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第1話 終わりと始まりの日 ――改訂版――

 これは投稿から3年経過した時点での作者が大幅に中身を書き換えた改訂版です。この前後の話はまだ腕が未熟な所が多々見受けられますが、そこの所はご了承をお願い致します。


※お断り 2019年1月25日現在


 現在、システム上の不具合により、本作のバックアップが取れない状況が続いております。対応についてはしばらく時間を頂く可能性がある、という旨の返答を運営より頂いております。


 誤字等についてご報告を頂いておりますが、バックアップが取れない状況での修正はもし誤りで無かった場合を考え、好ましくないと判断しております。報告を頂いても修正にお時間を頂く事、どうかご了承の程をお願い致します。

 13歳にて異世界エネフィアに迷い込み、エネフィアを魔王の手から救い様々な種族の共存を実現させた勇者・天音 海徒(あまね かいと)。彼はとある理由から、元魔王ユスティーナを連れて地球に帰還していた。そんな勇者は地球へ帰還後、数年の時を過ごした。

 そうして、今年高校2年になったカイトは窓際の席で心地良い日差しを浴びながら授業中の居眠りを満喫していた。そんな彼が夢で見ていたのは、かつて己が地球へと帰還する直前の事だった。


『……』


 その時。彼はエネフィア最後の一日となる空を見ていた。生まれて地球で過ごした13年。それと同じ月日を、この世界で過ごした。実際には意識的にはこちらでの一生の方が、彼の人生の大半を占めていたと言っても過言ではない。故にその姿はどこか、物悲しさを滲ませていた。


『……』

『……』


 そんなカイトの横には、二人の同年代の青年が腰掛けていた。彼が親友と呼び、そして彼らもカイトを親友と言い表す友だった。そして同時に、大いなる戦いを終わらせた戦友でもあった。やはり彼らも最後の日とわかっていたからか、物悲しげだった。


『……行くのか?』


 青年の片方が問いかける。彼の名は、ウィル。異世界に流れ着いたカイトが拾われた国の第一皇子だった。正式な名は、ウィスタリアスという。ウィルはカイト達との旅の中で使っていた偽名というか愛称なのであるが、もうそちらの方が呼び慣れたらしい。仲間達の誰もがウィルと呼んでいた。そんな彼の問いかけに、カイトは少しだけ儚げに頷いた。


『……ああ。これ以上は、オレが居ちゃ駄目だ』


 どこか達観した表情でカイトが頷いた。現状を変えようと精一杯努力はした。傾向が見えた時から、何度も説得を行いもした。争うつもりはない、と明言もしている。が、それでも駄目なものは駄目だった。


『オレ達は、あまりに性急に変えすぎたのかもしれない。世界を変えるには、ゆっくりでないと駄目だったのかもな』

『……』


 カイトの答えに、問いかけたウィルは押し黙る。原因なんぞわかっていた。彼らは戦後、手に入れた権力を使って世界を変えた。いや、これは確かに正しいが、悪い意味での話ではない。故に、今までずっと押し黙っていたもう片方がやるせなさを滲ませる。


『何故……何故、正しい事をした人が追放されなければならないのでしょうか』

『……おーい、ルクス。口調が前に戻ってんぞー』


 カイトは笑いながら、もう片方、ルクスと呼ばれた青年へと笑いかける。が、その一方のルクスはやはり、やるせなさを滲ませていた。


『貴方はこれで良いのですか?』

『あっははは……良い悪い、か……なぁ、時々思うんだけどさ。正しい、正しくないってのは結局、その時代、その世界の人々ものなんだ。それを、オレは見過ごした。オレは世界も時代も違う奴だ。正しく、異世界人なんだ。そのオレが正しいと思うから、そのオレの意見が正しいと思うから絶対的に正しい、ってわけじゃない……だろ?』


