……この調子だと一人あたりの取り分が……」
両手の人差し指をつんつん、としながらユリィが恥ずかしそうに告げる。ユリィの切実な願いである。さすがにこれにはカイトも考えさせられたので、前向きに検討する事にした。
「……分身とか薬とかで対処してみます。」
「……お願いね。」
『まあ。それでは私が今夜のお相手を務めさせていただきましょう。分身を一緒にお相手するのは初めてです。』
そう言ってくすくす笑うルゥ。それに気付いてユリィが手を挙げた。
「ずるい!私も!」
「……好きにしてくれ。」
段々と話が脱線し始めた三人に、ソラが呆れて放っておく事にする。そんな話をしている内にルゥに乗った一同は、北西の森中心部へと到着した。
「……結構いるな。」
翔が気配を隠して茂みから偵察用の魔導具を少しだけ外に出して言う。そうして、覗き穴から見える映像を回し見して、全員で敵影を確認する。
ルゥから降りた一同は洞窟の前にいるゴブリン達にばれないよう、茂みを挟んだ場所に隠れて小声で話し合っていた。一同敵を目の前にして、カイトが何者なのか、については一旦脇へどけておくことにした。
「結構?どう見たって大量でしょ。」
「ざっと200ぐらいはいないー?」
翔から近かった為、真っ先に確認した魅衣と由利が見えた光景に苦々しい顔になる。今洞窟の外に居るのはゴブリンとその亜種達だけだが、その数が尋常では無かった。少なくとも100を超えるであろう敵影に、一同が顔を顰める。
「で、どうすんの?道中、えーと、ルゥさん?が速すぎて話なんて出来なかったでしょ?」
「旦那様ならこの程度どうということ無いと思いますけどね。」
「まあ、余裕だな。が、それだと余計な時間を食って桜達が危なくなる。」
魅衣の問い掛けに答えたルゥの答えに同意し、訝しむ魅衣を無視してカイトは意識を自らの内部へと向ける。
『ディーネ、桜は中なんだな?』
『ええ。微妙に奴らのほうが速かったようです。とは言え、今も内部を移動しています。』
『そうか、だが、あまり時間はなさそうだな。さっさと行くか。ノーム、起きてるか?』
まだ間に合う状況であった事に、カイトがほっと胸を撫で下ろす。ディーネの言葉から、ブラッド・オーガとはタッチの差で遅れてしまった様だ。外にゴブリン達が多いのも、その影響である。まだ完全に彼らの住処まで撤退しきれていないのであった。
『なにー?』
『ひと暴れするから、洞窟が崩れないようによろしく。あ、終わった後はどうでもいいから、適当に。』
『はーい。』
何処かのんびりとしたノームの口調は彼女を見知らぬ者が聞けば、大丈夫か不安になる様なのんびりとした物だ。しかし、カイトは少しも不安にはならない。彼女らを救う事は、大精霊達の望みでもあるのだ。その彼女達が、失敗する筈はなかった。一方、無反応になったカイトを訝しむも、今何が出来るかを魅衣達は話し合いを始めた。
「じゃあ、どうすんのよ?アルとティナちゃんを待って全員で突撃する?」
「なんなら俺が先に隠れて侵入しようか?俺なら多少は洞窟内に深入り出来るはずだ。」
翔の師は特に隠密系の技術に優れており、翔もその術技を一部受け継いでいる。それ故の立候補だ。それを切っ掛けに、カイト以外の面子が各々の得意分野を上げて、対策を練り始める。
「じゃあ、俺が陽動する。俺なら多少囲まれても平気だからな。それに、折角の新装備だ。格好つけさせてくれ。代わりにカイトと魅衣、由利が敵を減らしていってくれ。」
今日新たな装備を得たソラがそう提案する。しかし、上空からの声がそれを却下する。
