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朝はシリアルと決めている

四月の奇跡

「お疲れ様でしたー!」

 運動部の元気な声が夕焼け空に響く。砂利を踏む音も微かに聞こえる。
 それが、私の目覚まし時計代わりだった。







四月の奇跡




「んん……、もうこんな時間か」

 夢の中に片足を突っ込んだ状態のまま、手探りで携帯を掴んで時間を確認する。時刻は午後四時半。いつもどおりの時間だ。
 ぐっと二回伸びをしてゆっくりと起き上がる。目の前には大好きなエジソンの写真が貼られている。起きて一番最初に目が合うようにと思い、もう三ヶ月も前からそこにある。

「おはようございます」

 出来る限りの笑顔をポスターに向けて挨拶する。我ながらなかなか気持ち悪い。
 パジャマのまま一階に降りていき、冷蔵庫に手をかける。途中で母親とすれ違ったが、お互い顔をあわせようとしなければ、声を掛けようとしない。
不意に、玄関のドアが開く音がした。

「ただいまー。なんだよ、まだいたのかよ」

 帰ってくるなり嫌そうな顔をして私に文句言ってきたのは、今年中学校にあがったばかりの弟だった。野球部である弟にとって、私は恥かしい存在らしい。顔を見ればため息をつかれ、早く出て行けと言われる。

「学校も行かずに昼夜逆転の生活。友達はモニターの中。お前、十七歳にして人生終わってるな」
「こらナオ! お姉ちゃんにそんな事言わないの!」

 今度は馬鹿にしたように笑ってそう言った。私はじっと弟を見る。もちろん言い返すことなんてない。母親は母親らしく弟を叱るが、実際のところは弟と同じ意見を持ってるに違いない。その証拠に顔が少し笑ってる。何かを食べる気も失せた。

「ちょっと、どこいくのそんな格好で」
「……」

 じっと母と弟を見る。視力が悪いせいか、よく睨み付けていると言われるが決してそんなつもりはない。

「お願いだから家で大人しくしてて! 外に出られちゃ恥ずかしいのよ!」
「てめえらはどっちなんだよ!」

 久々に大声を出したせいで頭がガンガンする。弟は私に出て行けという。母親は出るなという。味方同士で意見がぶつかってるなら一致させてから発言すればいいのに。
 今にも泣き出しそうな顔の母親と、睨みつけてくるだけの弟を、今度こそ本当に睨みつける。外出する気なんてさらさらないのに、母は少しでも玄関に近づくと恥ずかしいを連呼する。階段が玄関の前にあるのだからと思い、そのまま再び自分の部屋に戻った。

 私が学校に行かなくなったのは最近の話ではない。中学三年にあがってからほとんど行っていない。原因は学力的なものだった。悪いのではない。むしろいつだって一位だった。だからこそ出る杭は打つというように、一年の終わりごろから幼稚な嫌がらせをされた。最初の頃は耐えていたが、段々モラルから逸脱しだすクラスメイトの行為に恐怖を覚えた。
 嫌がらせしてくるのはきまって偏差値の高い高校を目指す人か、推薦で高校を決めたい人ばかりだった。私に嫌がらせをして成績を落とし、自分の順位を上げるのが目的だったのだと思う。次第に休みが増え、三年生のときは保健室でテストを受けただけだった。
 エジソンの伝記に出会ったのは、そんな時だった。

「勉強は家で出来る。そう思えば一層学校なんて行かなくていいじゃない」

 学校でバカ扱いされながらも、家で実験や学習を重ねて偉大な功績を残したエジソンの伝記を読んで、最初に受けた印象がそれだった。しかし、どうやら世間は違うらしい。どんなにアホでもバカでも学校に行ってるほうが勝ちだという。じゃあ学校を退学にされたエジソンは? と聞くとそれは特例だという。納得いかない。
 行かなくなった最初の頃、両親は引きずってでも私を行かせようとした。必死に抵抗をして部屋に閉じこもった。教科書を開いてひたすら独学で物事を知っていった。まだ四月だけど、高校二年生でやる範囲は全て網羅した。

 ボサボサの髪の毛のまま、もう一度ベッドに横たわる。やがて二度寝に入ろうとしたとき、携帯が震えた。友達なんていないはずなのに、携帯が震えるなんてどうせ迷惑メールだろうと思い、無視を決める。
 しかし、震えは一向に収まらない。どうやら電話のようだが、無視を決め込むのは替わらない。しばらくしてようやく電話が静かになった。どうせ間違い電話だろう。

「さて、今日は何を勉強するか」

 電話のせいで二度寝する気もなくなり、机に向かった。

「おーい! 小夜ー!」

 窓の外からぶっきらぼうな呼び声が聞こえた。下を見ると部活帰りと思われる太一がいた。太一は私の幼馴染で、中学・高校も同じである。
 もっとも、中学校もほとんど行かず、高校に至っては籍だけ置いて一度も登校していないので同じと言うとなんとなく違和感があるが。

「お前、明日が学校くんのー?」

 このやりとりは私が始めて学校に行かなくなってからずっと続いている。すぐに飽きるだろうと思っていたのだが、不登校暦もベテランの域にさしかかった今でも毎日欠かさず太一は来る。雨の日でも、台風が近づいてきても、やってくる。長期休みでもたまの部活帰りに来ることもあった。

 太一の問いかけに、私は首をかしげる。分からないというサインだった。それでも太一は満足したように頷くと、「明日は来いよー!」と笑って手を振り、歩き出した。
 その顔を見ると、切なくなってしまう。瞬間的に明日こそは行こう、太一に迷惑掛けないようにと思うのだが、昼夜逆転が染み付いているせいもあって、起きられない。
 結局、一日中家で過ごすことになってしまうのだ。

「太一はどうして私に構うんだろう?」

 カレンダーを見ながら考える。机の上に転がっているボールペンを取り出し、今日も数字を書き入れる。太一とこのやりとりをした回数だった。

「今日で…421回目、っと。あれ? 今日、太一の誕生日じゃん」

 念のため携帯で日付を確認すると、4月21日。

「こわっ!」

4月21日に、421回目のやりとり。しかも太一の誕生日。
ちなみに素数である。数学者ではないが、素数は好きだ。1以外のパートナーを受け入れない、一途でいじらしい人に見えてくる。

「しゃあない。行ってやるかー」

 わざと偉そうに言ってみる。
学校で勉強する意味も未だに分からない。
けれど、421の数字はきっと太一の言葉を叶えてくれと思っているに違いない。









さあ、眠ったままの制服を取り出そう。

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