 カイトは若干のやるせなさを滲ませながらも、ルクスへと諭す様に告げる。本当なら、一番怒って良いはずの彼がこれだ。故に二人の親友達は誰よりも、何よりもそれにやるせなさを感じていた。だが、これしか無いのも事実だった。


『……オレ達は世界を変えた。が、急ぎすぎた。多分、オレ達のやった事は正しいんだろう。それはオレも思う……ってか、正しいと思ったから、変えたわけなんだからな』

『奴隷解放、魔族への差別の禁止、魔族との融和政策……』


 ルクスは自分達が変えた物事を幾つも羅列する。これが、問題だった。確かに現代地球の常識を基準とすれば、これは何ら不思議の無い事だ。が、その地球でだって地球史を読み解けば奴隷解放が為されたのはごく近年の事だと分かる。そしてその時に何が起きたかを考えれば、現状が良くわかった。


『何故、なのだろうな。俺を保守派の盟主に担ぎ上げようなぞと……』


 ウィルが嘲笑を滲ませる。いや、滲ませるなぞという軽い物ではない。完全に見下していた。が、その仕掛け人達の思惑がわからない程、彼も腑抜けてはいない。


『だから、だろう? 仲間割れを狙ったわけだ』

『……』


 カイトの明言にウィルがわずかに苛立ちを滲ませる。彼らに何が起きていたのか。それはカイトの言う通りだ。彼らはあまりに周囲を変えすぎた。その中心となっているのは、他ならぬカイトと見做されている。そして真実、カイトで間違いない。そしてその右腕は、と言われるとウィルその人だ。

 故に、分断を狙ったのである。そして彼らにはそれが可能と判断されるだけの数々の事実があった。ただ、ウィルその人が断固として拒絶しているというだけだった。

 それこそ、この拒絶には彼らの敵対者が忸怩たる思いを抱える程だと言っても良いだろう。拒絶する必要なぞ無い程の好条件の筈なのだ。何故拒絶するのかわからない。敵対者達の大半が、口々に、本心からそう言う程だった。


『……俺は決して、奴らの盟主になぞならん』


 ウィルは決意を口にする。彼はカイトの事を弟の様に思っていた。その弟分と敵対しろ、なぞ彼にはある理由から死んでもごめんだった。だからこその決意だった。だが、だからこそのカイトの決断でもあった。


『……でも、わかってるんだろ? 何時か奴らはオレ達の間を決定的に裂こうと取り返しのつかない事をする。どっちかは、引かないと駄目な状況なんだ』

『……わかっている。わかっているさ……』


 ウィルは悲しそうにカイトの言葉に同意するしかなかった。いや、そもそもカイトにこういった大局的な視点を授けたのは、少なくとも一人は彼だ。その彼がわからないはずがなかった。

 このまま放置していれば、今度は国を割った戦いに突入する。それだけは避けねばならない事だった。せっかく自分達が築いた平和だ。それを自分達の手で守るには、こうするしかもう道は残されていなかった。


『後の世に俺達は伝説に、なるだろうな』


 ウィルが辛そうにそう告げる。それが、カイトの目的だった。


『十年か、二十年か……百年か、二百年か。俺達の物語は伝説になる』


 気の遠くなる様な話だ。ウィルはそう思う。とはいえ、それは当然だろう。伝説とは語られて出来上がる物だ。この時代、つまりは彼らが活躍した時代の者達にとっては単なる真実の物語としてしか誰も見ていない。誰もが知っていて、伝説に手の届く時代だからだ。

 だから、カイトは去る事を決めた。物語の中心に居る彼が去る事で、一気に物語は伝説になっていく。物語の主人公が触れられなくなれば、後は一気に伝説として語られるだけになるからだ。それが何時かは、彼らにもわからない。わからないが、そうなることだけは事実だ。