「愚策じゃな。そもそも、翔よ。単独で突っ込んでオークなどと会った場合はどうするつもりじゃ?簡単に死ぬだけじゃぞ?それに、お主では時間がかかりすぎて、万が一運良く桜達の元へと辿り着く頃にはすでに桜らは恥辱の限りを尽くされた後じゃろうて。それでは救うた事にはなるまい。」
「ティナちゃ……どなた?」
ティナの声が上から聞こえたので、上を見た魅衣。それに釣られて、ソラ達三人も上を見上げる。しかし、上を見上げた瞬間に、口を開けて呆然となった。そこには真紅のドレスを身に纏う、金髪金眼のスタイルの良い美女が杖に腰掛け、浮いてていたのである。
「む?魅衣、何を驚いておる。……まあ良い。」
ぽかん、と口を開けたままの魅衣達を訝しむも、ティナは軽やかな動作で地面へと降り立った。それに少し遅れて、肩で息しながらアルが降り立つ。
「……つ、疲れた。」
ぜぇはぁと肩で息をしているアルを見たティナは、深い溜め息を吐いて呆れて言った。
「だらしないのう。あの程度の速度で疲れるとは。これは、少々トレーニング内容を……」
「いえ!大丈夫です!あの程度のゴブリン、僕が一人で蹴散らしてみせます!」
ビシィッ、という効果音でも出そうなぐらいに、一気に背筋を正して敬礼をするアル。疲れた状態での戦闘より、ティナのトレーニングが恐ろしいらしい。
「ああ、アル。その意気で頼む。まあ、大半はティナに片付けさせるが。」
カイトがそう言うのを聞いて、アルはカイトが急いでも大丈夫と言った理由を把握した。別に、アルが前線に立つ必要は無かったのである。
「あのような雑魚では欲求不満じゃがのう……じゃが、仕方があるまい。余が暴れれば洞窟なぞ即座に崩落してしまうからの。」
少し不満気に、ティナが肩を竦めた。
「ちょっと待て!カイト!この美女誰だ!」
「ん?誰って、ティナだろ?お前、目でも悪くなったか?」
「これ終わったら一回病院紹介しよっか?」
漸く復帰した翔に、カイトとユリィがニヤニヤと面白そうに告げる。二人共分かっていてやっている。
「うむ。少々色々と大きくなったが、余は余じゃな。」
カイトの発言を肯定するティナ。が、ソラ達は納得しない。
「少々って……いや、別人だろ!」
「いや、本人だ。まあ、魔族だからねんれ……。」
「何か言ったか?」
カイトが不用意に年齢について言及しようとした瞬間、ティナから指向性のとんでもない魔力が放出され、カイトを黙らせた。
「いや、何も?相変わらず魔王に相応しき美貌だ、と言っただけだ。」
ティナは平然とそう言うカイトに満足げに頷く。
「ならば、良い。それでこそ、我が夫に相応しいの。」
「結婚してねぇよ。まあ、内面は殆ど変化してないから、接し方は普通でいいだろ。ただ身体がでかくなっただけだ。とりあえずはこれで納得しろ。」
そう言われた一同は、釈然としない物を感じつつもティナの本来の姿をじっくりと観察する。出るとこはしっかりと出ており、なおかつ引っ込むところは引っ込んでいる。少し、上半身の出るとこが出過ぎている気がしなくもないが。ティナの雰囲気が無くはないが、どちらかと言えば、姉や母と言われた方が納得できた。
「えぇー。ティナちゃんって成長すると、こんな美人になるの……」
「うぅー。自信なくしそう……胸には自信あったんだけどー……」
とりあえず無理矢理納得した二人だが、魅衣はティナの予想以上の変貌っぷりに唖然―それ以上に胸の成長率に愕然となる―となった。そしてクラスでも有数の巨乳であった由利が、自らの胸をふにふにと触りながら少しだけ凹む。
「成長って……一応、ティナはこっちが本当の姿だから、通常が変身してることになるな。」
「うむ……最近カイトの前以外では元に戻っておらんかったが、久々にこの姿で暴れられそうじゃ。」