『……これが、僕らの最後の一日になるかな』


 自らの気持ちに折り合いを付けて、今の口調に戻したルクスが二人に(なら)って空を見上げる。この日、物語の主人公が去る。しかし、伝説はまだ完全には終わらない。

 その横で常に語られる聖騎士と皇子の二人が居るからだ。この二人が歴史の表舞台から居なくなって初めて、彼らの物語は伝説となる。だから、これがカイトにとってはエネフィア最後の一日であると共に、彼らにとっては三人で過ごせる最後の一日でもあった。


『……何年先だろうと、帰ってくるさ』


 カイトは上げていた視線を落として、そう明言する。常識的に考えては不可思議な事であり、しかし魔術等のこの世ならざる物事を知れば普通である事なのであるが、カイト程となると常に肉体を最善の状態で維持しようとする力が老化という肉体の自然現象を遥かに上回っていた。

 つまり彼は肉体的に最善とされた20代前半から半ばを起点として、一切老化する事が無い。故に彼は一千年先だろうと、外的要因で殺されない限りは生存可能だった。どれだけ時間が掛かっても、彼には問題がなかった。


『それでも、どれだけ先かはわからんがな……』


 そんなカイトに対して、ウィルは物悲しげだ。伝説になるのが何年先かわからないのは、先に彼が述べていた。少なくともそこまで自分が生きている事は無い事だけは確実だろう、と理解出来た。


『……それでも、仕方がないさ』


 嘆くウィルに対して、カイトはすでに達観していた。彼の帰還には山程の問題があった。そんな問題を片付けていれば、自然と達観もしたのであった。というわけで、カイトはしんみりとした空気を変える為、話題を変えた。


『ああ、そうだ。ウィル。ガキんちょ、元気?』

『昨日の夜も貴様に会いたいとせがんでいたぞ』

『あはは。あ、そうだ。子供で思い出した。ルクス、一つ頼まれて欲しいんだけど……』

『何?』


 カイトらはまるで今の落ち込んだ気分を変えるかの様に、話題を別に移す。と、そんな三人を見ていた者達が居た。一人は、小さな妖精だ。性別は女の子。もう一人は、そんな妖精を頭に乗せた剃髪の巨漢だった。


『加わんないの?』

『若いガキ共がしんみり話してんのに、おっさんが加わるわけにもいかねぇだろ』


 妖精の問いかけに巨漢は木にもたれかかりながらわずかに笑う。彼らもまた、後の世の伝説の中に居る存在だ。巨漢の名は、バランタイン。かつてはある国の奴隷であり、今では武神とさえ言われる男だった。彼もまた、カイトと共に武名を馳せた男だった。

 ウィルが軍師としてカイトの双璧であるのなら、彼は武の側面でカイトの双璧として語られる人物だった。年齢差から一同の保護者にも近いが、実態としてはカイトの親友の一人と言っても過言ではない。と、そんな彼はわずかに俯いた。


『……それに……まぁ、なんつーか……あー……くそっ。言葉になんねぇな……』


 バランタインはカイトへの語り尽くせぬ恩義をなんとか口にしようとして、自らの学の無さを嘆く。彼はかつて、奴隷だった。そこから脱走して冒険者という職業をしていた彼だが、その人生の最大の目標は自分と同じ奴隷達の解放だった。

 元々は目処も立てられていない、本当に夢物語に過ぎなかった。それを、カイトが成し遂げてくれたのだ。彼だけではないが、カイトには語り尽くせぬ程の恩を感じていた。故に彼がどれだけ言葉を尽くしても、その感謝を述べる事なぞ出来なかった。


『……ってか、俺様はまぁ、良い。お前は良いのかよ』

『……んー……どうだろ?』


 バランタインの問いかけに妖精は首を傾げる。が、それにバランタインが大きくため息を吐いた。


『相棒だから、分かる事でもあんのかねぇ』

『わかんない。でもなーんか、もう一回ぐらい何かありそうなんだよねー』


 相棒。バランタインにそう語られた妖精はどこか不思議そうに空の彼方を見る。彼女の名は、ユリシア。ユリィの愛称で全員に呼ばれ、そしてカイト自身が最も信頼する相棒だった。彼女とはどんな時も一緒だった。それ故、カイトその人もまた相棒と認めている相手だった。と、そんな彼女がふと、何かを見付けた。


『あ……』

『あーあ』


 言霊。そう言い表すべきなのだろう。ユリィの視線の先には数十の黒い点が浮かんでいた。魔物と呼ばれる、ある意味害獣にも等しい存在だった。


『天竜が……ひのふのみのよの……オチビ……』

『悪気あったわけじゃないよ!? 偶然だよ!』


 別に彼女が呼び寄せたというわけではないのであるが、それ故にバランタインからジト目で睨まれたユリィが大いに焦りながら否定する。単にこれは冗談だ。と、そんな無数の敵の影は当然、カイト達も気付いていた。


『ユリィ!』

『ほら、お呼びだ』

『はーい!』


 カイトの呼び声を聞いて、バランタインに促されたユリィがカイトの肩に腰掛ける。これが、最後の一戦だ。が、妖精は人間とは寿命が大きく違う。だから、カイトはこう口にした。


『さて……一時休止前の最後の活動だな』

『だね』


 二人は何も、変わらない。それはまるで明日も一緒に居るかの様でさえあった。二人にとってこれは永遠の別離ではない。単に一時的な別れというだけだ。

 故に、悲しみもなにもない。単に少しの間離れ離れになるだけだ。その程度を気にする必要なぞ、どこにもなかった。だから、会話はそれだけだ。相棒が帰ってくると断言したのだ。であれば、相棒はそれを待つというだけだ。それが相棒というものだ、とでも言わんばかりに、だ。そうして、そんな二人の横にウィルとルクスが装備を整えて、並んだ。


『全く……貴様は最初から最後まで騒動しか起こさんのか』

『うっせぇよ。オレだって最後の最後ぐらい普通にお見送りほしかったですよ』

『あはは。僕ららしくて良いんじゃないかな』


 ウィルの軽口に応じたカイトに、ルクスが楽しげに笑う。その心は、全員一緒だった。しんみりしたのはやはり自分達には似合わない、と。そうして、ウィルがため息を吐いた。


『にしても……本当に哀れな奴らだ』

『そうかな? 幸運な奴らだと思うけど』

『まぁ、ある意味ではな……だが、俺達は今すこぶる機嫌が悪い』

『ああ……なるほど。それは僕も同意かな』


 ウィルに合わせて、ルクスが敵影を睨みつける。これから遠くへと旅立つ友を見送る大事な一時なのだ。なのにそれを邪魔する無粋な奴らが居たのだ。激怒も仕方がない事だった。そうして、珍しくカイトより先に二人が敵陣へと地面を蹴った。


『おいおい……』

『カイト、負けてらんないよ?』

『だわな……さぁ、行くか! てめぇら! オレの最後の一日だ! ド派手に花火打ち上げようじゃねぇか!』


 カイトは最後の号令を、己を見送りに来てくれていた者達へと下す。誰しもに慕われた勇者の帰還だ。一応は密かに帰還する事にはしていたのだが、それでも見送りは多かった。そうして、勇者カイト最後の一日にして、エネフィアでの最後の一戦が幕を開ける事になるのだった。




 それから、数十分後。カイト達は戦いを終えて、再び話し合いに戻っていた。天竜の群れはそれだけでも一国を滅ぼしかねない危険な存在だったが、彼らからしてみれば雑魚と変わりがなかった。


『……ユリィ』

『何?』

『後は頼む……ウィルにも頼んでおいたが……オレを支えてくれたお前だから、殊更に頼む。アウラとクズハを頼んだ』


 カイトはユリィへと二人の少女の事を頼んでおく。アウラというのは、彼がこのエネフィアという異世界で拾われた家の子の事だ。そこの老賢人に彼は拾われ、その老賢人の孫が彼女だった。カイトにとっては義理の姉に近い存在だった。彼女は天族という背中に翼のある特徴的な種族の出身者だった。