そう言って牙を剥くティナ。全盛期の魔王の表情を久しぶりに見せたティナに、カイトが告げる。
「存分に暴れろ。その代わり、外の雑魚は任せる。他の面子はティナの詠唱をサポート。ユリィ、ルゥ、二人も頼んだ。終わったら洞窟内で合流だ。」
「うん、とりあえずオークが出てきたら僕が引き受けるよ。」
「りょーかい!」
「承りました、旦那様。」
ユリィとルゥ、アルの二人は何ら一切の疑問も持たずにそれに従う意思を見せたが、その言葉に翔が疑問を呈する。
「カイト、お前はどうするんだ?」
「オレか?オレはさっさと行って桜達を助けてくる。」
「ちょっと待て!お前一人でいってどうにかなる相手でもないだろ!俺も行く!」
ここに来て全てが繋がったソラは、はっとなってカイトの正体を悟り、翔を止めた。
「……いや、カイト一人で行ってくれ。俺達じゃ、足手まといだろ?」
すでに正体を把握しているソラは、薄っすらとだが漂い始めたカイト達の圧倒的な力の気配を感じ取り、自分たちが足手まといであることを悟る。そうしてソラが全てを悟ったと把握したカイトは、何も聞かずに自身に結論を尋ねた友人に礼を言う。
「ああ、助かる。」
「その代わり、絶対に桜ちゃん達を頼む。」
ソラから全てを託されたカイトは不敵な笑みを浮かべ、不遜に言った。
「当たり前だ。オレを誰だと思っている?」
と、そうしてカイトが笑みを浮かべると同時に、再び自らの内側から声が響いた。
『カイト、そろそろ危なそうです。桜達へブラッド・オーガが近づいています。このままでは……』
『それはまずいな。ノーム、済まないが頼む。』
『はーい。いつでもいいよー。』
ディーネからの報告を受けたカイトは、会話を強制的に切り上げるて立ち上がる。
「さて、行くか。」
カイトが茂みから出て、ゴブリン達の前に出て行く。それに合わせてティナ、アル、ユリィ、ルゥ、ソラの面子が茂みから出た。カイト以外全員、既に各々の武器を抜き放ち、いつでも戦闘に移れる格好だ。事情が飲み込めない翔達は慌ててそれに続く。
そうして茂みから外に出てきたカイト達に気づいたゴブリン達が一斉にカイト達へと妙な奇声を上げて威嚇し、今にも攻撃を始めようとしていた。
「お前らに武器技を使うのは勿体無いが……桜達優先だ。だが……お前らに全力を尽くしたら、オレと全力で相対した数多くの奴らに失礼だな。偽物の中の偽物で諦めろ。」
傲慢に、されど厳然たる声で告げたカイトは、一振りのロングソードを魔力で創り出す。黄金の柄を持つ直刀である。カイトはそれを両手で構える。
『覇王の行く道を遮る事能わず。』
周囲の全てがカイトに着目する中、カイトが厳かに告げる。そうしてカイトは身構えるゴブリン達を前に鞘から直刀を抜き放ち、深呼吸を一つ。そして剣を大上段に構える。それと同時に、カイトからは圧倒的な魔力が放出された。
『<<覇者の剣>>!』
カイトが口決と共に大上段から放った一撃は空間さえも断ち切り、一直線に洞窟までの道を作る。カイトと洞窟の入口までにいた全てのゴブリンは両断され、肉塊と化した。
そして次の瞬間、カイトは武器技を使用し出来た道を通って一気に洞窟内部へと侵攻したのである。それを皮切りに、ゴブリン達が目の前に残るティナ達へと殺到し始めた。
「皆は余が詠唱を行う間、援護を頼む。」
ユリィとルゥを除いて呆然となった一同―アルも含む―に向けて改めてティナが告げる。そうしてティナは優雅に上空へと舞い上がるやいなや、即座に杖を構える。それを合図に、ゴブリン達対ソラ達による戦闘が開始された。
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