 クズハというのは、カイトが戦乱の最中に保護した少女の事だ。ハイ・エルフと呼ばれるエルフの上位種で、その中でも王家の本家筋の少女だ。紆余曲折あり、カイトの義理の妹として迎え入れていたのである。どちらも人間よりも遥かに長い寿命を持つ種族だった。


『それは良いけど……』

『ん? ああ、お前らも来たのか』

『お兄様』


 ぽふん、とクズハがカイトへと抱きついた。涙は見せまい、と最後まで気丈に振る舞っていたが、やはり目の端には光るものがあった。


『……ちょっと、行ってくる。なぁに、お前にしてみりゃ、瞬く間の時間だ』

『……はい……あの、お兄様』

『ん?』

『絶対、お兄様に相応しい綺麗な女になってみせますから! だから! だから、早く帰ってきて下さいね……』


 抱きついたまま、クズハは己の想いを口にする。それに、カイトは己の腰程度しかない頭を撫ぜながら頷いた。


『ああ、期待してる。オレも頑張るよ……アウラ。悪いが、家長として家の事は頼んだ』

『ん』


 カイトの申し出にアウラは頷いた。見た目はアウラもクズハも幼女だが、それは種族差による成長の差というだけだ。実際にはアウラはカイトよりすでに年上で、三十路を越えていた。

 まぁ、天族――ハイ・エルフもであるが――の三十路というのはまだ二次性徴も到達していない程度にしかなっていない。なので、これが普通だ。と、そんな彼女が口を開く。


『カイト……もし戻ってこられなくても安心して。お姉ちゃんがなんとかするから』

『……あまり無茶だけはするなよ。お前、本気で召喚術とかやりかねんからな』


 カイトは己の義理の姉に対してジト目で一応の牽制を行っておく。唯一不安があるとすれば、彼女はカイトに対して過保護だという所だ。

 それも大戦で彼女が失った物を考えれば仕方がないといえば仕方がないのであるが、地球の事を考えればあまり喜ばしい事ではなかった。が、それは彼女にとって生きる目標でもある。故に、カイトも一応の牽制というだけだった。と、そんな風に家族との別れを交わしていたカイトへと、一人の女性が近づいてきた。


『何時までそうやっとるつもりじゃ。いっそ最後じゃからと手を出すつもりではなかろうな。ハーレムは余が推奨しとるんで何も言わんが、流石に子供が産めぬ身体の段階で襲うのは余も引くぞ』

『おいおい……最初から不機嫌さマックスだな、おい』

『そりゃのー』


 肩を竦める様なカイトに対して、金髪金眼の美女が不満げに口を尖らせる。彼女こそ、カイトが唯一地球へと連れ帰る事になっていた女性だった。と言ってもこれは見れば分かるが、彼女の望んだ事ではない。

 十数年前の大戦期にカイト達と彼女との間で起きたちょっとした誤解から、彼女はカイトに隷属させられてしまっている。それ故、その契約に基づいてカイトが地球に帰るのであれば、彼女も地球に渡らねばならなかったのである。問答無用で異世界に移動させられるのであれば、不満も持つだろう。


『だーれが好き好んで魔術の魔の字も無い世界に行かにゃならん』

『そりゃ、しゃーねーでしょうが。そこ以外に行く宛が無いんだから』

『わーっとるわ』


 カイトの言葉に美女が不満げにも納得を口にする。が、理性で分かっても感情が納得するかは、また別の話だ。これはそう言う話だった。


『まぁ、良いわ。ほれ、さっさと行くぞ。先程から段々と数値の減少がゆっくりになっておる。そろそろ行かねば面倒になりかねんぞ』

『っと、じゃあ、急ぐか』


 美女の言葉にカイトは抱きとめていたクズハを放す。その手に僅かな名残惜しさがあったのは、気の所為ではなかっただろう。そうして、彼は唯一これからも共に居る事になる美女へと、最後の確認を取った。


『ティナ。最後に聞いとく。準備は?』

『出来とるよ。余に手抜かりがあるはずもなかろう。素材もたっぷり持った。ま、しばらくはこれで研究等は困らんと言う程度じゃがのう』

『そりゃ、良うござんした』


 ティナ。そう呼んだ美女の言葉にカイトは笑う。ティナというのは愛称だ。彼女はユスティーナ。元魔王だった。と言っても彼女が世界を混沌の渦に巻き込んだ魔王ではない。

 彼女を裏切って魔王を称した者が、世界を混沌の渦に叩き込んだ。とはいえ、その者に関係が無いわけではなかったので引責辞任という形で、魔王の座を退いていた。

 今は旅の最中にカイトと恋仲となり、その貴族としてのカイトの婚約者として振る舞っていた。なので実際の所、彼女としても別の、女としての側面からはカイトの地球行きに唯一同行出来る事を内心で喜んでもいた。それ故、不機嫌ではあったものの、言うほど不機嫌というわけでもなかった。


『さぁて……じゃあ、お前ら、またな!』


 カイトは集まってくれた面々の声に向けて、そう手を振り上げる。そうして魔術を行使する為に一歩前に踏み出して、その足元の地面が抜けた事に気付く事になるのだった。




 とまぁ、足元の地面が抜けたわけなのであるが。これはもちろん、カイトの夢の中の事である。そして夢の中で足を踏み外せばどうなるか。多くの者は経験しているだろうが、現実でもびっくりして飛び跳ねる事があるだろう。

 というわけでそれはカイトも変わらない。途轍もない強さの彼だろうと、所詮は人だ。生理現象には逆らえないのである。


「ぴぎゃ!」


 夢の中で地面が唐突に消失して、カイトがびっくりして跳ね起きる。となれば当然、それは周囲の者達だって気付くだろう。というわけで、当然授業担当にも気づかれた。


「……天音。お前はまぁ、確かに成績は学年トップクラスだがな。あれだけの成績を叩き出せば、それはまぁ、夜も遅いだろう。が、居眠りして良いかどうかは、話が別だ」

「あ、あははは……す、すいません……」


 至極当然の話である。故にカイトとしてもバレた以上は恥ずかしげに謝罪するしかない。とはいえ、それで終わる筈もない。居眠りは違反行為、であれば、罰則が待っていた。


「放課後、職員室に来い。俺の仕事を手伝わせてやる」

「はい……」

「では、座って良し」


 カイトは教師の許可を得て恥ずかしげに椅子に腰掛ける。が、そうして思ったのは反省ではなく、何故地面が抜けたのか、という事だった。


(……ユリィの奴……)


 カイトは相棒が仕掛けた最後の最後のいたずらを思い出す。地面が唐突に抜ける、なぞということが普通にあり得るわけがない。彼の相棒が魔術を使って地面をこっそりとくり抜いていたのである。そうして、彼は思い出してしまった以上はそのまま相棒に対しての不満をわずかに思い出す事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。


 2018年3月23日 追記

・追加

 途中で抜けていた部分がありましたので、書き加えました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 多少読みにくい部分はあれど、今後に期待できる面白さで読み進めてみようと思いました。 それとは別に、前書きで作者様の心意気というか丁寧な説明があったので、作者の思考や対応から信頼できる人だ…
[気になる点] 『貴方はこれで良いのですか?』 『あっははは……良い悪い、か……なぁ、時々思うんだけどさ。正しい、正しくないってのは結局、その時代のものなんだ。オレ達が正しいと思うから、と絶対的に正し…
2020/11/06 08:23 通りすがり
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